「お得意の甘い言葉でユーワクしないであげてくださいな?」
サブタイが段々長くなっていく……。
Lady, 今恋してるかい?
Ready, 準備する暇ない?
キミが望む恋、どんな恋?
情熱的な恋 穏やかな恋 意地悪な恋
キミは何を選ぶ?ねえ、僕に教えてよ
「馬鹿馬鹿しい。情熱的な恋は冷めやすいわ、穏やかな恋は物足りないわ、意地悪な恋なんて真っ平よ。それに、どんな恋をするかじゃなくて、誰と恋をするかが重要なんじゃないの」
四角い画面の中、斜に構えたスーツ姿の女性がCDショップに流れるアイドルの新曲を聴き、冷ややかにそう酷評する。
彼女は流れている曲のCDを手に取り、「ふぅん」と興味なさげに呟いてひらひらとそれを弄んでから、視線を画面に戻す。
そして、伏目がちな眼差しを画面に向け、挑戦的に口元を釣り上げて一言。
「……そう思わない?ダーリン」
「プッ、あははっ。なんかざまぁってカンジでサイコーなんだけど」
「言っとくけど、この演出考えたの向こうの事務所なんだからね?」
「わかってるって。別に希が悪意を持ってアイツを酷評したとか言ってないじゃん。最高だって褒めてんだから、素直に喜んじゃえよ」
「あのねぇ……」
ここは、四半期に一度の大型クイズ番組が行われる局の楽屋。
希は春のドラマ企画の、そして同席している冴木はそのドラマの放送が終わって間もなく始まるドキュメンタリー番組の、それぞれ番宣のための出演である。
二人が仲のいい友人関係なのは芸能界でもわりと有名だ、なので冴木も希も平気で相手の楽屋に入り浸ったりすることがあるし、番組開始寸前までこうして他愛もない話をしながら寛いでいたりもする。
「でもさぁ、こういうやつのCMって普通は本人が出るじゃん。なんで希?」
「んー、なんでも『アイドルなんてどうせ』って斜めに見てる人達をターゲットにしたいらしいわよ。面と向かって酷評することで、逆に興味を持ってもらいたいってことかしら」
「ふぅん。……で、なんでそれが希なわけ」
「だから知らないってば。事務所側からのご指名だもの。桐生くんとはドラマ企画で一緒なんだから、そういう繋がりじゃないの?」
実際、希にもどうしてご指名がきたのかはわからない。
ヒロインが中心となる小説では、勿論こんな細かいエピソードまでは載っていなかった。
ヒーローとの繋がりを思わせる仕事なのだからちょっとは描写があってもいいくらいだが、基本的にヒロインの一人称で進んでいくからか、ライバルである希の活躍などは殆ど描かれていないのだ。
「桐生サイドからのご指名ねぇ……」
口をへの字に曲げて腕を組む。どうやら好き嫌いが顔に出やすい冴木は、現在とても不機嫌であるらしい。
彼が常日頃『こいつ、嫌い』と半ば公言している桐生が、彼の貴重な友人枠である希と関わりを持った、ということが既に不快でたまらないのだろう。
彼は嫌いな人間はとことん嫌いだが、一度心を許すとどこまでも執着するという些か粘着質な性格でもある。その辺りが顕著すぎるため、今でもたまに周囲から『本当に友達?』と疑われてしまうのだが。
さてどう宥めようかな、と希が思案している間に、二宮がタイミングよく「スタジオ入りしてちょうだい」と二人を呼びにきたため、ひとまずこの話題はここでお開きとなった。
『春の大型ドラマ企画。なんと脚本は応募総数6万の中から選ばれた無名の素人作家!この春からスタートする同局の連続ドラマの豪華キャスト達が勢ぞろいして、挑むテーマはネット小説などで人気の【乙女ゲーム転生ヒロイン】……三月二十一日と二十八日の二週連続放送、どうぞご期待ください!』
とドラマ企画のCMが入っている間に、希は二宮が差し入れてくれた紙パックの野菜ジュースをちゅるる、と啜っていた。
このクイズ番組は夕方七時に始まって十一時に終わる。
しかも四時間ぶっ通しの生放送、ハプニングは毎度おなじみ、普段NGが入る話題もなんのその、参加するのは看板番組を持っている俳優や女優だけでなく、タレントからフリーのキャスター、あまり見かけなくなった芸人までと幅広い。
