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アイコンタクトも二度目なら

「親不孝ですわね」


 トリアンナ様の無表情がすごい。

 現在王宮にある一室でテーブルを囲んでおりますが、ブリザードが吹き荒れてます。豪雪警報発令中ですよ。やっぱり私は自室でお留守番がよかったです。

 寒冷吹きすさぶこの場にいるのは、両陛下、イェリク様、第二王子のヨエル殿下、ジル、私。あきらかに私だけ場違いでしょう。


「父上の退位と共に表舞台から退き、生活の保証された静かな余生を過ごす。これのどこが親不孝なのですか? 父上にもしものことがあった時に、誰にも手を差し伸べられすに朽ちるより、ずっとよいではありませんか」


 イェリク様のオーラが静かに燃えています。はっきりとした意思が感じられて、いっさい引く気がないのがわかります。

 ちなみに私、火中の栗は拾わないとばかりに息を殺して気配を消しつつ、鼻眼鏡状態で固まっております。隣にジルがいるので眼鏡は手放したくありませんが、オーラを見ながらじゃないと怖くてこの場に同席している胆力がないのですよ。ご年配の老眼よろしく少し間抜けな姿ですが、どうせ私のことなど気にしている人はいないでしょうしね。


「だいたい、全てを否定しているわけではありません。母上が望まれたランドール嬢に王太子の子をというお話は叶えます、と言ったではありませんか。私ではなくジルベルトが、ですが」


「……イェリク、貴方にも子供が必要でしょう?」


「いいえ。そのつもりはありません。わからない振りはお止めください。何のためにジルを王太子に据えようとしているか、もうお気付きでしょう。私は中継ぎに徹すると言っているのですよ」


 お二人の表面上のにらみ合いは続きます。イェリク様は真剣そのものですが、トリアンナ様は緊張と冷やかさを孕みながらもどこか楽しんで応じています。様子から察するに、イェリク様が正面からトリアンナ様とぶつかるのはこれがはじめてなのではないでしょうか。お隣にいらっしゃる国王陛下は静観の構えです。


「母上、もう観念してよ。後は母上が頷くだけでしょ。俺、こんな空気耐えられないから早く決めて」


 少しの沈黙を挟んで第二王子殿下が声を発します。はじめて聞きましたがパッキリした黄色を裏切らない明るさがあります。トリアンナ様譲りの深紅の髪にジルと同じ紺碧の瞳の取り合わせで、原色のコラボレーションが目に鮮やかです。付け加えて言わせていただくと本日のお衣装は緑です。眼球疲労の元なのでなるべく見ていたくないのですけど、あからさまにオーラがすごく嬉しそうに揺れているので、ついつい気になって視界に入れてしまいます。なんというか周りとの温度差がすごいです。

 ここに来るまでの道すがら教えられたことによれば、第二王子殿下は継承問題の解決を期にご自分は継承権を放棄されたいとか。第二王子殿下のように奔放な方には王宮は窮屈なんでしょうね。念願叶うこの瞬間に、気持ちも沸き立ってしまっているのでしょう。


「観念も何も、わたくしが上げた問題の解決策を聞くまでは返事のしようがありませんわ」


 私、本当にこの場に必要ないですよ。一回目の話し合いという名の修羅場があったのは、私が皆様に助けられる前のことだそうで、それならば二回目も私抜きでやってくれればいいのに。

 グレン様は決定事項のように言っていましたが、トリアンナ様が首を縦にふらなかったことで本日仕切り直しとなった模様です。ですがこの流れ、どうもトリアンナ様も望んでいらっしゃるご様子なんですよね。待ちわびた何かが目の前にあるような、そんなソワソワした気配がオーラから感じられますから。


「なぜ何も言わないのです? わたくしの後ろにいるロークの存在をどうするのか、と聞いているのです。今わたくしがこの立場にいるからこそ均衡が保たれているというのは重々承知でしょう。わたくしを退けて、それでどうやって両国の関係悪化を防ぐつもりです?」


 あ、トリアンナ様、勝負にでられたようです。イェリク様ここ大事ですよ。完全に試されてます。


「……そこは母上のお気持ち一つでしょう。そのお立場にあってご自分の進退しか考えられないのですか? 少しもこの国を思う気持ちはないと?」


 うーん。トリアンナ様を見るかぎり、どうやらイェリク様の答えは正解には足りないようです。あと一押し。エルヴァスティとロークが今後も手を取り合える状況をつくるには……。

 さすがの私もこの場でお昼御飯のことを考えるほどボンヤリはできませんので、ない頭を絞って考えを巡らせます。トリアンナ様が表舞台から退いて発言権が薄らいでも、なんらかの形で影響を及ぼしているんだぞと周囲に匂わせることができればいいんですよね?

 なんとなくトリアンナ様を見ていると、バチリと視線がかち合ってしまいました。まずい。反らすタイミングがわからない。

 固まったまま動けないでいると、トリアンナ様の視線が隣にいるジルに移ります。つられるように私も横を向いて、ジルの何か言いたそうな目に気づきました。いつぞやは全然含まれる意味に気付けなかったアイコンタクト。この局面で二度目ですか。一生懸命瞳の奥の真意を探ろうとしますが、やっぱりわかりません。すると微かに頷くジル。いやいやいや、わからないから凝視してたんですよ! 何を一人で納得しちゃってるんですか。


「王太子妃となるリナの教育を、王妃陛下がなさるのでいかがですか」


 何を言い出すのかとびくついて損しました。それは私も願ったり叶ったりです。


「何を言っているのです! いけません!!」

「それは止めておいた方がいいよ!!」


 イェリク様と第二王子殿下が止めに入ります。お二人ともどれだけご自分の母親を警戒しているのですか。長年の勘違でこじれた感情から、その拒否反応もわからないでもないです。ですが当事者の私にしてみれば、これ程心強い方はいません。


