部外者ポジションで結構です
「まぁ! ジルベルト様!!」
メルリア様、声のトーンが違いすぎます。素晴らしい変わり身の速さ。ですが肺と心臓を圧迫する空気は、一瞬にして霧散しました。
「皆さんにお会いしたくて、少し仕事を抜けてきました」
これぞまさしく王子様、という爽やかで穏やかな声がします。たぶんメルリア様とアリサ様だと思いますが、ふふふっとか、まぁ! とか楽しそうにはにかんだ声をあげています。
私はいっさい顔を上げられないので、とりあえずここからは音声のみお届けします。
「こんなに美しい方々に集まっていただいて、私は幸せ者ですね。王宮での生活はいかがですか? 何か不便はありませんか?」
「まぁ、お上手ですこと。王宮は庭も同じ、ご心配には及びませんわ」
「恐縮ですわ。殿下とご一緒できるならば、他に欲しいものはございません」
「ありがとうございます。既に何不自由なくしていただいてますわ」
「不便などありません。このような経験めったにできませんもの。感謝しております」
ま、まずい! 一人一言ずつ何か言わなきゃいけないんですかね!?
「……ご、ご飯も豪華で美味しいです。ありがとうございます!」
「「「「「……」」」」」
「……まだ知り合ったばかりの方もいます。これから親交を深めていきましょう。いずれどなたかを選ぶとしても、一人一人と向き合う時間を作るとお約束します」
「昔はよく遊びましたが……。また共に過ごせると思うと楽しみですわ」
「私ともよく遊んでおりましたよね? ぜひ旧交を温めつつ新たな関係を築きましょう」
「私は父の仕事柄、機知に富んだ話題で殿下を楽しませることができますわ。退屈はさせません」
「慣れない王宮ですので、殿下のお時間がある時に案内していただけたらとても嬉しいです」
「……よ、予定がいっぱいのようですので、私のことはお気になさらず」
「「「「「……」」」」」
「……そ、そうですか。えー、私はそろそろ戻らねば。では、皆さんゆるりとしてください」
よ、よかった。殿下ご退場ですね! 少し間をあけてから、そっと顔をあげるとご令嬢方が私に注目しています。
「貴女、早くお帰りになった方がよろしいですわよ」
「……あ、はい。そのつもりです」
唐突にメルリア様が言うので、私も条件反射のように返してしまいました。ご令嬢方の目が、可哀想な子を見るものに変わりました。敵認定から外されたのをひしひしと感じます。
いいのですよ! 万々歳です! 後は家に帰れる日まで当たらず障らずしていればいいのです。いつ帰れるのかは謎ですが。
◇◆◇
働かざる者食うべからず。家訓に反することができず、と言うか反しようとしても妙な拒否反応で体と心がムズムズしてしまう私は、王宮内にある図書室に通いはじめました。本日で四日目です。
豪華すぎる食事、大きくてふかふかなベッド、朝起きてから寝るまで全て自由時間。贅沢は敵とまでは言いませんが、自堕落が招くのは明るい未来のはずがありません。
そこで図書室です。王宮で雑草ぬきやら繕い物やらするわけにもいきませんし、頭に知識を詰め込んで帰ろうと思いつきました。王宮の物品を持って帰るのは窃盗ですが、頭の中のものは持って帰れる! と言うことで、せっせと読書に励んでいます。
読むのはもちろん農業全書。知らない農法や植物の特性を片っ端から詰め込んで、少しでも我が領の農業効率をあげられたら、ここに来た意味もあるというものです。
「ここにいましたか」
ま、眩しい!!
本棚の影から突然現れた光に防衛本能が働きます。要するに目をすがめて顔を背けました。
「……で、殿下! ご機嫌よう!! な、なぜこのようなところに!?」
顔を背けたものの瞬時に席から立ち上がり挨拶ができただけで、私的には大健闘です。
「なぜって、今日は貴女と過ごす日でしょう? 侍女から聞いていませんか?」
クスクスと殿下は笑っている様子です。直視できないので、あくまで気配でそう感じるだけですが。
それにしても殿下は寛容なお方です。恥ずかしがるというには大袈裟な程、目も合わせず顔も上げないような女を気にする素振りもありません。これが失礼な行動であることくらい、礼儀知らずの私でもわかります。わかりますが、自衛のためには致仕方ありません。
流石に即お手打ちと言うほどのことではないですが、やはり神々しいオーラをお持ちの方は器が違います。
いや、この場合は失礼なヤツめ! と気分を害していただいて、早急に退場命令を受けた方がいい気もしますね。
「じ、辞退したと思うのですが。私などにかける時間があれば、他のことをしていただいたほうが有意義です、と」
そうなんです。ご令嬢方と一緒に過ごす時間を作ると言ったのを有言実行するべく、殿下は一日につき一人ずつと会っていらっしゃるのです。
昨晩、次は私の番だと侍女さんから聞いてはいたのですが、全力で辞退申し上げたはずでした。それなのに。
「今日はランドール嬢と過ごす以上に有意義な時間の使い方はありませんよ」
殿下にここまで言われてしまえば、私ごときに否やはありません。無念。私は分厚い本をそっと閉じると、すごすごと棚に戻しました。
「ランドール嬢は何かしたいことはありますか?」
ここで一人で読書がしたいです。と心の中で答えてしまったことを責めないでください。
「いえ、とくには……」
「では、庭の散策でもしましょうか? 今は薔薇の見頃ですよ」
小さくはい、と返事をすると少しの沈黙が訪れました。
「エスコートはさせてもらえませんか?」
恐れ多いことに、殿下はどうやら私に向かって手を伸べているようです。私はギギギっと音がしないのが不思議なほどのぎこちない動きで、顔を僅かに上げました。視線は殿下のおなかの位置まで上げるのが限界です。
しかし、お手を確認することができました。確認できたら、できてしまったら、その手をとるしかないではありませんか。殿下に恥をかかせるわけにはいきません。
私は仕方なく、人生初! 男性にエスコートされるという経験を余儀なくされたのでした。
本日も読んでくださってありがとうございました!