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閑話 フェリクスとトリアンナの舞台裏

フェリクス・セロ・エルヴァスティ

王様です。

名前を出すタイミングがつかめず今更です(;^_^A

「フェリクス、体調はいかがですか?」


「トリアンナか、もう起き上がれる。だが、ベッドからは出るなと言われてな」


 結婚して二十八年。二人きりの時に見せるトリアンナの笑顔はとても柔らかい。出会った時からは考えられない変化だ。

 実際は違っていたのだが、結婚してからの数年は、彼女がロークの間者として我が国に輿入れしてきたのだと信じて疑わなかった。

 母国ロークの裏をかきたい。大切な人を失うのはもう嫌だ。ロークとエルヴァスティのいさかいをなくしたい。と気持ちをぶつけてきた時の苛烈な瞳に、心を揺さぶられた衝撃は今も色褪せない。

 既存の先入観を持たずに、公平なものの見方をする世継ぎを育てたいのだと言われた時は、気が遠くなった。刹那的な改革ではなく、足元からの変革を目指す姿勢にトリアンナの本気を見た気がしたからだ。

 母国に残してきた弟とも固く約束している、次世代に望みを繋げていきたいのだと言葉を重ねられて頷き、今がある。


 トリアンナは私の掛け布団を軽く直すと、ベッドの横に置かれた椅子に腰かける。


「ゆっくりしていただきたいのは山々なのですが、事態が動いておりますので、お話をしておかねばと思いましたの」


「すまん。私の不調が露見したのが不味かったな」


 かねてより体調に不安があったものの、上手く騙しながらやっているつもりだった。今よりも前に倒れる可能性もあったと思えば、最悪のタイミングではない。だが、やはり隠せるならばもう少しそうしておきたかった。


「フェリクスは根をお詰めになるから……。それよりも今はジルベルトのことです」


「あぁ、随分と見せつけていたからな」


 好きな女を前に我慢が利かず、面白いほど浮かれていたのには驚いた。しかし複雑な状況を忘れてあれだけ見せつけたのは、ジルベルトの悪手と言うしかない。


「そうなのです。今回のことで、あの子もまだまだ若いのだと痛感いたしましたわ」


 呆れる程の器用さで外面を駆使し、(てい)よく女性をあしらっていたジルベルトだったが、初恋に自制がきかず阿呆になったな。随分と遅い息子の初恋を目の当たりにすると、心が生温かいもので満たされる。


「最初は口出しするだけで事足りると思ったのですけど……。囲った方が安全と判断しましたので、あの娘は手元に置くことにしました。失うわけにはまいりませんので」


 悪役王妃を演じて、自らをトップとする王妃・王太子派を掌握しているトリアンナだ。その彼女が気に入ったと公言し、手元に置くことがあの娘にとっては一番の安全になるだろう。

 ジルベルトの妃候補の筆頭ではあるが、トリアンナもイェリクの側妃として望んでいるとなれば手を出しづらい。


「だが、ジルベルトは荒れただろう?」


「えぇ、昨晩噛みついてきましたので『あの娘には王太子の子を産ませる』と煽っておきました」


 なるほど。上手く言ったものだ。周りの者は疑問を持たず、ジルベルトには言葉の裏をかくように仕向けたわけだ。


「まずは順当に進めてイェリク、最終的にはジルベルト、それで筋書は決まりか」


「そうですわね。あの娘と先に会ったのがイェリクだったならば、違う道もあったかもしれません。ですがそうではなかった」


 イェリクは真面目だが脆く、ジルベルトは要領はいいが冷めている。

 当初の予定ではこのままイェリクに王位を譲り、ジルは補佐にと考えていた。

 しかし、あの娘ならば欠点を補うことができると判断したわけだ。そして選ばれたのはジルベルト。


「いい機会だ。あれには一つのことに夢中になる情熱が足りない。一度もがむしゃらになったことのない者はいざという時に踏ん張りがきかないからな。ここでそれを学んでもらおう」


