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「なんなの、あの子。予想外すぎ」

段々長くなっていく気がします。読みにくかったらすみません。

 コミカライズもされた人気小説【イミテーション・ジュエリー】のヒロイン柚木菜々美は、ネット小説のヒロインにありがちなチート能力も持っていなければ、相手によってキャラを変えるようなあざとさも、天然ドジっ子成分も含まない。

 本当に普通の、だけどひたすら健気で一生懸命な等身大の女性として描かれていた。

 彼女はそのひたむきさで冴木の心を溶かし、一生懸命さで和泉の瞳を捕らえ、健気さで桐生に愛される、そんなヒロインなのだ。


 だが、今の『彼女』は違う。

 たまたまデビュー作で【悪役令嬢】として登場した、自分よりも十年先輩の真壁希という女優に対して、尊敬や憧れの気持ちを抱くならまだ話はわかる。だが彼女は明らかに希を意識しすぎており、それと自分を比べていちいちネガティブに落ち込んでいるという。


(確かに、原作の【真壁希】はあざとい系だったし、ヒロインが追い越せるだけのハードルの高さだったとは思うけど)


 でもねぇ、と希はため息をつく。


 原作での希は、ヒロインの越えるべき壁だった。だから『目標』で『ライバル』と設定されていたのだし、懸命に努力するヒロインに対して己の能力に胡坐をかいているようなセリフも見受けられたのだ。

 だが今の希は、役のためにも自分のためにも人一倍努力を怠らない。

 無駄だと誰もが言うだろうことも、いずれまた何かの役に立つかもしれないからとトコトン学びつくす、というのが彼女の信条だ。

 そんな彼女に対し、一歩も二歩も引くべき菜々美は何故か対等に自分を並べ、ことあるごとに引き合いに出しているらしい。



「んー、菜々美ちゃんなぁ……なんか、見てて痛々しいを通り越してちょいイライラしましたわ。ほんまのあの子はネガティブキャラちゃうんやろうけど、デモデモダッテ、って繰り返して落ち込む姿は目も当てられへん。和泉さんが匙投げた気持ち、わからんでもないですわー」


(そうなのよね。ヒロインとの出会いイベント、ものの見事にフラグ折っちゃったのよ)


 結果的に言えば、和泉と菜々美は出会いを果たした。そしてそこで、落ち込む菜々美に彼はいくつか辛抱強くアドバイスの言葉も贈っている。

 ただ、彼女の落ち込みは根が深かった。和泉の言葉でさえも、励ましではなくプレッシャーとして届くほどに。

 そうして彼は、その仕事を断った。

 つまり、撮影を介してヒロインの中に光る素質を感じるという興味フラグを、何も知らない彼自身の手でばっきばきに折って壊してしまった、ということになる。


 ヒロインと出会って妹のように可愛がるはずの和泉も、悪態をつきながらも傍にいてくれる冴木も、そして小説の中ではちらちらとちょっかいかけてきたこの水嶋セツナも。

 努力に努力を重ねてここまで生き抜いてきた希を慕い、気にかけてくれている。菜々美(ヒロイン)ではなく、ライバルを。



「…………ま、私は私なんだもの。下手に関わりに行かない方が無難よね」


 希がそう言うと、水嶋はこれは意外だという顔で「え、なんで?」と聞いてきた。


「彼女、きっと真壁さんのフォローなら素直に聞きますよ?真壁さんが、あんたは凄い、才能がある、可愛いんだから自信持て、って励ましたら元気になるんちゃうかなぁ……」

「はぁ?それこそなんで?私、彼女にそこまでする義理ないわよね?そういうのは彼女のマネージャーや事務所のやることでしょ。それとも水嶋くん、徹底的にフォローしてくる?」

「や、それは勘弁。あっさり惚れられそうなんで」


 チョロインが可愛いのはフィクションやからですよ、と二次元オタクの水嶋はにやりと笑う。


 希も、本音ではかなり気になっていた。

 前向きでひたむき、健気なヒロイン。そんな健気さを持つ彼女、そして和泉も認めるはずだった輝ける才能の持ち主が、希を前にしてすっかりひねて萎縮してしまっているのは心苦しい。

 まるで、『悪役に転生したけど頑張って自分を磨いてたらいつの間にかヒロインに成り代わっててナニコレ!?』というテンプレな悪役転生逆転劇のシナリオをなぞっているかのようだ。

