表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イミテーション・ジュエリー  作者: 久條 ユウキ
カーテンコール
21/26

「なんかさ、すっかり人気者だね」

おまけの後日談です。時間軸は本編最終話の少し後くらい。

「勘違いヒロイン」タグはここから有効です(笑)

「警察って今まで数多くの冤罪事件を闇に葬ってきたわよね?それと同様、今回もDNA鑑定の時点で誤りがあった、もしくは不確かな証拠を無理やり固めるべく証拠の捏造を行ったんじゃないのかしら」


 胸の前で腕を組み、ツンと顎を反らして背の高いスーツ姿の男を見上げる白衣の女性。

 挑戦的に男を見上げる瞳は微笑みの形をとってはいるが、そこに宿る感情は決して好意的なものではありえない。

 むしろ小馬鹿にしたような、嘲笑と呼ぶべきものだ。

 ベテラン刑事である男がそれに気付かないはずもなく、彼はその大きな身体で威圧するように一歩前に踏み出て、歯を剥き出しにしながら声を荒げた。


「なんだと!?その発言は警察組織に対する挑戦と受け取るが、いいんだな?」

「ムキになるところが怪しいわね。案外警察内部の人間が一枚噛ん…………あ、すみません。ちょっとやり直してもいいですか?」


「カットー!!休憩入りまーす!」



「なに、どうしたの真壁さん。途中まで上手く行ってただろ?」

「はい、そうなんですけど……なんかこう、相手を挑発するっていうイメージが掴めなくて。すみません」

「珍しいね。真壁さんだったらもっとスマートに、するっと役になりきっちゃうもんだと思ってた」


 ま、気にしないでよ。

 そう言いながらすれ違いざまに肩をぽんと叩いて楽屋に去っていくのは、希の事務所でも大ベテランと呼ばれるレベルの先輩俳優だ。

 彼が上司役、そして部下である希は科捜研から捜査班に引き抜かれたエリートという、毎回必ずどこかで顔を出すレギュラー出演者の役をもらっている。


【悪役】はこれまで何度も経験しているし、意地の悪い役や高飛車な役も多かった。

 だが今回のように役に入り込めないというのは本当に珍しく、せっかく覚えてきた台詞も上滑りしてしまって、益々『コレジャナイ』感が高まってしまうという悪循環。



 ひとまず、希は現段階で貰っている全ての台本をもう一度読み込むことにした。


葛城かつらぎ あきら】という名のアラサー研究者は、シリーズ3作目になる今回初めて登場する。

 警察にも女性の登用をとの試みの一環で海外の研究所から呼び寄せられた技官であり、常日頃は捜査員から持ち込まれる分析依頼を淡々と複数同時にこなすという、地味にチートな顔をチラ見せしているだけの存在だ。

 彼女が捜査員に食って掛かったのは初めてのことで、そこには同僚が突然容疑をかけられて逮捕されてしまったことへの強い反発と、彼女なりの問題提起という意思がこめられている。


(……そっか……ただ鼻持ちならないエリートってだけじゃないんだわ)


 希が違和感を拭えなかったあのシーンは、よくよく台本を読み込んでみるとただ反発しているだけではなく、『捜査員をわざと怒らせて情報を聞き出そうとしていた』のだとわかる。

 そうはっきりと説明してある台詞はないが、捜査員が怒り狂って去っていった後に「なるほど、ね」と意味ありげに微笑むというシーンが用意されていることからも、彼女の態度が意図的なものだったのだということがうかがえるのだ。


 希は何度かそのシーンを読み返し、そしてスタジオに戻って監督やスタッフに「すみませんでした」と頭を下げると、自らの定位置である大きなディスプレイ前に腰掛け、スタートの声を待った。




「なんだと!?その発言は警察組織に対する挑戦と受け取るが、いいんだな?」

「ムキになるところが怪しいわね。案外警察内部の人間が一枚噛んでて彼に分析されちゃ困るから犯人に仕立てたってシナリオなんじゃないの?」


 キラリ、と彼女の双眸が挑戦的に輝く。

 それに対して捜査員は激昂したが、怒鳴りつける寸前でふと出し惜しみしていた決定的な情報を思い出し、彼女の笑みを真似てにやりと意地悪く笑い返した。

 だが慣れていないのだろう、その笑みは酷く歪だ。


「庇いたくなる気持ちは尤もだが、残念だったな。分析はあんたらの元同僚に頼んである。物的証拠を捏造した痕跡もない、防犯カメラの映像も遠隔サーバで管理されてる完璧なシロモノだ。他に何か?」

「…………」


 挑発に挑発で返された彼女は、無言で首を傾げて見せた。

 ないからもう行け、という意味合いなのだろうと受け取った捜査員は、勝ち誇った表情で部屋を出て行く。

 その背を見るとはなしに見送った後、


「……なるほど、ね」


 彼女は、薄く笑った。





「真壁さん、クランクアップとなります!お疲れ様でしたー!!」


 スタッフの声に、スタジオ中がわあっと沸きかえる。

 今回の役どころは毎回出演場面があるとはいえ、完全な脇役。ある程度シーンを撮りだめしておいて後で挿入するという手法を使うらしく、希の出演シーンはこれで最終回分まで全部撮り終わってしまった。

