重責の担い手
シリアス回です。
すごい難産でした(;´∀`)
「貴女、イェリクの側妃にお上がりなさい」
「!?」
なんですと!? いえいえ、無理ですよ。絶対無理。
「この後、イェリクにも時間をとるように言ってあります。東の庭園に行きなさい。いいですね」
「お言葉ですが、王妃陛……」
「話は以上です。お下がりなさい」
というやり取りが朝一番にありまして……。
昨晩の夜会でのことがあるので、戦々恐々としてお呼び出しに応じたわけですが、まさかの側妃になれ命令ですよ。青天の霹靂とはこのこと!
夜会からの途中退場後、ジルベルト様に部屋まで送ってもらって『話は後で聞くから俺が戻ってくるまで寝ないでまってろよ』と言われてたのですが、お戻りを待たずに就寝してしまいまして。
どうせ今日もサリタでコキ使われるから、お話とお叱りはその時でいいか、と思っていたのが間違いでした。
なんの報告も相談もできないまま、トリアンナ様の御前に立つ事態になるなんて普通思わないですよね。
さらには只今、王太子殿下とお庭を散歩中ですよ。
「母が無理を言ったようで、困らせてしまいましたね」
苦笑い気味に謝られてしまいました。そうですよね、こんなチンチクリンを側妃にだなんてご本人だって困って当然ですよ。
「いえ、そんな! 王太子殿下が謝られるようなことではありません。ですが側妃の件は……」
「えぇ、わかっています。私からちゃんと断っておきますから安心なさい。今日は貴女と少し話がしたくて母の求めに応じただけです」
おぉ、一安心です。
それにしても王太子殿下は、静かで穏やかですごく良い人です。そう言えば、ジルベルト様もそう言ってましたっけ。
「ですが、リナ『イェリク』ですよ。しかし、あの母に気に入られるとはさすがですね」
「えっ!?」
これって気に入られてる状況なのですか? てっきり嫌がらせ……いえ、トリアンナ様のオーラからするに、そんなことするはずないのですけど。
「ジルに不快感を与えるためだけに、その妃を無理矢理私の方に寄越したりはしないですよ。貴女を手元に置きたくなったのは、つまりはそういうことでしょう」
昨晩のどこに気に入る要素があったのか謎です。考え込んで険しい表情になっている私を見て、イェリク様はクスクスと上品に笑います。
「母も自分と正反対なところに惹かれたのかな。リナにはあの人のように醜い部分はないでしょうから」
待ってください、イェリク様。トリアンナ様が醜いなんてことがあるはずないじゃないですか。私、あんなに気高いオーラを見たのははじめてだったんですよ。何度思い起こしても、夜の星明かりに咲く一輪の薔薇です。
「王妃様は清廉潔白な方ですよ。それに愛情深い人だと思います。ただ自分に厳しく人にも厳しいだけで……」
私の発言にイェリク様が目を丸くされました。それほど驚かれるなんて、ご自分の母親をどんな目で見ているのでしょう。
「清廉潔白だなんて言葉が出てくるとは……。とても不思議です。貴女は昨晩はじめてあの人に会ったでしょうに。それにあれ程罵られたにもかかわらず、間に入った私より好意を持っているようだ」
イェリク様が複雑そうに微笑みます。そんなお顔をされたら、なんだか申し訳ない気持ちになってしまいます。
私は確かにトリアンナ様に好意を持っていますが、イェリク様と比べて贔屓しているつもりはありません。
「あの、私はイェリク様を否定しているわけではありませんよ? そんなお顔をなさらないでください。ただ皆様、王妃陛下のことを勘違いしてるように思えて……」
最初に王位継承問題の話しをグレン様から聞いたことを思い出してみても、トリアンナ様は悪の王妃として登場していました。昨晩の会話を考えても、うわべだけを見れば真性の悪役でしたし。
トリアンナ様自ら演技してらっしゃるようですが、現時点ではその理由は全然わかりません。
「勘違いもなにも、母がいなければ多くの問題が解決しますよ。私も今ほど悩まなくて良かったのではと、苦い思いもありますし」
う、うーん。イェリク様の感情は根が深いようです。ポッと出の私なんかが言うことを、信じろというのは無理みたいですね。
イェリク様のオーラもどんどん鬱々としたものになってきてしまいました。
「あの、王妃陛下はちゃんとイェリク様のことを大事に思ってらっしゃると思いますよ。勘違いがあるというか何と言うか……一度ちゃんとお話されたらいかがでしょうか?」
一生懸命フォローしたつもりなのですけど、イェリク様の表情もオーラもかわりません。
もどかしいです。これ以上、どうやったら伝わるでしょうか。
「大事に思っている? 物心ついた時より……ジルが生まれて以降も、世継ぎとして厳しい教育をすることしか考えてないあの人が? 私なりに真摯に取り組んできましたが、それが実を結ぶのはすごく難しい。私がどれほど頑張っても母の期待に終わりはありませんし、私がこの場に立つ限り周りからの否定的な意見はなくならない。上が混乱すれば民も困る。私には全てを内包する余裕はありません」
イェリク様はフイっと視線を前方に移すと、庭園の道を奥に奥にと進みます。そして背中を向けたまま続けます。
