幼馴染みの条件
2作品目です。
『幼馴染みの定義』の“彼”視点です。
“幼馴染み”ってなんだ?
『小さい頃からずっと一緒にいる』
『家が隣や近所で交流がある同じ世代』
大体の人がそんなイメージだと思う。
俺だってそう考えていた。なのに、俺の想い人兼“幼馴染み”だと思っていた奴は爆弾発言をかましてくれやがった。
*
事の発端は俺の不注意だ。
この日あいつが『数人の女生徒に体育館裏に連れてかれた』とあいつの弟に教えてもらった。
自分の異性に好まれる容姿と家柄は自覚している。
いつもはそれであいつに迷惑かけないよう気を張っているんだが、先日、休日の予定をしつこく聞いてくる女生徒につい、言ってしまった。
『幼馴染みと過ごすから』
言ってからしまったと思った。咄嗟に言い繕ったが効果はなかったと思ってる。
実際こうなっちまったし。
だから、あいつの弟にも気を付けるよう言っといたが正解だったみたいだ。
笑顔なのに目が笑ってなかったが…。
教えてもらってから俺は、弟に念のためここで教師をしているあいつの兄を呼ぶ事を頼み、すぐに体育館裏に向かった。
あいつはすぐに発見できた。
まだ、何もされている様子のないにほっとした。間に入ろうとそのまま足を進めるが、次に聞こえたあいつの発言に固まってしまった。
「私には貴女方がいう“幼馴染み”という存在はいません。」
…は?なんだって?
思わず、自分の耳を疑う。
「はぁ?!あなた何言ってるの?」
「そうよ!バカにするのもいい加減にして!」
「私には幼い頃から親しかった人や幼い頃親しく思っていた人なんていないんです。」
…俺の聞き違いではないようだった。
「意味わかんない。」
女生徒に激しく同意だ。俺もマジで意味がわからない。
「えっとですね、貴女方がの話す彼が誰なのかわかりますが、彼と私は家が隣なだけです。貴女方が言ったように住む世界が違いますし、幼馴染みなんて親しい続柄になった記憶はありません。」
んだよ、それ、俺、知らねぇよ。住む世界が違うとかどういうことだよ。
そんなん…俺らには関係なかっただろ?
「え?でも、彼はアンタのこと幼馴染みだってわたし達に話したわよ」
俺は女生徒の発言に顔を顰めた。
幼馴染みが誰だなんて言ってねぇ。勝手に調べてんじゃねぇよ。あいつの兄弟だって立派な“幼馴染み”だ。女のあいつだけ責めるとか本気で最悪だな。
って、んなこと考えてる場合じゃねぇ。
…俺はお前のこと好きなヤツって以前に“幼馴染み”だって思ってるんだぞ。
「...彼が何故そう説明したのか私には意図はわかりません。ですが、彼とはただのご近所さんで赤の他人ですよ。」
“赤の他人”
思考が強制的に止められた。
“赤の他人”ってなんだよ、それ…!
再開された思考が真っ先に思ったのは呆れでも怒りでもなく、悲しいだった。
「ちょっと待て!どういうことだ!」
いつもの俺だったらこいつのことを考え、周りに人がいる時は必要以上に近付かなかったが、今はそんなこと考える余裕は少しもなかった。
「え?!なんでここにいるの?!」
「帰ったんじゃ...」
俺の姿を見つけ女生徒達はオロオロと取り乱しはじめ、近付いて弁解してきたが心底どうでもいい。
「マジウゼェ…こういうことする奴が1番嫌いなんだよ。胸糞悪ぃ。2度と俺とこいつに近付くな。」
睨みを利かし、怒鳴りそうになるのを必死に抑え、聞こえるようそう呟く。それが聞こえた女生徒達は泣きそうな顔して去って行った。
『ちょっと、置いていかないで下さいよ。』
そんな顔して女生徒達の後ろ姿を見つめるあいつ。
…誰が逃がすかよ。
「...幼馴染みじゃないってどういう事だよ。」
まだ女生徒達を見ていたあいつの視界を遮り、追い詰めるように1歩1歩確実に近付いて行く。あいつは怯えたような顔をして後ずさりをするが止める気は、ない。
「赤の他人ってどういう...。」
…最後まで言えなかった。
俺はずっと“幼馴染み”だと思っていた。
こいつに1番近い男だって思っていた。
なのに、こいつにとって俺は…!
