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「だってわたくし、【悪役令嬢】ですのよ?」

 

「真壁さん、あの、俺、どこにいたらいいですか?」

「うーん……そうね、それじゃ後ろのラインギリギリのところにいてくれる?それ以外の球はできるだけカバーするから、インするかどうかわからないものは判断をお願い」

「はいっ。俺、視力はいいんで任せてくださいっ!」


(返事はいいのよ、返事は。問題は……桐生君の方ばかり狙われた場合よね)


 番組サイドで用意されたトレーニングウェアに着替えた桐生はいかにも『デキそう』に見える。

 対して同じウェアの色違いを着た希は、ジムなどで体を引き絞っているからか見た目細く頼りなさそうな感じだ。

 対戦相手をその見た目で騙せれば希の方に球を集中させられるが、実際にプレイが始まって実力を見せてしまえば、最初の印象が逆であることにすぐ気づかれてしまうだろう。


 対戦相手は、準決勝戦までは体力自慢やテニス経験のある芸能人ばかり。唯一、決勝戦では特別ハンデを課した元プロテニスプレイヤーが相手となる。

 試合は本来のテニスの形式だとかなり長引いてしまうため、ワンゲームマッチの短期決戦となった。

 つまり、桐生が持前の運動能力と動体視力を駆使できるまでに慣れるのと、試合が終わってしまうのとどちらが早いか、というレベルなのだ。



「第一ゲーム、桐生・真壁ペア!対するは……」

「あ、早速当たっちゃいましたね」

「とにかく落ち着いて、油断せずに行きましょう」

「うー……緊張する!でも頑張りますっ!!」


 できれば頑張りすぎないでね。という小さなアドバイスは、ラケットをぶんぶん振りながらコートに向かう桐生の耳には入らなかった。





 その頃スタジオでは。

 中継が繋がった屋内テニスコートで早速始まった第一ゲームが画面に大写しになり、スタジオに残った出演者達がわいわいと思い思いに応援したり野次を飛ばしたりと、賑やかに観戦していた。


「さあーて始まりました、テニストーナメント!まずは第一試合は……おっと、桐生君と真壁さんのドラマスペシャルコンビが早くも登場です!対戦相手は……あぁ、アラフォー芸人コンビですかぁ。いかにも運動してなさそうな二人組、これは楽勝ムードでしょうか!?どうなってますか、実況担当の松下さーん?」

『はい、松下ですっ。ゲームはもうワンサイドと言っていいでしょう!ゲーム開始時から真壁さんが確実にサーブを決め、相手チームがボールを触る隙を与えません。現在カウントは40-0 ……おっと、運よく返せた球が……桐生君の前だぁーっ!だが桐生君、追いつけず!ようやくアラフォー芸人コンビの初得点となりました。カウントは40-15!さあ次で決まるか!?…………凄い、素晴らしいっ!またまた決めてくれました真壁さん!サービスエースで試合終了です!!』


 おぉっ、と沸き返るスタジオ。

 残るメンバーは事前に勝者を予想して得点を賭けているので、勝った負けたで皆いちいち大騒ぎだ。

 とはいえ、司会者が茶化していたように対戦相手のアラフォー芸人コンビは最初から不人気だったようで、残るメンバーの殆どがホッとしたような顔になっている。

 顔色を変えているのは、先ほど『期待してて』と強気発言をされたペアの菜々美くらいだろうか。


「いやー、勝敗だけを見れば予想通りでしたが……いかにもスポーツ万能そうな桐生君が一歩も動かなかったというのが印象的でしたねー。それに対して真壁さんが桐生君の分までカバーして華麗に舞っていたのがなんとも素敵でした。……えー、今入った情報によりますと、真壁さんはデビュー当時から今まで十年間ジムでテニスをやり続けているそうです」


