恋する二人の攻防戦
本編終了後、別荘でのリナとジルです。
ジル視点ですが、すごい残念な感じになってます……。
もう、ほんと、なんででしょう……。
「ジ、ジル。あの少し離れて……」
どもりながらほんのりと頬を染め体を固くするリナの姿に、口元が緩むのが止まらない。
ソファで隣に座りながらも、俺の体を押しやろうとする手を捕まえて引き寄せ、胸元に寄りかかる体勢になったところで、逃がさないために腰に腕を回して捕まえた。
過酷な一ヶ月に耐え、最重要課題であったプロポーズも無事に終えた今、恋人同士が甘い時間を過ごすことになんの不都合もないはずだ。
会えなかった時間を数日で埋めようとすれば、いくらくっついたって足りない。少なくとも俺はそうだ。
「しょ、初心者に優しくないですよ」
眼鏡越しに潤んだ瞳が俺を見上げる。その表情自体が俺を煽っているのだと当の本人は知る由もないんだろうな。
「だから、徐々に慣らしてやってるだろう?」
いまいちなつかないリナを安心させるために微笑めば、より警戒した表情をされてしまった。仕方なく本人の希望にそう形でわずかに体を離し、眼鏡にかかる黒髪を優しくはらってやる。
そのまま耳の縁に指を滑らせ柔らかい部分をつまむと、リナは勢いよく振り払って立ち上がってしまった。一歩後ずさって距離をとることも忘れない。
「これのどこが徐々になんですか!」
毛を逆立てた猫のように、全身を緊張させている姿すら可愛い。
過度な接触をリナが恥ずかしく思うのは知っているが、素直すぎる反応がおもしろくて、いつだってついつい意地悪をしてしまう。
「最大限譲歩してるだろ?」
ただ、この言葉も真実だ。本当なら抱き上げて膝に乗せ、華奢な肩口に顔を寄せるくらいはしたい。
とは言え、さすがに今すぐそこまでを求めているわけでもない。とりあえずは触れ合う距離にいたいだけだ。
だが俺が立ち上がって引き寄せようとすれば、リナはスルリとかわしてまた距離をとってしまった。
「も、もう少しなんとかなりませんか」
「ならないな。お前のペースに合わせてたら身が持たない」
これも本当。結婚は一年後。そうとうペースを上げてリナに耐性をつけなければ、大事な日にとりかえしがつかなくなりそうで怖い。
「……そのままそっくりお返ししたいセリフなんですが」
一歩進めば一歩下がる。それを数度繰り返してジリジリと二人で部屋の端に移動する。俺がニヤリと笑うのと、リナ追い詰められて肩が壁についくのは同時だった。
ビクリと震えさせた体を、そのまま壁に両手をついて逃げられないように囲う。リナの顔に俺の影がかかった。
「眼鏡、外すか?」
「!? 外しませんよ!!」
隠語を正確に読み取ったリナはさらに真っ赤になって拒絶の言葉を口にしたが、素直に外されるより俄然燃えるのは男の性か。
眼鏡がなくて目をつぶっているリナを遠慮なく観察するのもいいが、潤んだ瞳に自分が映っているのをゼロ距離で見るのも悪くない。
そう思って顔を寄せれば、あろうことかリナはバッとその場にしゃがみこんでしまった。ギュッと抱えた膝の間に顔を埋めてしまい、真っ赤な耳しか見えない。表情が見えなくなれば面白くない。
「……多少拒否されるのは燃えるが、あんまり頑なにされると凹むな」
リナにあわせてしゃがみ『こいつのツムジは右回りだ』などと観察しつつ、素直に気持ちを告げるとくぐもった声が返ってきた。
「死んじゃいますって言ったじゃないですか。緊張するんです。恥ずかしいんです。自分でもどうしようもないんです。ジルの綺麗なお顔が近づいてくるだけで心臓が壊れそうになるんですよ!」
それはつい昨日も聞いた言葉だが、もし近づいただけで心臓が壊れるならば、それこそ本当に慣れてもらわなくては困る。
