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自覚はなくても心の奥で

 監禁生活二日目の朝です。脳ミソをフル稼働させたので気がたっています。

 かろうじて根性でしっかりご飯はいただいたものの、昨晩は一睡もできず今に至ります。私って土壇場には強い方だと思っていたのですけど、案外繊細だったみたいです。


 窓から入る日の光の具合からそろそろ朝ご飯が運ばれてくるかな、という時間帯です。扉の外で話し声がしますので、どうやらピッタリ時間のようですね。

 ノックの後、カチャリと音をさせて扉が開いたので、そちらに視線をやります。


 ま! 眩しいーっ!!


 この眩しさは……ジルベルト様、でしょうか? 眩しくて様子を窺うことができない私は、ワゴンの滑車音を聞きながら下を向き、入ってきた人物の言動を待ちます。ずっと俯いていましたが、入ってきた人物は私の顔にそっと眼鏡をかけてくれました。やはりジルベルト様だったのですね。そうですよ、こんな眩しい人が何人もいたら困ります。


「ジルベ……!?」


 美女!? 顔を上げるとそこには予想を反して、金髪碧眼の壮絶美女が!! こんな綺麗な女の人がこの世にいるなんて! すごく好みの顔です。トリアンナ様とは違った柔らかくて甘い感じの美女ですよ。


「おい、何を呆けてるんだ、この馬鹿!」


「!?」


 美女が暴言を吐きました!


「わからないのか! 俺だ!」


 お、俺って、じゃあ、やっぱり……。


「ジルベっむぐぐぐーっ!?」

「シーっ!! デカイ声出すな!」


 思わず叫びそうになった私の口をジルベルト様の大きな手がふさぎます。

 あ、ジルベルト様の匂いがします。本物みたいです。


「いいか、大声だすなよ?」


 私はコクコクと頷きます。ゆっくり手を離したジルベルト様は私の顔をじっと見ると、大きくため息を吐きました。

 見れば見るほど美人です。薄く化粧までされて、侍女の制服姿のジルベルト様はどこからどう見ても素敵な女性です。女装姿も完璧すぎて、ネタとして笑いもおこらないレベルです。ここに来るために、わざわざ女装までしてきてくれたのでしょうか。


「ジルベルト様、メチャクチャ美人ですね……」


 まじまじと見惚れていると、ジルベルト様に顎を下から押さえられました。どうやら口まで開いていたようです。


「口閉じろ! ほんと馬鹿だな! 会って最初の言葉がそれか!」


「……馬鹿馬鹿言わないでくださいよ。すごく反省してます。すみません」


 若干、唇が尖ってしまったのはご愛嬌。なんの成果もなくただ監禁されているこの状況、お叱りをうけるのは最もだとよくわかっています。


「お前……すごい隈だな。寝れなかったのか?」


 そうですよ。私のような女でも眠れない夜くらいあります。考えるより感じろ! な私がない頭をフル稼働させた挙げ句、もしかしたらイェリク様が来るかもしれないという緊張で、ベッドになんて入る気になれませんでした。万が一イェリク様のお手つきになったら、ジルベルト様のお妃候補からも外れて、このままひたすら王宮生活をするのかと思ったら……。

 この部屋に今入ってきた人がジルベルト様で本当に良かったです。


「……私、このままジルベルト様に会えなかったらどうしようかと……」


 充血してしょぼしょぼした目でジルベルト様を見上げます。


「わ、悪かった」


 予想外の一言に目が点になりました。お叱りを受けるどころか謝罪されるなんて、どういうことでしょう。


「も、もっと早く来たかったんだが、父上や王妃の所に行ったり、兄上に相談したりと色々とやることがあってだな……、いや、お前を後回しにしたとかではなく、おい、泣くなよ!」


「えっ?」


 トリアンナ様の例もありますから、勝手に涙が出ることもあるかと、私は自分の目元に手をやりますが特に涙は流れていないようです。気持ち的にも泣きたい気分ではないのですし。

 もしかして充血した目が泣いているように見えるのでしょうか?


「私は別に……」


「悪かったって」


 急にギュッと抱きしめられて息がとまります。し、死んじゃう。色々苦しくて胸が……。

 とりあえず深呼吸をしようとゆっくり息を吸った私でしたが、胸一杯にジルベルト様の匂いを吸い込んでしまい、余計に心臓が煩くなってしまいました。

 こ、こんなことしてる場合じゃない。私はジルベルト様の胸を力いっぱい押して距離をとります。


「ジ、ジルベルト様、それより……」


「いい加減覚えろよ。『ジル』だろう?」


 この際、どっちでもいいかと諦めます。このやり取りも、もうそろそろ飽きてきましたからいいですよね。


「ジル……国王陛下のご容態はいかがですか?」


「あぁ、落ち着いて今は話もできる」


「そうですか! 良かったですね!」


 ずっと心配してたのです。今国王陛下に何かあれば混乱必至です。イェリク様は(ふさ)いだまま王になり、ジルだって気持ちが定まらないまま動かなければならなくなります。


「当面はな。父上は体調が悪いのをずっと隠してたみたいだ。自分に万が一のことが起こる前に、俺の妃のことと継承問題を何とかしたかったらしい」


 そうです、それです! お妃候補のお話!


