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「俺、君のことが好きなんだ」

 都内某所、貸し切られた居酒屋にて。



「それじゃ、連ドラ最終回の放送を終えたことを祝して」

「織田さーん、視聴率そこそこ取れたお祝いもでしょ?」

「そうそう。最終回なんて十五分拡大版やるくらい好評だったらしいしね。それも含めてお疲れ様でした。かんぱーい!」


 クランクアップ前からやろうと声かけされていた連続ドラマ『裏切りの約束』のキャストオンリーの打ち上げが、この日実現した。



 ストーリーとしてはありきたり、役者も主役二人は慣れない新人ということもあって一時はどうなることかとスタッフ・キャスト共にハラハラしたが、回が進むにつれて視聴率が徐々に伸びていき、最終的には二ケタ台キープというそれなりな結果となった。

 それだけハラハラドキドキと落ち着かなかったドラマだ、どうせならキャストだけの打ち上げもやろうと準主役の織田が言い出し、それぞれがスケジュールの調整をした結果、こうして奇跡的に大物・無名ほぼ全員揃っての打ち上げが実現したわけである。

 この時ばかりは先輩後輩、主役脇役関係なしに皆飲んで騒ぎ、ドラマの思い出を語ったり今こんな仕事をしてるとアピールしたり、と盛り上がっている。



「よっ、主役のお二人さん。仕事もプライベートも楽しんでるかい?」

「あ、織田さん。お疲れ様です!」

「柚木ちゃんもお疲れ。いやー、視聴率があそこまで盛り返したのって、柚木ちゃんの演技が段々良くなってきた所為もあると思うんだよね。ほら、なんか途中から吹っ切れたみたいに役にのめりこんでたでしょ」

「それなんですけど、希さんに相談してくださったのって織田さんなんですよね?本当、ありがとうございました。お陰で、どうやって演じたらいいのかって悩んでたのが嘘みたいに、入り込むことができたんです」

「俺は何もしてないよ。真壁ちゃんの熱血指導と、柚木ちゃんのやる気のお陰でしょ」


『希さん』と菜々美が口にした途端、桐生の顔がムッとしたように歪んだが、それをしっかりと見た上で織田は柔らかく微笑みながら更に言葉を重ねた。


「真壁ちゃんってさ、ちょっと見は高飛車でクールな印象だったりするんだけど、話してみると全然違うでしょ?そういうギャップとか負けず嫌いで努力家なとことか、ちゃんと彼女を見てるとわかるんだよね。けどそういうことで人に好かれても、あの子を嫌ってる人からしたら媚びてるとか誑しこんでるとか言われちゃうわけ。でも良かったよ、柚木ちゃんがあの子の良さに気付いてくれて。真壁ちゃん、あれで結構苦労してきてるからさ」


 それまでわいわいと近況報告をし合っていた先輩後輩有名無名全ての役者達が、いつの間にか話をやめて織田の言葉に聞き入ってしまっている。

 シーンとしてしまった店内で、一人むくれた桐生がその織田の言葉に反論しかけたその時


「あのですねぇ……っ」

「あーもう、ほらほら!織田さんが真壁さんのことだーい好きなのはよーっくわかりましたから!奥様と娘さんもファンなんですよね?」

「うん、そうそう。特に最近娘がね、ファッションとか髪型とか真似し始めて。そもそも顔が違うだろって言ったら数日口きいてくれなくてさぁ」


 ドラマではほんの端役だったベテラン女優が慌てて割って入り、織田もどこかホッとしたようにその話に乗った。


 その後はまたわいわいとした空気に戻り、話題もいつしか仕事の話からプライベートで遊びに行ったとか、家族がどうだとか、そういう私的なものへと移っていく。

 桐生もアルコールが回ってきたのかとろんとした目つきになり、「大丈夫ですか?」と気遣った菜々美の肩にもたれかかるようになりながら、彼はその耳元で


「……話、あるんだけど。後で時間取れないかな?」


 と、小さく囁いた。




「ごめんなさい……あまり遅くならないようにって言われてて」

「いや、いいよ。マネージャー来るまでの間でいいから」


 そこそこ盛り上がった宴席がお開きになった後、二次会になだれ込む者、家族のもとへ帰る者、ふらりと夜の街に消えて行く者など様々ながらも、殆どの者は店を出て行った。

 桐生も菜々美の返答次第では二軒目に飲みに行くつもりだったようだが、元々アルコールが飲めない彼女は長居する気もなかったようで、マネージャーが迎えに来るからと桐生の誘いをやんわり断った。