ふざけんなよ…。“赤の他人”ってなんだよ!お前にとって俺はその他大勢の野郎と同等なのかよ!
「その、えっと。ごめんなさい...?」
人の気も知らず、目の前の“幼馴染み”は困惑した表情で謝ってきた。
「わかってないだろ。適当に謝るな。」
眉間にシワを寄せて、『何故、わかったんでしょう?』と今度はそう表情に表す。
「顔に書いてある。」
そう答えれば、バッと顔を隠す。
…こんな状況なのにこの動作を可愛いと思う俺はいろいろ末期だと思う。
じっと見ていると『心を読むな。』と今度は見てきた。
「んなことできるか。お前がわかりやすいだけだ。」
諦めたように納得したようだ。
さて、本題はこれからだぞ。
「で?赤の他人とか幼馴染みじゃないとかどういうことなんだ?」
「そのままの意味ですが...。」
即答かよ…。
「...家が隣同士で小さい頃からずっと一緒にいたのにか?」
「幼馴染みというのはそれに“親しい”を付け加えないと成立しないですよ。」
「俺とお前は...親しくなかったのか?」
「必要以上にそうはなってないかと...。」
必要以上ってなんだよ。俺と親しくするのはお前にとって不必要なのかよ。
…意味わかんねぇ。
「家が隣で両親同士が仲良くて、お互いの家を行き来してて、小さい頃からずっと一緒にいて幼稚園から高校まで同じ学校で登下校も一緒にしていたのに、か?」
これだけ一緒にいるんだぞ…。
「って、すみません。その一緒に登下校っていつしていたんですか?
小学校の時は強制的にありましたがその後は特にしてなかったと思うんですが...。」
「はぁ!?してただろ!お前、本ばっか読んでて俺のこと気にしてなかったかもしれないけどな、ずっと一緒に帰ってる!」
ハッとした表情をしたから何を言うかと思えばそんなことかよ!
中学も高校になった今だって、先に帰るこいつを女生徒達を撒いた後に追って一緒に帰ってた。
…名誉の為に言っとくが、間違ってもストーカーじゃねぇ。あいつのシスコン兄弟公認だ。
登下校を読書の時間に費やすこいつが危ない目に遭わないよう説得して得た正当な権利だ。
それなのに…。
『全然気が付きませんでした。』
そう顔に書かれた。
「マジかよ...。」
力が抜ける。こいつだから仕方ないってわかるけど…!
…でも少しは、ほんの少しは気付いてくれててもいいだろ?
「なんだかすみません。物事に集中している時は周りに目がいかないもので...」
「知ってる。」
被せるように答える。
んなこと、お前に教えられなくたって知ってる。
「...小さい頃から本の虫で、ジャンル問わずなんでも読んでて、しかもありえねぇくらい影響されやすい。」
こいつの周りに理解されない唐突な行動のきっかけは、いつも本だ。
「小3ん時、昆虫図鑑にハマった時は夏休みに実際に昆虫採集しに田舎まで行って山で遭難しかけた。」
心配だったから俺もついていった。どんどん奥へと進んでいくこいつ。携帯を持っていたが流石田舎の山、繋がらなかった。
なのに、こいつときたら全く心配せずに昆虫を採取していやがってた。遭難しかけたことにすら気付いてなかった気がする。
「小6ん時、当時好きだった作家の母校に通いたいとかでいつの間にか中学受験決めてた。」
俺がそれに気付いたのは期日ギリギリだった。
てっきり公立の学校に行くと思っていたから何も話題に出していなかった。でも、やけに勉強してるから聞いたら、あいつは好きな作家の母校を受験するからと嬉しそうに笑った。
…あいつの両親も俺とほぼ時を同じくして教師から聞いたらしい。
この時には既にあいつに好意を寄せていた俺は両親に頼み、同じ学校を受験した。理解のある親で助かる。受験会場で会ったときのあいつの顔は面白かった。