「それでも私しかいないのなら、やり抜いてみせましょう。それが義務です。ですが、現実はそうではない。適任者が他にいるのなら、この肩の荷を任せたいと思うのはそんなにいけないことでしょうか」
石畳の隙間から生えた小花が風で揺れているのをなんとなく眺めつつ、私は言葉を発することができません。イェリク様の背中が否定も肯定も求めていないように見えたからです。
イェリク様はとっても真面目な方です。どんな聖人君子にもアンチは存在するのですから、開き直ってしまえばいいのにそれが出来ないのでしょう。
責任ある立場として、物事を達観することが大切なのはわかります。ですがもっと単純に、ご自分の大切な人と物だけを考えて、欲しいものを欲しいと言ってしまえれば、今のお立場にあってももっと楽になるのに。我慢が過ぎれば絶対体によくありません。
私には上に立つ方の気持ちは理解できませんが、自分の幸せを知る人の方が、他人の幸せを想像するのが容易になると思います。ご本人の意思には反しますが、このまま順当に王として立った時に民によい国を与えるためにも、イェリク様は少し我儘になった方がいいのではないでしょうか。
とは言え、十も年下の私がこんなことを言うのは生意気以外の何物でもありません。結局、口をつぐむしかないです。
思考に耽っていたためか、あっという間に薔薇の生け垣の果てまで来てしまいました。大きな落葉樹のあるここが庭園の終点です。葉の隙間からキラキラと光が零れて、イェリク様の朱金の髪をやさしく滑っていきます。
振り向いたイェリク様が口を開きました。
「私に子がいないのを知っていますか?」
私は頷きます。
「ジルのこともありますから一概には言えませんが、私と妃の間にはもう十年も子ができる兆候がありません。今後も望みは薄いでしょう。側妃の話しは以前より何度も出ていますが、私は母のような女性をつくりたくない。なによりこのまま私に子ができなければ、王座をジルに渡すことができる」
そうはおっしゃっても……。
「ジルベルト様は王位を望んでいません。それに第二王子のヨエル様もいらっしゃいますでしょう?」
王位継承問題でいつも話題に上るのはイェリク様とジルベルト様ですけど、間にヨエル様がいらっしゃいますよね?
キツイほどはっきりした黄色のオーラが強烈な方でしたけど。
「ヨエルは駄目ですよ」
ヨエル様のお名前を出した途端にイェリク様の雰囲気が少し明るくなりました。なぜ駄目なのかはわかりませんが、悪感情からくる否定の言葉でないことは明らかです。
この様子からするに、周りの皆様からも話題に上らない程の明確な除外理由があるのでしょうね。
「私はジルベルトに玉座について欲しい。私よりずっと向いている。それともリナはジルには無理だと思いますか?」
私のような小娘にはずいぶん重い質問ですね。
「わ、私の意見は関係ないと思います」
それ以上なんと答えろというのでしょう。
イェリク様の視線が私を射抜きます。トリアンナ様と同じ琥珀の瞳です。
「いいえ、ジルが側に置いている貴女の意見だから聞きたい。ジルは王に向かないと思いますか? あの子には王など務まらない、と」
正直なところ、ジルベルト様がもし王座につかれたら、きっとそつなくこなされると思います。
イェリク様がその地位におられたとしても、国が傾くことはないと思いますが、今のままではイェリク様自身が苦しまれるでしょう。なによりご本人がそれを自覚なさってます。以前聞いた話の通り、トリアンナ様の母国であるロークの介入という不安材料もあります。
その点ジルベルト様はロークとは無関係ですし、気を抜くことを知ってらっしゃるので、うまくバランスをとれそうです。ただ、ご本人にやる気がないのですよね。そんな人が王座につくことにも疑問が残ります。
イェリク様とジルベルト様を足して二で割ったらちょうどいいのに。
「足りないところがあると思っているのでしょう?」
心を読まれたようで、一瞬ドキッとしました。
イェリク様は今日で一番かろやかな笑顔を見せています。
「それは貴女が補える。ジルのもとにリナが来てくれて、私は感謝しているのですよ。貴女が側にいると思えば良心の呵責もおきない」
「それって……」
言葉を続けようとしたところで、手をパンパンと叩かれ中断を余儀無くされます。
「さぁ、お喋りは終わりです。そろそろヤキモキしてる頃でしょう。一人で戻れますね? 私はもう少し風に当たっていきますから」
そうして背を向けられてしまえば、それ以上言葉を続けることはできません。私はイェリク様の背中に向かって『失礼します』と礼をとると、来た道を戻ります。
ジルベルト様とイェリク様の気持ちを知った今、頭がモヤモヤとします。私が考えたところで意味もないとは思いますが、トリアンナ様のお考えを知ることが問題解決の糸口になるのではないでしょうか。
気付いてみればこの王位継承問題に、いつの間にか両足どころか肩までどっぷりと突っ込んでしまっています。いつの間にこんな事態になっていたのでしょうか。私はため息をつきながら空を見上げたのでした。
本日もありがとうございます!
次話はいつもの調子に戻ります♪