 今更のネタばらしに、希以外に賭けたメンバー達から一斉にブーイングが起こる。

 それを「まぁまぁ」と宥めておいて、司会者は顔色を変えて心配そうに画面を見守る菜々美に近づいていった。


「えー、柚木さん!ペアの桐生君がいまいちまだ実力を出せていないようなので、ここでひとつエールを送ってあげてください!」

「え?……あの、あたし、桐生さんのこと信じてます!怪我しないように頑張ってください!」

「おっとー、健気なエールいただきました!ではついでなので真壁さんとペアの冴木さんもエールをお願いします」

「え、僕?んー……参ったなぁ。僕と真壁さんってトモダチやって長いし、信頼関係出来上がっちゃってるんですよね。なので今更言うこともないんですよ」

「なるほどなるほど。これはこれで中々いい発言いただきました!では第二ゲームいってみましょう!」




 スタジオのそんな盛り上がりなど知る由もなく、希と桐生は順調にトーナメントを勝ち抜いていった。

 といってもその殆どは希が一人で点を稼いだようなものであり、桐生がやったことといえば明らかにアウトになるボールを見送ったり、ギリギリ入るかどうかというボールをラケットで弾いたくらいだ。

 それでもなんとか、ラケットには当てられるようになってきた。まだコントロールは怪しいが。


 そしてとうとう勝ち進んだ決勝戦。

 相手は元プロテニスプレイヤーだが、ハンデとしてダブルスではなくシングルスで、しかも決まった場所を動かないという特別ルールが決められてある。

 希も一瞬、これなら勝てるかもと淡い期待を抱いた。…………だが、プロはさすがプロだった、ということだろう。規定の場所を殆ど動いていないというのに、何故だかボールが全て打ち返されてしまった。

 まるで、彼女の手元にボールが吸い寄せられているかのように。


「……負けちゃったわね」

「なんか納得できません。なんでボールがことごとく手元に行くんでしょうか?」

「打つ時にそういう特殊な回転をかけてる、としか思えないけど……でもサーブもキレがあって追いつけなかったし、ワンサイドゲームになってしまったのは正直悔しいわね」

「…………はい」


 悔しい、と桐生は素直にそう思った。だがそれは、試合に負けたからではない。


(真壁さんは、相手との実力差をちゃんとわかってる。なのに俺は……)


 相手は元プロだ、特殊な回転をかけた技を持っていても不思議ではないだろうし、むしろ何かそういった特筆すべき点がなければ、世界を相手に戦っていくことなど中々できることではない。

 なのに彼は、そのプロの技をさもインチキか八百長かのように疑ってしまった。どうせバラエティなんだから何でもありだろ、とひねてしまっていた。


(柚木さんにはあんな大口叩いといて、かっこ悪いな……俺)


 落ち込んで俯いてしまった彼は、だから気付かなかった。

 着替えて帰るワゴンの車中、行きと同じ席に座った芸人チームがこそこそと顔を寄せ合いながら、何事かを打ち合わせしている、その違和感に。



「希、お疲れ様」

「見ててくれました?マコさん」

「勿論。今度は是非シングルスでやって欲しいところね」

「あいたた……辛辣ですねぇ」


 出迎えがてらささっと手早くメイク直しやマイク装着などを手伝ってくれる二宮と、その前でしばし立ち止まった希を置いて他の面々は先にスタジオ入りしていく。

 ワゴンを降りたあたりからニヤニヤといやらしい笑みを隠さないお笑いコンビを見送ってから、希は二宮にだけ聞こえるような声で「ごめん、ちょっと騒ぎになるかも」とこっそり告げる。


 彼女には、あの芸人達が何を打ち合わせているのかなんとなくわかっていた。

 彼らが希と直接戦って負けた時、あからさまに舌打ちしたのを聞いていたからだ。彼らは何かやらかす、しかも生放送中のスタジオに入ってから。希に恥をかかせたい、もしくは醜態を晒させたいがために。


