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イミテーション・ジュエリー  作者: 久條 ユウキ
カーテンコール
22/26

「【ヒロイン】がどうとかって、漫画の読みすぎかね?」

「『キミのためにボクがいる』主人公の妹コンテスト、開催いたします!」


 わあっ、と会場が沸き返る。

 その中には今参加者として壇上にいる十五歳から十八歳までの少女達の保護者も大勢いるだろう。

 心配そうな顔、期待に胸膨らませたような顔、何故か得意げな顔、今にも泣き出しそうな顔、と様々だ。


 このコンテストは、その名の通り『キミのためにボクがいる』というわかりやすいタイトルの映画において、主人公を務める俳優の妹役を一般の女子高生から選ぶためのものである。

 この映画においての『妹』は、実はそれほど登場シーンは多くない。

 だが主人公である青年がとある一人の女性を命がけで騙す……その背景には、かつて守りきれず死なせてしまった妹への罪悪感と復讐の念が隠れている、という設定であるためちょくちょく回想シーンで登場するという重要な役柄なのだ。


 壇上にいるのは、全国各地から書類選考を通過して集まった二十人の少女達。

 いずれ劣らぬ美少女というわけでもないが、皆それぞれ学年に一人か二人はいるような可愛らしい生徒というレベルの顔立ちとスタイルを誇っている。


 そんな壇上の『華』達を会場の隅で睨みつけながら、彼女らと同年代である少女は密かに歯噛みしていた。


(どうしてどうしてどうしてっ!?なんであの子達だけなの!なんで私はだめなのよ!!)



 まだ幼い幼稚園児の頃に思い出した、前世の記憶。

 そこに根付いていたとあるネット小説のストーリーはこれまで何度も何度も思い返し、自分はどうしてモブなのかと悔しがりもした。

 せっかく大好きだった小説の世界に生まれたというのに、平凡な家庭で平凡な一生を送るのかと嘆いたこともあった。

 だがあの【真壁希】の出演する番組を見た時、ストーリーとあまりに変わりすぎた『設定』に驚き、同時に気付いたのだ。ここは、二次創作の世界なんだと。


 そこからの彼女の行動は速かった。

 平凡な一般家庭の子供が芸能界入りするための手段……一般公募のオーディションが行われていないかをネットで探し、そしてこの公募を知ってすぐに履歴書を送りつけた。

 幸い、顔立ちは可愛いと自他共に認めており、写真写りはそれ以上にいいと自負していた。

 ……だが、送り返されてきたのは合格を知らせる通知ではなく、送られた書類は返送いたしませんと簡単に個人情報云々について記された、一通のメールのみ。

 それを知った彼女の家族は、それみたことかと馬鹿にしたように笑ったり、夢を見る暇があるなら勉強しなさいと説教したり。


 それでもまだ諦め切れなかった彼女は、幸い長期休暇中であるのを利用して上京し、会場の近くをうろうろしていたところを『運よく』バイトに間違われ、こうしてバイトスタッフとして会場の隅に潜り込むことに成功した、まではよかった。

 だが彼女が任されたのは、芸能事務所のスカウト達やゲスト審査員とは遠く離れた舞台袖。

 きらびやかなスポットライトを浴びている『書類選考通過者』達の間近にいながらも、決してそのライトを浴びることができないという屈辱的な立ち位置だ。

 そんな彼女の仕事は、舞台から戻って来た参加者達にローブのような羽織るものを手渡したり、気分が悪そうなら控え室まで付き添ったり、逆に彼女たちがいない間に控え室を掃除したりするという簡単な雑用だった。


