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安全安心安眠の約束

 扉が開く前に私は下を向きました。言わずもがな、眩しさ対策です。


「……ひどいお顔ですこと。どういうおつもりか存じませんが、何のご用ですの?」


 ひどいお顔? 先程も散々笑ってましたからね。また変な表情でもしているのでしょうか。それにしてもメルリア様のお声は冷ややかです。


「……謝罪に、来た。リナを危険に晒したこと、私自身が至らなかったこと、……深く反省している。すまなかった」


 えっ……。ずいぶん殊勝な……。こ、こんなふうに謝って欲しいだなんて思ってないですよ。それにジルだってちゃんと駆け付けてくれたじゃないですか。普段が偉そうなだけに、なんだか余計に可哀想になってしまいます。


「……部下の不始末も重ねて詫びたい。それに、貴女達の行動のおかげで大事にならずに済んだこと、とても感謝している」


 ジルの独白に誰も口を挟みません。重い、空気が重い。


「今後は二度とこのようなことがないようにする。何より自分自身の不甲斐なさに腹が立っているから」


 もういいですよって言ってあげたいですが、私も言葉を発するのを尻込みしてしまう雰囲気が立ち込めています。


「だから……」

「……だ、だめですわ。もう我慢できません! ふ、ふふふふふっ!」


 突然上品に、しかしはっきりと笑いだすメルリア様に、他の皆様もつられて笑いだします。突然はじまったご令嬢方の大笑いに、その場の空気は一転しましたが反応が追い付きません。何がツボだったんでしょうか。


「ジルベルト様についてはもう宜しいですわ。ね? リナ様? それより! グレン・アルトー! 貴方です!!」


 あれ、グレン様も同行してるのですか? 全然気が付きませんでした。存在感消しすぎですよ。顔を上げられないので本当の様子は分かりませんが、メルリア様の言い方に、片手を腰にあてて、もう片手はグレン様にビシリと指を差す姿が目に浮かびます。


「グレン」


 わずかな沈黙の後、ジルが低く名前を呼んだのを合図にグレン様も口を開きます。


「申し訳ありませんでした」


 グ、グレン様が謝った!! 雷が落ちてきたような衝撃です。


「貴方、何について反省してますの?」


「……積年の恨みを果たすチャンスに目がくらみ、(さじ)加減を誤りました。撒き()の仕方に問題が……痛っ!!」

「お前、いい加減にしろよ」


 鈍い音とジルの低い声。ジル、グレン様にゲンコツ……いや、音の感じだと蹴りでも喰らわせたんでしょうか!? 見られないって不便ですね! こんなに眼鏡が欲しいと思ったことはありません。もしくはどなたか実況中継していただけませんか!?


「……ランドール嬢、此度の行きすぎた言動、申し訳ありませんでした。以後、気を付けます」


「頭が高いですわね?」


 改めて謝罪したグレン様に、追い討ちをかけるメルリア様。少しの沈黙が続きます。こ、これ、まさかグレン様、今頭を下げてるんじゃないですか!? み、見たい! でも見れない!! 誰かー! 眼鏡をー!!


「まぁ、その程度で許されるなら安いものですわね。リナ様、どうなさいます? 仕返しは先程の方法で宜しいの?」


「……い、いえ、あの、結構です」


 なんだかもうジルや皆様の対応に、自分の感情は突き抜けてしまいました。きっと誰も怒ってくれなかったら、私は怒りのあまり口にもできないようなことをグレン様にしたかもしれません。ですが、我が事のように感情を(あらわ)にしてくれる皆様の姿に救われました。グレン様の謝罪する姿が見られないのだけが、果てしなくもったいない!! という感じですが、いつまでもただ頭を下げ続けさせるわけにもいきませんから。


「少し……、リナと二人にしてもらえないだろうか? リナも、いいか?」


「……あの、はい」


 ジル、本当に元気がないです。調子が狂います。


「リナ様が宜しいのでしたら、今のところ私達に拒否するつもりはありませんわ。今のところ! 今回は!」


 メルリア様、あんなにジルにメロメロだったのに、対応が塩辛いです。それを聞く私まで、なぜかしょっぱい気持ちにさせられます。


「では、リナ様。約束を忘れないでくださいませ」

「報告、楽しみにお待ちしてますわ」

「素直な気持ちを正直に、ですわよ?」

「リナ様、頑張って!」


 激励の言葉を私に送りつつ、皆様は扉に向かわれます。

 男性達にむける塩対応と違い、私には甘過ぎませんか? 今回のこの騒動、私にだって落ち度があったので、グレン様は置いておくにしても、肩身の狭い思いをしているだろうジルの手前、申し訳なくなってしまうのですけど。

 悶々としている私を他所(よそ)に、メルリア様はさらなる追撃を喰らわせるべく、今一番の低い声を出しました。


「グレン・アルトー、貴方、ちょっと顔をお貸しなさいな」


 そのセリフを最後に、皆様が部屋から退出していく気配がします。威圧感たっぷりでしたけど、ま、まさか……。


「リナ」


 ですが名前を呼ばれて腹黒への思考は止まります。


「あちらのソファに……、隣に座ってもいいだろうか」


 なんですか、その質問。今まで一度だってそんなことを聞いたためしがありましたか? いつだって勝手に距離をつめてきたではありませんか!

