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契約その四に則って

閑話挟んだ&少し間があいてしまったので、本編をお忘れの方に(^_^ゞ


女装王子がリナの監禁部屋を退出した直後からです。

 ジルが退出して再び静かになった部屋で、私は今しがた頂いた飴の蝶を眺めます。本当に綺麗です。

 ですが、これ、どこから食べよう……。いきなり羽をちぎるのは衝撃的なので、とりあえず触覚の部分をポキッと取って口に入れました。少なすぎてすぐ溶けてしまい、味がわかりません。触覚が一本だと格好が悪いので、もう一本。ほんのり甘い気がします。

 触角がなくなってしまった蝶ですが、原型はとどまっているので鑑賞価値はまだ衰えていません。

 箱に納められたままの状態でしばらく眺め、ふと蝶が止まっている台座の部分が気になり、根本をそっと摘まんで箱から引き出します。すると、シャラっと涼やかな音を立てて銀の鎖が現れました。

 これネックレスですよ。ヘッドの部分に蝶が止まってるデザインになっています。

 そういえばジルが『俺のやりたいものと、お前が欲しがるもの』って言ってましたよね。ジルがやりたいものがネックレスで、私が欲しがるものが飴ってことですか。確かに私は食べ物で正解ですけど、ジルのは……首輪でしょうか。別にもう逃げようなんて思ってないのに。

 釈然としない気持ちはあるものの、プレゼント自体はとっても嬉しいので、今はこの素敵な蝶を()でることにいたしましょう。

 蝶が止まっている部分を摘まんで光にかざすと、乳白色の中に浮かぶ虹色が、ゆらゆらと変化して目を楽しませてくれます。色んな角度に傾けてかえすがえす眺めますが、揺れる虹色はいくら見ていても飽きません。

 しばらくそうしていた私でしたが、違和感を感じて掲げていた手を胸元に戻しました。あれ……。


 と、溶けてきてるー!!


 太陽の光と私の体温のダブルパンチで、ピンと伸びていた羽が力を失って垂れてきてしまっています。

 私は慌ててパクっと片方の羽を口に含みました。優しい甘さでとっても美味しいです。そこそこ大きい蝶なので、口に含むと左右の頬の壁にあたります。

 一生懸命舐めてはいるものの、目の前にあるもう片方の羽の元気がみるみるなくなっていきます。なまじリアルな蝶だけに、なんだか可哀想です。

 急がなければという一心で半分噛むようにして胃に納め、しなくれてしまった反対の羽に取りかかります。

 両羽を味わって一度、顔を離し……しばし固まりました。あれですね。芋虫ですよ。溶けてて精巧な状態ではなくなってますが、もう一度言います。芋虫です。可愛くない。

 ですがこの芋虫をいつまでも眺めているわけにはいきません。なんとかしないと。私は意を決してかぶりつきました。少し微妙な気持ちになりつつ飴を味わいます。

 だんだんと舌に感じる甘味がなくなってきたので、ネックレスから口を外しましたが……ギョッとしてしまいました。

 蝶が止まっていたヘッド部分が、なんと! 大きな宝石ではありませんか。ダイヤモンドではなかろうか、とない知識で考えます。

 これ、私には猫に小判。豚に真珠。いや、まさか、イミテーションですよね? ほ、本物だったらどうしましょう……。私のヨダレでべとべとなのですが……。と、とにかく拭きたい。綺麗にしたい。

 私はワゴンにあるグラスに水を注いで、その中で揺するようにしてネックレスを洗います。水の中でダイヤモンド(仮)が光を乱反射させて、細かな虹の粒を振り撒いています。この輝きはマズイですよ。本物度アップです。

 グラスから引き上げて布巾で優しく拭い、掌に乗せてまじまじと見ます。


 これを私にどうしろと!?