「緊張しない状況ならいいのか?」
「……緊張しないなんてことはないと思います。どうやったって緊張しちゃうんですよ!」
リナは一向に顔をあげる気配がない。僅かに身じろぎしたことで肩から黒髪が滑り落ち、白く細い首筋があらわになった。
何度か目にしたことがあるはずなのに、なぜか一瞬にして不埒な考えに体が支配されそうになって、あわてて意識的に視線を引き剥がすために横を向く。
久しぶりのふれあいに浮かれすぎてるのだろうか。なんだかいつもよりヤバイ。
俺は急いで頭を振って衝動的な思いを追いやると、リナに気が付かれないように深呼吸を挟んだ。
とりあえずは落ち着こう。そしてリナの言う『緊張しない状況』について考えよう。
頭を切り替えればすぐに良い案を思い付き、ニヤリと口角を持ち上げる。うずくまっているリナは一連の俺の様子など気付きもしないので、そのままそしらぬふりで話しかけた。
「わかった。こうしよう」
俺は返事を待つことなく、がら空きのリナの両脇腹を思いっきりくすぐった。
「!! ちょ、ちょっと! ジル、や、やめ! きゃあ! ははっ、やー!! あはははははは!!」
あっさりうずくまるのを解いたリナの顔が上を向く。その瞬間に俺は素早くリナの唇に口づけた。
あぁ、驚いた顔も可愛いな。
「緊張しなかっただろう?」
「し、しませんけど、でも、こんなの……」
「じゃあ、問題ないな。お前とキスしたい時はこれからくすぐることにしよう」
「!! 嫌ですよ!」
顔をこわばらせたリナに、両手をギワギワさせながらゆっくり近づく。
「ちょっ、やだ、ジル、お顔がすっごく意地悪になってますよ! 待って! 待ってください!!」
壁が背中にあたっていて逃げられないリナが、膝を立てて両腕で抱えるように脇腹をガードした。嫌々と小刻みに頭を振る姿が嗜虐心を掻き立てる。
その程度の防御で俺のくすぐりから逃れられると思うなよ?
俺はより笑みを深めると容赦なくくすぐるために勢いよく手を伸ばした。
「きゃー!!」
「痛っ!!」
一瞬何か起こったのかわからなかった。
だがすぐにくすぐった瞬間に勢いよく振られたリナの頭が、俺の顎にクリーンヒットしたのだと気付く。あまりの痛さに両手で顎を押さえ、うずくまる。痛い。マジで痛い。
「ご、ごめんなさい! ジル、大丈夫ですか? 私、石頭で……」
自己申告通りそうとうの石頭のリナはノーダメージの様で、いっさい痛がる様子はない。それどころか俺を気遣って肩に優しく触れてくる。
わかっている。悪いのは俺だ。ふざけすぎた。最初の衝撃が去っても痛みは引かないが、こんなのは大したことはない。だが折角だ。これは利用させてもらおう。
「駄目だ。痛い。すごく痛い。めちゃくちゃ痛い」
「ごめんなさい! 誰か呼んできます!」
慌てて立ち上がって駆け出そうとするリナの腕をつかんで止める。
「いい。大丈夫だ」
「でも……」
うろたえるリナを離さず見上げる。
「お前がキスしてくれれば治る」
「えっ!?」
「石頭をぶち当てて悪いと思ってるなら、キスをくれ」
「うっ……」
あきらかな難癖のつけように、自分であきれるが撤回はしない。
どうしたって俺はリナが好きでしょうがないし、お前からのキスが欲しいんだ。こんなしょうもないことを言う程に。
この後小一時間、自分から口づけることに悶々と悩むリナの可愛い姿を堪能しつつ、最終的には望むモノを手に入れて俺的には大満足だ。そう。この時を境に数日の間、噛み合わせに違和感があったとしても。
何と言われよう後悔はない。だが、これからリナをくすぐる時はもう少し考えようとは思う。




