口説き文句は総スルー
「お嬢様、おはようございます。お支度をお願いします」
「??」
私、すごい寝ぼけているのですが、この侍女さんは誰でしょうか……。見たことのないやや年配の方です。ハディさん以外が私のところにお世話に来ることなど、今まで一度もありませんでした。しかも時間は早朝です。
「お早くお願いします」
有無を言わせない様子に仕方なく従います。悪いオーラを放っていませんし、とりあえずは大丈夫そうという判断です。
何度か話かけようとタイミングをみるのですけど、忙しそうに動き回ってる上に視線をいっさい合わせてもらえないので、なかなか切り出せません。
手早く身支度を整えられた私は、そのまま追いたてられるように部屋を出されそうなり、扉の前で足を踏ん張ります。
「あの、どこへ行くんでしょうか?」
「部屋を移るようにとのお達しです」
引っ越しですか? 聞いていませんが、ジルベルト様の指示でしょうか。いや、そんなはずないですよね。昨日は部屋で大人しくしていろと言われたのですから。
「どなたのお計らいでしょう?」
「王妃陛下にございます。お話もあるとのことですのでお早くお願いします」
「!!」
まずい展開です。早朝故にどこかはっきりしない頭が一気に覚醒しました。自重しろと言われてしばらくは部屋で過ごそうと思っていましたが、これって拒否権ないやつですよ。私に気を付ける意思があっても、避けられない時の対応を指示されていません。
「まぁ、このような時間に何をなさっているのですか?」
私が時間を稼いだからか、ハディさんが私の部屋に来る時間になっていたようです。相手の顔を見て何かに気が付いたようで、私を庇うように仁王立ちします。
「リナ様は第三王子殿下のお妃候補としてこちらにいらっしゃるのです。どちらにお連れしようというのですか?」
すごい。年配の侍女さんの貫禄に怯むことなく、立ち向かうハディさんは、なんと頼もしい背中をしているのでしょうか。二人の間にバチバチ火花が散っています。
ですが、頭が覚醒したところで、私にも考えがわきました。
「ハディさん、ありがとうございます。でも、私、行きますので」
私の言葉に目を見開くハディさんと、満足そうに息を吐く侍女さん。
何も、逆らえない相手を前に、素直に出頭に応じるわけではありません。国王陛下が倒れたこのタイミングで、トリアンナ様が私に部屋を移らせてまで話したいことがあるというのは、何かしら意味があるのだと思ったのです。普通なら私になど構っている暇はないはずだ、と。
私自身も機会があるならば、トリアンナ様とちゃんとお話ししたいと思っていたので好都合というものです。
自重しろと言われたことが頭を掠めますが、この時この場所で私にしかできないことがあれば、やっておきたいと思いました。
昨日お父様に会って、何が一番大切か考えさせられましたが、結局一つには絞れませんでした。それでも思い浮かんだ何人かの人達とちゃんと向き合うためには、ここのまま流されるだけでは駄目だとの考えに至ったのです。
ハディさんに大丈夫ですと、笑顔を返して侍女さんの後に続きます。すごい早足で、あっという間に以前イェリク様と散歩をした庭園の脇の道まで来てしまいました。さらに侍女さんの歩みは止まりません。
「どちらのお部屋まで……」
「こちらのお部屋がリナ様のお部屋です、こちらで待つように、と」
「えっ? うわっ!!」
おもむろに扉を開けた侍女さんに、トンっと背中を押されてつんのめります。私を押し込むと侍女さんはバタンと扉を閉めました。そして続くカチャという音。急いでノブを回しましたが開きません。
なんで!? 閉じ込める必要ありませんよね!?
「すいませーん!」
ドンドンドン!
「開けてくださいー!」
ドンドンドン!
「……」
返事はありません。部屋を移ってトリアンナ様とお話をするのに、監禁する必要ってないですよね。私、逃げも隠れもせず素直に応じたのに!
