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「ってことで、よろしくね【奥様】」

 

『あの記事は柚木さんと真壁さんのことだと認める、ということですか?』

『認めるも何も、そうだと思ったからあたしのところに来たんでしょう!?大体、あんな書き方されてたら誰だってわかるに決まってるじゃないですか!』


『真壁さんに憧れていたと仰いましたが、その憧れの人から冷たくあしらわれてしまった、ということですね?』

『はぁ?なんで芸能記者の人ってそういうこじつけしたがるんですか?真壁さんとは本当に何もないんです!あの記事にあったYさんだってあたしが現実逃避しようとしてたのを正してくれただけで、Sさんは真壁さんが食べられないものを勧めようとしたあたしに注意してくれただけですし。Iさんなんて、あたしが落ち込んでて仕事にならないからってお仕事キャンセルさせちゃって、逆に申し訳ないと思ってたのに』


『桐生さんの「芸能界イジメ」発言に対して、テレビを見ながら泣いていたという話も出ていますが?』

『それは、っ…………あたし、小さい頃いじめられてて。イジメがどんなに辛いことか、卑劣なことかわかってるから。だから芸能界ってやっぱり怖いな、って。……考えてもみてください、昔いじめられてた人が、自分をいじめる人のことかばったりしますか?大好きだなんて、公共の電波上で宣言しますか?』


 発言の途中から神妙な表情になって若干声をひそめた菜々美の言葉に、スクープ欲しさで感情的になっていた記者の多くが黙り込んだ。

 だがまだ小声で「事務所の方針で」「波風立てないように」などと往生際悪く囁く声が聞こえる。




「まぁ、事務所の方針なのは間違いなさそうね。……でしょ?サエくん」

『ま、否定はしないよ。実際、社長がこいつのマネージャー呼び出してあれこれ指示してたし。ただ……きっかけはこいつが記事読んでていきなりキレたことなんだけど』


 菜々美の突然の爆弾発言により「謹慎は撤回だ、すぐに事務所に戻れ!」と社長の鶴の一声がかかったことで、二宮は慌てて希の部屋を駆け出て行った。


 残された希は何度も繰り返す菜々美の会見風景や、司会者やコメンテーター達の勝手な憶測などを垂れ流すテレビをぼんやりを眺めていたのだが、そこへタイムリーに菜々美と同じ事務所である冴木から電話がかかった。

『多分暇してんじゃないかと思って』と爽やかさ倍増の声でそう切り出した彼は、電話の向こう側からかすかに聞こえるテレビの音からどの局かを瞬時に判断し、そして自分も同じ番組に切り替えて電話越しの実況中継としゃれ込んだ。


(サエくんのことだもの、私があれこれ溜め込む前にって気を遣ってくれたんだわ)


 彼は決して、それを悟らせない。自らアピールもしない。

 だが、彼が懐に入れた『友人』だけは皮肉屋を装った彼の優しさに気付いている。和泉も、そして希も。多分、水嶋でさえも。



『しっかしさぁ……こいつはまぁこれで自分なりに主張できたからいいとしても、もう一人のあのバカはどうすんだろうね』

「もう一人?」

『あーもう、察し悪いなぁ。あれだよあれ、芸能界だってイジメはあるんですとか発言したバカ』

「ああ…………桐生君のこと?」

『名前なんて出さなくていいよ。聞くだけで腹立つから』

「その好き嫌いの激しさ、相変わらずね」


 当初『嫌い』と言っていても、不意になにかのきっかけでその感情の向きが変わることがある。それは誰にでもあるだろうが、冴木の場合は特に顕著で何がきっかけかも本人自身よくわかっていないらしい。

 互いの部屋を自由に行き来する関係である和泉は最初から自然に仲良くなったとのことだが、希はかなり長い間嫌われていたし、最近ようやくプライベートで誘ってもらえるようになった水嶋セツナも、その前までは冴木の視界に入れてももらえなかったのだとか。


『何がきっかけかわからない』と本人は言う。それは逆に、何かしらのきっかけがないと印象を変えないということでもある。

 桐生のデビュー当時からずっと『嫌い』評価が続いているということは、そのきっかけが未だ訪れていないということだろう、と希はそう思っている。



 が、そんな希の内心を読んだかのように、冴木は『相変わらず、ってわけでもないよ』と意味深な言葉を口にした。


『今回のことで、僕の中でのあいつの評価は【嫌い】から【大嫌い】にランクアップしましたー。はい拍手-、パチパチ』

「…………あぁ、そう……」


 それも無理ないでしょうね、と希はため息を零す。


 己の懐に入れた『友人』は殊の外大事にする冴木、そんな彼の目の前で桐生は希の足手まといになった。そしてそんな彼をダシにして、希は若手芸人数人に心無い言葉で侮辱された。