 もしかしたら転生したのはあのネット小説本編ではなく、その二次創作の類だったのかとも本気で思った。


 だが、だったら何だと言うのか。

 確かに『悪役に転生したからせめてもうちょっとハードルを上げたい』という意識があったのは認める。

 しかし実際に努力を重ねたのは希自身。

 ゲームなんかのようにボタンひとつで学習終わりということもなく、愛されヒロインものの小説のようにライバルや敵が勝手に自滅してくれることもなく。

 この十年間、叩きのめされたりいじめられたり無視されたり中傷されたり、そうして何度も何度も落ち込みながら這い上がってきたのは紛れもない、今の【真壁希】自身なのだ。

 ストーリー通り【ヒロイン】が登場したところで、元々のストーリーに合わせてその場所を譲ってやるほど、希はお人よしでも優しくもない。




 水嶋とそんな会話をした二週間後

「希、ちょっといいかしら」と珍しくマンションを訪ねてきた二宮は、勧められてふわふわクッションの上に腰掛けると、らしくなくそのまま膝を抱え込んでしまった。


「……この十年、結構あれこれあったからよっぽどのことがないと動揺しないつもりだったんだけど……ダメね、社長からこれ見せられて思わず編集局に殴りこみに行きそうになっちゃった」


 ぽん、と力なくテーブルの上に置かれたのは、以前取材内容でNGを食らわした週刊誌の最新号。

 グラビアアイドルが妖艶なポーズをとっている表紙には、スクープ!の文字と共に


『芸能界のイジメ事情に迫る!!新人女優が……アイドルが……続々被害の声!』


 という毒々しいタイトルが踊っている。


 希の所属する事務所社長がオフの二宮を呼び出し、丸めた形で突き出したのがこの週刊誌だ。

 それを読んだ二宮は「ありえません!」と珍しく激昂し、取材したという記者を問い詰めに編集局に乗り込もうと息巻いた。そこを社長秘書達に取り押さえられ、ひとまず希と共に数日自宅謹慎を言い渡された、ということのようだ。


「私も謹慎、ですか。……芸能界のイジメ事情なんて今更って気もしますけど……ほぼ実名掲載に近かったりします?」

「ええ、まぁ。お勧めはしないけど、読んでみる?」

「私、当事者でしょ?なら読まないって選択肢はないですよ」



『……デビューしたばかりの新人女優Nさん。彼女は、記念すべき初仕事の場で中堅女優Mの存在感に圧倒され、そんな彼女を目指したいと友人であるアイドルK君とそう話していた。だがMと仲の良いアイドルYに思わぬ暴言を吐かれ、そして番宣で出たクイズ番組ではMの友人(?)であるタレントSにたびたび嫌味を投げつけられ、仕事上ではカメラマンのIに写真撮影を断られるなどの被害を受けている。しかもMはNさんの落ち込みに気付いていながらも何のフォローもなく、挙句「そんなことをする義理なんてない」という実に人間味のない発言をしており、もしかするとNさんの周囲で起こった諸々の不幸は全てMの仕組んだことではないか、との声も上がっている。更にそのNさんとデビュー作で共演したK君だが、クイズ番組でMにプライドをずたずたにされており……』



「きっかけはね、ハリウッド映画の試写会での舞台挨拶だったらしいわ。吹き替え版の声をあてた桐生君が、この映画のテーマである『会社でのイジメ』っていうのに酷く憤慨しててね。でね、何気なく言っちゃったらしいの。『イジメなんてかっこ悪い。そういうの、芸能界でもあるでしょ?俺、結構身近で見てきましたからわかるんです』って」

「あいたたたた……芸能界、って出しちゃダメでしょそこは」

「そうよね、普通は空気読むわよね。でももっとあいたたなのは、その放送を雑誌のインタビュー中に見てたらしい柚木さんが、ぽろっと泣いちゃったらしいのよ。芸能界って怖いですね、って言いながら」

「…………はぁ。なんでこういう記事になったかわかった気がします」


 イジメについて憤慨するヒーロー桐生、そしてその記者会見報道を見ながら泣いたヒロイン菜々美。

 彼らを結びつけるのは菜々美のデビュー作であるスペシャルドラマ、そしてその番宣で出演したクイズ番組。そこに共通して立ち塞がってくるのは女優、真壁希。

 しかもそのクイズ番組では、生放送ということを利用して芸人達が希を口汚く揶揄するというシーンがばっちり放送されてしまっている。

 それはまるっきり、ヒロインをイジメた悪役に対する制裁シーンのようだ、とも取れるわけで。


「フォローになるかわからないけど、義理がどうのって発言をすっぱ抜かれたことで水嶋君がお詫びの電話寄越したわよ。信じてもらえないかもしれないけど自分は何も言ってない、って。試すようなこと言った所為で騒動になってすいませんでした、とも言ってたけど。なに、水嶋君との会話だったわけ?」

「ええ。水嶋くんって女性の楽屋に入る時きちんと扉を閉めないポリシーがあって、だから廊下で聞かれたんだと思います。大丈夫、そっちは気にしてませんよ」



(とはいえ、さすがに参ったわね。私だけじゃなく由羅ちゃんや直也さん、サエくんまで指摘されてるんだもの)