 後は、もし好評ならスペシャルドラマか映画として続編が作られる可能性もあるが、もし実現するとしても何ヶ月も先の話だ。


 共演者達に次々と花束を渡され、希はもう前も見えないほどたくさんの花に埋もれている。

 特に一緒にいる時間の多かった同じ技官役の女優などは、花束と一緒に身体ごと抱きついてきてしばらく離れなかったほどだ。


「希ちゃあん、ホントにまたあっちに帰っちゃうの?しばらくこっち拠点にすればいいのにー」

「うーん、引き止められると迷っちゃうんですけど、あっちのドラマシリーズが今大人気らしいんですよ。お仕事もらえるうちに色々やってみたいなって思ってるので……」

「見てる見てる!あの犯罪心理学者を手玉にとるあれでしょ?あれ確かに面白いのよねー。ちょっとお色気シーン多いけど」

「あ、私は脱ぎませんよ?」


 と茶化したところで、スタジオに笑いが起こる。


 こうして笑いながら話せるようになるまでに、希は相当苦しんで何度も挫折しかけたことがある。

 この芸能界で受けた様々な洗礼、そしてよりにもよって身内からの嫌がらせ、同じ芸能人をも巻き込んだスキャンダル報道、そして運よく致命傷は避けたものの消えない傷を負ってしまった事件。

 殺してやると恫喝され、許さないと糾弾され、絶望しかけた中にも彼女を想って手を差し伸べてくれる人たちがいた。

 だからこそ、拠点を海外に移してからも必死で頑張ってこられたのだ。

 だからこそ、こうして数年ぶりに日本で仕事をすることができたのだ。



「本当に、いいお仕事をさせていただきました。皆さん、ありがとうございました!」


 晴れ晴れとした気持ちで頭を下げる。

 沸き起こる拍手の渦、そして「お疲れ様でした」と口々にかけられる温かい声。

 抱えきれない花束は段ボール箱にそっと収められ、事務所に飾っておくのだと二宮は困ったように笑った。


「それよりも希、お迎えが来てるわよ」

「え?」


 視線で指し示された先。

 二宮と入れ替わるようにしてスタジオに入ってきたその人は、ここへ来る前に「じゃあね」と先に家を出たはずの人。


 ヒューヒュー、という冷やかしは今も昔も変わらないんだなぁ、などと軽く現実逃避している間に、彼女はあっという間に温かな腕に閉じ込められていた。


「クランクアップおめでとう。てか僕、関係者じゃないんだけどね。サプライズで飛び入りオッケーですかって聞いたら、監督さんが是非にって呼んでくださったから」


 パシャリ、とシャッターを切られる音が聞こえた二人は、反射的に寄り添って微笑む。

『写真をどうぞ』の合図だと気付いたスタッフ達は、スマホのカメラやデジカメなどで我先にとシャッターを切っていく。

 中には私物のスマホを持ち出して向けている役者までいて、二人は時折ポーズを変えながら彼らが落ち着くまで写真撮影の被写体に甘んじていた。




「なんかさ、すっかり人気者だね」


 帰りの車の中、迎えにきた冴木は終始ご機嫌な様子だ。


「芸能界なんてそんなもんだってのはわかってたけど、一時期バッシングまでした相手に手のひら返しちゃってさ。今じゃ僕ら、すっかりおしどり夫婦扱いでしょ?調子良すぎだよねー」

「ま、そんなものでしょ。結婚して落ち着いたっていうのも大きいけど、一つの話題に対して固執しないっていうのもマスコミの特徴だもの。そのうち、あのバッシング報道もトークバラエティのネタにされるわよ」

「あ、そうそう。トークって言えば、帰国する前にあのご長寿トーク番組出るんだって?ほら、『タツコさんの部屋』」

「ああ……」


 あれね、と希は肩を竦める。

『タツコさんの部屋』というのは、芸能界のご意見番と名高い大御所女優が司会を務める、土曜の朝のトークバラエティだ。

 その名の通りたんすやら鏡台やら置いた私室のようなセットの中で、話題のゲストが『タツコさん』と差し向かいで生放送トークを繰り広げるという番組であり、生放送だけあってどんなハプニングが起こるか全くわからないというところも、三十年間続く人気のひとつなのだとか。


「今回のドラマのね、宣伝ってことで呼ばれてるの。『タツコさん』ってさりげに毒舌だけどスキャンダル方面には触れないでくれる方だから、多分その辺の話題はNGってことで避けられるとは思うわ」

