初心者にはハードなはじめてのアレ
二話連続投稿していますので、
こちらから来た方は一話前からお願いします。
それでは最終話、お楽しみいただけたら幸いです!
「すごい! 綺麗な景色ですね!」
ちょっとした登山をさせられて開けた場所に出たところ、目の前には湖がキラキラと輝き、その先にある木々の間からは麓に広がる王都が霞んで見えます。青空の下で光を弾く湖面には睡蓮でしょうか、白い花が散らばるように咲いていてとても綺麗です。眼鏡をしているおかげで、素敵な景色がよく見えます。
ジルに『いいところ』と言われて連れてこられたのは、王都から程近くにある山でした。中腹には王家の別荘が建っているので休暇はこちらで過ごす予定だそうです。
ちなみに今立っている場所は別荘がある位置より随分と登ってきたところです。私ではなく生粋のご令嬢だったら辿り着かないのではないでしょうか。何と言ってもここまで来た達成感がすごいです。青空の下で澄んだ空気を吸い込んで伸びをすると、なんと清々しいことでしょうか。
ふとジルを見ると足元に落ちていた手頃な石を拾っています。重さを確かめるように片手で三回ほどポンポンと跳ねさせるとこちらを振り向き、いたずらっ子のように嬉しそうに笑いました。
「ちゃんと見てろよ?」
そう言うと、そのまま石を思いっきり湖に向けて投げます。私も子供の頃よくやりましたよ。湖や川を見ると、ついつい石を投げたくなりますよね。
自分も投げてみたくなりつつも、見てろと言われたのでジルの投げた石の軌跡を追って視線を動かします。
石が湖に着水した瞬間、波紋が広がるように湖面が揺れました。小さな石一つが起こすには大きな動きに目を凝らしていると、白い花が一斉に空に向かって舞い上がります。強い風に煽られたのではない穏やかな動きに、白いものが花ではないことに気づきました。
蝶です。真珠色にやさしく輝く蝶の群れ。
太陽の光と湖面の照り返しを受けて虹色に揺れては光るその姿は、美しく幻想的で、まるで空に宝石が散らばっているようです。優しく光る沢山の虹の粒で視界がいっぱいになります。
息を飲んでしばし言葉を忘れて魅せられていると、ふいに左手をとられました。私の手をとったジルが跪いています。
「リナ・ランドール嬢。どうか私、ジルベルト・トレイス・エルヴァスティの妻になってくださいませんか?」
抜けるような青空をバックに虹を纏った完璧すぎる王子様が、日の光に金の髪をキラキラさせながら深い紺碧の瞳で真っ直ぐに私を見つめています。
「私に貴女の一番近くにいる権利を、ずっと側にいる約束をください」
物語のワンシーンのようなプロポーズを、なかば茫然としながら受けます。
「貴女がいつでも素直に笑っていられるように、私は努力を続けましょう。貴女のその笑顔を守るのはどんな時も私でありたい。どうか頷いてください。貴女が好きです」
どこか遠くでジルの声を聞いていた私でしたが、慌てて勢いよく首を横に振りました。なぜって? 私が欲しかったのは、こんなプロポーズではないからです。
私の様子にジルが固まっていますが、これだけは譲れません。
「だめです! こんなの、だめ! エフェクト全開の王子様仕様で言われても、うさんくさいだけです!!」
「!! お前……、俺の全力のプロポーズをうさんくさいって……」
私の言葉にジルはキリリとした完璧王子様の顔から、脱力して眉毛を下げた情けないお顔になります。ですが断然そっちの方が素敵です。
「私、もう知ってるんです。ジルが私の前では自然体でいてくれてること。だからプロポーズもキラキラしてる王子様じゃなくて、ちゃんとジルの言葉で聞きたいんです」
取られた手をギュッと握り返します。
「……だって一生に一度でしょう?」
一瞬息をつめたジルでしたが、わずかに考えるような間をあけた後、唇を引き結んでしっかりと頷いてくれました。
「わ、わかった。よし、じゃあ心して聞けよ!? ……くそ、恥ずかしいな……」
一度視線を外して下を向いたジルは、深く吸った息をゆっくりと長く吐いてからキッパリと私を見上げます。
「……リナ、愛してる。俺の全部をお前にやるから、お前の全部を俺にくれ。……俺と、結婚してほしい」
ジルの真剣なお顔が羞恥で赤く染まっています。飾らない言葉とその表情が、オーラが見えなくても疑う余地もないほどに真心を伝えてくれます。先程のプロポーズとはうってかわって、貰えた言葉に心が震えます。嬉しすぎてどうしたらいいでしょうか! 胸が熱くて苦しいです!
「おい! 早く返事しろ! 心臓が止まる!」
焦れて声の大きくなったジルに思いが弾けます。はじめから決まってる答えをもらうのに、そんなに急かす必要がありますか?