と、とりあえず、閉じ込めるのであれば無駄なことだとは思うのですけど、一応窓の確認もしましょう。
クルリと振り返って視界に写る部屋は、今まで使わせていただいていた部屋より数段ランクが上のようです。
全ての家具に細かい彫り模様が入っており、所々についた細工は金です。ソファの座面はベロアでなく、緻密な草花柄の刺繍が施されたもの。絨毯も織りの細かな厚手のものが敷かれています。
一番重要な窓は……。近寄ってレースのカーテンを開けると、そこには花と蔓の形になっているオシャレな鉄格子がはまっています。
「どうしましょう……」
私は高級ソファに恐る恐る座りました。座面を撫でるとシルクの糸の凹凸が、手にすべらかにあたります。
こうなってしまったからには、誰か来るまで待たなければすることがありません。無抵抗の相手に対して、こんな仕打ちってありますか? ひどいです。
と言うか、こんな対応されると不安になるではありませんか。
「……」
私は座面の蔓模様を無意味に指でたどります。
とにかくトリアンナ様とお会いした時のために、言いたいことと聞きたいことをまとめておきましょう。集中しようとしましたが、その前に紺碧の瞳が頭にチラつきます。
と、閉じ込められるとは思っていなかったんです! 私なりにお役にたちたかっただけなんですよ! と脳内のその人に無意味に言い訳をします。
はぁー。ジルベルト様、怒りますよね。
◇◆◇
「……随分と剛胆な娘だこと。起きなさい!」
はっと飛び起きた目の前には、腕を組んで私を見下ろすトリアンナ様が。何時もより早く起きたために寝てしまっていたみたいです。ヨダレと顔に痕がついていないか確認しながら、咄嗟に立ち上がりました。う、すこし目眩が。
「呆れた。ジルベルトは一体どこが気に入ったのかしら……」
眉を顰めるトリアンナ様ですが、そんなお顔も美しいです。
「まぁ、いいでしょう。貴女にはここでイェリクの側妃として生活してもらいます。イェリクの渡りをお待ちなさい」
「は?」
そのお話はイェリク様が断ってくださったのではなかったでしょうか。
トリアンナ様とお会いできたらと、色々と脳内シュミレーションしていたにもかかわらず、先に先制攻撃をくらってしまいました。
「話は以上です。使いの者に言わせても良かったのだけど、貴女にも覚悟が必要と思ってわざわざわたくしが出向いたのです。よろしいわね?」
「いえ、よろしくありません!」
咄嗟に返してしまいましたが、そうですよ、側妃など断固拒否です。それにこのまますんなり帰したら、話すチャンスさえ逃します。そんなこと許されません。何のためにここにいるのやら。
反論されるなどとは思っていなかったのか、トリアンナ様の反応は一瞬遅れましたが、すぐに形の良い眉がキュッと寄せられます。
「生意気な口を二度ときけなくしましょうか? わたくし、思い通りにならないモノは壊してしまいますわよ?」
すごい悪役顔にセリフなのですけど、ついでに迫力もすごいのですけど……。
これだけ綺麗なオーラをお持ちなのです。無意味に害してくるようなことは、絶対にないという信頼感があります。迫力に気圧されることはあっても、恐怖にすくむことはありません。
ですので私、頑張ります! サシでお会いできるなんてチャンス、今後もあるなどと思ってはいけません。今こそ私にしかできないことをする時です。成果をあげて、俺様王子様と腹黒侍従が納得する結果を出してみせましょう!