クイズといっても知識を問う正統派なものだけでなく、マニアックなものあり、体力勝負なものあり、対対戦形式あり、と4時間視聴者を飽きさせないように考えられてはいるが、まともな休憩を挟まずぶっ通しというのは参加者にとっては正直つらい。
なのでせめてこうして番宣が流れている間は小休止、として各々のマネージャー達がスタジオ狭しとあちこち走り回っているのが見える。
ふと希は、興味を惹かれて隣のブースに視線をやった。
今回は当然主役であるヒロイン・ヒーローの参加が決まっており、ただ一人が新人、もう一人はバラエティ慣れしていないアイドルということで、中ボスの役割の希が追加で参加することになってしまったのだ。とはいえ、基本的に二人一組ペアになってクイズに挑むため、あぶれた希は番組としてはソロ参加の冴木とペアを組んでいる。
そして仕切られた隣のブースには、先ほどからクイズの問題が出るたびに小さく声を上げている可愛らしいヒロインと、時折あー、とかうー、とか呻いているヘタレなヒーローが座っている、というわけだ。
「もう……問題難しすぎですよね」
「あー、えっと、ごめんね?俺、国語とか苦手でさ。体動かすミニイベントとかあったら頑張っちゃうから、その辺は期待しててくれていいよ」
「あははっ、それじゃ次のテニス勝負は期待しちゃいますよ?」
「え?テ、テニスかぁ……やったことは一応あるけど…………あれ、真壁さん?」
「え?……あ、こんにちは!じゃなかった、えっと、こんばんは、ですね」
(視線、向けなきゃ良かったかしら。どう考えてもお邪魔よね?)
ヒロインとヒーローが仲良くなるのはいいことだ、と純粋にそう思う。そして出来れば、自分は巻き込んで欲しくない。
今のところ桐生には異性としての興味を持てないでいるし、正直それほど好きなタイプでもないため今後惹かれる可能性も低いだろうと思ってはいるのだが……シナリオの強制力が働くのか否か、彼女はまだ判断できずにいる。
今の場合、二人ずつで仕切られたブースを覗くような形で視線を向けたため、【悪役】が【主役二人】の邪魔をしたというシチュエーションになってしまったのが痛い。
「真壁さん、野菜ジュースだけで持ちますか?」
「んー、どうかしら。後でまた栄養ドリンクとか差し入れてもらうつもりだけど」
「栄養ドリンクって…………。あ、それじゃ良かったらこのチョコ食べませんか?たくさんあって食べきれないんです」
と差し出されたピンク色のピルケースには、薬のかわりにチョコレートが詰められている。携帯用としてちょうどいい入れ物を選んだのだろうが、ピンクのケースに赤茶色のチョコという構図はあまり食欲をそそらない色合いだ。
それに、希はその申し出を受けられないきちんとした理由もある。
「ありがとう。せっかく勧めてもらったんだけど」
「あー、ダメダメ。この人今、甘味制限中ですから。お得意の甘い言葉でユーワクしないであげてくださいな?【ヒロイン】さん」
やんわり断ろうとしたその時、隣から伸びてきた腕に口を塞がれる。言葉通り『腕』で『口』を塞がれる形になっているため、ほとんど羽交い絞めされたような体勢だ。
見ようによっては抱きしめているようにも見えなくもないが……この二人の間にそんな甘い空気はない。
むしろ菜々美に対して嫌悪感を剥き出しにしている冴木が、先ほどから凍りつくような冷気を発しているほどだ。
「ちょっ、サエくん……そんな言い方って」
「はいはい、希はこっち戻ろうねー。つか、次のテニス勝負に出るんでしょ?今のうちに体ほぐしておいた方が良くない?」
「はぁっ……わかったわよ。柚木さんも桐生くんもごめんなさいね、気にしないで?」
と一応フォローを入れてはみたものの、明らかに落ち込んでいる菜々美のしょげかえった表情はさすがに見るに耐えない。そしてそれを慰めているらしい桐生は、何か言いたそうな顔でちらちらと冴木を見ているが、完全無視されているため益々ヘタレた顔になってしまっている。
(こんなので先行き大丈夫なのかしら。サエくんは完全に原作とかけ離れてきてるし)