 ジルの言動に()に落ちないものを感じつつ、短く了承の返事をして立ち上がると、ソファに移動しました。右側に場所をあけるように左端につめて座ります。ジルはすぐに隣に座りましたが、微妙な距離を保ったままで足も腕も触れません。


「ジル……、どうしたんですか?」


 今だかつてない対応に不信感がつのります。私はジルの腕があると思われる場所に手を伸ばし、そのまま袖をつかみました。ビクリと体を硬直させられてしまい、咄嗟(とっさ)に手を離します。

 なんですか、これ。すごく不安になります。


「す、すまん」


 それはなんの謝罪ですか!? 絶対さっきまでの内容についてではなく、今のびくついた反応についてですよね!? やだ。なんでですか。怖い。


「私のこと、……」


 『嫌いになりましたか?』と聞こうとして、違う。そうじゃない。と言葉を飲み込みます。皆様と約束したではありませんか。ジルの態度がおかしくても、私にはしなければならないことがあります。覚悟を決めろ! 頑張れ、私!


「ジ、ジル! 昨日した共同戦線の話……なかったことにしてください!!」


 気合いを込めた言葉と同時にもう一度ジルの袖を握ると、明らかにビクリと体が跳ねて息を飲んだのがわかりました。不安を掻き立てる反応に投げ出したくなりますが、そんな訳にはいきません。ここで離してなるものか。顔が見れないのですから、少しでも触れ合って反応が分かる状態にしておかなければ、より不安になるに決まっています。

 少し待ってはみたものの、ジルからの返事はありません。ですが皆様との約束を果たすため、なにより自分のため、緊張のしすぎで震えがきても続けなければ。私は早くなりすぎた呼吸を意識的にゆっくり整えます。


「……先程、皆様と話していてわかったんです」


 あぁ、心臓の音がうるさいです。自分の声がかき消されてしまいそう。ジルの袖を握っている手にも、自分の膝の上で拳にしている手にも、汗がじんわりとわいてきているのがわかります。


「思えばいくらでも気付くチャンスはあったのに」


 言わなければ。好きですって。いつから惹かれていたかは自分でもわかりません。もっと落ち着いて色々思い起こせば、見えてくるものもあるでしょう。でも今はこの勢いのままに伝えたいです。

 皆様に背中を押してもらえたことで、(たが)だって外れてしまいました。恋心に気付いてしまったことで、我儘な気持ちだって生まれています。

 共同戦線だなんて言ったままで、もしどなたか別の女性にジルが目を向けたら? 手を握ったら? 髪に触れたら? あの意地悪で優しい笑顔を見せたら? 自分の気持ちを自覚してしまった今、そんなのを側で見るなんてきっと耐えられません。


「私、ジルが……」

「待ってくれ!!」


 突然大きな声を出したジルに、私は口をつぐみました。一大決心をして吐き出そうとした素直な気持ちを止められて、行き場のない思いで体がキュウっとします。一分一秒でも早くぶちまけて、なんでもいいのでとどめを刺してほしいのに! もう! 遮らないでください!


「待ちません!! だって私、ジルがぐむむむ~っ!!」


 大きな手で口元を押さえられて最後まで言うことができませんでした。


「止めてくれ! 心臓が潰れる……!! 聞きたくない!!」


 なんですか、それ! 心臓が潰れる? それはこっちのセリフです。聞きたくない? ふざけないでください。意地でも聞かせてやる!!

 私は口を押さえるジルの手を思いっきりはたき落とすと、間髪入れずに叫びました。


「お前に嫌いと言われたら、俺は……!!」

「私、ジルのことが好きなんですよー!!」


「「は……?」」


 嫌う? 誰が、誰を?