「王妃陛下! 私にお話をする時間をください!」
「貴女、自分の立場がわかっていて?」
「はい! もちろんです!」
張り切りすぎて気持ちが先走ったからか、元気よく返事をしすぎたでしょうか。王妃様の眉間に深いしわが刻まれ、ついでに深いため息もつかれます。
「仕方がないわね。聞きましょう。わたくしの気が変わらないうちに手短になさい」
上から見下ろす体勢を崩さなかったトリアンナ様が、ソファにお掛けになります。背筋がピッシリと伸びて凛とした佇まいは、さすがとしか言いようがありません。私もなるべく姿勢よく、テーブルを挟んだ対面に座りました。この威圧感に負けないようにしないと。
色々考えましたが、戦略はなしの直球勝負。グレン様だったら腹の探りあいがうってつけでしょうけど、私には向きません。遠回しな言い方をして、伝わらないなど本末転倒です。私らしく小細工無用でつっこみます。
「夜会でお聞きしたことに、お答えをいただけませんか? 王妃陛下はなぜ悪役を演じているのでしょう」
この質問をした時の、トリアンナ様のすごい眼光と一喝が脳裏にちらつきます。口にするのにかなり勇気が要りましたが、この答えをいただければ色々なことが見えてくる気がします。
気後れしている姿を見せてはいけないと、正面からトリアンナ様の視線を受けて言葉を発した私でしたが……まずかったかもしれません。トリアンナ様の顔から表情がなくなりました。オーラも警戒するように揺れています。これはいくらなんでもストレートすぎたのでしょうか。ですがこれ以外に言い方は思い付きませんでした。
「私には王妃陛下がとても立派な方に見えるんです。ですので、なぜご自分を悪く見せているのか不思議で……」
おおぅ、どんどん雲行きが怪しくなってます。ですがここから改善する方法がわかりません。やらない後悔よりやる後悔! 私は言葉を続けます。
「誠実で誇り高くて……少し頑固ですけど、強い意思と信念をもって理想を求めてらっしゃいますよね? 周りに、さらには実の息子にまで誤解させたまま悪役を演じて、それでも欲しいものって何ですか?」
あああ、大失敗でしょうか。トリアンナ様は表情どころか、オーラも固まっています。どうしましょう、ちょっと泣きたいです。
ですが、またとないチャンスをいかせない役立たずなんて私はなりたくないです! ここまで来ることを決めたのは自分なのです。引かずに押します!
「王妃陛下がずっと遠くを見据えているのはなんとなくわかります」
そうなのです。トリアンナ様はなんというか、周りとは格が違うと感じました。誰も目を向けていないその先に欲しいものがあるのではないでしょうか。
私は、それにジルベルト様もきっと、それが知りたい。
「も、もし、お手伝いできることがあれば協力したいのです。イェリク様の側妃は無理ですが……」
トリアンナ様は全然反応を示してくれませんが、ここまで来たら最後まで言うしかありません。
「私、はじめて王妃陛下のオー……お姿を見た時に一目惚れしたのです! どうかその胸のうちをお聞かせいただけませんか!?」
私のこのたぎる思いを受け取ってください! とばかりに一気に捲し立てましたが、トリアンナ様からは反応が返ってきません。そして再びつかれるため息。
私はこれ以上言葉を重ねることは、さすがにできません。もう出しきってしまいました。ですので、どうぞ早く何か答えてください。
そして、重く長い沈黙を破って発せられた言葉は……。
「そうね。やはり、貴女には王太子の子を産んでもらいましょう」
側妃通り越して子供って!? ト、トリアンナ様、私の話聞いてましたか!?
ん、でも待ってください。顔は悪役のままですが、オーラがすごく嬉しそうで『良いことあった!』と、口よりも目よりも雄弁に物語っています。トリアンナ様にとって良いことって、私にとっては……。
私が唖然としている間に、ニッコリと魅惑的に笑ったトリアンナ様はそのままご退出されてしまいました。パタンと静かに閉まり、カチャッと音をさせる扉に訳もなく釘付けになります。
ど、どうしましょう。
自重しろとのお言葉に逆らってまで乗り込んだというのに、トリアンナ様の本心は聞けずじまいのこの体たらく。成果ゼロです。むしろマイナスです。
マイナス……そうですよ。もし、もしですよ! トリアンナ様がイェリク様を丸め込んで本当に側妃に、なんてことになったら? さっきの笑顔が、その方法を思い付いたことからくるものだったら? 私にイェリク様の子を産むなんて無理ですよ!! だってそれってその子が将来的に王様になる可能性があるってことでしょう!? あ、ありえない……。
身の危険はないと信じていた私ですが、ご自分の目的のためには悪役を演じきるトリアンナ様です。私の命は脅かさなくても、貞操はその範疇ではないかもしれません……。
大体、私ってトリアンナ様にそこまで買われるほど魅力的な女でしょうか。今のやり取りにそんな要素ありましたか? トリアンナ様の好みがわからない。
いやいやいや、そんなことはとりあえずどうでもいいんですよ。余計なことを考えている場合じゃない。冷静に論理的に、この窮地を脱する方法を考えないと。頑張れ、私の脳ミソ! 今が働き時だ!
本日もありがとうございます!
リナ、から回ってます(;´∀`)
段々とトリアンナ様がどんな人かわかってきたと思いますが、気がついた方も今しばらくお口チャックでお願いします!