 この週刊誌は、確かに痛いところを突いてきた。

 希は自身が攻撃される分には大体受け流すことができるのだが、親しい友人を巻き込んだとなると感情がセーブできなくなってしまう。

 全員何かしらの形で芸能界に関わっている、ということは今頃興味本位の取材陣がそれぞれのところへ押しかけていないとは言い切れず、また押しかけられなくても記者発表や会見の場などで野次を飛ばされる可能性も否定できない。

 由羅は甘えっこキャラを作ってはいるが結構強かだし、和泉は自分の仕事にプライドを持っているから今回のキャンセル事件は気にも留めていないだろう。冴木は言うまでもなく、精神的にかなり逞しい。

 とはいえ、迷惑をかけてしまったのは事実だ。


 連絡でもしておこうか、とスマホを手に取ってみると不意にそれがピリリと震えた。


『……希か?二宮がそこに押しかけていると思うが、聞こえるようにスピーカーに切り替えてくれ』

「…………社長」


 電話は、滅多に所属タレントに直接関わろうとしない事務所社長からだった。

 おおかた拗ねた二宮が携帯の電源を落としているため、やむなく希にかけてきたということだろう。



『まずは事務所の対応を話しておこう。うちは公には何もしない。編集局にも抗議しない。あちらさんは何かしらの反応が欲しくてやってるんだろう、だからうちはそれに応じない。それでいいな?』

「もちろんです。抗議なんかしたら話題が長引きそうですしね」

『わかってるならいい。まぁ当分は、先方の出版社から何らかのオファーがあった時はやんわりお断りさせていただくが。その程度だ』


 この週刊誌の出版元はそれなりに大手の出版社だ。そこから出ている出版物が映像化されることもそこそこあり、だからこそオファーを断ると宣言した社長の言葉の裏に希は今回のことに対する激しい怒りを見た。冷静であるだけで、感情は別物だということだろう。

 幸い事務所としてはかなり大手であるからか、ひとつの出版社を切り捨てても経営上の影響はない、と判断しての決断なのだろうが。


『で、だ……二宮もよく聞いてろ。お前のブログにコメントが相次いで投稿されている。その殆どがファンからだ。中には記事に踊らされた輩の中傷もあるにはあるが少数だな。とにかく読んでみろ』


 そこで、通話は一方的に切られた。

 希が唖然としている間に、立ち直った二宮がタブレットを立ち上げてネットに接続する。


「…………なに、これ……アクセス数が半端ないことになってるわ。コメントも……あぁ、今は受付停止にしてあるのか。そうね、これじゃサーバーがパンクしちゃうもの」


『週刊誌の陰謀に負けないでください』

『私は、真っ直ぐな希さんが好きです』

『話題になってこそ一流芸能人ですよ』


 さすがに最後のコメントには希も二宮も苦笑するしかない。

 直接名乗りを上げてはいないが、このちょっとスパイスを効かせた励ましの言葉を贈ってくれた【S】というのは冴木のことだろう。そして『好きです』発言してくれた【Y】は由羅、『陰謀に負けるな』とストレートに励ましてくれた【I】は和泉だ。

 皆、イニシャルの頭文字を使っているということは、週刊誌の記事を読んだ上でこうして励ましに来てくれた、ということだ。その気持ちが、そしてファン達からのいくつもの『頑張って』のメッセージが、希の涙腺を緩ませる。


「やだもう社長ったら……男前すぎ」


 彼の人は勿論、それをわかっていてブログを見るようにと言ったのだ。

 事務所の社長としてタレントを励ますことなどできない、ビジネス主体に生きている人だからこそ。



「ちょっと希!社長にうっとりしてないで、これ見て、これ!!」


 ぷちん、とスイッチを入れたテレビの液晶画面ど真ん中。

 あたし怒ってます!ぷんぷん!という声が聞こえてきそうな表情、そして腰に手を当てた格好でカメラの前に仁王立ちしているのは、【Nさん】こと柚木菜々美。

 どうやら件の記事について、彼女のことではないかと取材陣に詰め寄られているらしいが……それにしては様子がおかしい。


『知りません!!芸能週刊誌なんて低俗なもの読みませんし、取材だって受けてません!あたし、真壁さんのことずっとずっと好きで、憧れてて。なんとか近づきたいって頑張ってたのに、なんでそれがイジメになるのかわけわかんない!なんなの!?って感じですっごい頭にきてるんですよ!!』


 希は、頭を抱えた。二宮も同じように。


「なんなの、はこちらのセリフなんだけど……なんなの、あの子。予想外すぎ」




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