 ローブを手渡しながら、手が震える。

 お疲れ様でしたと声をかけながら、どうして私はそこにいないのかと悔しさで泣きそうになる。

 私が【ヒロイン】になるはずなのに、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。


 だが彼女はまだ諦めてはいなかった。

 チャンスは一度、このコンテストが終わって帰る間際の審査員・スカウト達の前に姿を現すことができれば。そうすれば、彼らの誰かがきっと声をかけてくれる。

 君、うちで働いてみない?とスカウトしてくれる。

 だって私は、【ヒロイン】を超える最強の【オリジナルヒロイン】なんだもの、と。




「あーもう、つっかれたー……」

「はいはい、お疲れ。で、どう?いい素材いた?」

「や、俺今回選ぶ立場にいないんで」


 へらりと力なく笑いながら、和泉が差し出してくれたマグカップを受け取るのは、例の映画の主人公を務める桐生彰。


 彼は数年前、とんでもない過ちを犯した。

 それまで憧れの存在として胸の奥で慕い続けてきた相手にコンプレックスを抱くあまり、彼女を陥れようとする男の甘言にまんまと乗せられてしまったのだ。

 テレビを、ラジオを、そして週刊誌を通じて彼は彼女を貶め、だがそんな彼が守りたいと心から願った相手に諭されて、自分がどれだけ愚かだったのか、どれだけ取り返しのつかないことをしてしまったのかを知った。

 一時は芸能界を引退することも考えたが、彼はもう逃げるのはやめにしようと自分に必死で言い聞かせ、どんなに辛い取材でもどれだけ弄られても笑われても嘲られても、もう【桐生彰】などいらないと言われるまでしがみついてやろう、そう決めた。


 転機になったのは、ドラマの汚れ役のオファーだった。

 これまでやったことのない女性を騙す悪党詐欺師の役で、最後の最後まで罪を認めず開き直って嗤うという悪役そのものだったが、どういうわけだかこの役が大当たりしたのだから人生わからない。

 彼はその後も犯人役や死体役、彼が出れば『あ、何かやらかしそう』と言われるまで様々な役をやり続け、そしてこうして以前のイメージとはまた違った俳優【桐生彰】として主役を任されるまでに成長して戻ってこられた、というわけだ。



 和泉はそんな桐生の葛藤や、這い上がる姿勢をずっとファインダーを通して見続けてきた。

 彼の親友である冴木などは辛辣であるため、桐生がやめようが潰れようがどうでもいいし、もし逃げ出したら指をさして『ざまぁ!』と言ってやるのにとこぼしていたのだが、和泉は一歩引いて公正な目で桐生を観察してきた。

 そして今回、映画のパンフレットやポスターの撮影をと頼まれた時、彼は快く引き受けた。

 それは即ち、和泉なりに桐生を見て『一緒に仕事をするに値する』と判断できたことを意味する。


「いい子かどうか俺は判断できないんですけど……まぁ、オーディションで決まった子は純朴そうで、何と言うか汚れを知らないタイプに見えましたよ。あ、そうそう。そういえばですね……帰りがけに、ちょっと困ったことがありまして」

「うん?ファンに囲まれたとかそういうの?」

「んー、ファン、なのかなぁ。あれって」


 会場には、ゲスト審査員として招かれていた桐生のファンも大勢詰め掛けていた。

 勿論、運営側としてはそういったファンには厳しく監視の目を向けていたし、桐生や他の審査員に飲み物を配ったり直接接するスタッフも、バイトではなく信頼できる正規の職員を使っていたほどだ。

 会場を出る際もスタッフ専用の裏口から、しかも臨時雇いのアルバイトが全員その場にいないタイミングで外に出た、までは良かったのだが。


『きゃあ!』


 車に乗ろうとしたその時、警備員の向こう側にいたファンの列から押されたように、一人の少女が桐生の乗る車の前に飛び出してきた。

 幸い車はまだ動いていなかったため、慌てて駆けつけた他の警備員に抱えられるようにして建物の中に連れて行かれてしまった。



「……え、それだけ?」

「それだけっちゃ、それだけなんですけどね。でも……その子、俺を一瞬ちらっと見上げた後ですぐ視線をマネージャーに向けたんですよ。でもってこう、なんていうか、えっと」


 胸を、強調するようにして、ですね。

 言いにくそうに、だがこの困惑を分かち合って欲しいとばかりに、桐生は耳まで真っ赤になりながら両腕を胸の前で祈るように組み、こんな感じですと身振り手振りでその光景を再現しようと頑張った。