 更に今回、彼の軽率な発言によって希を【悪役】に仕立て上げたいらしい週刊誌を煽り、結果的に彼女を謹慎にまで追い込んでしまった。

 とどめに、調子に乗ったその週刊誌の記事内で親友の和泉までもが遠まわしに侮辱された、となると冴木の怒りの矛先は八割方そのきっかけを作った桐生と菜々美に向く。


『大体さぁ、あいつ生意気なんだよ。いくらイイとこの出ってのを売りにしてるっつっても、デビュー当初からクイズ番組だのニュース番組のレポーターだの。挙句お坊ちゃん役に優等生役?歌下手、リズム感最悪、作詞の才能皆無、レポートすれば噛むし、雑学だって苦手。演技なんて目も当てられない。そういうのが可愛い可愛いって売れてんだからなんか間違ってるよ。本当に可愛いってのは希のことだっつーの。何で世間はそれがわかんないかなぁ』

「………………」



『…………けどまぁ、いいんじゃないの。嫌いじゃないよ、そういうスポ根精神』


 水嶋が偶然聞いてしまった、四年前の二人の会話。彼はそこでそっと踵を返したが、この会話には続きがあった。


『なんかあんたって、可愛いよね』

『…………は?いきなり何言ってるんですか?』


 その頃の【真壁希】は『可愛い』などという形容詞とは正反対、感情のないアンドロイドだったり男勝りのビジネスウーマンだったりと、『女性らしさ』を前面に出さない役どころが多かった。

 視聴者もそういった『性』を売りにしない希に対して好感を寄せてくれていたし、彼女自身も自分が『可愛い』という形容詞の似合う性格だとは思ってもいなかった。


 だが冴木は『可愛い』という。

 つい先ほどこの倉庫で練習していた姿を見られるまでは、『嫌い』だと視界にも入れてくれなかったその人が、その口で。


 気を遣う事も忘れて思わず素で問い返してしまった希に、彼はなおも笑う。


『努力をアピールした方が上の受けがいいに決まってる。だからあんたは、監督に練習室を借りるべきだったんだ。なのにそれをしないで、こんな誰が来るかわかんない倉庫で無駄だなって思えるくらい頑張って練習してた。なんかさ、そういうの可愛いなって。もしかしたら一周回ってあざといだけなのかもしれないけど、でも僕は可愛いって思ったから。ま、しょうがないよね』


 開いた口が塞がらない、正にその言葉通りの表情で呆けている希を見て、彼はおかしくてたまらないというように腹を抱えて笑い出す。

 途中「馬鹿じゃねぇの、その顔」「女優って自覚あんの?」などと毒舌を挟みながら、息が苦しくなるまでずっと。



 水嶋の推測通り、その会話をきっかけにして冴木は希を『身内』として受け入れた。公の場でも堂々と『友人』と称するようになり、それまで別々に親交を持っていた和泉とも一緒に会うようになった。

 そしてその日以降、彼がたまに『希って可愛いよね』と言うようになったことで、兄貴分の和泉は微笑ましそうな眼差しになり、弟分の水嶋はニヤニヤと意地悪く笑うようになり、希本人は言われるたびに落ち着かない気持ちになって仕方がない。


『おーい、希ー?もしもーし?どしたの、寝落ち?』

「…………サエくんが恥ずかしいこと言うからでしょ」

『あらやだ、惚れてくれてもいいんですよ?希サン』

「苦労しそうだからやめとくわ」

『ちぇ、ざーんねん』


 4年前から散々『可愛い』だの『大事』だのと口にするくせに、冴木はその心の内を明かそうとはしない。

 希が真に受けて返せば茶化して終わり、いつものことだとさらりと流せばちょっと拗ねて見せる。ただ、それだけだ。

 彼が本気で希を『可愛い』と思っているのか、それを突っ込んで探れるのは今のところ和泉しかいないだろうが、彼は全てをわかっているという顔をしながら相手のプライバシーに踏み込むことは決してしない。