 そこで彼は、それまでの間でいいから話がしたいとこうして店内に留まることにした。


「話っていうのは……その、前に話した俺の気持ちのことなんだけどさ……」


『俺、君のことが好きなんだ。今は付き合うとかそういうこと考えなくてもいいから、俺の気持ちだけ知っておいてくれないかな?』


 照れて真っ赤になりながら彼がそう告白してきたのは、ドラマの撮影期間中のこと。

 その時は菜々美も自分の演技のことや伸び悩む視聴率のことなどで頭が一杯で、返事をしなくていいという彼の言葉に甘え、思いっきり後回しにして頭の隅に追いやってしまっていた。

 さすがに「今思い出しました」と言うと彼がへこみそうだったので、彼女も「はい」とだけ言葉を返す。


「……あの時はお互いに忙しかったから考えなくてもいいってカッコつけちゃったけど……そろそろ、っていうか、なんとなくでいいから考えてみてもらえないかな?俺と、付き合ってもいいか、とかさ」


 事務所的なものもあるだろうから、返事は今すぐじゃなくてもいいし。

 そう言いながらも、彼の目は真っ直ぐ菜々美を見下ろしている。


(酔ってる時にそういうのってどうなんだろ……桐生さん、本気なのかなぁ?)


 菜々美の中で、桐生に対する不信感のようなものがどんどんと大きくなっていく。

 そもそものきっかけは彼が希に対して急に辛辣なことを言い始めたこと、それを公の場で誰に憚ることなく公言し始めたことだったが、今はそれだけではない。

 彼の言葉、態度、そういったものの影に時折意味不明な自信が見え隠れしたりするのだ。

 今もそう、菜々美はまだ何も言っていないのに『事務所的なものも……』と彼女がまるでOKするような口ぶりだったことも引っかかる。


「あの、その前に聞きたいことがあるんです。桐生さんって時々妙に希さんのことについて詳しいですけど、誰から聞いたんですか?」



 菜々美の静かな問いかけに、桐生は「また『希さん』か」と拗ねたような顔になった。


「誰ってみんな言ってるよ。三橋さんだって、彼女は性悪だから気をつけろってわざわざ忠告してくれたし。ホヅミさんだって……」

「ホヅミさん?」

「ああ。彼女の親戚だって言ってた。前に俺が飲みに行った時さ、偶然相席になって仲良くなった人なんだ」


『君、アイドルの桐生彰君に似てるって言われない?いや、うちの妻が桐生君の大ファンでねー』

『あ、良く言われるんですよ』

『やっぱり?だよなぁ、そんだけ似てるんだし。でもそうなると、結構桐生君のことテレビでチェックしちゃったりしない?前にやってた大型クイズ番組とか見たクチ?あれさぁ、桐生君可哀想だったよね。コンビ組んだ相手が悪かったっつーかさ』


 男は、ホヅミと名乗った。

 彼は例のクイズ番組で桐生が殆ど何も出来ないままに負けたテニス対決を話題に出し、本来ならテレビ的には桐生のイメージを上げるために希はサポートすべきだったとか、お笑い芸人達の野次は番組のスパイスなんだから弄られるべきだったとか、桐生の一生懸命さは伝わってきただとか、さりげなく桐生のプライドをくすぐりながら真壁希という女優についての愚痴をぶつけてきた。

 その頃はまだ希に純粋な憧れを抱いていた桐生は「そんなことない」とやんわり反論したが、ホヅミは「これ、オフレコだから内緒ね」と前置きしてとんでもないことを語ったのだという。


『俺んちって、実はその真壁希が中学ん時まで同居しててさ。ほら、親戚ってやつ。けど彼女が同居し始めてから父さんが急に彼女びいきになって……ううん、ぶっちゃけ言うといやらしい目で見るようになってね。本人も家ん中じゃ薄着でうろうろしてたりとか平気だったし。で、母さんがそれにキレて……何度も父さんと喧嘩になったりして。毎日喧嘩が耐えなくなって……でもあいつ、高校に入った途端にアパートで一人暮らしとか始めやがって。人んち引っ掻き回しといてそれかよ、って……ああ、ごめん。なんか俺酔ってんのかな。君、聞き上手って言われるでしょ。何でも話したくなっちゃうんだよね』



「それ聞いて、正直ショックだった。そんなことない、彼女はそんな人じゃないって最初はそう思ったさ。でも君を見てて……彼女に追いつけないって悩んだり、時々泣いてるのを見てるとさ、もしかしてそうなのかなって思えたりしたんだ。彼女はなんでも出来る人だ、なのに困ってる後輩を助けるどころかどんどん先を行ってしまう。結局、そんな人なんだって」

「……だから、あんなこと言ったんですか?芸能界にもイジメはあるんだ、って」

「うん。でもあの時は君まで傷つけてしまったみたいで、ちょっと反省してるんだ。デビューしたてってこともあるし、事務所の力関係とかもあるから、ああやって反論するしかできなかったんだろ?思ってもないこと言わせたみたいで、本当辛くてさ」