「ジルが好きです」


「……聞こえた」


 ジルが長く深いため息をつきました。触れていた腕から、緊張をといて体をソファに沈ませたのがわかります。

 私は腕から手を滑るように移動させて、ジルの手に重ねました。随分と冷たくなっています。自分の熱と気持ちが伝わるように、キュッと力をこめて握ります。間違いなく思いが届くように。


「……私の『好き』ちゃんと伝わりましたか? ジルに恋してるってことですよ? ジルにだけ胸がドキドキするってことですよ? 側にいたいのはジルだけってことですよ?」


 言葉で気持ちを伝えるのはとても難しいです。ちゃんと伝わっているのでしょうか。私のオーラがジルに見えればいいのに。


「わ、わかってる。何なんだ。何でお前はそう極端なんだ。しかも前置きが悪い。寿命が十年は縮まった気分だ……」


 戸惑うような声と、今一つ私には理解できない内容の返事に不安がつのります。ジルのオーラが、心が見えればいいのに。わからないのってこんなに不安なんですね。


「私に……好きだなんて言われて迷惑でしたか?」


「違う!!」


 力一杯の否定の言葉も、私の不安の全部を取り除いてはくれません。オーラが見えない人達は、どうやって相手の真心を知るんですか? オーラに頼りすぎた私には、その方法がわかりません。


「ジル、好きです。どうすればいいか分からないんです。すごく好き……。共同戦線なんて、やっぱり嫌なんです」


 私は握っていた手を離すと、両膝をソファに乗り上げ、手でジルの腕をたどります。そのまま肩を過ぎると首にギュッとしがみつきました。くっついた体全部から気持ちが流れ込んでくればいいのに!


「……好きです」


 ジルの耳元でありったけの気持ちを込めます。少し声がかすれてしまいました。激しい運動をしなくても心臓ってこんなに早鐘を打てるものなのですね。こんなに暴れるように跳ねては、口から出てきてしまうのではないでしょうか。

 ジルの返事を今か今かと待つこの一瞬が、私の全てを追い立てて押し潰してきます。極度の緊張で体が熱い。

 必死に首にしがみついて浅く呼吸を繰り返していたのは、きっと本当は数瞬のこと。それでもジルが腕を私の背に回してくれるまでは、とても長い時間がかかったように思いました。拒否されなかったことに一気に力がぬけます。


「……お前が自分の気持ちに気付く前に俺が気持ちを伝えても、パニックでも起こして予想外な行動に出るんじゃないかと怖かったんだ」


 逃すことができずに体の中心にたまっていた熱が、四肢に向かって広がり全身を熱くします。沸騰した頭がオーバーヒートしてしまったように痺れて、もう思考をまとめることができません。分かるのは、好きな人に抱きしめられると、とても安心するんだということ。


「それに万が一逃げられたりしたら、立ち直れない自信があったし。……だからって結局後手に回ってたんじゃ、男として格好悪いのにな」


 耳元で囁くようにして話すジルの吐息がくすぐったいです。ゆっくりと髪をすかれて、心地よさに私は目をつぶってじっとします。


「今回のことでお前を失うことにならなくて本当に良かった。不甲斐なくてすまなかった。もう二度とこんな目にはあわせないから。愛想を尽かさないでくれて……ありがとな」


 ジルの声好きです。撫でてくれる手も好き。最早首にすがり付いているのも億劫になり、私は腕を解いてジルの胸元に収まりました。


「そうやって安心しきって体を預けられると……なんだ……その、ダメだ。顔がニヤける。いつでもこうやってもらえるように頑張るな。それにしてもお前、いきなり積極的で……照れるだろ」


 微かに笑う気配がします。胸から頬に響いてくる振動が気持ちいい。二人の心音が優しく重なって聞こえます。


「のんきに笑ってる顔も、むくれた顔も、これから先、ずっと側で俺に見せてくれないか?」


「……」


「俺も……お前が好きだ」


「……」


「よそ見をしないでお前一人を最後まで……あ、愛すと誓うから。面倒な立場になるが、二人で乗り越えたい。のんびりしたところのあるお前が、俺の隣りで屈託なく笑えるように努力もするから」


「……」


「リナ、頷いてくれないか。これから先の未来を俺の隣で過ごすと。お前が好きなんだ。愛してる。……、……、……リナ?」


「……、……、くー」


「っ!? おまっ!? 寝てんのか!? 嘘だろう!? ふざっ、ふざけんなよ!? おい!! リナ!!」


「……、くー、……」


「……おい!!」


「ふぐっ、……、ぐー」


「……くそっ。いつからだ……いつから寝てた……俺の一世一代のプロポーズが……」


「……、くー、……」


「……幸せそうな顔して寝やがって。……はぁ、なんだコレ。もう一回言わなきゃならないのか。マジか……」


「……、ふふっ、ぐー」



本日もありがとうございました!


ちょっと今回、迷いながらの投稿です……。

なんか、もっと、こう……!!

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