閑話 ジルベルトの日記
三月某日
とうとう父上から、いや国王陛下から結婚するように言われてしまった。のらりくらりとかわすのも限界だとは思っていたが、ついにこの日がきてしまったか。
もう逃げられない。今の最善手をうっていくしかないか。
四月末日
夜会は好きではない。紳士の仮面を張り付け、甘い言葉を垂れ流して集まってくる令嬢達の相手をこなしていく。
もちろん趣旨として、俺に媚を売るのは間違ってはいない。子爵家や男爵家の者にとったら玉の輿だし、上位爵位家にとっても良縁に他ならない。
ふと群がってくる人々から離れて、壁際に一人で佇む少女に目がいった。のだが、なぜか凄い顔で睨まれた。しかもさっさと退出するではないか。あれは誰だったのだろう。気になる。
五月朔日
グレンに調べさせたところ、昨夜のガンつけ娘はランドール伯爵家の者というので洒落で候補者に残してみた。なんの裏もなさそうなのに、俺に対するあの態度はなんなのだろう。
後は、オルディス公爵家、ユーセラ侯爵家を順当に、バシュレ伯爵家、リッチモンド男爵家をバランス重視で選んだ。
すぐに顔を合わせてきたのが……やはりランドール家の娘には睨まれた。その後はいっさい顔もあげない。さらに言えば、ドレスも難だが受け答えも難だ。
他のメンバーは……なんというか肉食系だな。俺は追いかけられるより追いかけたい。
五月五日
あれから一人ずつとの時間をとる。無駄に思えるが、対外的に『真面目に取り組んでいる』と見せるためのデモンストレーションとして必要なことだろう。
今日はランドール嬢との日だったが……。
なんというか、最大限の紳士対応に少しも靡かない不思議なヤツだった。大体女というものは、笑顔一つで好意的になる生き物ではなかったのか。
笑顔どころかこちらを見ようともせず、相変わらず睨む……というかしかめっ面と言えばいいのか、ひどい顔しか見せない。
もしや、俺の顔が見るに耐えないほど嫌いなのだろうか。だとしたら、かなりショックだ。顔にはかなり自信があったのだが。
とにかく、はじめての事態に戸惑っている。
五月十二日
日々の仕事をこなしつつ、令嬢達と順番に会う。最終的にはこの中から妻を選ばなければならないと思うと……なるべく先送りにしたいものだ。
今日でランドール嬢と会うのは二回目になる。街に行くことにしたのだが……。こんなに可愛いかっただろうか。服もあの芋袋を被っているのかと思ったベージュではなく、流行をとらえたデザインでよく似合っているし、髪も肌も艶々としている気がしてならない。
馬車内でも最初は言葉も少なかったが、次第と盛り上がり、素直に興味を示して楽しんでいる姿は溌剌としている。普通の女だよな? と思ったのも束の間、俺と目があった途端にまたあの顔をされた。なぜだ。態度も頑なになってしまったので、少しでもほぐれてもらおうと外に出ることにした。
クレープを食べて幸せそうに笑う顔が自然でいい。ついでに名前を呼んでみたが反応が面白いので、つい調子にのって手を繋いでみる。
熟れたリンゴのようになった。
しかし、楽しかったのもここまでで、俺は外に出たことを後悔することになる。襲撃を受け、ランドール嬢を負傷させてしまったのだ。
五月某日
ランドール嬢が目覚めない間は本当にヤキモキした。正直、毒の耐性をつけられている俺なら、あの程度の襲撃は大したことにならなかっただろう。
要するに彼女の行動は『いらんこと』であった。
しかしなんというか、令嬢らしからぬ体をはった行動に感銘をうけたのも事実だ。
目覚めたと聞いた途端に駆けつけたのも、申し訳ないと思う気持ち以上のものがあったような……ないような。
だが問題なく回復していく様子を見て、当初からあった違和感が疑念にかわる。もちろん黒幕やら片棒やらではなく(それは調査をはじめた早い段階で除外していた)、なにか行動に不自然な点があることだ。
グレンと相談して、ランドール嬢が起き上がれるようになったら飴と鞭を行使して、隠していることを吐かせようということになった。
五月十九日
ランドール嬢への尋問当日。
俺は飴担当なので、笑顔もセリフも甘さを増して対峙する。名前呼びも効果的と考えて、殊更甘く呼んでやった。
グレンの鞭というか……これはこいつの素だよな。嬉々としていて、少しリナが不憫になる。動揺しすぎだろう。
自白させるまでは特に時間はかからなかったが、まさか出てくる内容がこんな突拍子もないとは。確実と思われる方法で確認して嘘がないとわかっても、まだ変な感じだ。
眩しくて俺の顔が見れない、だと!? あの変顔は眩しくて目を開けられない顔だったのか。
戸惑う俺を他所に、グレンの笑顔が怖い。良からぬことを考えているとはわかったが、やはり言い出したことは滅茶苦茶だった。もちろん、リナには断ってもらって構わなかったのだが……。
なんだ! この釈然としない気持ちは!
グレンが言葉を重ねるほど、リナが俺に全く興味がないことを嫌というほど知らされる。有り得ないほど眼中にない。思わず素で詰め寄って問いただしたが、とどめを刺された。しかも本人は無自覚だ。
今までの俺ってなんだったんだ……。
グレンが笑いを堪えながら、いや、堪えきれてないが、リナと話をまとめていく。
こうなったらわからせるしかない。実力行使で。
とりあえずグレンを追っ払う。そして俺はこの僅かな時間で、急激にリナという生き物について学んだ。
一、こちらが少し強気に出る方が反応がいい。(リナの前で猫を被るのは止めだ)
二、王子らしく甘い笑顔で口説くより、多少強引でもスキンシップの方が有効。(顔面効果が望めないからな)
三、名前呼びに弱い。(自分が呼ばれるのではなく俺を呼ばせる)
四、普通の女ではない。(ドレスや宝石より、農業関連、いや、もしかしたら食べ物でもいいかもしれない)
それにしても……指先にキスを落として以下のリナの様子は見物だった。人間の表情とはこれほど変化に富んだものなのかと、笑いたいのを堪えながら観察する。
だめ押しに、お姫様抱っこからのデコチューをおみまいした。これで暫くは俺のことが頭から離れまい。見え透いた嘘で俺を追い出そうとするからいけないんだ。
リナの部屋から出て扉を閉めた後は、もう我慢できなかった。俺は廊下の角を曲がったところで肩を震わせ喉を鳴らして笑ってしまう。
もちろん考えるのは今置いてきた彼女のこと。一体今頃どんな反応をしているのだろう。怒っているだろうか。暴れているだろうか。それともまだ硬直しているだろうか。
あんなに表情豊かで素直に反応する人間もなかなか見ない。
妃候補のことだけではない。延々と解決しない問題を目の前に置かれ続け、いい加減うんざりしていたが、ここに来て少しの楽しみができた。
グレンはリナの能力を随分と買っていたが、俺にしてみればオマケだな。
リナには能力などなくても、いやあの能力があるから彼女は彼女たるのか。どちらにせよこの場所で、リナらしくあればいい。それを近くで見るのはなかなか面白そうではないか。
さて、次に会った時はどんな顔をしているだろうか。今から楽しみだ。
本日もありがとうございます!
そうなんです。ジルベルト様、まだリナちゃんに惚れてません。いえ本人無自覚なだけです、かね?
でも時間の問題です(。-∀-)ふふっ