「あの! そのことでお願いがあります!」


 ジルからお妃様の話が出て、私はトリアンナ様の発言以降、悶々と考えていたことを口にしようと決意します。寝ずに一晩考えた結果、これしかないと思いました。どうか拒否しないでください。大きく息を吸い込むと、ジルの手をギュッと握りました。


「ジル! 私と結婚してください!!」


「!?」


 思いっきり目を見開いて硬直してしまうジル。こんなお顔ははじめてで、私の発言にどれ程の衝撃を受けたかがわかります。


「ちょ、ちょっと待て!! お前、急に何言って……」


「私じゃやっぱりダメですか!? 他の候補の方でお決めになってましたか!?」


「い、いや。俺は、最初からお前が……」


 否定の言葉が出る前に押しきらなければ!


「私、気がついたんです!!」


 私の勢いに押されて口を閉じたジルは、ゴクリと喉を動かします。そして……。


「待て!! 男の俺から言わせてくれ!!」

「ここは共同戦線をはるのが一番だと!!」


「「??」」


「……悪い、続けてくれ……」


 ジルが眉間を指で揉みながら、苦悶の表情を見せます。色好(いろよ)い返事はいただけないのでしょうか。同時に何か言いかけていたように思いますが、先を譲っていただけるのならお言葉に甘えましょう。ここは私なりに考えたメリットをプレゼンして、お気持ちが傾むくことに賭けるしかありません。


「色々と考えたんです。昨日、王妃陛下からイェリク様の子を産むように言われて、絶対に嫌だと思ったんです。ですからイェリク様と関係を持つ前に、実質はどうあれ建前上だけでもジルの妃に収まってしまえばいいかな、と。ジルはジルでまだ誰かに絞っていないなら、どちらの派閥にも属していない私にしておけば都合がいいですよね?」


 お父様と話した時に、なるほどと思ったのです。雇用の立場にある私はジルにとってお妃としては圏外だと思っていたのですけど、盟友としては私がこんな状況に身を置く立場となった今、ギブアンドテイク、なかなか良いパートナーになり得るではありませんか。


「せ、正妃なんて贅沢なことは言わずに側妃でもいいんです。その方がグレン様も言ってましたが、用が済んだり……その、他に気に入った方ができたら捨て置けるし……」


「……お前がこんなこと言うなんて、おかしいと思ったんだ。わかってたのに騙された。くそ! しかもここにきてグレンか!」


 ジルがやや怒りモードに突入です。ここで怒らせて私の意見が通らなかったら、望まぬ未来が待っています。謙虚な姿勢で何とか頷いていただくところまで持って行かねば。


「あの、もちろん、その立場にいる間は全力をもってお務めを果たそうと思います! いい加減なことをしてジルの足を引っ張るようなことはしないと約束します! 妃に必要な社交も勉強も頑張りますから!」


 ジルは私が握っていた手からすり抜けると、逆に握り直します。


「……お前、一つ可能性を忘れてる。俺がお前を妃に迎えて、その後誰にも心動かされなかったらどうするんだ? ずっと俺の側にいるのか? 俺はお前が妃になってくれるなら、他を迎える気はない」


 あまりにも真正面から見つめられると、どうしていいかわかりません。頭が沸騰します。自分から逆プロポーズして驚かせたのに、結局私の方がしどろもどろになっています。


「ちゃ、ちゃんとそれも考えました。私はジル、なら……いいです。側にいます。ジルが嫌じゃなければ、ですけど……。その、私じゃ、やっぱり……」


 嫌ですか? と聞こうとして、喉がつまりました。どうか、嫌だと言わないでください。

 私の言葉にジルは握った手とは逆の手で顔を覆ってしまいましたが、考えがまとまったのか『わかった』とお返事をいただけました。

 拒否されなくて良かったです。言葉を待つ間、ギュッと縮こまっていた心臓がドクドクと動いているのを感じます。私はその動きを助けるために深呼吸をしました。


「……でも、やっぱりお前、ちゃんと意味がわかってないだろう?」


「えっ?」


「俺がお前以外を妃に迎えないってことは、俺の子はお前が産むってことだぞ? 兄上から逃げても俺に捕まるんだ」


 も、もうガッチリ捕まってますよ。両手をしっかりと握られて身動きもとれませんが、目だって離そうにも離せません。なんて深い青。


「えっと、私以外にお妃様を迎えないと……その、まだ、決まったわけではないです……よね?」


 無言で『そんな事は聞いてない』と圧力がかかります。い、息が……。


「……あっ、あの、き、貴族の娘として誰かに嫁いで、 その人の子を産むのなら……ジ、ジルの子を……う、うっ……」


 耐えられず視線を落としました。ですが、ジルは掴んでいた両手を離すと片手で私の顎を持ち上げ、もう片手で腰元を引き寄せてグッと距離をつめてきます。


「おい! こっち見ろ!」


「……ジルの子なら、う、う、産める……、……と思います」


 破顔一笑。すごい破壊力です。笑みこぼれるってこのことを言うのでしょう。こんな間近で壮絶美麗顔を見せられて、私は混乱の極みです。

 ジルは微かに喉の奥で笑うようにしながら、近い距離のまま言葉を続けます。


「すごい矛盾だな。気付いてないだろう? でも、それがお前の本心だぞ?」


 そんな指摘をされてもわかりません。どこに矛盾がありました? もう大混乱で余裕もないですし離してほしいです。それなのに生唾を飲み込んで固まっていた私を、ジルはギュッと胸に抱き込みました。ぐえっ、物理的に苦しい。


