表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/57

契約は慎重に

「一つ付け加えたいんだが。俺自身は王位を望んでない」


 ご本人はヤル気なしのようです。


「私も一生殿下に付いていく所存ですが、王の座につく殿下にはお仕えしたくありませんね。ただランドール嬢の話を聞いてから、少し思うところはあります」


「グレン、ないからな」


 ヤル気のない人が念を押しています。王座という重い責任を、ヤル気のない人に背負わせても周りが大変なだけですしね。今のところ継承権も第三位ですから、ジルベルト様ご本人の意思に任せるのがいいのではないでしょうか。


「でしたら、さっさと継承権を放棄すればいいではありませんか」


「そうしたいのはやまやまだが、父上と兄上がすがりついてくるからな……」


 はい。真面目な生徒である私は挙手します。


「父上であられる陛下はわかるのですが、兄上とは継承争いをしているイェリク様ですよね?」


 すがりついてくるほど仲良しなら、争わなくていいではないですか。


「そうだ。だが兄上は普通に良い人だぞ。問題は母上のトリアンナ様だ……」


 子より親が躍起になるパターンですね。あるあるです。


「あの、ちょっと不穏なことを思いついてしまったのですが……。ジルベルト様に襲撃かけてきたのって……」


「まぁ、今にはじまったことではありませんが、十中八九、王妃派の誰かですね」


 やっぱり。勢いでジルベルト様の人間警報器になりましたが、思ってたよりずっと危険そうです。最初にグレン様から報酬を提案された時に破格だと思いましたが、なかなかどうして程よい塩梅(あんばい)ではありませんか。

 沢山の報酬に見合う働きはしなければ! と気負っていたのですが、止めておきましょう。ほどほど! ほどほどで十分です。


「あまり気にやむな。あれは脅しで本当に命をとろうとはしていない。今までもそうだったし、これからもそうだろう。今回のは嫁などとるなという牽制といったところか」


 そんなのわからないではありませんか! 現に私は死にかけているんですよ!

 不満が顔に出たからか、さらに詳しく説明が続きます。


「ランドール嬢、大丈夫ですよ。奴らもそんなに馬鹿じゃない。殿下暗殺となれば第三王子派の面子(めんつ)が黙ってはいません。王太子殿下並びに第二王子殿下も廃嫡に持ち込まれ、共倒れになるのは必須です」


「まぁ、そういうことだ。王家には叔父上と叔父上の子もいるしな。替えはいる」


 ちょっと釈然としません。とても安心できる内容に聞こえないです。


「だが、俺の妃問題はここで決着をつけるしかないからな。これで今後の進退が決まってくると思うと……、果てしなく気が重い」


 ジルベルト様は心底辟易としているのですね。お声からその心情がありありと伝わってきます。

 第三王子派のオルディス家からメルリア様を娶れば対立は激化、王妃派のユーセラ家からアリサ様を娶れば(おもね)るのだととられて飼い殺しの日々です。バシュレ家のライラ様、リッチモンド家のマリーベル様でも立ち回りの仕方如何(いかん)で同じことが起こるでしょう。

 どこに転んでも平穏無事にはいられないなんて、お偉い方は大変です。

 そしてそこまで考えて、私は今更ながら重大なことに気がついてしまいました。

 ジルベルト様が無事どなたかをお決めになっても、このように王位継承問題は解決しないのですから、私の仕事ってなくならないわけです。それどころかこのまま王太子殿下にお子が出来ず、ジルベルト様の奥様が男の子を産んだりしたら……。相手は追い詰められて、今度こそ本当に命を狙ってくるかもしれませんよね? むしろお妃候補から外れてからの方が、私の能力ってより重要度を増すような……。考えていたら不安になってきました。


「グレン様、大丈夫ですよね? 私が候補から外れたら、素直に帰してくれるのですよね?」


「……思ってたよりずっと賢いですね」


 返事になってません! グレン様、まずい感じの笑顔とオーラです。私は不信感でいっぱいですよ。

絶対に帰す気ないですよね!?


「じ、情にでも訴えて……いえ、また汚い脅し文句でずるずる引っ張るつもりですか? そんなの嫌ですよ! こんなややこしいなんて知りませんでしたし……。嫌です、困ります、即時契約の解除を求めます! それで実家に圧力をかけるならどうぞご自由に! 今だって既に底辺ですから!」


 こうなったら開き直ったもん勝ちです。ここで逃げなければ捕まります! 私は勢いにまかせて鼻息も荒く言い切りました。ですが、グレン様は少しも動じた様子がありません。


「とりあえず、落ち着きましょうか。そして契約書をもう一度しっかり見てください。ご自分の物は部屋でしょうから、こちらの控えをどうぞ」


 そして渡された控えには。


 ジルベルト・トレイス・エルヴァスティ(甲)とリナ・ランドール(乙)との契約について。


 一、甲は乙の実家であるランドール家に財政を建て直すのに必要と思われる人材を派遣し、且つまたその資金の負担も受け持つこととする。


 二、甲は乙の身の安全と生活、その他契約内容を遂行するにあたって必要と思われることについて、出来うる万全の状態を与えることとする。


 三、乙は甲に向けられる害意を確認した場合、最善の早さで報告することとする。但し報告する時間が取れず危険が伴う場合、乙の安全を優先してよい。


 四、乙の著しい功績が認められた場合を特別賞与の対象とする。


 五、甲並びに乙のいずれかが内容に違反した場合又は都合による契約の途中解除を求める場合、やりとりされた金銭及び物品の相互返還を行い契約を解除することとする。


 六、この契約は乙が王宮に滞在する間続くものとし、乙の王宮退去を以て満了とする。


「これがどうしたって言うんですか? しっかり読みましたよ。今すぐ解除してください!」


 今すぐ解除すれば、実家の援助もはじまる前ですので返さなければいけないものもなく、痛くも痒くもありません!ない胸を反らして顎を上げ、精一杯高飛車に言い放ちます。しかし、私の発言を意に介さずグレン様は何やら紙に書きはじめました。


「こんなところでしょうか。契約を結んで三日、貴女にかかった金額です。耳を揃えて返還を」


 思わず二度見してしまいました。そこにはランドール家が、家族皆で一年に使う金額と大差ない金額が書かれているではありませんか!