「…………何を言ってるんですか?あれはあたしが、希さんのこと本当に好きだからって勝手に記者達の前でキレちゃっただけですよ?」


 おかしい、と菜々美は今度こそ疑惑を確信に変えた。

 桐生の態度が急に変わったのは、その『ホヅミ』という自称希の親戚という男にあれこれ吹き込まれたからだ、それは間違いない。

 だがそうだとしても、桐生のこの希に対する評価の激変はどう考えても異常すぎる。

 余程そのホヅミという男の話術がたくみだったか……それとも他の要因も絡んでいるのか。


「君は騙されてるんだよ、彼女に。週刊誌の記事にもあっただろ?彼女は仲のいい人達まで利用して、誰かを貶めることなんて平気でやってのける、そんな人なんだよ」

「そうです、その記事!桐生さんの発言に応えるようにタイミングよく発売された週刊誌の記事……それ、何かおかしくないですか?舞台の時とかも、アングルがあまりにも良すぎて……まるで何かが起きるってわかってたみたいで」


 そうなのだ、菜々美も彼女なりにずっと疑問視していた『週刊誌発売のタイミング』……それがもし、桐生自身と関係しているなら一気に謎がいくつか解けてしまう。

 舞台に関してもそうだ、もし誰か……この場合桐生本人の口からでも『立ち合いで成功したことがない』と聞いていれば、初演で何かあるだろうと容易に予想できるはずだ。

 カメラ持込禁止であるはずの会場内で写真が撮れたことに関しては、桐生の招待ということでフリーパスだったと考えれば説明がつく。

 桐生はその男を友人だと語る。ならその友人のために、『知り合いに融通してもらったんですよ』とでも言って、最前列特等席のチケットを渡していても不思議はないのだ。



 ぞくり、と菜々美の背に悪寒が走った。

 冴木や涼子が難しい顔をしているわけだ、これはただ単にタレント同士のいざこざだけでは済まされないレベルまできている。

 桐生はその男に言葉巧みに操られ、真壁希を引き摺り下ろすべく動かされている。

 それはもう、洗脳と言ってもいいかもしれない。


(希さんを敵視してる人……きっと冴木さんも気付いてて、だからあんなに焦ってたんだわ)


 今ならわかる、自分のマネージャーを使って菜々美のドラマ起用について調べようとしていた冴木が、どれだけ焦っていたのか。自分の大事なものを標的にされて、どれだけ怒っていたのか。

 そして理解した。桐生が菜々美をドラマの相手役にと指名したのは、彼が彼女を想っていたから……だけではない。その背後にはきっと、『ホヅミ』という男の思惑が潜んでいるんだということを。

 菜々美をも桐生の側、つまり自分の側に取り込んでやれと考えたか。それとも菜々美が反発することを見越して、桐生の希に対する悪感情を煽ろうとしたか。

 いずれにしても、卑怯で、悪辣で、最低な行為には違いない。



「……桐生さん、あたし貴方に惹かれてました。いつも見守ってくれて、助けてくれて、慰めてくれて、真っ直ぐでかっこいいなって憧れてました。失敗したらちょっと困ったように眉を下げてへにゃっと笑って、でも諦めないぞって立ち向かっていく、そんな桐生さんが好きでした」


 菜々美は真っ直ぐ、桐生の顔を見つめながら言葉をつむいだ。

 どうか、彼の曇った心に届きますようにと願いをこめて。


「でも今の桐生さんは、ちょっと怖いです。自分が見たものじゃない、人が見たものをそのまま信じ込まされてるようで、見ていて辛いです。あたしは……最初は希さんのことが羨ましくて、ちょっと妬ましくて……でもどこまでも前を向いて生きてるあの人が好きなんだって気付いたから、大好きですって宣言したんです。騙すとか騙されるとか、そんなんじゃありません。桐生さんは、希さんの何を見てきたんですか?これまで、誰かを騙そうとしたり媚びようとしたり、そんな彼女を見たことがあるんですか?お世話になってる家の人を誘惑したり……そんなこと本当にする人だって、桐生さんの目にはそう見えるんですか?」


 すっかりアルコールの回った彼には、届かないかもしれない。

 明日には覚えていないかもしれない。

 だが菜々美は、どうしても言わずにはいられなかった。

 あの真っ直ぐな瞳をした、桐生彰という人を本気で好きになりかけていたからこそ。


「あたし、今の桐生さんは嫌いです。……貴方とはお付き合いできません、ごめんなさい」


 涙でぐしゃぐしゃになった頬をぐいっと手の甲で拭い、彼女は足早に店を出て行った。




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