手放しで喜べないキーアイテム
「す、少し休憩に……」
「だんだん様になってきたから、ここで休まない方がいいと思うぞ」
ジルベルト様、すごいスパルタです。来る夜会に向けてダンスレッスンをしているのですが、ちょっと普通と違います。
対発光ブツ仕様『目をつぶったまま相手に身を任せて踊る練習』です。
夜会で第三王子の妃候補として確実に踊ることになると言われれば、ぶっつけ本番でそれに臨む度胸も技術もない私は、素直に練習するより仕方ありません。
もちろんダンスは貴族令嬢の嗜みとして、一通りやりました。ただ最後に踊ったのがちょっと思い出せない状態なので、勘を取り戻すのに時間が必要になります。
決してセンスがないとか運動音痴とかではありませんよ。体を動かすのは好きですから。ジルベルト様とのダンスは微妙ですけど。
それにしても、目をつぶったままクルクルとワルツを踊る……視覚からの情報がないと人って酔いやすくなるんですよ。目をつぶっているのに目が回るんです! 加えて、日々の農作業で鍛えた体も、使う筋肉が違えば悲鳴をあげるというもの。
およそ一時間は踊ったでしょうか。本当に、そろそろ限界です。
私は腰に回ったままのジルベルト様の手を振り切り、ヨロヨロと端にある椅子を目指します。
サイドテーブルにある水がすごく美味しそうに見えることで、私の疲労具合もおわかりいただけるのではないでしょうか。
「調子はいかがですか?」
涼しい顔をしたグレン様が憎い。
しかも登場のタイミングが遅いです。もう少し早く来てくれれば、こんなにヘトヘトになる前に休憩を取れたのではないかと、お門違いの腹立たしさを燻らせつつ、少しでも迫力が増せばと乱れて顔にかかった黒髪の隙間から力一杯睨み付けます。
「頼まれていたものが出来上がりましたので、お持ちしまし た」
効果は皆無。無駄に眼圧をかけたせいか、目が痛くなりました。余計なことしなければ良かったです。
人間疲れて余裕がなくなると、心が荒んで攻撃的になるものですよね。
うなだれるように座ったままの私の前に、グレン様がネックレスでも入っていそうなビロード張りの箱を出しました。声を出す元気もない私は、黙って見上げます。
今口を開けるとすれば、それはサイドテーブルの上でゆらゆらと光り揺らめく命の水を飲むためだけです。
「あぁ、できたか」
横からひょいっと箱をかっ拐うと、ややしてジルベルト様の両手が私の顔に迫ります。前科のある人物から接近を受けて思わず目をつぶって身構えた私ですが、耳と鼻の上に何かを乗せると手はすぐに離れました。
「目を開けてみろ。俺は右後ろだ」
私の右肩にジルベルト様が手を置いて自分の位置を教えてくれます。一緒に過ごすようになってから、度々こうやってジルベルト様は私の目に配慮してくれるので、余計な心配も必要なくなりました。私はそっと目をあけます。
「!?」
見える! 凄く見える!
私は今までの疲れも忘れて勢いよく立ち上がりました。顔に手をやって、乗っているのが眼鏡と確認すると辺りをキョロキョロと見回します。
私が今まで見ていた境界の曖昧な世界は仮の姿で、実はこんなにもはっきりくっきりしていたなんて!!
それにグレン様が意外とイケメンでびっくりです。しかも思ってたよりも若い! へー、こんな顔だったのかー……。
「僕の顔ばかり見ていないで、感想でも聞かせてください」
「……ない」
「「は?」」
「見えない!!」
突然絶叫した私に、グレン様が体ごと引きました。いえ! それどころではありません!
「度が合ってなかったのか?」
違います! 真実の姿を表した世界は素晴らしい! 世界は見えます、見えてます。
何かを求めるように震えながら伸ばした私の両手を、グレン様が不信感に満ちた表情で凝視してるのもよく見えます。
「お、お、お……」
「「??」」
「オーラが見えませんっ!!」
「「!?」」
私は伸ばした手でそのままグレン様につかみかかります。
「なんで! なんで!? なんでですかーっ!?」
ガックンガックンとグレン様を揺らす私の両手を、ジルベルト様が後ろから捕らえました。
「落ち着け、リナ。俺は?」
自由の身になって盛大にむせているグレン様を放置して、ジルベルト様は私をご自分の方にクルリと回転させます。瞬間的に目をつぶりましたが……。
ええい、ままよ!! 私はカッと両目を開きます。
なんということでしょう!! 眼前には金髪碧眼の恐ろしいほどのイケメンがいるではありませんか!!
