くるくるくるり
やってきました。やってきてしまいました。夜会当日です。
只今はじまったばかりですが、えぇ、すでにグッタリです。朝からの逐一を説明すると、思い出して余計疲れそうなので言いませんが、女性の用意は大変なのです。
そして、私、すごい居心地の悪い思いをしています。人の視線が……というか今は裸眼なので、こちらをうかがうようにさざめくオーラが肌に痛いんです。
やはり私のような貧乏令嬢にはこんなハデなドレスに華やかな飾り、流行りの香水なんてチグハグで、こういう場に慣れた方々からはさぞ滑稽に見えるのでしょう。
メルリア様が選んだ私のドレスは、紫に金糸で刺繍が施されたものなのですが、ガッツリ肩と背中があいています。彼女のセンスを信じていても勇気がわきません。
なのでなるべく壁に寄り添って、端で縮こまります。目立たず、騒がず、このまま壁の模様に擬態していたい。のですが如何せんキッパリとした紫がそれを許してくれません。
アウェー感が半端ないー。
「リナ! ごめんね。一人で来させちゃって。部屋まで迎えに行くつもりだったんだけど、ここは広いから迷っちゃって。でも、なんていうか、見違えたなぁ!」
突然名前を呼ばれ顔をあげると、そこには洗濯することと汚れが目立たないことに重きを置いた服ではなく、ちゃんと着飾ったお父様が!
「お父様! なんで!?」
「いやー、王妃様から招待状来た時は困ったなぁなんて思ったんだけど、ジルベルト殿下に旅費や滞在費、衣装なんかの面倒も全部みるって申し出ていただいてさ。娘が心配だろうし、本人も父親がいれば心強いだろうからって、本当に出来たお人だね」
ジルベルト様が? そんな気遣い上手だったなんて、思わぬサプライズをありがとうございます。
「とにかく……。随分と垢抜けて驚いたよ。ちゃんと伯爵令嬢に見えるしね」
「ふふっ、お父様もしっかり伯爵様ですよ」
親の欲目で誉められても、やはり嬉しいものは嬉しいです。
「さぁ、向こうで料理でもいただこう! なかなかお目にかかれないご馳走でいっぱいだったよ」
そう言ってお父様は優しく手をとってくれましたが、私は壁から離れることができませんでした。目線で『どうしたの?』と問われます。
「あのですね、その……こ、このドレス背中がすごく空いてて……」
「あぁ、そんなことか。大丈夫、とても似合ってるよ」
そう言ってもらえるのは嬉しいのですけど、こんな貧相な背中を人様の目に触れさせていいものかどうか。
しかしご馳走にロックオンしているお父様の勢いに負けて壁から背中をはなしました。
「バーレント卿、ご機嫌いかがですか?」
ジルベルト様、よくうちのお父様の名前なんてご存知でしたね。
後ろから呼び止められたのに、声だけでわかってしまったことに自分で驚きながら、私は眩しさ対策にうつむきつつ振り返ります。
「これは、ジルベルト殿下。お会いできて光栄です。色々なお心遣い深く感謝しております。ありがとうございます」
お父様、そんな喋り方できるのですね。
「こちらこそお会いできて光栄です。大事なお嬢さんをお預かりしているのです。これくらいは当然のこと、お気に病まずお受けいただきたい」
ジルベルト様も負けずに王子様仕様での応対ですね。
「親の欲目で我が娘が一番とは思っておりますが、殿下のお目にとまったと思うとあながち間違いとは言えないと鼻の高い思いです」
「お嬢さんは素敵な女性ですよ。表情豊かで、それに自然と周りを引き付ける素朴な魅力があります」
「殿下は分かっていらっしゃいますな! はははは!」
全然笑えないです、お父様。ジルベルト様の発言、よく聞くとあんまり誉めてませんからね。
その後も私を無視して男同士の当たり障りない会話が何往復かしています。が、私は開いた口が塞がりません。
ジルベルト様の女性相手の激甘攻撃は随分見慣れましたが、王子様として同性と相対する姿をはじめて見ました。なんか通常時を知りすぎてしまったからでしょうか。すこぶる気持ち悪い。
