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望まなくてもこの日は来る

「毎日会ってますのに、この時間をとるっていかがでしょう。ジルベルト様もお忙しい身ですし、私の番は飛ばしていただいても……」


「リナの髪は美しいな」


 脈絡もなくジルベルト様は甘い言葉を吐くと、私の髪を一筋とってわざとらしくリップ音を立てて口づけました。ピシリと体が硬直します。

 わかっております。わかっておりますとも。ジルベルト様のご機嫌を損ねる、これ即ちアレに直結する! ですよね。


「……ジ、ジルベルト様と過ごす時間はとても楽しいので、何があっても絶対になくさないでくださいませ」


「当然だ。リナは俺の妃候補だからな」


 嘘ばっかり! お妃候補とは名ばかりの! というやつではありませんか。

 こうやって確実に人の弱い部分をついてきて、ご自分の思い通りに相手を動かそうなんて、ジルベルト様もあんまりです。最初にいた爽やかな王子様に帰ってきていただきたいです。


 本日もお庭でデートなのですが、はっきり言ってもう不必要ですよ。不本意な契約を交わして以来、サリタ・クロルとして毎日一緒にいるんです。

 周りに怪しまれないためにリナとしての生活もありますから、勤務時間はそれほど長くはありません。しかし、毎日ですよ。私の眼球が、心が、体が、休まる日がないではありませんか!


 しかもジルベルト様とグレン様の仕事をこなすスピードが尋常ではありません。難しい言葉を二言三言交わしたかと思うと、双方それで納得されてグングン進んでいくのです。一を話して十を知るとは正にこのこと。

 大体、オーラを見る以外の仕事って私にさせる意味がないと思うのです。雑務能力の高い事務官に手伝ってもらった方が断絶効率的ですよ。それをあの人達は!


「サリタ、本棚から去年の議事録をとってくれ」

「サリタ、この書類を財政局の方にもって行ってください」

「サリタ、その資料からチェックが付いてるものだけ分けて要点まとめとけ」

「サリタ、この提案書を読んで不明点と改善点に下線を引いてください」


「「あと、お茶」お願いします」


 いいですよ! お茶ならいくらでも入れましょう! ですが明らかに私の能力を上回る指示が入ってますよね? 勘弁してくださいよ、私を何だと思ってるのでしょうか。


「お前、心ここに有らずだろう。ほんとに……、するぞ?」


 ジルベルト様の顔を立てるためにエスコートをうけていますが、私はその腕を振り払って飛び退きます。毛を逆立てた猫のように敵の攻撃をかわそうと身構えていましたが、特になにもおこりません。


「何してるんだ。早く座れ」


 腕を引っ張られてベンチに座らせられます。しかし、ドスンと尻餅をつかないようにそっと体を支えてくれました。座面にはいつの間にかハンカチも敷かれています。ソツがないです。

 そういえばジルベルト様、今『お前』呼ばわりしませんでした? 他に気をとられて危うくスルーするところでした。最初なんて『ランドール嬢』なんて気取って呼んでたくせに。


「ジルベルト様、私相手に随分と砕けすぎではありませんか?」


 嫌味の一つも言ってやりたくなります。隣にいるグレン様のおなかが真っ黒なのでついつい見逃しそうになりますが、ジルベルト様もそこそこ黒いですよね。

 いや、黒いというよりは……うーん、いじめっ子? 王子様なので仕方ないのかもしれませんが、要所要所で偉そうで俺様な面が垣間見えるのですよ。


「もう、いいだろう。お前も楽にしていいぞ。どうせ実家にいる時は『~だべ』とか(なま)り丸出しで喋ってるんだろう?」


 なんたる侮辱。


「そんなはずないじゃないですか! そもそも訛りは文化です! そういう差別発言は人としてどうかと思いますよ!」


 顔を見られないので睨めませんが、精一杯肩をいからせて怒りを伝えます。

 くくくっ、と笑う声しか聞こえません。完全におもちゃにされてますよね。

 そして、そうやってからかってるくせに、顔にかかる私の髪を手にとって優しく後ろに流したりとか、一体どんな顔してやってらっしゃるのですか!

 怒っていいのか恥ずかしがればいいのか分からない私は、体を固くしたまま前方を睨むことしかできません。

 悔しいことにジルベルト様はとても楽しそうです。もう好きなだけ笑えばいいですよ。放っておきましょう。


「ここでの生活はどうだ? 他の妃候補にも(・・)随分可愛がられているようだが」


 ひとしきり笑ってからの沈黙を越え、鳥の声がよく聞こえるなぁなんて思いだした頃、ジルベルト様がやっと言葉を発します。『にも』を強調したことに他意を感じますが、いちいち取り合ってると話しが進まないので、ここは見逃しましょう。


「仲良くやってますよ。皆さん良い人ですし」


 誰かさん達と違って! と心で叫びます。


「あの濃い面子(めんつ)を、よくもまぁ、たらしこんだもんだな」


 ちょっと言い方が嫌味っぽくありませんか?