「まぁ、いい。それで一つ確認だ。王妃は『イェリクの子を』と言ったのか?」


「……いえ。『王太子の子を』と」


 私がトリアンナ様に言われたのは、『イェリクの側妃に』と、『やはり王太子の子を』の二つです。


「わかった」


 顔が見えなくてもこんなに抱き締められていたら、結局心臓の負担は大きいです。行き場のない自分の両手を苦しい胸に当てようと動かすと、ジルが掴んで自分の腰に回させました。そのまま抱き合った姿勢で話が続きます。

 私、死んじゃう……。


「お前相手に急いでも仕方がないとは思っていたんだが、俺もそこそこ焦ってたんだ。事態が急変するなんて少しも考えてなかったから。いつだって今日と変わらず明日がくるんだと思ってた」


 ジルの手が私の髪を優しくすいてくれます。


「お前も……自覚しているかは甚だ疑問だが、俺と同じ気持ちなんだとわかったから、楽な道に逃げるんじゃなく、進もうと思う」


 私はいつからジルの手が、匂いが、声が嬉しくなったのでしょうか。最初はドギマギするだけで、離れたくて仕方がなかっただけでしたのに。

 それにしても頭を撫でられるのは気持ちが良く、徹夜した私にはジルの言葉は最高の子守唄です。ぼんやりとしてしまって内容がいまいち入ってきません。


「それでな。滑稽だとはわかってるんだ。本当は色々考えてたのに……。こんな場所でこんな格好で、はっきりとした言葉もなく渡す……渡さずにはいられない俺を許してくれ」


 ジルは片手だけを食事の用意が乗ってるワゴンに伸ばすと、手のひらサイズの半球型の箱を取り出しました。わずかに開いた二人の間で蓋を開けると、乳白色の繊細な蝶がお目見えします。


「飴細工なんだが……、俺のやりたい物とお前が喜びそうな物を合わせてみた」


 飴!? この精巧な蝶が、あの食べて美味しい飴で出来ているのですか!? 虚ろだった目をかっぴらいて凝視します。見れば見るほどよくできています。


「すごい!! しかも可愛いし綺麗です!」


 しかもこの乳白色の飴、光の加減で不規則にほんのりと虹色に変化するではありませんか。


「嬉しいか?」


「はい!」


「じゃあ、褒美をくれ」


「??……、……、……あっ!! ま、まって!」


 本当に私は浅はかですね! あんなに何を貰っても喜ばないぞ、と心に誓っていたのに。

 ですが貰って嬉しい気持ちに嘘はありません。ありませんが、ジルの迫る唇を手で押さえました。


「なぜ?」


 手の下でジルの唇が動く感触が、私の顔に当たる柔らかな金髪がくすぐったいです。


「ジ、ジルが、あまりにも美人で、その、変な気分が……」


「……」


 あ、ジルの目が死にました。で、ですが、あまりにも完璧な女装で……。只今のエフェクトは百合ですよ。しょうがないです、よね? 気分が削がれたのか、ジルも体を離します。ふう、やっと息ができます。


「……はぁ、わかった。その飴、すぐ食べないと溶けてくるからな。早く食えよ?」


「え、食べられないですよ!」


 たとえ飴とは言え、こんな芸術品を食べるなんてもったいないです。


「それならまたやるし、ちゃんと本物の蝶も一緒に見に行こう」


 そう言えば、前にも蝶の話題があがったことがありましたが、やっぱりジルベルト様は蝶がお好きなんですね。私はあまり興味はありませんが、付き合えと言われればお供いたします。


「またやること出来たから行くが、兄上の手がつくことはないし、ここは一番安全だから安心していい。良い子で待ってろよ?」


「はい」


 美女なのに笑顔が男らしくて少し笑えます。ここに閉じ込められてから緊張しっぱなしでしたが、気持ちが軽くなりました。


「あの、その、すぐ迎えに来てくださいね」


「あぁ」


 ジルは私の頭をグチャグチャにかき混ぜて鳥の巣にすると、その後は振り返らずに出ていってしまいました。

 急に静かになってしまった室内で、私は手元の蝶に視線を落とします。そしてしばらくぼんやりと、その場に立ち尽くすのでした。



本日もありがとうございます!


リナが本当にもう、ねぇ、困った子です(;´∀`)

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