さらりと目元にかかる柔らかそうな、少しクセのある金の髪。長い睫毛に縁取られた瞳は紺碧。キリリとした眉毛にスッと通った鼻梁、唇は薄く、やや垂れ気味な目元が目茶苦茶色っぽいです。すべてのパーツがここしかない! という場所に配置され、最早芸術品です。
その顔が、その瞳が、溢れる優しさをたたえて私を見つめているではありませんか!
「ジ、ジ、ジルベルト様……」
かっぴらいた目がまばたきを忘れています。
「眩しくないのか?」
「い、いいえ。眩しいです……」
私はそっと顔を伏せました。
イケメンすぎて見ているのが恥ずかしいです。そのイケメンが私を見ていると思うともっと恥ずかしいんです。
「おい、反応おかしいだろう! もう一回見ろ!」
「嫌です! 無理です!」
無茶言わないでください。こんなイケメン見続けたら……。
「……キス」
ボソッと呟かれたジルベルト様の言葉に、私は脊髄反射で顔をあげました。
「ほらみろ! 眩しくないんだろう?」
なんていう眩しい笑顔でしょうか! ヤバい、ヤバいです、ヤバすぎます! ジルベルト様ってば、なぜそんなに嬉しそうな顔をしているんですか!
「よく見せてみろ」
ジルベルト様は私の両頬を手で包み込むように固定して、顔を覗きこんできます。眼鏡かけた平凡女の顔なんて見たって、何も面白いことありませんよ!
「ちょっと、失礼」
グレン様に後ろから声をかけられたかと思うと、スッと眼鏡を取られました。
「!!」
ま、眩しい!
「グレン様!! 何をするんですか! 目がつぶれる!」
ジルベルト様を振り切ってグレン様に向き直ると、すごいしかめっ面のまま抗議します。眼前には強い光を見た後遺症で黒いモヤモヤが……。
しかし、見慣れた曖昧な世界に包まれて、なにやら焦っていた気持ちも落ち着きました。
「……ひどい顔ですね。ですが、これでわかったではありませんか」
は? な、なるほど!
「……視力が回復するとオーラが見えなくなるんだな」
もともと近視が進むことで開眼した能力ですが、逆に視力が回復すると封印される仕組みになっているのですね! 面白い!
「せっかく殿下が好意で用意してくれたものを。無駄になりましたね」
いやいやいや!
「ありがたく使わせていただきます!」
私はグレン様の手から眼鏡を奪い返すと、再び取られてなるものかと抱きしめ、がばりと頭をさげました。はっきりくっきりした世界は素晴らしいです。
「頭をさげる相手が違いますよ。どこまでも残念な人ですね」
失礼しました。そうですよね、手配してくれたのはジルベルト様でしたっけ。
「素敵なものを用意してくださって、どうもありがとうございます!」
しばらくは庭の散歩と人間鑑賞だけでも大いに楽しめそうです。
「喜んでもらえたようで良かった。それじゃあ、俺と会うときは必ず眼鏡着用な」
「えっ!? い、いえ、それは、ちょっと……」
眩しければ顔を背けていられますが、眼鏡をかけたらジルベルト様と面と向かわなければなりません。あんなイケメンと接近するなんて、そんなの自信ないですよ!
「ちゃ、く、よ、う、な!」
掴まれた肩に力がこもり、求める答えは一つだと圧力がかかります。
「……はい」
「よし! とりあえず眼鏡かけてダンスの練習するぞ」
えええぇー!!
眼球の安全は約束されましたが、心と体が死んでしまいますよ! 今日はもうお開きにして、私の体に休息を心に準備をする時間を与えてくださってもいいのではないですか。
「きょ、今日はもうやめましょう。ジルベルト様もお疲れでは……?」
「気にするな。さっきの倍はいける」
どんだけタフなんですか……。
抵抗虚しく眼鏡を装着させられると、私は再びジルベルト様にホールドをきめられます。間近にせまる麗しいお顔から遠ざかりたくて仕方ありません。
「リナ、顔を上げろ。不恰好だぞ」
わかってますよ。
私は嫌がる体にムチうって、背筋を伸ばして顔を上げます。
「……おい、眼鏡かけてるのになんで目をつぶってるんだ」
往生際が悪くてすみません。
私が色々な事由で不審行動をとる度にジルベルト様の指導が入ります。
その後一時間、宣言通りに疲れを見せないジルベルト様は、私の次の日の筋肉痛など知らないとばかりにとっても楽しそうでした。ひたすらクルクルと私を回し続けて、何がそんなに面白いのか理解に苦しみますよ。
もう、本当に、つ、疲れましたー。
本日もありがとうございます!
とうとうリナが発光王子を正しく認識しました(笑)
結局事前に絵姿など確認してないリナでした~