 そういう人柄だからこそ、希も冴木も彼を慕っているのだから。



「……あ」

『うん?』

「マコさんからメール。ちょっと待って」


 今冴木と話している携帯はプライベート用で、限られた人物しかその番号を知らない。二宮もこちらの番号とアドレスを知っているはずだが、わざわざ仕事用のスマホにメールを送ってきたということは、事務所での協議の結果が出たのかもしれない。

 そう判断して彼女は手早く新着メールを開いたのだが。


「…………あいたたたた……これまたやっちゃった感じ?」

『なに、だからどうしたのさ?』

「うん……事務所に桐生君の名前でFAXが届いたって。要約すると、今回の騒ぎの原因を作った発言についての謝罪と、柚木さんや私にかけた迷惑についてのお詫びだったみたい」

『ふぅん…………謝罪が先、ね。つかこのタイミングでそれ?マジでバカだろ、あいつ』


 桐生彰名義で彼の所属事務所から送られてきたFAXには、まず最初に公の場での軽率な発言に対しての謝罪が丁寧に綴られていたのだという。

 そして後半になってようやく、菜々美を傷つけてしまったこと、希にも迷惑をかけてしまったことを深く反省しているという文が続き、『誠に申し訳ありませんでした』で締めくくられていたらしい。


 冴木が引っかかる物言いをしているのは、他者のフォローの前にまず自分の側の謝罪から入っている、という部分が気に入らないからだろう。

 彼の名義と言ってもこの謝罪文を考えたのは恐らく事務所サイド、つまり大事な所属タレントである桐生の名誉回復を第一にと考えたため、見方によってはこうもあざとい文章になってしまったのだと考えられる。

 それはそれで本人の意思じゃないんだからと割り切れる希とは違い、坊主憎けりゃの要領ですっかりその所属事務所のことまで嫌いになってしまった冴木にしたら、何もかもが不快感を煽るだけでしかないのかもしれない。



 一度へそを曲げてしまった冴木の不機嫌は、とにかく執念深く続く。

 これをどうにかフォローできるカードは、残念ながら希の手元には残って………。


(あ、ひとつだけ。でもあれって断ろうと思ってたやつなのよね)


 冴木の所属事務所を通して密かにオファーが来ていた、連続ドラマの出演依頼がまだ返事をしないまま宙に浮いているのだ。

 主役は他ならぬ冴木智之、その相棒役を希にと声がかかっていたのだが、それ以外にもその撮影時期と重なるように舞台公演だったり海外ロケだったりが既に入っていて、スケジュール的にかなり厳しいというのが二宮と希の見解だった。


 だがしかし、それを受けると今ここで返事すればきっと冴木の機嫌は上昇する。何故なら、そのオファーは元々冴木が希を指名したことから始まっているのだから。


 手元に唯一残されたカードを切るか否か。

 考えずとも、答えは出ている。



「……ねぇ、サエくん。そういえば、この前お返事保留にしたドラマの件だけど……あれ、他の人にも声かけてる?」

『はぁ?僕は希を指名したんですけど?何で他のやつなんかに声かけなきゃいけないのさ』

「ほら、結構スケジュール詰まってるからっていい反応しなかったし。事務所側としても早々に他にオファー出さなきゃって思うんじゃない?」

『まぁ、ね。マネージャーにはちょっと急かされたけど……でも今それを言うってことは、オッケーってことでしょ?じゃなきゃ、事務所側から断ってくるだろうしね』


 心なしか先ほどよりも声のトーンが明るくなったことに気付いた希は、内心ホッと胸をなでおろす。

 だが、そのままで終わらないのが冴木智之という男だ。

 彼はうきうきとした声のトーンはそのままに、菜々美に負けず劣らずの爆弾発言を投下した。


『でもさ、希が受けてくれて良かったよ。だってあれ、夫婦設定だもん。そりゃ僕だってプロですから?やれと言われたら誰とでも絡むけどさ。でももし希がアウトだったら、あの柚木菜々美?ってのに声がかかる予定だったらしいし。そうならなくてほんっとに良かった。ってことで、よろしくね【奥様】」



(あのねサエくん、本来なら【ヒロイン】が受けるべきドラマなのよ、これ)


 そのこともあって希は断るつもりでいたのだが、どうやら冴木に関してはもう修正不可能なところまで進んでしまっているようだった。




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