「な、な、な、なんで!? 嘘でしょ!?」


「いいえ。この契約を結んで以降、国賓レベルまで待遇を向上させていただいたのでその分になります。日々の食費、お世話にかかる人件費、人件費には侍女の他に秘密裏につけた護衛の分も含まれています。それと日用品など……あぁ、殿下から渡された書籍も四つ目に該当しますから返還対象ですよ」


 どこの悪徳商法ですか! 信じられない! 一日一日と金額がどんどん跳ね上がる仕組みになっているではありませんか!

 逆さまになったってこんな金額は捻出できません。最早、ジルベルト様がどなたかをお決めになるまでは頑張るしかないようです。


「それと、ランドール嬢、もう一度、期間の部分をよくご覧ください」


「……え、ですから私が妃候補としてここに滞在している間ですよね? せいぜい一年って……グレン様言ったじゃないですか」


「『王宮滞在の間』から『退去まで』とあるだけで『妃候補の間』とは書かれていません。言質という点で反論するとしても、最初にお話ししたあの時も『ここにいる間』『妃候補の立場ではせいぜい長くて一年』と言っただけです。要するにここに貴女がいる間、この契約は続くということですね。妃候補であろうがなかろうが関係なく」


「……」


「……リナ」


 ジルベルト様! お顔が見れなくてもわかります! 今、絶対可哀想な子を見る目をしていますよね!


「お前うかつすぎるだろう。まぁ、グレンに目をつけられた時点で詰んではいるんだが」


 絶句して呆然と立ち尽くすしかない私の肩を、慰めるようにジルベルト様が叩きます。


「し、白々しいですよ! ジルベルト様!! この契約書の最後にジルベルト様のサインだって入っているではありませんか!!」


「あー。グレンには仕事の効率化を考えて、俺のサインだけが入った紙を何枚か渡してある」


 そんなの、ありですか! もしグレン様が悪用したらどうするのでしょう。そんな心配などいらない程、お二人は固い信頼関係で結ばれているのでしょうか。若い男が二人、固く結ばれているって……。そ、そうではなくって!


「では尚更無効ではありませんか! 契約も何もはじめから不正書類なんですから!」


どうだ! この言い分は論破できないでしょう! グレン様風に言えば『言質』もありますし、私の勝ちです!


「ランドール嬢、この書類は三部作ったことを覚えてらっしゃいますか? 一枚はここに。もう一枚は貴女が。では、もう一枚は?」


 知るはずありません。にやりと笑うグレン様は、明らかにご自分の勝利を確信している模様です。


「国王陛下に提出してあります。今後のことを考えて、お伝えしておいた方が得策と思いましたから」


 なんだってー!! それっておいそれと『撤回して』と言えない状況ってことではありませんか! しかも!


「今後のことって、私に契約解除しろって言われた時に逃がさないためですか!?」


「それは邪推というものです。殿下の御為(おんため)を思えばこその行動です」


「絶対嘘です!! この腹黒!!」


 もう止まれません! ですが、さらに文句を言おうとした私の口を、ジルベルト様が後ろから手で塞ぎました。


「リナ、止めておけ。グレンは吐かれた暴言は生涯忘れないタイプだ」


 さすが腹黒。でも、私の気持ちが収まりません。ジルベルト様の手をどけようと躍起になりますが、びくともしません。離してくださる気がないようです。


「いい条件だと思いますけどね。多少危険があっても、ご実家もご自身も一生安泰。殿下に永久就職したと思えばいいではありませんか。ああ、これは言い得て妙ですね。ご結婚されれば名実ともにですから」


 何一人で悦に入っているんですか!? なんて神経の持ち主でしょう!


「ジルベルト様の鶴の一声でなんとかしてください!」


 口元を押さえる手をやっと引きはがした私は、その手を力一杯握りしめて訴えます。うつむいたままでは目力をこめることができませんので、この握力に私の気持ちを精一杯こめます。しかしジルベルト様のお答えは……。


「……俺もお前が側にいてくれた方がいいからな。今のところ手放す気はない」


「そ、そんな……」


 珍獣扱いでお妃候補に入れたくせに、ちょっと便利な芸を持ってるからって手元に置きたいなんてひどすぎます!


「さらに、リナ。追い討ちをかけるようで躊躇われるんだが、今全て知っておいた方がいいから助言する。というかお前、本当にちゃんと読んだのか?」


 えー! まだ何かあるんですか!?


「この契約を解除する場合、痛手を受けるのはリナだけだ。解除に必要なのは金銭と物品の返還、つまりリナの能力について言及していない」


 あー。

 あー。

 あー。もう何も聞こえません。


 こんな目に遭っては無我の境地に至るしかないです。しかしそこにたどり着く手前で私の心に浮かんだこと、それは……。

 お父様ごめんなさい。私はお父様の子です。



いつもより長めのお付き合いありがとうございます!


グレンがいると発光王子は食われ気味です(;´∀`)

ですが次話はジルベルト様でばりますよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