小説内では、徐々にヒロインの明るさに惹かれていった冴木。
桐生に対して嫌悪感を剥き出しにするのは同じだが、それをヒロインにも向けているというのは明らかにおかしい。それにいくらまだストーリー序盤だからといっても、彼が希に向けている執着がちょっと強すぎる。
それは本来、ヒロインに向けられるべきもの。そして彼が今ヒロインに向けている嫌悪感は、本来ならヒロインの想い人を誘惑しようとする【真壁希】に対して向けられるべきものなのだ。
「さあて、次は恒例スポーツ対決です!今回はテニスのダブルス勝負!これはクイズではなく純粋に順位を争うものですので、ペアは自由に決めてもらって結構です。参加メンバーは決まってますので、移動中に話し合うなり決闘するなりして決めちゃってください!」
司会者の言葉に、参加メンバー達は次々と席を立ってスタジオを出て行く。
会場はここから少し離れた屋内テニスコートが準備されているため、参加者達はそこまで何台かのワゴンに分乗しての移動となる。
比較的空いたワゴンに乗り込むと、なんと隣は桐生だった。
他には一秒でも長く映っていたい一発屋芸人が数人、そして既にペアが決まったタレント二人だ。
(き、気まずい……なんなの、この空気)
芸人達は互いにわいわいとペア決め方法について盛り上がっているし、既に決まったタレントペアは早くも打ち合わせを始めている。
誰も、前列のアイドルと女優のコンビに話しかける者はいない。
「…………あの」
どうしたものか、と考えていた時不意に桐生が小さな声で話しかけてきた。
「……この前は、うちの新人がすみませんでした。なんか色々、礼儀わきまえてないヤツで」
「ああ……彼のこと。別に桐生君が気にする必要なんかないわ。事務所から謝罪もいただいたし、こちらの言い方も気に障ったんでしょうから」
「まぁ、それじゃ済まない世界じゃないですか、ここって」
先日のことだ。桐生と同じ事務所でつい先月デビューしたばかりのロックグループのボーカルが、局の廊下で希とすれ違いざまに肩を叩いて「おつかれーっす」と声をかけたのがそもそもの始まりだった。
それを見た二宮が思わず「礼儀のなってない坊やね」と呟いたことで、それを聞きとがめたらしいメンバーの一人が大声でそれを復唱し、肩をいからせて戻ってきたボーカルが唾を飛ばしながら罵詈雑言まくし立てた、ということがあった。
局の廊下で起こした騒動だ、当然希の事務所サイドはまず局へ詫びを入れ、そして次にそのロックグループの所属する事務所にあくまで『問い合わせ』という形で連絡を入れた。
その頃には経緯を聞いて対応が決まっていたのだろう、即座に先方から丁重な謝罪が届きひとまず一件落着、騒ぎの張本人達はクビにこそならなかったが芸能界の礼儀やお作法について学び直し、となったと聞いている。
「うちのマネージャーも口に出さなければ良かったの。でも礼儀とかマナーに人一倍厳しく躾けられて育った人だから……まぁ、一見するとあんなだから侮りやすいのかもしれないわね」
「あんなって。……ははっ……まぁ、真壁さんが気にしてないならもういいです」
そうね、気にしないで。そう返すと、桐生はようやくホッとしたような笑みを浮かべる。
そうして見ると、彼もそこそこ知的さを感じる男前、と言えなくもない。
異性としての魅力を感じるには、やはり何かが足りていなかったが。
「あっ、そうだ!真壁さんって今フリーですよね?でもってテニスお得意ですよね?」
「得意ってほどじゃ……でもデビュー当時から続けてるから、そこそこ出来る方だとは思うわよ」
「それじゃ、俺とペア組んでもらえませんか!?さっきはあんな風に強がったけど、実は高校の授業でしかやったことなくて」
「え、……ええ。構わない、けど」
よっしゃー!と拳を突き上げて、力いっぱいワゴンの天井にぶつけてしまって涙目。
そんな桐生を横目で見ながら、
(…………受けてしまって本当に良かったのかしら。いろんな意味で)
軽率に誘いを受けてしまったことを、今更ながら希は後悔し始めていた。