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「なんでも真似っこしたがるガキとおんなじやで」

今回ちょっと長いです。

 

「……本物ってやっぱり違うんですね……あ、その、違うとか言っちゃダメだって冴木さんにも言われたんですけど。でも、真壁さん見てると思うんです。ああ、本物ってこういう人のこと言うんだって。あたしは……ちょっとだけ上手にカッティングされた、ただのイミテーションなんだな、って」


 イミテーションは所詮偽物。

 造り物は天然の輝きには敵わない。


【真壁希】という女優は、彼女にとって憧れだった。別世界の人だった。

 画面の向こう側からそんな彼女をうっとりと眺めていた少女は、その同じ世界に飛び込んで自分もまた画面のこちら側の世界に住むんだと……キラキラしたスポットライトを浴びて、変われたんだと信じた。


 でもいくら本物の輝きを映しても、偽物はやっぱり偽物。

 冴木の言うとおり、才能だけではない。天才という言葉では片付けられない。

 ただ思う、彼女は本物なのだと。


「イミテーションが本物になることなんて、できっこないんです。あたしがおろおろしてる間に、あの人は涼しい顔で乗り切ってしまうから。だから」

「…………んー……あのさ。俺、まだキミのこと良く知らないから何て言っていいかわかんねぇけど」


 それまで黙って聞いていた青年は、カメラを磨く手を止めて真っ直ぐに彼女を見上げる。


「真壁ちゃんに関しては、俺でも言えることがあるよ。彼女はね、デビュー当時は【硝子の目をした新人女優】って呼ばれてたんだ。信じられないなら、十年前の歳末ドラマ企画のDVD借りてきて見るといいよ。本当に、チョイ役だけどね」

「…………確か真壁さん、そのドラマに出てスカウトされたんでしたよね?」


 だったらやっぱり才能あるんじゃないですか。

 小声でそう続けた菜々美を困ったように見上げ、次いでスタジオの奥で待っている彼女のマネージャーに視線を移すと、「すいません、マネージャーさん。ちょっと」と手招きして呼び寄せた。


「貴方もプロならわかってますよね?こんな状態のタレントさんに撮影の仕事は無理ですよ。……少なくとも、俺は撮りたくありません」

「…………そんな」


 おおかた、マネージャーも楽観視していたのだろう。

 和泉直也というカメラマンは、被写体がよりいい状態で写るように気遣ってくれる。最高の状態にまで持っていってくれる。

 疲れた者には癒しを、緊張している者には笑いを。そうして、誰も撮れない写真を撮ってくれる。

 だから、この状態の菜々美もきっと落ち着かせ、癒してくれるだろう、と。


(……勘違いもいいとこだ。俺はカウンセラーじゃないんだから)


 立ち上がった和泉を縋るように見上げてくるくりっと大きな薄茶の瞳は、確かに庇護欲をそそられるだろうし文句なく可愛らしい。それは認める。だが。


「とにかく、もしどうしてもと言われるなら他を当たってください。雑誌の撮影でしょう?なら、編集局お抱えのカメラマンがいるはずですから」

「あのっ、あたし……」

「もし、真壁ちゃんのことを言ったのが原因だって思ってるようなら、それは違う。俺は仕事に私情は挟まないよ。キミはもう一度、楽屋の鏡の前で笑ってみたらいい。その笑顔を、本当に全国の人の前に晒していいものかどうか、よく考えて」


