ピンチに駆けつけるのはヒーローとは限らない
前話の『外でお茶』を『室内でお茶』に変更しました、話の流れは変わってないです。
すみません~(;^_^A
ダッシュで来た道を戻ると柱に寄りかかるように座ってうなだれる男性の姿が……。
「す、すみませーん!」
私の声にハッと顔を上げて立ち上がります。
「えぇっと、そのですね。お、お手洗いに急に行きたくなりまして!」
わかってますよ……苦しい言い訳なのは。ですが他に制止を振り切って脱兎の如く走り去る理由ってありますか? 私には思い付きません。
男性の訝しんだ表情がいたたまれませんが、なんと言われようとコレで通すつもりです。
「もう、大丈夫ですから! お待たせしました!」
やけくそな気持ちに、スッキリさわやかな笑顔をのせて言い切ります。
「そ、そうですか。では、参りましょうか」
気を取り直したのか、男性は私の先に立って歩きはじめました。
最初の恐怖が去ってみると、この男性も悪役としてどうなのだろうと頭をひねります。グレン様とやりあって勝てる見込がないです。特に先程の途方にくれてうなだれる姿を見せられては、そう評さずにはいられません。
それにしても、何が悲しくて全力で逃げた道を引き返さなければならないのでしょう。ちゃんと無事に終わったら、グレン様に一切合切納得いくまで説明してもらわなければ。
奥まった場所を抜けると少し開けた庭に出ました。表の薔薇を主にした植栽と違い、すこし地味な仕立てですが、趣があっていい感じです。
そしてそのまま、庭に面した一室に通されました。部屋はサロンではなく一般の客室です。ですがここでお茶をするようで、テーブルには既に用意が万端整っています。
周囲に他の人の気配はありません。ここまで怪しさ満載ってどうなのでしょう。オーラが見えなくても引っ掛からないのではないでしょうか。
そもそも赤いオーラの方は、悪巧みには向かない傾向があります。行き当たりばったりなところがあるというか、無計画行動派というか。
どう考えてもこの方は、悪役として三下もいいところ。なんだか可哀想な気持ちまでわいてきて、隣にいる男性をしみじみと見て、ふと気づきました。やっぱり、さっき会ったあの人とどことなく似ています。
「もしかしてグレン様と血縁の方ですか?」
青い髪に灰色の瞳、配色が同じですものね。オーラは正反対ですけど。
「……えぇ。申し遅れました。私は、オーバン・アルトーと申します」
あー、仲は最悪みたいです。表情も固くなりましたが、オーラがピシピシと揺れて、イライラとした感情が伝わってきます。グレン様の話は禁句だったようです。
髪や瞳の配色こそ同じですが、本質はグレン様とは似ても似つかないですね。グレン様は冷静沈着ですが、こちらの方は直情型。グレン様は性格の難は置いておくとしても色味自体は普通に綺麗です。しかし、こちらの方は長年降り積もった澱で濁っています。
というか、コレってジルやイェリク様絡みと言うより、アルトー家のゴタゴタに巻き込まれているのではないでしょうね? それなら契約外労働ですよ!
「えぇと、イェリク様はまだいらっしゃらないですね」
「そうですね」
椅子を引いていただいたので、大人しく着席します。
「こちらの紅茶は殿下がお選びになったものですので、是非召し上がってください」
すぐに目の前に赤茶に輝く紅茶が用意されました。おおお。こういう場合、やっぱり毒を疑いたくなります。ここに来た当初、ジルをかばって寝込んだ苦い思い出も甦ってきます。
「せっかくなので、イェリク様がいらっしゃるまでお待ちします」
「いつも殿下が遅れる時は、お相手の方に先に勧めるよう申し付かっておりますので、ご遠慮なさらずどうぞ」
間髪を入れずに切り返してくるところは、グレン様そっくりです。
目の前の紅茶はキラキラとしてとても美味しそうではありますが……。オーバン様にじいっと凝視されたまま、私は恐る恐る舐めるようにカップに口をつけ、ソーサーに戻しました。
「お口に合いませんか?」
僅かも減っていない量を見られては弁解の余地もありません。
とくに変な匂いや味はしませんでしたし、ここは性格は悪くてもオーラは綺麗なグレン様を信用しましょう。いくらなんでも死ぬことはない! ですよね……。はぁ、私はなぜこんなに体を張っているのでしょう。
「……とっても美味しいです」
飲んでみた結果、普通の紅茶でした。おどおどして損しました。
「それはよろしゅうございました」
「……はい」
少し気がぬけて、眠気が襲ってきます。朝御飯もなしでお腹もすいているので、綺麗に並べられたお菓子も気になりますが、人間は食欲と睡眠欲だと後者が勝るのですねぇ。
「私は殿下の様子を見に席を外します。宜しいですか?」
「……は、い」
窓から射し込む光り穏やかで、ポカポカとして……、なんだか……。
◇◆◇
バンバンバンバン!!