 訳もなくキョロキョロと周りを見回し、再び手元に視線を戻します。その辺に置いておくわけにもいきませんし、ここは首輪は首輪らしく身に付けた方がいいですよね。それが一番なくしたりしないでしょうし。

 普段やりなれないネックレスの装着作業に手間取った私ですが、何とかしっかりと着けることができました。胸元を触ってダイヤモンド(仮)の存在を確かめます。

 ほんのりと冷たい感触を指先で転がしていると、トントンとノックの音がしました。


「失礼致します」


 そう言って入ってきたのは、知らない男性。というか、オーラが怪しい! 赤い色がドロドロと滞っています。絶対何か良からぬことを考えています。

 青い髪にグレーの瞳、作ったような笑顔を浮かべて……あれ? この組み合わせは……。


「王太子殿下がここにお一人でいては退屈でしょうと、お茶を一緒にと仰ってます」


 いや、嘘です。私は頬をひきつらせながら、身の危険を感じました。ジルの嘘つき! ここは安全だと言ったではありませんか。


「あ、あの、お気遣い痛み入りますが……、へ、部屋が素晴らしく居心地がいいので、大丈夫です」


「殿下からのお誘いを断るおつもりですか? さ、参りましょう」


 だから! 絶対嘘ですよ! やだやだ、行きたくないー!

 笑顔で嘘を言ってくるこの方と違って、私の顔は大いに引きつっているはず。立ち上がって歩くように促されますが、売られていく子やぎの如く、なりふり構わず行きたくない! と足を踏ん張ってもいいでしょうか。

 あ、でもこの密室で行動を怪しまれて退路を無くすより、一応大人しく従って隙を見て逃げた方が得策かも。


 上手に作られた笑顔にこちらも引きつった笑顔で応じながら、私は覚悟を決め、イェリク様とお茶という名の罠に自ら足を進めるべく扉をくぐります。

 後ろに遠ざかる監禁部屋が名残惜しい。できるなら私だって良い子で待っていたかったです。ですが、さっきの今でジルが来てくれるはずもありませんし、他に助け船がやってくるとも思えません。取り敢えず進むしかないです。


 扉の前には誰かが来る度に話し声が聞こえていたので、てっきり見張りがいると思っていたのですけど誰もいません。こんな時に限ってなんでいないのでしょう。

 誰かの目に止まればいいと、歩調を限りなくゆっくりにしていますが、それも無駄な抵抗です。

 このまま付いて行ったとして、私はどうなるのでしょうか。命の危機を感じるほどの禍々しいオーラではありませんが、楽しくないことが起こるのは確実です。劣悪な状態で監禁されるのでしょうか。それともどこかに売り飛ばされるのでしょうか。掌が緊張でキュウッと収縮する感じがします。手汗がふき出てくる……。


 そ、そういえば、グレン様が私に護衛をつけているって言ってましたけど、その人は今どこで何をしているのでしょうか。今が働き時ではありませんか。それとも助ける程でもないとの認識で出てきてくれないとか? どちらにしても一度も姿を見たことがない存在なんて、当てにならなさすぎる。やはり自分で何とかするしかないみたいです。


「きょ、今日はいい天気ですね。そ、それで、どちらまで行くのでしょうか?」


 現在、以前散歩した庭を通りすぎて、普段は足を踏み入れない場所まで来てしまいました。


「もうすぐですよ」


 精一杯明るい声で言ったつもりでしたが、男性はものすごく素っ気ないです。

 そうこうしている間に、どんどん日陰の人の気配のない方に向かっています。脚力にものを言わせれば何とかなるのは、これより後にはなさそうです。これ以上知っている道筋から外れて、さらにはどこかに連れ込まれたら終わりです。今しかない。

 付かず離れず手を伸ばせばすぐに捕まってしまう距離感にいる男性から、私は気づかれないよう細心の注意を払いながらジリジリと離れます。そしてすうっと息を整えて、勢いよく逆方向へ走り出しました。