 すみません、失礼します。

 そう一方的に頭を下げ、和泉はスタジオを出て行った。


「…………あーあ。サエでも誘って宅飲みすっかなー」


 ふと見上げた空には宵の明星。そういえば十年前、初めて会った時の希の瞳がこの星のように見えたんだった、と和泉はそんなことを思い出していた。





「バカじゃねぇの?」

「…………な、に……?」

「だーかーらー、バカじゃねぇのかって言ったの。せっかく体裁整えるだけの猶予やったのに、なにまだもたもたしてんの、お前」


 コトリ、とサイドテーブルにカメラを置く音だけが広い室内に大きく響く。

 普段優しげに微笑を湛えているその瞳が、今は獲物を捉えた肉食獣のように鋭く細められた。

 ベッドの上、壁際に追い詰められた哀れな獲物はそれでも気丈に唇を噛み締め、男を睨みつけている。


 上等、と男の唇が動いた。


 その唇を、睨みつけてくる獲物のそれにゆっくりと近づけ…………重なるか、と思われたその時


「……ゃ、っ……!」

「…………」




「カット!!」

「困るなぁ、菜々美ちゃん。そこはキスを受け入れてから、慌てて突き飛ばすシーンなんだけど」

「ごっ、ごめんなさい……っ」

「ふうっ……一度休憩入れるか。それじゃ三十分休憩!」


 動き出したスタジオの時間。

 急な中断を強いられたスタッフ達は慌しくセットを直し始め、ベッド上で今まさに絡みのシーンを演じていた二人のうち男性の方は、ひょいっと勢い良くベッドを飛び降りたかと思うと、休憩宣言をしたばかりの監督のもとへ駆けて行き、何事か相談し始めた。


(なんだろう……もしかして、あたしを下ろして欲しいとかそういう話?)


 この単発ドラマのオファーは、当初菜々美ではなく同じ事務所の先輩女優へと持ち込まれたものだった。

 だがその先輩のスケジュールが空いていなかったこと、そして一番絡みの多い相手が「別に新人さんでもいいよ」と了承してくれたこともあり、難しい役どころだがやってみるか、と菜々美に声がかかったというわけだ。

 役柄は、幼馴染の男二人の間で揺れ動く女子大生。

 菜々美がまだかろうじて十代ということもあり、目立った絡みのシーンはちょこちょこ削られたはずなのだが、それでも相手役とのキスシーンは何度か出てくる。


 さすがにキスもまだ、というほど初心ではなかったが……いざキスシーン本番となった時、反射的に相手を押しのけてしまった。



 ぼんやりとそちらを見ているのも失礼な気がして、菜々美はひとまず楽屋に戻ることにした。

 そして鏡の前、和泉に言われたように笑ってみるが……とてもいい笑顔とは言えず、俯いてしまう。


 コンコン、とノックの音がしたのはその時だ。

 どうぞと入室を許可すると、入ってきたのは先ほどまで絡みのシーンを撮っていた幼馴染役の一人。お笑い系の事務所に所属しながら俳優として活躍中の水嶋セツナだった。

 ちょっといい?と聞かれて菜々美が頷くと、彼は扉を半開きにしたまま奥の椅子に座り、手にしていた紙コップを自分の前に置いた。


「……あんた、顔に出やすいな。それ、差し入れじゃなかったの?って顔にでっかく書いてあんで。でもこれは俺の小遣いで買ったもんやし、あげれへんな」

「いっ、いりません!」

「ふぅん、まぁええけど。……そんなことより、あんたにとっては朗報や。さっきのシーン、カットになったから」

「っえ?」


『あの子、前のドラマがデビュー作やないですか。そしたらしばらく、【ヒロイン】のイメージがついて回るんちゃいますか?そもそもビッチな役どころちゃいますやん。せめてギリギリで拒むとかアリやと思いますねんけど』


 その言葉に、監督と演出家は最終的に頷いたのだという。

 元々は菜々美の先輩……ちょっとキツい顔立ちの強気な演技が似合う女優へのオファーだったのだ、健気系で売り出そうとしている菜々美では、いくら代役とはいえ荷が重すぎるとスタッフサイドでも疑問視されていたらしい。


「ま、そういうわけや。残った絡みのシーンは精々ハグくらいやけど、さすがにそんくらいはやってもらわんと。キスはカットさせたんや、残ったハグは熱烈に頼むで?」

「わかりましたっ!どうもありがとうございますっ!」


 ぴょこん、と頭を下げる菜々美。彼女のセミロングの髪が、その動きにつられてふわりと宙を舞う。


 可愛いな、と水嶋は素直にそう感じた。

 柚木菜々美は、贔屓目なしに愛らしいしキャラ関係なく健気だとも思う。素直で世間ずれもしていない、読者モデルをやっていたのに業界に染まってもいない。

 ただ今は、その真っ直ぐさがとても危うい方向に向きかけている。

【真壁希】という存在を強く意識しすぎている所為で。



「……あんなぁ、俺実は冴木さんとそれなりに仲ええねん。ちゅうても、和泉さん交えてたまに飲みに誘ってもらえる程度やけどな」

「冴木、さんと…………すごい」

「あははっ、そうか、そう思うか?まぁ、せやな。あの人、選り好み激しいので有名やもんな」


 ふと笑いを収めて、水嶋はすっかり温くなってしまったほうじ茶を喉に流し込んだ。

 そして、懐かしむように瞳を細める。


「俺はあんたより若い年にデビューしとんねんけど、最初はほんま全く売れへんかってん。せやから舞台の小道具出すの手伝ったり、ADの真似事して小銭稼いだりしとったんやけどな。そん時や……ちょうど四年ほど前になるかな。冴木さんと真壁さんの初共演になる舞台があって、その小道具を取りに行った時」