「ところで、バーレント卿、お嬢さんをダンスに誘っても宜しいですか?」
「それは、もう! ぜひともお願いします!」
お父様、本人の意思を確認する前に快諾しないで下さいよ。
「ランドール嬢、お相手願えますか?」
「……喜んで」
もとより必ず踊ると言われていたのです。頑張って踊りきってみせますよ。でないと練習が無駄になります。なにしろ毎日のようにスパルタ指導されたのですから。
差し出された手に自分の手を重ねると、柔らかく握られます。今日は人の目があるので、私に対してもキラキラ王子様仕様なのでしょうか。むやみに距離を詰めてくることもしませんし、いつもは手もギュッと握ってくるくせに、付かず離れずのこの感じ何やらくすぐったいです。
父様から随分と距離をとった辺りで、ジルベルト様がさりげなく眼鏡を渡してきました。
「かけとけ」
私としては目をつぶったまま踊る方を希望したいので、受けとるのを一瞬躊躇しました。着飾ったジルベルト様はここ一番の発光で、私の心臓に多大なダメージを与えてくるに決まっています。
「早く受けとれ。その髪型だと目をつぶったままは目立つ。何で下ろしてこなかった。しかも背中が開きすぎだ。化粧も濃い」
「……すみません」
私は素直に眼鏡を受けとりました。手はこんなにも柔らかく握られているのに、口調がずいぶんと不機嫌です。
キラキラ王子様仕様のジルベルト様に、着飾った自分、華やかな舞台と出揃って、いよいよ本番かと気合いが入ってきたところでしたのに、途端に萎んでしまいます。
確かにジルベルト様の言い付けを守りませんでしたが、そんなにイライラとした口調になってしまうほど見苦しいでしょうか。
ドレスは勿論メルリア様の、化粧と髪はアリサ様の監修のもと、他の皆様にも太鼓判をいただいていたのですけど。
私のために頑張ってくださった皆様すみません。会場に入った時からの周りの雰囲気でなんとなくわかってはいましたが、ジルベルト様までこんな反応だなんて……、はぁ、もう、なんかショックです。
「顔あげろ。こっち見ろ。なんだその顔は」
顔にまでダメ出しですか。この顔は生まれつきの天然ものなので、文句があるなら見ろなんて言わないでください。
僅かなプライドを奮い立たせてジルベルト様を睨み付けます。
そこには、やはり眩しい王子様が!
いつもは自然に下ろしている髪は後ろに向かって撫で付けられ、一筋だけ額におりている様が色気たっぷりです。それに髪をスッキリとさせた分、碧色の瞳がいつもよりずっと印象的に青く輝いています。この視線を正面から受け止めるのは、かなり危険ですね。そしてその凛々しさでもって、黒に金の縁取りがされた衣装を一分の隙もなく着こなしているのですから、まさに完璧としか言いようがありません。
悔しさが込み上げます。これから進み出るホールを睨み、たまらずに心で叫びました。
自分ばっかりキラキラして、この無駄美形がっ! こんなことなら、こんなことなら……!
「すごい綺麗だ。似合ってる」
「!!」
かがんで耳に寄せられた唇が、微かに触れた気がしました。吐息までも感じる距離感に息が止まり、次いで体がぐんと熱くなるのがわかります。
囁かれた耳のゾクゾクを緩和させようとあいた手でおさえ、何してくれるんですか! とジルベルト様の顔を見ました。
こうやって私をドギマギさせる時は大抵キラキラエフェクト全開の意地悪な笑顔なのですけど、その甘いセリフに反してお顔は先程と同じ不機嫌なままです。しかも続けられた言葉が……。
「だから嫌だったんだ」
はいー?
もう、大混乱ですよ。キラキラ王子様なのかと思いきや不機嫌で、誉めたと思ったらマイナス発言で……。
いったい何が嫌だっていうのでしょう。私が着飾ってること? 予想に反して似合ってること? ダンスを踊ること? はっきり言ってくれないと意味がわかりません!