「中学んときは星座関係にハマって冬休みに『一週間、星が綺麗に見えるところに行きます。探さないで下さい。』って置き手紙だけ残して失踪しかけたし。」
1人で何処かに行こうとするのはこれが初めてだったと思う。
真っ青な顔であいつの両親が安否を俺に尋ねてきた時は「冗談だろ」と思わず顔が引きつった。
幸いにもあいつの第1目的地を俺は知っていた。つい先日、あいつがそこに星を見に行くと話していてからだ。
…本気でバカだと思う。
てっきり家族で行くかと思っていたが、まさかの展開だった。
「高校受験は本場の芸術に触れたいとか謎なこと発言して、海外の学校に受験するとか言い出して家族総員で必死に止めた。」
海外の学校の資料を集めているのに気付いた時は血の気が引いた。あいつは意味の無いことはしない。それを知ってるから本気で焦った。
この時ばかりは両親に報告していたようだが。
あいつの場合“相談”ではない。“報告”だ。
反対のあいつの両親に俺は『思い留まるよう説得』と『一緒な高校に受験させ、俺が今でもあの珍獣を好きでいてくれるならついでに監視して欲しい』と頼まれた。
実の娘を珍獣扱いにも驚いたが、あいつの両親も俺の気持ちを知っていたことにも驚いた。
長期戦かと思ったが意外にも兄弟の言葉にあっさりあいつは諦めた。
生活費を出さないと言われ、バイトを考えたらしいがあの兄弟に一蹴されたらしい。俺の出番なんて高校選びの時だけだ。無気力化してたから楽だった。
「高校生になったら少しは落ち着くかと思ったら自由度が増して、日本の歴史に直に触れたいって長期休みになるたび、貯めた小遣いで1人で全国各地を回ろうとする。」
あいつの兄曰く、
『“人を外見で判断してはいけない”この言葉はこの子のためにあるわよねぇ。外見と言葉遣いだけは“深窓の令嬢”だけど、実態は“好奇心旺盛な猿”だわ。』
…正直、否定しづらいものがある。
旅行バッグを見かけるたびに、俺はあいつを適当な理由を付けて連れ出した。
親には珍獣で実兄には猿扱い。
…俺の好きな奴は心底変わってる。
あいつの奇行の歴史は山ほどある。
「まだまだあるぞ。だいたいほぼ全部俺は関わってきてるからな。詳細も言える。」
そうジト目で伝えるも、答えはあっさりしたもので。
「...そうだったんですか?」
「っ!おまっ!
......いや、お前はそういうヤツだよ。」
わかってたけど、なんでこんな俺に無関心なんだよ…。
俺はずっとお前だけを想ってるんだ。俺の殻を破って外の世界に連れ出してくれたお前のことをずっと。
俺の人生の大半はお前との思い出だ。
…何かしら事件を起こすのがお前だから自然とそうなるんだが。
お前の両親にも頼まれてんだ。
お前にとって俺は本当はどういう存在なんだ?
「なぁ、小さい頃からほぼ毎日のように一緒にいたのに、幼馴染みですらなかったのか?俺とお前は親しくないのか?」
矢継ぎ早に勢いで質問する。
「...俺はお前にとって赤の他人なのか?」
めちゃくちゃ苦しい…。答えを聞くのが怖い。
…でも、聞きたい。
「...だって、だってあなたはいつか離れていくじゃないですか。」
あいつの口から零れた言葉に目を見張る。
「だからあなたは家が隣同士のただのご近所さんで、住む世界が違う赤の他人じゃないと駄目なんです。」
それって、どういう…。
「だってそう思わないと、あなたが私から離れた時、寂しくても悲しくても仕方ないって!…思えないじゃないですか!」
あいつは涙目で俺を睨みつけるように叫ぶ。
「あの時みたいに辛い思いしたくないんです。あんな思いはもう沢山なんです...。」
そう最後に呟き、俺から目をそらした。
突然の展開に頭がついていかない。
え?なん、どういう…?