『リナ様ー!!』と遠くでメルリア様の声が聞こえます。
ドンドンドンドン!!
『リナ様、こちらにいらっしゃいますの!?』と今度はアリサ様ですね。
ガッチャガチャ!! ダンダン!! ガツガツ!! ガッタンガッタン!!
ちょっとヤバイ音してますよ? あー、私、寝てるんだ。パチッと目をあけます。
「いやーーーーーっっ!!」
私は覚醒と同時に思いっきり足を蹴りあげます。目の前にいる覆面をした男の顔面にクリーンヒットして、相手はぶっ飛びました。しかし少しの罪悪感もわきません。なぜって? あろうことかこの男、ベッドで私に覆い被さってスカート捲りあげてたんですよ!! 胸元も微妙にはだけてるし!! 覆面つけて顔隠したってオーラでわかるんですよ、オーバン・アルトーっ!!
私は服を掻き寄せるとベッドから飛び降りて、扉に駆け寄って鍵をあけます。雪崩れ込んできた皆様を見て、先頭にいたメルリア様に抱きつきました。
「リナ様!? ご無事ですか!?」
それ、私が聞きたいです! 私、無事ですか!? 怖くて確認できません!!
抱きついたまま無言でフルフルと首を振る私の背中を、皆様が優しく撫でたり叩いたりしてくださいます。
「ちょっと、貴方……あっ!!」
アリサ様が私から離れる気配がして、私は顔を上げてそちらを見ます。
窓からオーバン(こんなやつ呼び捨てです)が逃げて行きます。
「逃がしません!!」
飛び出したのはマリーベル様。いやいやいや! ほっといていいですよ! 危ないから側にいてください!
伸ばした手が触れる前に、マリーベル様の進行を遮るように急に知らない男の方が現れて、行く手を阻みました。どこからわいて出た!?
「これ以上勝手な行動しないでよー。とりあえず、ここで待機しといて」
なんでしょう。この緊迫感のない方。
私より年下のようですが、このオーラは見覚えがあります。能力実証の時に、全身をローブで隠して登場した赤に黄色の方!
「あ、僕、リナ様の護衛でずっと天井裏にいたんだ。おっぱいは触られてたけど、チューなし勿論本番なしだから安心して。じゃねー」
そのままオーバンを追って窓から出て行ってしまいました。
「「「「「……」」」」」
おっぱいは……。私はギュッと自分の体を抱き締めます。
「リナ様!!」
「!?」
隣にいたライラ様が私の両手を取ると、ガバッとご自分の両胸に押し付けました。
「リナ様! 胸を触られるくらい何ですか! よくあることですわ!」
ライラ様細いのに私より大きい……いや、そうではなくって!
「そうです! 気になさることはありません!」
「私のもどうぞ!」
今度はアリサ様とマリーベル様が、私の片手ずつをとってご自分の胸元へ。
「あの、はい、えー……、ありがとう、ございます」
なんと反応していいのやら、対応に困ってメルリア様を見つめます。
「わ、私はやりませんわよ! ……も、もう! しようのない方ね!」
顔を真っ赤にしたメルリア様は私の顔をギュッと胸に抱き寄せました。す、すごい弾力!! しかもいい匂い……ではなくて! ねだるつもりで見つめたわけではないのですよー!