「うん、まぁその辺はあんまり心配してないけどさ。逆に、結婚生活どうですか?とかかなりつっこまれると思うよ。ほら、僕らってまだ海を挟んだ別居状態なわけじゃん?」

「あー、うん、そうね……」



 冴木と希が正式に籍を入れたのは、今回のドラマ出演のオファーを受けると決めた彼女が数年ぶりに帰国した、その日のことだ。

 まずは籍を入れ、それをマスコミ各社にメールで報告をし、同居はしているものの式や披露宴などはまだ予定していない。

 希は呼びたい身内などいないし、冴木もそこまで披露することに頓着する性格ではないので、二人ともこのままでいいかと思っているほどだ。


 籍を入れるには入れたが、希の活動拠点はあくまでもアメリカであり、たまにイギリスの報道番組に呼ばれて飛行機で飛んでいくことがあるというほど、彼女は忙しい。

 対して、冴木の活動拠点は相変わらず日本にある。

 彼もネイティブほどではないがそこそこ英語はできる、そろそろ海外に拠点を移してもいいかとは考えているものの、まだそこまで思いきれていないというのが本音だ。


「で?『タツコさん』に聞かれたらどう答えるつもり?」

「そうね…………素直に、別居は寂しいですって答えるわよ。お仕事は確かに楽しいしやりがいもあるけど、うちに帰ったら一人っていうのはちょっとね。毎回時差考えながら電話するのとか、距離あるんだなぁって辛くなっちゃうもの」

「…………へぇ」

「なによ、その『へぇ』って…………え?」


 ムッとしたように運転席へと目をやって、希はその横顔が珍しく赤く染まっていることに気付いて戸惑った。

 普段は明け透けなことも平気で口にしては、逆に彼女がうろたえるのを笑って見ている側の彼が。

 初々しい、付き合いたての恋人のように頬を染めている。


「もしかして……照れてるの?」

「しっ、仕方ないだろ!希がデレるなんて滅多にないことなんだから!なんなんだよ、もう。不意打ちすぎだろ」


 もうどうすんだよ、煽るなって言っただろ。とぶつぶつ言いながら、彼はアクセルを勢い良く踏み込む。


「とにかく、早く帰るよ」

「それはいいけど……」

「明日、オフでしょ?良かった、二人でゆーっくりできるよね」

「…………」


 そこに込められた『何か』に気付いた希は、そうねと同意することができなかった。




「そういえば真壁さん、もし今の状態でお子さんが出来たらお仕事とかどうなさるおつもりですか?」

「そうですね……妊娠がわかった段階でしばらく飛行機は無理ですし、子供が生まれるまでは少なくとも拠点をどちらかに据えてお仕事するつもりでいます。年齢的にも早く欲しいねと彼とも話しているんですが……どうでしょうね?」


『子供、出来てればいいのに。希に似てれば、男女どっちでもいいんだけどな』


 前日の夕方から翌朝まで彼女をベッドの住人にした張本人は、コトが終わって丁寧に後始末をしてから彼女の隣にころんと寝転び、その薄い腹をゆっくりと愛しげに何度も擦ってそう言った。

 結婚した以上、子供はやはり早く欲しいと彼女も思う。

 彼もそれを望んでいると知って、しかもそれが彼女を引き止める手段としてではないことがわかっているから、尚更『出来てればいいのに』という言葉に頷きもした。

 だがそうなれば今絶好調に忙しい仕事を控えなければならず、また妊娠期間をどちらの国で過ごすかによっても、受けられる仕事が変わってくるためその辺も気になって仕方がない。

 子供は第一だ、だが仕事も大事だ、というのが今の彼女の正直なところである。


 困ったように微笑む希を相手に、『タツコさん』もあらあらと微笑ましそうに声を立てて笑った。

 視聴者も恐らく、なんだ惚気かよと呆れ半分で見ている者が大半だろう。



 そんな中、食い入るように画面を見ていた少女がいる。


「どういうことなの……なんで【真壁希】がハリウッドの人気女優になってて、どうして【冴木智之】と結婚なんてしてるのよ……」


 ストーリーと違うじゃない、と彼女は呟く。

 何度かどうして、何でと呟きながら何かを考え込んでいた少女は、「わかった!」と突然嬉しそうに手を叩きながら立ち上がった。

 瞬間、低い天井にゴンッ!と思い切り頭を打ちつけ、二段ベッドの下にいる妹に「うるさいよお姉ちゃん!」とお叱りを受けてしまうが、今の少女の耳には全く聞こえない。


(そうよ!ここってあの二次創作の世界じゃないの!!だから【ヒロイン】もいないんだわ!)


【ヒロイン】が幸せになる本編が気に入らないからと、誰かが書いた二次創作。

 そこでは【ヒロイン】を蹴落とした【ライバル】真壁希が芸能界のトップの座に君臨しているところへ、新たな【オリジナルヒロイン】が舞い降りてあっさりその座を奪い去ってしまう、というストーリーが展開されていた。

 二次創作でよくある、成り代わりヒロインものというやつだ。

 そしてその【オリジナルヒロイン】に名前はない。自分の名前を入れて妄想できる、所謂『ドリーム小説』というジャンルだったからだ。


 名前が決まっていない、ということは。誰でも【ヒロイン】になれるということ。


「あはっ、……あはははははははっ。そういうことだったのね。私が記憶を持ってるのはそのためだったんだわ。うふ、うふふふふふふふふふっ」

「もうお姉ちゃん、気持ち悪い!」



 ここに一人、あさっての方向に勘違いを発展させてしまった中二病がいることなどまだ知らず。

 スマホの小さな画面の中で、真壁希は穏やかな微笑みを浮かべていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