 なりふり構わない姿を見せもらい、ついでに覚悟も決めてもらわねば。


「あの娘の判断は君に任せてはいたが、それにしても随分とお眼鏡にかなったんだな」


「えぇ。夜会ではじめて会った時は、驚いて不審に感じただけだったのですけれど……」


 あぁ。すごい顔で睨まれた挙げ句、いきなりズバズバと心情を当てられたと言っていたか。


「一対一で話をして思いましたの。あの娘には心眼があります。私が望むものを一緒に眺めることができる。手元に置いて……相応しい教育はわたくしが施します」


「はは、これまた相当な気に入りようだ。それにしても、これは大穴だったな」


 オルディス家、ユーセラ家、バシュレ家、リッチモンド家の娘が候補になったのは予想通りであったが、いっさい眼中にない令嬢の名前が上がったのには意表をつかれた。

 だいたい、あのふざけた契約書を提出してきた時に不思議に思ったのだ。だが、ジルベルトには人を見る目があったということか。

 当初の予想では、あれのことだから、バシュレ家かリッチモンド家を選んでのらりくらりとやるとばかり思っていたからな。

 トリアンナと共に、ジルベルトがこの局面で誰を選んでどう動くかを見極めようとしていたが、一人の何の変哲もない娘の登場がこんな結果を生もうとは予想だにしなかった。


「やっとここまで来たか」


 思い返せば短く感じるから不思議だ。

 ローゼが亡くなり、ジルベルトに婚約者をあてがおうとする反ローク派を牽制するため、思えばその頃からトリアンナの悪役ぶりに磨きがかかったのだったな。

 ジルベルトが反ロークの思想に毒される前に、イェリクを王太子に据えることでジルベルトを守り、逆に王太子となったイェリクがロークに染まらないよう、自分が見定めた相手と結婚させた。

 その間、全ての汚れ役を背負って尚彼女の輝きは衰えない。


「あの頃望んでいたものが、やっと形を成してきましたわね」


 トリアンナと共にしばし思いを馳せる。いつでも焦燥に駆られながらそれを黙殺し、前に進み続けられたのは(ひとえ)にお互いの存在が大きい。

 特に王位継承候補の二人には、なかなか手を焼かされた。長い気持ちで成長を見守ろうと決めたものの、いつまでたっても二人で一人前という判断にしか至れず時間は流れるばかり。

 そこに私の体調不良だ。ここで倒れて今までの苦労が水の泡になってしまうくらいならと、ジルベルトの妃選定に踏み切ったのだが……良い方に向かってくれて一安心というところか。


「だがやはり、いくら体調が思わしくなかったとは言え、衆目の前で倒れてしまったのが悔やまれるな。とんだ失態だった。年はとりたくないものだ」


「仕方ありませんわ。ジルベルトの妃選定に合わせて臣下の粛正を、最後の仕上げとばかりにあれだけ秘密裏に進めれば、体に無理がきて当然です。ご自愛なさってくださいませ」


 労りに満ちた言葉が身に沁みる。

 私が王位を継いでから臣下の整理も随分進んだ。古く固い頭をもった者達を徐々に重役から締め出し、二国が手を携える環境は整いつつある。

 私が穏便な世代交代を進める一方で、トリアンナのやり方は実に果敢だった。過激なローク派の人物がいれば一時的に気に入ったと重用しておき、折を見て自身の不興を買う形で切っていく。その手腕には舌を巻かずにはいられない。

 穏やかな王と苛烈な王妃。二人で演じ分けることで、周りに明らかな疑問を持たせることなく、長い歳月をかけてここまで来たのだ。


 トリアンナが悪役とロークの間者役を演じ続けてくれたことで、どれ程やり易かったことか。

 派閥のトップに彼女が立つことで、情報も行動も統制され、大きな混乱が起こらないようにしていたなどと誰が思うだろう。


「本当に、君には敵わない。何でも思い通りにしてしまうのだから」


 最愛の女性に尊敬の気持ちを持って眼差しを向けたというのに、私の選んだ言葉がいけなかったのか、トリアンナは途端に険しい顔になってしまった。


「何を仰るのです! あの馬鹿息子達がいつわたくしの思い通りになったというのですか!」


 夫婦喧嘩に発展して私にいいことなど、過去を振り返っても一度もない。早々に落ち着いてもらわなければ分が悪い。


「ち、違ったか?」


「息子というものは母親にとって未知の生物ですわ……。物事に対する考え方も答えも、わたくしの予想の範疇を大きく超えていきますもの。それに伴う行動は最早理解不能で……」


 何かを思い出すように珍しく遠い目をするトリアンナに、思わず吹き出してしまい再び睨まれる。

 次男のヨエルについては私も頷かざるをえないが、イェリクとジルベルトはそこまで突飛な発想や行動はないように思うのだが。

 しかし何度も言うが、私に喧嘩に発展させたい気持ちは皆無だ。反論するなど以ての外、即謝ろうと口を開きかけたが、先を制されてしまった。


「何を笑ってらっしゃるの! もっと素直な子でしたら、ここまで苦労することはありませんでしたのよ! 揃いも揃って生意気に育ってしまって!!」


 いやいや、君にそっくりだろう。とこっそり心で思う。決して言葉にしてはいけない。なるべく落ち着いて聞こえるよう配慮しながら、私はずっと考えていたことを口にする。


「もう少し頑張ろう。そして一段落したら、皆で一緒にお茶をしようではないか」


 私の言葉にほんの少し悲しそうな顔をする。私にさえほとんど見せない顔だ。イェリクに対して大きな期待をもって接することで、二人の間にできてしまった壁は厚く高い。全てにケリがついたならば、トリアンナの苦労が報われるように、全力で架け橋となろうとずっと決めていたのだ。