「どこへ行かれるのです!?」


 後ろから叫び声が聞こえますが、振り返るなんてことはしません。最終目的地は自分の部屋ですが、とにかく人がいそうな道を選んで逃げなければ。

 あぁ、スカートが足にまとわりついて邪魔です。動きやすい格好なら、私のトップスピードはこんなものじゃありません。気持ちばかりがせいで足がもつれそう。


「待ちなさい!!」


 先程よりも少し声が遠退いたような気がします。どうやら私の脚力の方が相手より上のようです。気持ちに少し余裕ができました。このまま振り切って駆け抜けて見せましょう。


 息がそろそろ苦しくなってきた頃、やっと見慣れた廊下まで来ました。ここまで誰にも会わないなんて珍しいですが、後は部屋に駆け込んでしまえば私の勝ちです。あの角を曲がって少し行けば自分の部屋だというところで、横合いから腕を取られてたたらを踏みます。強い力で掴まれた二の腕に、新手の出現かと心臓が跳ねました。


「!? グレン様!!」


 眉間に皺をよせて立っているのは、見慣れた腹黒侍従です。常々味方とは思っていませんが、現時点では味方分類でいいでしょう。良かった。助かりました。


「グ、グレン様! 私、今追われてて、早く……」


「知っています。余計な行動をとらないでいただきたいですね。ここは黙って捕まってくださらないと」


「はぁ!?」


 グレン様の発言は敵認識せざるをえない内容で、私は慌てて腕を振り払おうともがきます。ですが二の腕に食い込むほど強く握られていて、どんなに力を込めても痛みが増すだけで外れる気配はありません。


「色々と事情があるのですよ。首尾よく行ったらちゃんと助けますから、大人しく戻りなさい」


「い、いやです! グレン様は信用できません!」


 せっかくここまで逃げてきて、もうすぐセーフティーゾーンだというのに回れ右なんてしませんよ。

 大体、出会ってから今までのどこに、グレン様を信用するに足る言動があったでしょうか。とても言うことを聞く気にはなれません。


「貴女のせいで計画が台無しです。令嬢ならば令嬢らしく大人しく捕まって、怯えながら助けを待つべきではありませんか?」


 ヤバイ! 笑顔が黒い! 頭で考えるより体が反応します。グレン様の表情とオーラを見て産毛までが逆立ちました。腕を取られているのを気にしている余裕もなく、私は少しでも距離をとるべくグレン様に背を向けて足を前に踏み出します。

 一際強く二の腕を引っ張られて、食い縛った歯の隙間から潰れた蛙のような声が出ます。グレン様、容赦がなさすぎます。


「まったく……。ここで気絶させられて敵前に放り出されるのと、自分の足で戻るのと、どちらがお好みですか?」


 こんな二択、以前もありましたよね。どちらにしても逃げることはできないという。

 二の腕がギリギリと締め付けられて痛すぎます。絶体鬱血してますよ。


「十、九、八、……」


「い、行きます!  自分の足で!」


 いきなりはじまったカウントダウンに、焦った気持ちを煽られて、結局理不尽な二択を受け入れてしまいました。ニヤリと笑うグレン様が怨めしい。


「では、捕まるまでしっかり見届けて差し上げます。いってらっしゃい」


「っ!! 絶対助けてくださいよ!? 絶対ですよ!?」


 私は半分涙目でグレン様に念を押します。身の安全を反故にするほど鬼畜ではないと信じたいです。


「わかってます。早くなさい」


 グレン様の受け答えが軽すぎて不安が増すのですが。この温度差はなんなのでしょう。大した説明もなく敵地に赴けなんて、私は決死の覚悟なんですよ? そんなちょっとそこまでお使いに行くようなやり取りって……ないです。


 こうなれば、一言でも物申さなければやってられません。涙目で睨み付けます。


「ここで私が頑張ったら契約その四に該当しますよね!? 特別賞与を要求します!」


 ですが、私の精一杯の抵抗をグレン様は鼻で笑いました。


「わかりました、検討しましょう」


 表情はおろかオーラさえぶれないその様に、悔しさしかわきません。心の中で捨て台詞を吐いて、来た道を戻るために走り出します。


 憎き腹黒め! いつかギャフンと言わせてやるー!



本日もありがとうございます!


少しペース落ちてますが、こんな感じで10月は進みたいと思います(´▽`*)ゝ

よろしくお願いします!

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