 途中で、見ている方が恥ずかしくなったのか「もういい、わかったから」と和泉が止め、


「でもそれだけだったらマネージャーさんの方が好みだったとか、なんかあるんじゃない?別に困らないと思うけど」


 もしかして他にも?と話題を振ると、桐生は重々しく頷いた。


 桐生がどうにか車に乗り込みさて出発しようかとしていた時、ふと好奇心にかられて例の少女が入って行った入り口付近に目をやった。

 そこからは今回不作だっただの、まぁこんなもんかだのと言い合いながら各芸能事務所のスカウト担当者達が連れ立って出てくるところで、皆相応に年齢がいっていることもあって警備員は警戒の必要なしと判断したのか、少女の肩を支えるのをやめたようなのだが。


 瞬間、ふらりとまたしても少女の身体がスカウト担当者達の前に倒れこんだ。

 見かねたそのうちの一人が『大丈夫?』というように手を差し出し、少女がおじぎしながら立ち上がったところで彼らはまた談笑しながら、さっさと裏口から出て車に乗り込んでいった。


「……え、と……それだけ?」

「はぁ、それだけです」

「…………そりゃまた、何て言っていいか……うん、確かにちょっと困るね」

「でしょう?」


 少女の意図がどこにあったのか、結局わからない。

 最初に倒れた時も次に倒れた時も、それが意図したものなのか偶然なのか体調不良によるものなのか、それもわからない。

 ただ、倒れたタイミングがどちらも不自然だったと言えば確かにそうなのだ。

 だが、それだけのことだ。



「……ってことがあったらしいんだけどさ」


 数日後の夜、愛しの奥様が主拠点であるアメリカに戻ってしまったことで酷く拗ねている親友を誘って、和泉はいつもの飲み屋に来ていた。

 途中合流した由羅や水嶋、最近になって毎回参加するようになった菜々美も加わったところで、桐生が体験したちょっと困ったちゃん劇場を語って聞かせたところ、菜々美を除く全員が「あぁ……」と呆れた声をあげた。


「それって、モロにスカウト狙いですやん。ま、そんな程度のアピールでスカウトされようなんて、ガムシロップコップで呑むくらい甘いんちゃいますか」

「実際ぃ、そういう会場に来てるスカウトさんってぇ、スタッフとか他の子には見向きしないでしょぉ?それにその子、多分ですけどそのオーディション落ちたんじゃないかなぁ?だったら最初っからアウトですよねぇ」

「つかそいつ、どんだけ夢見がちなんだよ。目の前で転んだ子が気に入られてスカウトされるなんて、今時の少女漫画とかでもありえないシチュだと思うんですけどー」

「……はぁ、そういうことなら同感です。桐生さん、さぞかし困ったんでしょうね……」


 最後の菜々美の言葉に、和泉を含む全員が呆れたような生温い視線を向ける。


「……まぁ、なんだ。その、柚木さん」

「はい?」

「そんなに気になるなら、桐生君のとこ行ってあげたら?」


『問題点はそこじゃない』と結局誰も菜々美に教えてあげなかったこともあり、代表して和泉がやんわりとその迷う背を押してあげた。


 希が傷つき、そしてバッシングという荒波に晒されて以降、そして菜々美自らが桐生に対して『お付き合いできません』と宣言したことで、彼女は彼と距離を置くようになった。

 桐生自身が這い上がろうと必死になっていたこともあり、時々寄越される連絡には応えていたようだが、それでも不用意に二人で会ったり距離を縮めて話したりはしなくなったようだ。

 そんな桐生は、菜々美をずっと想い続けているのが誰の目にも明らかで。

 そんな菜々美は、彼の気持ちを少しずつ少しずつ受け入れる気持ちになりながらも、距離を縮めることができずもたもたしているように、周囲には見えている。


 迷いながらもぺこりと一礼して店を出て行く菜々美を見送りながら、和泉は冴木にだけ聞こえる声で「未確認なんだけど」と小さく告げた。


「その困ったちゃん、警備員に連れられてく途中でなんか言ってたって。【ヒロイン】がどうとかって、漫画の読みすぎかね?」




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