「メルリア様は言い方がキツイですけど面倒見のいいお姉様って感じですし、アリサ様も強引ですが相手に親身になれる方です。ライラ様は一見冷たい印象ですが気遣い上手ですし、マリーベル様は明るくて裏表がありませんから。もともと人から嫌われるような方々ではありませんでしょう? 私がたらす、たらさないなんて関係ないです」


 ツンと顎を反らして言ってやりました。私に対してもご令嬢方に対しても言い方にトゲがありましたし、これくらい良いですよね。


「……」


 ちょっと、沈黙しないでください。小心者の私に優しくないです。


「そ、それより、ジルベルト様だってこの中から一人にお決めになるんでしょう? 決まりましたか?」


「……」


 結局自分から話題を振ってしまいました。ですが、続く沈黙。相手の様子がまったく見えないので沈黙は本当に辛いです。


「……お前、それ聞いてどうするんだ? 俺が誰かの名前言ったらヤキモチ妬いたりするのか?」


「えっ? 妬きませんよ。ジルベルト様には早く奥様を決めていただかないと、と思いまして。誰を選んでも悪くなりそうで怖いですけど、現状維持を最上と考えると、とりあえずライラ様かマリーベル様ですかね?」


「……」


 そうです。これが私の目下の目標なのです。あの後今回の契約について冷静になって考えた結果です。『王宮にいる間』ということは、王宮から出てしまえば契約終了になる、ということです。

 グレン様は護衛という名の見張りを人知れずつけているというので、こっそりと逃げ出す選択肢はありません。

 全然気配もオーラの端さえも見えませんが、今もどこかで見てるのでしょうか……かなりホラーです。


 そもそもお妃候補として国から正式に王宮に滞在を言い渡されている以上、そのさ中に姿を消せば国を巻き込んだ大事になるのは確実です。小心者の私にはそんな大それたことは無理です。

 となるとどの道、ジルベルト様が一人をお決めになるまでは帰れないので、ここで生活することについては腹を括るしかありません。

 ですがお一人が決まれば脱出のタイミングもあるというもの。お妃候補という立場がなくなれば、貧乏伯爵令嬢がいつまでも王宮に留まる理由はなくなります。

 重要なのは、ここで新たに変な役目や立場を押し付けられないようにすることです。

 だいたい、その決まった方からしても元お妃候補がいつまでも自分の夫の周りをうろうろしているのも気分の良いものではないでしょう。


 大人しく従順な振りをして、時期を待つのです。

 ここでポイントなのが、さも『諦めました』という(てい)でいないといけないということ。でないと、あの腹黒侍従様が悪いオーラ全開で(から)め手を繰り出し、がんじがらめにされてしまうことが予想されるからです。


 自分なりに考えて落ち着きを取り戻した私でしたが、そういえばジルベルト様の様子がなんだか怪しいです。随分と黙ってるような……。あれ冷気も……。

 ヤバい! と思って距離をとろうと腰を浮かせる前に、手を握られてしまいました。ジルベルト様に手を握られて良いことなんて一つもありません。さらには取られた手を引っ張って、腰にも腕を回されます。

 近いですよー! 自覚ありませんが、私はまた地雷を踏んだのでしょうか!?

 ほとんど抱きしめられるような形ですので、ぎゅっと目をつぶっていても、ジルベルト様の顔がすぐそこにあるのがわかります。

 ジルベルト様の息遣いが! 匂いが!!


「……リナ、お前が俺の嫁になれ」


「!?」


「……、……なんてな」


「!!」


 握った手はそのままですが、腰からは離してくれたので少し距離ができます。

 反射で返事しなくて良かったです。危うく恥をかくところでした。

 そうですよ。『珍獣』で『警報器』の私が選ばれる可能性などないではありませんか。ジルベルト様のおふざけは、私の心臓に多大なる負荷をかけてきます。はぁ、動悸が……。


「あ!?」


「!?」


「あそこ見ろ!」


 突然、大きな声を出すのも止めてください! 心臓が稼働域を振り切ってしまいます!

 そんな私の状態などお構いなしに、ジルベルト様はぎゅっと握った手はそのままに、反対の手で空の一点を指します。


「日の光に透けて真珠色に輝いてる! すげぇ綺麗だ……。こんなところにいるのは珍しいから、見れて幸運だった、な?」


 すみません。私には何がいるのかさっぱりわかりません。指は青い空を指しているだけです。


「あの、見えないのですけど、何かいるんですか?」


「は? あんなデカイ蝶が見えないのか! 近眼だって言ってはいたが……くそっ、おい、ちょっと来い!」


 ジルベルト様は私の手を握ったまま立ち上がると、ハンカチも置き去りにしてズンズン進みはじめます。


「どこまで近づいたら見える? あれは飛ぶのが早いから、おい、歩くのが遅い! あー!!」


 ジルベルト様が歩みを止めたので、きっと蝶は飛んでいってしまったのでしょう。

 地面だけを見つめながら早く進むって、かなり難しいんですよ。したことない人にはわからないでしょうけど。


「ジルベルト様、蝶々好きなんですか?」


「……好きじゃない」


 えー。なんで少しキレ気味なんですか?

 大体、好きじゃないのなら何をそんなに必死になっていたのでしょうか。


「大体、お前『ジルベルト様』って連呼するな。『ジル』だって言っただろう」


 飛び火しました。突っ込まれなかったので、いいのかな? なんて思ってたのに気にしてらしたんですね。


 と、とにかく、今日はそろそろお開きの時間です。蝶々も帰ってしまいましたし、私達も大人しく帰りましょう。ね? そうしましょう!



本日もありがとうございます!


実は私、こういう雑に扱っているようで甘やかしてくれる男の人が好きです(///ω///)

そんな雰囲気出てるといいのですけど…。


皆様はどんな殿方がお好みですか(笑)?

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