頭がぐちゃぐちゃで体に力が入って歩行すら困難な私を、ジルベルト様は気にせず引っ張っていきます。
「おい、息が止まってる。次、行くぞ」
こんな状態で踊れるのか不安しかなく、踏み出す足にも迷いが生まれます。
ですがジルベルト様のリードで遅れることなく曲にのることができました。とりあえず、第一関門突破です。練習の甲斐があったというものです。
チラリとジルベルト様の様子を見れば、わずかに頷いてくれます。
そして曲に乗ってしまえばこちらのもの。
さすが王子様と言うべきか、場慣れしているジルベルト様のリードにお任せして、私は足を踏まないようにしていれば万事おっけーです。
あ、このステップは最初の頃に手こずったヤツですね! ですが私だってやる時はやりますよー! と少し構えながらも誰が見ても問題ない程度の足さばきをして見せました。
ちょっとジルベルト様、今の私のステップしっかりご覧になりましたか? 先程から何やら不機嫌ですが、私だってやれば出来る子なのですよ! ジルベルト様に恥をかかせるほど酷くはないでしょう? と頬を緩めて得意気に見上げます。
「……その調子。顔もその位置で」
あら? 合格点なのでしょうか。機嫌が少し持ち直しましたよね?
控え目ながらもジルベルト様も笑顔ですものね。ふっふっふっ。私も満足です。
「踊り終わったらすぐ眼鏡をよこせよ? 多分王妃が話しかけてくるから、挨拶してオーラ見たらすぐ離れろ。いいな?」
私は頷きだけで返事をします。
成長はしましたが、言葉を発すると足元が疎かになりそうで怖いです。せっかく合格点をもらって自己満足しているのです。ここでステップを踏み外すような無様な姿を晒すわけには参りません。
真剣勝負ですよー。
とはいえ、ジルベルト様がついててくれる安心感がありますからちょっと楽しくなってきました。
ほら! 今のところ、ここ一番のキレではありませんか! ねぇ? と、さらなるお褒めの言葉をねだるべく首をかしげます。
先程よりもしっかり笑ってくれるジルベルト様。でしょ? でしょ? 上々ですよね!
「やることやったら、そのまま部屋に帰れ。グレンに頼んでおいたから、もし父上も充分なようなら一緒に下がっていいから。もたもたするなよ?」
それは願ったり叶ったりですが、もたもたするなよって一言余計ではありませんか? いくらなんでもそこを強調されるほど、どんくさくないですよ。
でも用件はそれで終わりですかね。でしたらもう黙ってダンスに集中するのみです。
「……もっと楽しくしてやろうか?」
「えっ、何を……、する、ん、ですか?」
ステップに合わせて言葉が切れ切れになってしまいました。
ジルベルト様はすっかりご機嫌がなおったのか、いつもの意地悪な笑顔です。不機嫌そうにしているよりはずっといいのですけど、コレよくないです。
すると案の定、ジルベルト様はホールドする手に力を込めると、私を持ち上げフワリと一回転させるという予測不能な行動に。
いきなり何するんですか! という文句も出ません。何しろ一回転では済まず、立ち続けに三回転までさせられたのですから。
足が地面から離れてふわりと浮いて、色とりどりの景色が流れて滲みます。
シャンデリアの光が後ろに尾を引いてキラキラと煌めいて、ジルベルト様お得意のエフェクトに早変わりしました。
完璧王子様仕様プラスエフェクト……、完敗です。
裸眼で見るのと同じくらいぼやけた世界で、嬉しそうに笑ってるジルベルト様だけがはっきりと見えています。
優しげに細められた紺碧の瞳の中に自分の姿を見つけて、私の黒い瞳にもジルベルト様が映っているんだと認識した時には、音さえも遠ざかっていました。
切り離された世界に、ジルベルト様と私しかいないような奇妙な感覚に囚われます。目が離せません。
たった三回転の間ですが、なぜだかやたらと長く感じて一瞬ぼんやりとしてしまいました。とは言え、足が地面に降りた感触にハッと気付いて瞬きをし自分を取り戻します。
着地までしっかりジルベルト様が支えてくれたので、ふらつくこともありませんでした。
一瞬だけ抱き寄せられて、ジルベルト様の匂いにより強く包まれます。
「楽しいだろ?」
私は頷きました。
楽しいですが、なんといいますか……すごく不思議な感じです。ふわふわします。
「もう一回やろうか?」
「い、いいです! も、やめて」
くっとジルベルト様が笑います。
もう、さっきまで不機嫌だったくせに! ご自分の方がよっぽど楽しそうではありませんか!
本日もありがとうございます!
私も王子様とワルツを踊ってみたい(〃ω〃)
もちろん無理なので妄想するのみです。