『…………それ、舞台上で弾く曲でしょ。途中で間違えればいいだけなのに、なんで必死で練習してんの』


 それは、冴木の声だった。そして水嶋にはこの言葉だけで、話している相手が希だとわかってしまった。

 今回の舞台で、希は大怪我をして再起不能になった元ピアニストを演じる。そして冴木は、その加害者で一生をかけて彼女に償うと縋る役どころだ。

 冴木の言うとおり、舞台上で希がピアノを弾くのはたった一回。しかも早々に指が乱れ、弾けなくなってしまうという演出となっているため、弾くのは最初の十数秒で良かったはずだ。


『……この曲、個人的に好きなんです。この役のピアニストもやっぱりこの曲が好きで……でもだからこそ、弾けなくなってすごく悔しいだろうなって。その想いを、気持ちだけじゃなくて身体で理解したくって。もしある程度まで弾けるようになったら、もし完璧に弾きこなせたら、弾けなくなる気持ちがわかるような気がするんです』


 答える希の声に、迷いはない。どうやら本気で『身体で理解する』ために曲を弾きこなすつもりのようだ。

 ばかばかしい、と冴木が呟いた。アホちゃうか、と水嶋も心の中で悪態をつく。

 俳優や女優は演技を仕事にしているのだから、ある程度役になりきるのは構わない。そうすることで役に『キャラ』がつき、『色』がつき、もっともっと人間らしく映るようになるのだから。

 だがその役を理解するためにピアニストになりきる……実際に、一曲だけでも弾けるようになる。それがどんなに大変で、どんなに努力が必要で、そしてどんなに無駄なことか、彼女は知っているはずだ。


『…………けどまぁ、いいんじゃないの。嫌いじゃないよ、そういうスポ根精神』


 ばかだと貶したその口で、しかし冴木は『嫌いじゃない』と評価を覆した。それまで希のことは『嫌い』と公言し、仕事上の絡み以外では視界に入れないほど徹底的に無視していたものを。

 無駄だと思える努力を重ねる女優【真壁希】を、冴木はこの時初めて真っ向から認めたのだろう。



「その後くらいからかな、二人の演技の息がばっちり合い始めたんは。んで、確証はないねんけど多分そん時や。冴木さんが真壁さんを『ダチ』やって認めたんは」

「…………」

「あ、やからって誤解せぇへんように。そん時の真壁さんみたいなこと、やれって言ってへんからな?むしろあのスポ根精神はあの人やからええねん、真似っこしてどうにかなるもんでもないやろ。……あー、もう。つまり何が言いたいかっちゅうとやなぁ」


 がりがり、とせっかくセットされた髪を水嶋は思わずかきむしる。

 言いたいことがあるのに上手く言葉が出てこない、どう言ったら理解してもらえるのかわからない、そんな心境なのだろう。


「例えば、や。九歳の子にいきなりライバル宣言されたらどう思う?なんでもかんでもあんたの真似したがって、けどことごとく上手くいかへんからって拗ねてもうて。そんな時、こう言わんか?『まだ九歳なんだから、焦らずゆっくり成長していけばいい。私は十年も先に生まれてるんだから、出来て当然なの』って」

「十年…………あ、」

「せや。あんたはデビューしたてのひよっこ。真壁さんは芸歴十年。端から同列に置ける存在やないねん。今のあんたは、なんでも真似っこしたがるガキとおんなじやで」


『時間です!』と遠くから声がかかり、水嶋は立ち上がった。

 そして空になった紙コップをぐしゃりと潰してからゴミ箱に投げ入れると、


「あんたもあの番組で見たやろ?あの人は慕われるだけやない、その倍近く妬まれとんねん。ほんまにあの人を目指したいんなら、その妬みに虚勢張って応えるくらいやないとあかんな。ま、あんたのキャラやないけども」


 捨て台詞のようにそう告げて、さっさと身を翻した。



うじうじヒロインフォローの回、でした。

でもってサブメインキャラ和泉、最初のフラグを容赦なく叩き折りました(笑)


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