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夜会に咲く孤高の薔薇

 なぜだかジルベルト様、超不機嫌モードですよ。私とのダンスの時は最終的にご機嫌がなおって、あんなに楽しそうにしてたのに、やはりトリアンナ様との間に何かあったのでしょうか。


 ツカツカと歩みよると、私に背を向けてイェリク様に向き直ります。

 私のことを蚊帳の外にして……あ、何か内密なお話でもあるんでしょうか。でしたら邪魔者は退散します。早く誰か探しに行きましょう。


「どこに行くつもりだ」


 踵を返した途端にジルベルト様に腕をとられてしまいました。


「ここにいろ」


 最初に背中を向けたのはご自分のくせに、引き寄せて隣に立たせられます。腕を放してほしいです。


「ジル、意地悪ばかりじゃ駄目だろう? 女性には優しくしなければ。ですよね、リナ?」


 イェリク様、そこで私に話を振りますか。ジルベルト様が綺麗なお顔ですっごく睨んでくるではありませんか。

 私は知りません! 関係ありません! とばかりに首を振ります。


「ほら、ジルが怖がらせるからリナから笑顔がなくなってしまったよ」


 もう! イェリク様、ジルベルト様を挑発するのやめてください!


「本当にあなた達、楽しそうね。わたくしも交ぜてくださいな」


 トリアンナ様、再びのご登場です。ジルベルト様のご機嫌がナナメなもので、この方のことをすっかり忘れていました。


「ジルベルトは貴女に随分とご執心のようね。ダンスが終わった途端、さっさと一人で行ってしまうなんて」


 チラリとトリアンナ様が視線をよこします。すごい色気と迫力です。真っ赤な口紅が強烈ですが、この色がここまで似合う方もなかなかいないのではないでしょうか。その艶やかな唇がニッコリとつり上がります。


「この娘に子を産ませて、望むは壇上の席ですか?」


 うわー。ストレートですね。こういうのって遠回し且つネチネチとやり合うのがセオリーではなかったでしたっけ? というか、私はジルベルト様のお子を産むことはないのですけど、勘違いを正す勇気はありません。


「何を仰せか理解しかねます。が、我がエルヴァスティには誰かと違って優しく聡明な王太子殿下がおりますゆえ、何も心配はないでしょう」


 真正面から受けてたったジルベルト様の笑顔も、凄味があります。こんな風な笑い方もするなんて知りませんでした。


「白々しい。はっきりおっしゃいなさいな。義母の私が邪魔なのだと」


「そんなことは申しておりません。ただ王太子殿下と王妃陛下が似ずに良かったと申しております」


「それは異なこと。イェリクの瞳はわたくし譲り、性格だってわたくしに似て慈悲深いでしょう? 貴方がこうして嫁をとるまで無事に大きくなったのですから」


「そうですね。願わくばこれからもそうあって欲しいところです。痛くない腹を探られて、薬と偽り毒をよこされるのは懲り懲りですから」


 なんという身も凍る応酬でしょう。お二人とも綺麗なお顔をされていて、尚且つ笑顔を崩されないので得体の知れない恐ろしさがあります。普段のご令嬢方の言い合いなど、このお二人の前では秋口の風です。


「母上! ジル! 止めてください。どうしていつもそうなのです。珍しくダンスを踊っていたと思ったら、終わったそばからこれですか!」


 イェリク様がお二人の間に割って入ります。不愉快そうに眉間に皺をよせてらっしゃいますが、優しい顔立ちは醜く崩れません。こういう時に育ちがでるというか、イェリク様は上品さと穏やかさの固まりです。

 もちろん、ジルベルト様とトリアンナ様も上品ですよ。誰が見ても美男美女です。ですが自己主張がすごくて……。

 息を潜めて成り行きを見守っていると、バチっと正面からトリアンナ様と視線がかち合ってしまいました。


「あぁ、そうだわ。ねぇ、貴女、ランドール家の娘だったかしら? 私がジルベルトと踊っていた時にすごい顔で睨んだわね。宣戦布告のつもりかしら?」


 目があってしまったのが運のつき、突然舞台に引っ張りあげられました。トリアンナ様怖すぎます。発言を求められているのがわかりますが、声が出ません。ですが私がそんな命知らずなことするわけないじゃないですか!


……ん? あ!


 眼鏡をとってジルベルト様をうっかり視界にとらえた時でしょうか……。まさか、あの一瞬を見られたとか?


「それは違いますよ。この者は目が悪いので、よく見ようと目を細めただけでしょう」


 ジルベルト様、ナイスフォローです! そしてさりげなく眼鏡をはずすという、ナイスアシスト! これでトリアンナ様のオーラも見れます。


「眉間どころか鼻にまで皺をよせていたと思ったけれど……。ねぇ、貴女もジルベルトのどこがいいのかしら? あぁ、ご実家の窮状を救うのに尻尾を降ってエサをもらいにきたのでしたっけ?」