「リナ!!」
大きな声で名前を呼ばれて反射的に顔を上げました。
うっ!! 眩しいー!! 私はメルリア様の豊満な胸元に再び顔を埋めます。
「女同士で何をやっているのですか」
続いた声はグレン様です。
「普通、ピンチを助けるのはヒーローの役目でしょう。悪役の現行犯逮捕もならず、どうしてくれるんですか」
『どうしてくれるんですか』じゃないですよ! 本当に嫌だ、この人!
要するにグレン様の筋書きとしては『私が拐われる』『ピンチになる』『ギリギリのところでジルが助けに入る』『悪役を現行犯逮捕』としたかったってことですよね? 先程の皆様が来たタイミングが既にギリギリだったと思うんですけど!
「リナ」
再びジルに名前を呼ばれましたが顔を上げられずにいると、メルリア様から奪うようにして私を抱き込みます。顔を見たかったですが、それができないので目をつぶったまま胸に額をこすりつけます。ジルはよりギュッとしてくれました。
「すまん。グレンが何か企んでるとは分かっていたんだが、いつものことだと思って放置してた。嫌な思いをさせて……」
「ジルベルト様! リナ様を返してくださいませ!」
メルリア様はすごい剣幕でジルに噛みつくと、私をグイッと引っ張って再び柔らかな胸に抱き込みます。
「ご自分の侍従の手綱も握れない方が、気安くリナ様に触らないでくださいませ! どの面下げて今頃いらしたの!? 衛兵より先に来たって少しも評価できませんわよ!? 主従そろってボンクラですわね!!」
メルリア様、強い。ですがジルが少し可哀想です。グレン様の手綱を握れって、無茶ぶりもいいところですよ。それにこの局面で、何かやらなければならないことがあって忙しかったようですから。
「メ、メルリア様、ジルは用事があったので……」
「まぁ! リナ様、庇う必要はございませんわ。さぁ、参りましょう!」
荒い鼻息とはうってかわって、背中を押す手は優しいです。私は皆様に囲まれて歩きはじめました。振り返って様子を見たいですが、眩しいのでそれもできません。黙ってしまったジルが気になりますが、背中を向けたまま言葉をかけるわけにもいきませんし、そのまま進むことにします。
何よりメルリア様が私のために怒ってくれていると思うと、胸が熱くなりました。
「皆様、助けてくださってありがとうございます。扉を開けて皆様の顔が見えた時、すごくすごく安心したんです」
「もう少し早く助けて差し上げたかったです」
眉毛を下げて少し困ったような顔をされるアリサ様に、私は首を振ります。十分ですよ。本当にありがとうございます。
一度目に逃げた時に会ったのが皆様のうちのどなたかだったら、どんなに良かったか。やはりあの腹黒と関わって良いことなど一つもありません。しかも危ない目に遭わせておいて、最初の一言がダメ出しとかふざけるな! と言う感じです。今後また何かある時は気合いを入れて立ち向かわなければ。
「とにかく、お部屋に戻って一息つきましょう。リナ様、お顔の色が悪いですもの」
ライラ様の言葉に皆様が一様に頷きます。
お部屋って最初にいた方ですよね。もう一人は嫌なので、少しでも皆様と近いところにいたいです。自分から何かしているわけではないのに、ここに来てから色々と起こりすぎです。許容量オーバーもいいとこです。
「それにしてもお二人のあのお顔、ごらんになりました? 特に殿下のあんな表情はじめてです。さすがメルリア様」
マリーベル様がふふっと笑うと、それに合わせて皆様もクスクスと笑います。ジル……どんな顔をしていたのでしょう。それにしても、皆様の優しげな忍び笑いにすごく癒されます。なんて居心地のいい雰囲気でしょうか。
部屋に戻って皆様のお喋りを聞きながらお茶でもすすれば、もっと気持ちが落ち着くことでしょう。そして一息ついたらとりあえず寝たいです。
着替え、お喋り、お茶、枕、と欲求を頭の中で唱えながら、ふらふらとする体を支えてもらいつつ、私は頑張って自室へと足を進めるのでした。
本日もありがとうございます!
一生懸命ヒーローが一番乗りで助けに入る展開を考えたんですけど、
ご令嬢方のリナへの愛が深くて無理でした(笑)