ですが私は言葉より早く、加減もせずに跪いているジルの胸に飛び込みました。勢いに負けて尻餅をついたジルの膝の間にすっぽり収まります。
「私でよければ、喜んで!」
慌てながらもしっかりと抱き止めて包んでくれる両腕が、これから先もずっと私のものだなんてどれ程の贅沢でしょうか。腕だけじゃない。ジルの全てが、大好きなこの人の全てが私のものなんですよ!
「ジル、好きです。大好き! よそ見したら、だめですよ?」
「するか!」
わずかに腕を緩めて見上げれば、深い、青空よりもずっと深いジルの碧色の瞳に私が映っています。少し潤んで熱を孕んだその色は、確かに私への思いに溢れていて、幸せすぎて鼻の奥がツンとします。
「……お前が真っ直ぐ俺を見て、その目にちゃんと俺を映してくれるのを見るのがすごく好きだ。目と目が合うだけで気持ちが持ってかれる。でも……今は外してくれ」
「?? なんでですか?」
せっかくジルの綺麗なお顔を眺めて、恥ずかしくなりながらも幸せを噛み締めているのに、眼鏡を外してしまったら見れなくなってしまうではありませんか。
「キスがしたい。眼鏡が邪魔だ」
「!!」
「早く」
ジルの手が眼鏡の弦に伸びます。押さえようとするより早く、あっさり抜き取られ反射で目をつぶってしまいました。状況が全くわからなくなってしまい気持ちが焦ります。
「ま、待ってください! こんなの恥ずかしすぎます!! もっと普通に……」
「待たない。いいから少し黙ってろ」
それでも何か喋ろうと息を吸ったところに素早く口付けされました。少し性急な仕草に体が強張ります。私の緊張を解こうとするように、すぐに優しく啄まれましたがそれどころではありません! グラグラと地面が揺れているような感覚に襲われて、ギュッとジルの胸元にしがみつきます。
「……息しろよ」
私の下唇を食んだままの状態で囁かれましたが、そんなことを言われても、息ってどうやってするんでしたっけ!? ガチガチに固まって全く動けない私の下唇に、ジルは少し引っ張るようにして歯を立てました。フッと笑う気配がします。
「リナ、息」
じゃれつくように軽いキスを繰り返す度、小さなリップ音が響きます。角度を変えては飽きることなく重なる柔らかい感触に、心臓は際限なくどこまでも鼓動を激しくしていきます。湯だってしまった頭は混乱する一方で、ただただされるがままになるしかありません。頭が沸騰しているならば体だって変です。中身全てが心臓になってしまったのではないかと思う程、どこもかしこもドキドキします。
ですが……、もう、そろそろ! 本当に!! 私はジルの胸に両手を突っ張って距離をとり、下を向いて叫びました。
「……げ、限界です! 離れて……!!」
ですがすぐにつっかえ棒のようにした両手を下から押し上げられて、ジルの首にまわさせられました。自然と上がってしまった顔を背けようとしましたが、顎をおさえられ頭の後ろにも手を添えられます。逃げ道を塞がれて狼狽える私をジルが笑っています。目をつぶっていますが、手に取るようにジルの様子が想像できてしまいました。今絶対に嬉しそうに且つ意地悪に笑ってるでしょう!? コレ、よくないヤツです! 逃げたい!!
「ジ、ジル、これ以上は無理です! 私、死んじゃいます! 口から心臓が飛び出て死んじゃいますよ!!」
「そうか、それは大変だ。蓋しとこう」
柔らかいと感じる余裕がない程、強く長く唇を押し付けられました。顎をとらえていた手が輪郭を滑って耳をくすぐり髪をみだします。頭の後ろにあった手が撫でるように背中にまわされると、わずかにあいた距離さえもゼロにするようにきつく抱き締められました。
虹の粒が空から降り注ぐように、青空を舞う蝶達が穏やかに揺れる湖に帰りはじめます。長い口づけから開放された時には私は息も絶え絶えで、とても素敵な光景のはずのそれをジルの腕の中でぐったりしていて見逃してしまいました。
ですが、残念に思いながらもジルに髪をすかれているとあることに思い至ります。私の胸元には同じ光を弾く一粒があるではありませんか! これから先ずっと変わることなく輝くはずのそれは、ジルからのはじめての贈り物です。なんて素敵な贈り物。
私はジルの胸元に頬をすりよせます。この満ち足りた気持ちをどうやって伝えたらいいでしょうか。私は今日のこの日を絶対に忘れません。恥ずかしくて苦しくて、少し悔しい気持ちになることもあります。これから先は悲しかったり辛かったりもあるかもしれません。ですが。
意地悪で優しい発光王子様、私は貴方を愛しています!
◇◆おわり◆◇
『第三王子は発光ブツにつき、直視注意!』をここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!
無事完結となりました!
本日を迎えることができたのも、ひとえに皆様のおかげだと思っています!
さて、これを持ちまして完結設定といたしましたが、番外編を何話か書くつもりでいます。
それを含め、今後の予定やら次回作やらのことを活動報告にてお話したいと思います。
興味のある方は是非のぞいてください。
では、またご縁があってお会いできますように。
本当にありがとうございました!