 セリフも大概ですが、顎を少し持ち上げて流し目をよこす様は、まさに悪役です。ですがトリアンナ様のオーラを目の当たりにした私は、それに気を止める余裕がありません。


「母上、言葉が過ぎます! このような場で何をおっしゃるのですか」


「あら、本当のことでしょう? 遠回しなのは好きではないの。はっきり言った方が身の程知らずな勘違いもしなくて済むでしょう?」


「母上、本当にお止めください!」


 イェリク様とトリアンナ様のやり合いも、なかなか激しくなってきました。しかし、私の頭を占めるのはトリアンナ様のオーラのこと。

 こんな綺麗なオーラは見たことがありません。キッパリとした紺色が外側にむかって青紫に薄れていき、そこにシルバーがかかっています。まるで月のない宵闇に、星を散りばめたようなオーラです。


「ねぇ、貴女、ジルベルトと一緒にいても何もいいことはありませんよ。身の危険だって、ねぇ? わたくしに尻尾を振れば欲しいものを欲しがるだけ用意してさしあげるわよ、それをくわえてお家へ帰りなさいな」


 よくもポンポンと辛辣な言葉が出てくるものです。が、そんなことはどうでもいいのです!

 トリアンナ様の髪が深紅なのが、これまたオーラを引き立てていて凄くいい……。夜の闇に咲く一輪の薔薇の如く、気高くもあり孤独でもあり、冷たく冴えざえとした空気が迫ってくるようです。気持ちを揺さぶってくる強さがあります。


「あら、いやな子ね。この程度で泣くなんて」


 やや困惑気味のトリアンナ様の言葉に、イェリク様もこちらを向かれました。


「リナ!?」


 慌てた声をあげたジルベルト様が、私の頬に手を滑らせて親指でこすります。どうやら私は自分でも知らないうちに、ボタボタと涙をこぼしていたようです。ジルベルト様は私を抱き締めると、優しく慰めるように背中を撫でます。

 いえいえ、凹んでるわけではありません。確かにトリアンナ様にビビってはいましたが、違うんですよ。トリアンナ様のオーラにあてられて、自分の意思とは関係なく涙が出てしまっただけです。


「大丈夫です。別に傷ついて泣いているわけではありません」


 私はジルベルト様の胸を押して、守ろうとしてくれる腕から抜け出します。


「あら、さすが犬ですわ。大人しそうに見えても吠えますのね」


「母上!」


 私はトリアンナ様を見つめます。何度見ても、どう見ても……。


「言いたいことがあるならおっしゃいな。今すぐ言うなら聞いてさしあげる」


 これはこの場で言ってしまっていいのでしょうか。途中で止めたりしたら不自然ですし、話しはじめたら最後ですよね。

 僅かに俊巡した私でしたが、しっかりと息を吸うと口を開きました。背を支えるジルベルト様の手が肌に温かく、失敗しても大丈夫なんだと安心させてくれます。


「で、では、お言葉に甘えさせていただきます。なぜ王妃陛下は心にもないことをおっしゃっているのですか? イェリク様だけでなく、ジルベルト様のこともこの国のことも大事に思われているように見えます。それに、何より王妃陛下のオー……お、心がとても綺麗で孤独を……」


「お黙りなさい!!」


 ひょえー!!

 カッと目を見開かれたトリアンナ様、目力が半端ありません。言えって言われたから、しょうがなく発言したんですよ!

 こ、怖い! ジルベルト様(シールド)の発動をお願いしますー。

 私はそっとジルベルト様の腕にすがってしまいました。すかさずそっと背中に庇ってくれたジルベルト様に感謝です。


「なにを騒いでいるのかな?」


 このタイミングで国王陛下まで来てしまいましたか! 王様は片眉をあげると、トリアンナ様の背に手を回しました。


「トリアンナ、また息子とケンカかい? 少し落ち着いて向こうでワインでも飲もう」


 そういうと陛下はトリアンナ様を方向転換させて、こちらに背をむけました。そしてほんの少しだけ振り返っておっしゃいます。


「ジル、君のレディは疲れているようだよ。もういいから、下がりなさい」


 やり口がスマートです! これぞ紳士!

 というか、国王陛下ってトリアンナ様のこと大事になさってるのですね。オーラが寄り添うように揺れています。トリアンナ様もオーラが穏やかになりました。予備知識と違う感じです。

 首を傾げていた私ですが、ジルベルト様に肩を引き寄せられてハッとします。

 そうでした、退場許可が出たのでした! 素早く撤収いたしましょう!

 出口に向かって歩きはじめた時、ジルベルト様がご自分の上着を脱いでバサリと私にかけてきます。そしてクレープの如く巻くと、そのまま連行するように歩き出しました。扱いが雑なんですが!


「ジルベルト様、私、別に寒くないですよ!」


「黙ってろ」


 とりつく島もないとはこのこと。

 イェリク様にご挨拶もしていないと思い、体をひねって会釈します。が、その瞬間に罪人が引っ立てられるが如くジルベルト様にせかされました。

 なんですか! ちゃんと歩きますって!


 会場の雰囲気に飲まれてビクビクしながらはじまったこの夜会。

 お父様と久々に再会し、気分屋の王子様と無事に一曲踊りきったところまではいいとして、イェリク様にトリアンナ様に国王陛下と、ロイヤルファミリーに顔が割れてしまったのは予想外でした。貧乏伯爵令嬢には、内容がてんこ盛りすぎて満腹ですよ。膨満感(ぼうまんかん)です。


 何も食べてないのに胃もたれに胃痛が起きそうと本気で悩みつつ、この日の私の夜会は幕を閉じたのでした。



本日もありがとうございます!


次回は閑話入ります~。

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