あの時って?辛い思いって?
あいつが辛い思いをしたという、あの時が俺には身に覚えがない。たぶん、俺の知らないところで何かあったんだと思う。
まさか…!
1つ思い当たることを思い出した。
ある時からあいつと僅かに距離ができはじめた。俺も、俺の外側が与える影響があいつにとっても害だとわかり始めた頃だったから、人前でのあいつと接する機会を減らすのにいい機会だって深く踏み込まないようにしたんだ…。
あからさまじゃなかったから気にしていなかった。
少しずつあいつが離れていたというのに。
きっと、それだ。何があったかは知らねぇが俺関係で何かあったことだけはわかった。
って今更遅ぇよ、俺!
今まで守った気でいた自分に腹が立つ。
結局、守れてねぇじゃねぇか。口だけかよ、俺。変化には気付いてたくせにあいつのことには気付かなかったのか 。情けねぇ…。
瞬時に自己嫌悪する。罪悪感が襲ってきた。
…ちょっと待て。
少しの引っ掛かりを覚えてもう一度あいつの言葉を思い出す。
俺の耳が正常だったら、『いつか離れるくらいなら、親しくしないで傷つくことを最小限にする。そのためにそう思い込んでいる。』 とも聞こえる。
ってことは親しくしていたら俺と離れると酷く傷つく…?
そう思い込まないと最小限にできない程に…?
そう気付くと、顔に熱が集中するのがわかる。
俺の思い違いとか早とちりとか勘違いじゃねぇ、よな?
今、目の前で泣くことを我慢しているこいつを抱き締めたくなった。
と、同時になんとも形容し難い感情も溢れてくる。
「もう、構わないで...ください。」
「無理。」
震えた小さな声。こいつにしたらありったけの勇気を詰め込んだ言葉を俺は躊躇なく一蹴する。
「そんな顔であんなこと言われて、はいそうですかなんて簡単に引き下がれるか。」
「え?っ!」
ポカンと状況が全くわかっていないこいつをとうとう自分の腕の中に閉じ込めてしまった。
「あーもう!やっちまった。
...これくらい許せバカ。んな告白まがいな発言とか、マジで反則だろ。」
キスを我慢しただけ俺の理性は偉い。
辛い思いをさせて悪かったと思う。守った気でいて全くダメだった自分に腹が立つし、こいつに申し訳ないとも思う。
でも、それ以上にあんなこと言われたらもう離してやれない。離す気もない。逃がさない。
「な、なんて言ったんですか?」
わざと聞こえないようにしたからな。
「何でもねぇ。いいからちょっとそのまま黙ってろ。」
僅かにある理性を総動員させ、深呼吸。
ずっと、お前が好きだ。
たったそれだけを言うために心の準備をする。本当はもっといろいろ考えてたけどどうでもいい。
今言いたいと思った。
少し落ち着くと俺の腕の中で、何やらパニクってる奴に気付く。
「くくっ。お前も落ち着け。」
「っ!」
警戒心が少しでも溶けるよう優しく声をかける。ビクッと小さな身体が震えた。
「...お前、俺がいつか俺が離れると思ってたのか?」
恐る恐る聞く。返事は小さく肯定の動き。
「あの時みたいっていうのを俺は知らないけど、辛いって思ってくれて、離れると悲しいとか寂しいとか思ってくれるのか?」
もう一度同じ動き。たったそれだけの動作なのに凄い勢いで愛おしさが増す。
「俺が離れたら幼馴染みじゃないとか、親しくないとかあんなわけわからないこと思ってないと保ってられなかったのか?」
「...そう、だと思います。似たようなこと思いましたから。」
少し躊躇しながらもそう答えてくれたあいつ。
…俺、今死んでもいいかもしれない。
「...な、なんか怒っていますか?」
「怒っては...いや、怒ってるかも。」
また、見当違いの質問投げかけてきたと思ったが、あながち間違いでもないでもないようだ。