 二宮は希の視線や声のトーンからどういう事情かを大体察し、そして


「今更何言ってんの。そんなのもう慣れっこよ」


 笑いながら、いってらっしゃいと軽く背中を押した。




 スタジオから、声が聞こえる。


「たかがバラエティの対決コーナーで熱くならんでも」

「ペアの男に花持たせることもできん女はかわいくない」

「桐生クンが可哀想や」

「男のプライド引き裂いてる自覚すらあらへんちゃうか」


 どれもこれも、やっかみだ。僻みだ。妬みだ。

 これまでこういった悪意をぶつけられたことなど、数え切れない。こうして生放送の場で編集もできない状態で言い逃げされたことすらある。釈明できないまま、放送終了を迎えたこともある。


(それに比べれば…………こんなの、小さい)


 カメラに映りこまないギリギリ手前で、希は大きく息を吸って、吐いた。そして、しゃきっと背筋を伸ばして胸を張る。


 一歩踏み出した先、明らかにざわざわと嫌な空気が漂うスタジオ内では、ベテラン司会者がどうにかこの騒ぎを『笑い話』でおさめようと悪戦苦闘している。

 当の芸人達も言っている内容はキツいが、あくまでネタに聞こえるように作り笑いを浮かべて、漫才やコントを演じる時のような口調で語っている。もし抗議を受けても、『あれはネタでして』と言い逃れできるように、だ。



「おっ、噂をすれば『お○夫人』のお帰りやでぇ」

「アホ、『○蝶夫人』言うたら金髪縦ロールやろが」

「でもそれも似合うんちゃうか?……なぁ、なんも言い返すことないん?それとも言われてること全部マジですのん?」

「な、っ…………」


 先に戻って席にいた桐生が思わず、といったように立ち上がりかけるが、それを予想していたらしい冴木が素早く立ち上がり、二の腕を引っつかむついでに口も塞いで無理やり座らせる。


 ここで正論をぶちかますのは簡単だ。勝負事に本気を出して何が悪い、性別関係なく出来る者がリードして何が悪い、そもそも決勝戦の相手だって女性だったじゃないか、お前達の言ってるのは負け惜しみだ…………それこそ全国ネットの生放送でそう語って、視聴者を味方につけてしまえばこっちのものだ。


 だが希は、視線を自分を陥れようとしている芸人達に向けて、嗤った。

 彼女本来の柔らかな笑みではなく、ロケ中に何度も見せた底意地の悪い嗤いだ。


「あら、おかしなことを仰いますのね。だってわたくし、【悪役令嬢】ですのよ?男を立てる可愛げなんて、持ち合わせているはずありませんでしょう?そういったものは【ヒロイン】さんに求めてくださらないかしら」




 リアルタイムで寄せられている、視聴者からの抗議の電話にあたふたしていたスタッフが。

 どう流れを変えたらいいかと頭をかきむしっていた司会者が。

 ざわざわとこの不穏な雰囲気について意見を交し合っていた出演者達が。

 反論しかけたまま取り押さえられた桐生が、

 おろおろと顔色をなくして泣きそうになっていた菜々美が、

 桐生を取り押さえながら希の一挙一動を見守っていた冴木が、

 そして、希を貶めようとセコい計画を立てていた芸人達が。


 瞬間、呑まれた。【真壁希】という女優が演じる、ひとつの役どころに。



 一瞬シンと静まり返ったスタジオに、一拍置いて春のドラマ企画のキャスト版CMが流れ出す。どうやら機転をきかせたプロデューサーが、希の【悪役令嬢】発言を受けた今がチャンスだと急遽番宣タイムに予定変更してくれたらしい。

 そのCMの間に希は自分の席に悠々と戻り、何か言いたげな桐生と菜々美には小さく頭を振って応える。


「おかえり」

「……ただいま」


 冴木はたった一言、「おかえり」と彼女を迎えてくれた。

 労わりも、慰めも、励ましもない、ただの挨拶。

 でも今の希にはそれが何より嬉しかった。

 ここにいていいんだよ、と当然のように言ってもらえることが。





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