「例え表舞台から退いたとしても、王太子妃の教育を王妃陛下がなさっているとなれば、各方面の納得も得られるでしょう。それにリナもその方か安心だろう?」


 ジル、わかってますね! 笑顔で首肯します。

 鼻眼鏡でトリアンナ様を伺うと、どうやら及第点のようです。あの無表情と嬉しそうなオーラのギャップが凄すぎます。どれだけポーカーフェイスなんですか。トリアンナ様、素直に言えばいいのに。再びジルに視線を移すとまた微かに頷かれました。ジルってエスパーなんですかね。私が今何を確認してどうだったかとかが全部わかってるのでしょうか。


「ジル、大事な(ひと)が苦しむと分かっていて差し出すなど正気の沙汰ではありません。考え直した方がいい」


「いえ、義母上にお任せできれば安心です」


「「義母上って……」」


 イェリク様と第二王子殿下が唖然とされています。


「どこが安心なのですか!」

「いやいや、危険しかないでしょ!」


 もう、本当にお二人は……。トリアンナ様が望んだ結果とはいえ、母親として息子にこんなにまで嫌われるってそうとう(こた)えると思うのですけど。

 それに引き換えジルは、私の話を信じてトリアンナ様に対する見方を改めてくれたみたいです。でなければ今のような発言になりませんものね。

 ですがジルの誤解を解いただけ満足してはいけません。この勢いでお二人の勘違いも正して、ロイヤルファミリーの関係改善といこうではありませんか。


「大丈夫です。イェリク様、第二王子殿下。王妃陛下以上に素晴らしい方を私は存じ上げません。それに、あんなに嬉しそうにしてくださっているではありませんか」


 私はトリアンナ様ににっこりと微笑みかけました。釣られて少しでも表情が和らいでいただければと思ったのですけど、どうやら私では力不足のようです。

 ポーカーフェイスのトリアンナ様が嬉しそうかどうかなんて、オーラが見える私しかわからないでしょうけど、この際なので言った者勝ちです。トリアンナ様、喜んでるんですよ! ニッコリスマイルで一生懸命訴えますが、お二人の私を見つめる目は奇特な子を見る目です。やはりそういう反応になってしまいますか。


「……おかしな娘だこと。わたくし、教育係りを肩書きだけにするつもりはありませんわよ? ついてこれますの?」


 顎を上げて少し目を細めるいつものポーズでトリアンナ様が念を押してきます。


「お手柔らかにお願いしたいですが、どうぞ王妃陛下の良い様にしてください。ご期待にお答えできるよう精進いたします」


 ここまで来て『やっぱり無理です~』なんて言いません。トリアンナ様に合格をいただけたら、ジルの隣に立つ自分に自信が持てるというものです。このままの自分では、大きな責任に畏縮して好きな人の側にいても笑って過ごせないでしょう。

 いつでもまっすぐ背筋を伸ばして前を見るトリアンナ様を思いだし、精一杯真似をしてからゆっくりとお辞儀をします。


「……興が削がれましたわ。貴方達の好きなようにしなさい」


 あぁ、トリアンナ様よかったですね。少し肩の荷が降りたでしょうか。伝わってくるオーラの気配に、今までなかった柔らかなものが混じっているように感じます。


「決まったようだな。私が退位しイェリクが即位すること、明日には正式に発表しよう。イェリクがその座についたら、ヨエルの継承権放棄とジルベルトの立太子を宣言しなさい」


 陛下がまとめに入ったので、この辺で今日はお開きですね。ふー。肩にだいぶ力が入ってしまっていました。


「はい、承知しました」


 イェリク様もお疲れ様です。新国王陛下、おめでとうございます。逃げずにトリアンナ様とやり合ったことで一皮剥けて、今のイェリク様なら玉座の座り心地もそんなに悪くないのではないでしょうか。悲しげな気配が吹っ切れています。ちなみに第二王子殿下のオーラはどこまでも溌剌と黄色です。


「ランドール嬢、そなたは王太子となったジルベルトの妃としてその横に立つ。相違ないな」


 オーラ観察に(いそ)しんでいるところに急に話かけられて一瞬間があいてしまいました。ですが威厳のあるお声に負けないようにしっかりと返事をします。


「……はい。誠心誠意励まさせていただきます」


 ジルの隣にいたい。そんな単純な思いを叶えるために必要な現実は、どんなに考えてもやっぱり重いです。ですがジルが、トリアンナ様が、メルリア様達が私の背中を支えて、押して、叩いてくれるなら頑張ってみせます。こんな恵まれた環境を与えられて乗り越えられないほどヤワじゃありません。

 そんな私の様子に満足気に息を吐いた陛下は、話は終わりだとばかりに退出を促します。


「皆、今日はもう部屋に下がりなさい。明日から忙しくなるだろう」


 一礼してからジルの後に続きます。大きな決断をして進む未来が定まったことに、よく分からない気持ちがあふれます。なんだか無性に前を行くジルの背中に抱きつきたくなりますが、我慢我慢。自分が理解できない気持ちを説明しきれるか自信がありませんが、部屋に戻ったらとりあえずジルと話したいです。それともやはり見つめただけで伝わるでしょうか。ですが私だって次こそは、濃紺の瞳からジルの気持ちを読み取ってみせますよ。



本日もありがとうございます!


間があいてしまってすみませんでした。

次話はこんなにあけずに投稿できると思います(^^ゞ

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