 しかし悲しげな顔など一瞬で隠し、ツンと顎を上げながらした返事はつれない。


「お気になさらないで。わたくし、最後まで悪役を演じきるつもりですのよ」


 お互い年をとったとはいえ、彼女のこの仕種が私はとても好きだ。可愛いとさえ思う。


「そうは言っても寂しいだろう?」


 トリアンナの形の良い唇が弧を描く。


「ふふふ。そうですわね。ですが、それがわたくしの美学です。とは言え、あの娘に引きずられてジルベルトは気が付いたかもしれません」


「もし、気が付いたならすごい成長だな」


「えぇ、本当に」


 しめやかに笑いあっていると、扉の外で声がした。


「陛下、お耳に入れたき議がございます。御前宜しいでしょうか」


「許す」


 入室してきたのは、私の側仕えだ。彼はチラリとトリアンナに視線をやった後、私に小さく耳打ちをする。


「……王妃、何か良からぬことを企んでいるのではあるまいな?」


 私の固い問に、彼女もまた妖艶な顔で答えた。誰もが見慣れている高飛車で傲慢な王妃の顔だ。


「まぁ、何のことやら見当もつきません」


 トリアンナをそう評したものの、私とて王妃を冷たく見る王の顔をしているだろう。私も彼女も他人の前でいがみ合う姿が(とう)が立ちすぎて、何の違和感もなく切り替えができてしまう。


「お前と王太子付きの侍従に、私が倒れて以降不審な動きがあるとの報告だ」


「あら、わたくしもイェリクも与り知らぬこと。言いがかりはお止めくださいませ」


 私の隣で側仕えはトリアンナを睨んでいる。その視線に気付きつつも一瞥もくれず、背筋を伸ばして真っ向から私の視線を受け止める姿は、悪役を演じながらもとても気高い。


「……状況判断は任せる。引き続き職務を遂行しろ。下がれ」


「はっ!」


 側仕えが退出してから息をつき、向き直る。


「それで、本当は?」


「まぁ! 疑ってらっしゃるの?」


 わざとらしく口元に手を当てた仕種は少女のようにも見え、そんな風に表情を変える様はいつでも私の心を捕まえて離さない。私も口元と目元が緩むのを止めずに、心のまま微笑んだ。


「全ては君の掌の上、だろう?」


「そうとばかりではありませんと申しましたのに……」


 少し不服そうなトリアンナの次の言葉を待つ。


「……あの娘を餌に最後の炙り出しをしようと思いましたの。ここで動かなければ白、動けば黒と。どうやら後者になりそうですわね。熱心に仕えてくれた者達でしたが……わたくしに対する信奉が間違った方に向かってしまったのでしょう。仕方がありませんわ」


 トリアンナのカリスマ性に魅せられた数人が、盲目的であるとは聞いている。やはり私が倒れたのと、ジルベルトが妃を決めるのが重なり、行動を起こす切っ掛けになったのだろう。


「その娘の安全に抜かりはないのだな?」


「ご心配には及びません。私の懐に置いているのですよ? それにジルベルトのところの護衛が密かについていますし、アルトー家の末子など状況を把握しつつも何やら画策しているようですから。囲って守るのは簡単ですが、大事にはならないでしょうから、ここは若い者達に任せることといたします」


 私が倒れるというイレギュラーな事態さえ、彼女にとっては進むための手段となる。何より我が妻は、私よりも良い目と耳を持っているようだ。私とてぼんやりとしているつもりはないが……、このところ良い姿を見せる機会がない。

 急にトリアンナが何か気づいたように首を傾げた。


「ですが一つ言わせていただくと……。誰が動くかは、予想の範囲を出ておりませんでしたのよ。そしてここからも、まだ予測の段階にすぎません。この状況で私がしたことなど、娘の部屋に着けた護衛を外しただけですもの。どう転ぶかはまだ確証はありませんのよ? 私が何か手を出したという程のことではありませんでしょう?」


 全く、どの口でそれを言うのやら。最小の、それも周りには意味もなく見える命令で、どれだけの結果を得ようとしているのか……本当に敵わない。

 私はこっそりと息をつく。変にでしゃばらず、ここは彼女に任せよう。何より山場はその後だ。


「それで今後の見通しとしては、馬鹿息子達が揃って好き勝手言いにくる、であってるかな?」


「えぇ、そのように」


 トリアンナは艶やかに微笑む。


「……凄い悪役顔になっているぞ」


「ふふっ。それが私の役割ですもの。ここがこの先十年の正念場ですわね。フェリクス、邪魔はなさらないでね?」


 この笑顔を見せられては、私が言えることなどいつだって一つだ。


「お手柔らかに頼む」



本日もありがとうございます!


やっとこのお話まで辿り着きました~

少し肩の荷がおりました(´▽`;)ゞ

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