俺でもわかんなかったのに。…お前、よくわかったな。
あの形容し難い感情はこいつに対しての苛立ち。
俺に相談してくれなかったということに対しての。
「ご、ごめんなさい。」
変なところで鋭いくせに、絶対わかってねぇな。
「だから、何に対しての謝罪だよ。」
「わ、わかりません。」
素直に言うこいつが愛おしくて仕方ない。きっと俺に相談できなかったんだろう。こいつはそういう奴だ。ちゃんとわかってる。
「くくっ。怒ってるけど今スゲー嬉しいからいいよ。」
俺が怒るのは筋違いだけど、もっと俺を頼って欲しい。お前が安心して相談できる頼れる男になるから。
「...なぁ。」
「はい。」
さっきより俺の腕の中に馴染んだこいつはさっきより余裕が出てきたようで、無意識なのか上目遣いで返事をする。
「なんで俺とお前は親しくないって考えてたのに、俺との関わりを完全に切らなかったんだ?」
「っ...。」
真っ赤になって目を逸らされた。
確信が持ちたかった。俺の気持ちを受け取ってもらえるかどうかの。
「答えて。」
抱きしめる力を強める。
「...あなたの傍に居たいかったから、です。」
そうじゃない。
「過去形?今は?」
間髪入れずに急かすよう質問する。
「い、今も...です。」
少し緩めてみたこいつの顔は真っ赤。ギュッと目を瞑り、何かに耐えているような表情だ。
「...俺はお前から離れない。ずっとだ。」
「え?」
呟くように伝える。
「訳のわからねぇ心配するな。俺はお前から絶対に離れていかない。」
「っ!」
今まで言葉にしてこなかった俺が悪かった。今きちんとお前に伝える。
「だいたい俺くらいしかいないだろ、お前の奇行に付いていけるヤツ。理解できる男も俺だけだ。」
「き、奇行ではないです!私にとってはちゃんと意味のある行動で...!」
「わかってるよ。お前にとってその時のその行動が大切なのは知ってる。お前はただいろんな意味で真っ直ぐなだけだ。…それくらいで嫌いになんてならねぇよ。」
そんなお前に救われて惚れたんだ。嫌いになんて絶対になるわけがない。
胸元がじんわりと濡れてきたのがわかる。
「迷惑じゃ、ないですか?」
「迷惑なわけない。」
「きっと奇行は続きますよ?」
「くくっ。お前も奇行って言ってんじゃねぇか。まぁ、面倒臭い時もあるが、なんだかんだ結構面白いから構わねぇよ。むしろ、それをしないお前はお前じゃねぇ。」
お前の奇行は本当に突拍子もないことするから心配だし、いくつ心臓あっても足りない。でも、それが面倒臭いとも思うときもあるが、最終的には面白いし楽しいんだ。
「あ、あなたのこと、私の“幼馴染み”って思っていいんですか?」
「あぁ。」
「本当に?」
「お前は俺の大切な幼馴染みだ。何があっても誰がなんと言おうと変わらない。」
やっとほっとしたのか、こいつの力が抜けるのがわかる。
このまま離したくないが、告白はちゃんと顔を見て言いたい。
だから、ゆっくりとこいつを離す。
「俺はお前のこと、ずっと前から...。」
肝心なところで止まってしまう。ずっと伝えたかった気持ちだから、簡単に言えなかった。
ったく、情けない。
でも、意を決して口にする。
だが、次に聞こえたのは俺の声ではなく…。
「あなたはずっと前から私のこと幼馴染みだと思っていてくれていたんですね。」
あいつの奇行の始まりを告げる声だった。
「は?」
「なのに、私は聞けば解決するような簡単なことでウジウジと。いや、私にとってはそれが難しいことだったんですが。」
っこんの!奇行スイッチ入るタイミングが最悪だ!
いやいや、『私はわかってます』って顔してんじゃねぇよ!確かに間違ってねぇけど、今からお前に俺が言おうとしてたことは全然違ぇ!
「ちょっと、待て…」
「...私はあなたに嫌われることが何より怖かったんです。」
声音が少し寂し気なものに変わったあいつの今まで思いの一部を聞き、大人しく話を聞くことにする。
「自分が普通の子と少し違うのはわかっています。あなたは優しいから私に付き合わされているのだと指摘されて、そうかもしれないと思ったんです。そう考えたらあなたがいつか愛想尽かされて離れるということがすごく現実的に見えて...。」
俺から離れるなんて有り得ないのに、お前はんなこと思ってたのかよ…。
つか、めちゃくちゃ照れるぞ、これ。
「...私はあなたがとても大切です。あなたの言う通り私を理解してくれるのは家族以外できっとあなただけだと思います。」
真っ直ぐ俺の目を見てあいつは俺を“大切”だと言ってくれた。
あいつの中で俺は“赤の他人”じゃなかった。
「っ!そんなの俺だって、お前のこと...」
「親しくないとか幼馴染みじゃないとか酷い事言ってごめんなさい。これからはあなたに相応しい幼馴染みになるよう、精進します!」
「……あ?」
さっきのしおらしさはどこ消えた。
「自慢の幼馴染みになれるよう最大限の努力は惜しみません!」
すげぇ嬉しいんだけど…そうなんだけど!
くそっ!んな状況じゃねぇのに顔が熱い!
「…いや、違うって…」
「今度読む本は“幼馴染み”について描かれているものにしますね!どんなものがいあでしょうか...。あ、自慢の幼馴染みになるには礼儀作法必要ですかね。そういう本もいいかもしれません。」
「なぁ、人の話を..。」
「待っていてくださいね!早速、書店に行って吟味してきます!では、明日!」
俺に詰め寄られた時に落としたカバンを拾ってあいつは走ってその場を去った。
*
残ったのはその後ろ姿を呆然と見守る俺。
「...あのバカ!タイミング悪く奇行に走るなよ!
言いたい事、言うだけ言って翻弄するだけして無視か!お前らしいけど頼むから俺の話、最後まで聞けよ...。」
あいつの姿が見えなくなった所で思わずそう声に出してしまった。…仕方ないと思う。
言い終わると同時に背後から吹き出す声が2人分聞こえた。
やべぇ…すっかり忘れてた…。
振り向くと腹抱えて笑っている見知った顔の男2人。
「あの子はやっぱり最高だわ!」
おネェ言葉で話すのはあいつの実兄。
「ぶっ!ふはっ、同感…!く、苦し!…死ぬ!」
笑い過ぎて死にそうなのがあいつの双子の実弟。
「…どっから聞いてた?見てた?」
恐る恐る聞く俺。
「「思い出話から。」」
終わった…。ほぼ全部見られてた…。あいつを抱きしめたところ見られてた…!
「…さて、いろいろお話しましょうか?」
「覚悟はいい?」
笑いながら近付いてくる悪魔達。
「…拒否権は?」
「「ない。」」
無理矢理連れ去られ、極度のシスコン兄弟にみっちり絞られた。
『気持ちを止めることはしないけどさ、必要以上に近付いたり、触れたり、無理矢理迫ったりしたら…わかるよね?』
俺のあいつへの気持ちがバレた時の爽やか腹黒弟の発言。
わかってるけど!今回俺、悪くないだろ!
*
俺は『幼馴染みの条件』を『小さい頃からずっと一緒にいる』『家が隣や近所で交流がある同じ世代』これだと思っていた。
間違いではないんだと思う。
でも、俺達は今日まで本当の“幼馴染み”ではなかった。
一方的に思っていたってダメだった。客観的に見れば“幼馴染み”だったかもしれないが。
結局、『幼馴染みの条件』を満たしていたって意味がなかったことはよくわかった。
って!俺はあいつと本当の“幼馴染み”になりたかったんじゃねぇ!
“恋人”になりたかったんだよ!
絶対、振り向かせてやる。
他の男になんか死んでもやらねぇ!
覚悟しとけよ!
*
あの日を境に、俺はあいつの兄弟の目を盗みながらも好意を隠すことなく、今度こそちゃんと守りながら積極的にあいつに接し出した。
何度も思いを伝えることを失敗したり、奇行に振り回されたり、あいつの兄弟に邪魔されたり…。
やっと伝えられたのはまだ先の話。
思いを通じ合えることができたのもまだ先の話。
ご静観ありがとうございました。