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「お前の愛情ってどこまで歪んでんの」

「お姉ちゃん、これ見てこれ!へへっ、いいでしょ~?」


 仕事帰りの『姉』に向かって小走りで駆け寄った『妹』は、大事そうに手に持っていた目覚まし時計を「じゃーん」と顔の前に掲げてみせる。

 それを見た『姉』の顔が、見る見るうちに驚きへと変わっていく。


「え、なにこれ?もしかして……」

「うんっ。当たっちゃった!お姉ちゃんは?」


 無邪気に首を傾げて尋ねる『妹』

 だが彼女は知っていた。同じ日に応募したはずなのに、届いたのは自分宛のひとつだけだったということを。

 案の定、『姉』は悔しそうに「なにそれ嫌味?」と返す。


「ちょっとそれ、貸しなさいよ」

「やーだよー。悔しかったらお姉ちゃんも当ててみなよ」

「ああもう!次こそ絶対に当ててみせるんだから!」



『録音機能付きオリジナル目覚まし時計、ポイントを貯めてもれなく当たります。今なら抽選で五十名様に、姉妹が賑やかに起こしてくれるスペシャルバージョンをプレゼント!』




「ってことで、応募したら当たっちゃったんだよね」

「うわ、直也さんって相変わらず引きいいなぁ。こういうの外したことないでしょ?」

「ん、まぁ応募する回数自体そんなに多くないし、そのわりには結構当たってるって自覚はあるよ」


 にこにこと邪気なく笑いながら、和泉は絶賛CM中の『姉妹の声が入ったスペシャルバージョンの目覚まし時計』を『妹』と同じ仕草で掲げてみせる。

 ちなみに、ふぅんと応じる冴木はそもそも応募自体していない。


「ふん、まぁ希の声だけなら応募してやっても良かったんだけど?姉妹どっちか選べるようにしときゃいいのに」

「こらこら、それじゃ人気投票みたいでしこりが残るだろ?せっかく仲良しアピールしてんのに」

「仲良しアピールねぇ。っつっても、今はそれどころじゃないみたいだけど?」

「まぁ、な。サエの罠に見事に食いついてくれた週刊誌、案の定トカゲの尻尾切りしたって?」



 一度目は黙っていた希の事務所はしかし、二度目は名誉毀損ではないかとやんわり抗戦の構えを見せた。

 しかしそれは例の記者が恐らく狙っていただろう出版社サイドへの苦言ではなく、一度目は記者会見、二度目はラジオの生放送といういずれも公共の場において、不用意な発言をした桐生彰というアイドルに対して、ひいては彼の所属事務所に対しての苦情申し立てである。

 一度目は、芸能界にありがちなことだという発言だったため、それを週刊誌側が曲解したと取れなくもない。

 だが二度目ははっきりと個人名を出した上で言い逃れできないほどあからさまな批判をしたのだから、ここで一度目と同じく無視の姿勢を貫いてしまえば事務所の名折れだと社長はそう考えたらしい。

 といってもやんわり「うちのタレントがそちらのタレントに何かしましたか?」という程度の抗議であったようだが。


 これに驚いたのは桐生サイドの事務所だ。

 桐生の不用意な発言に対しては本人に対して注意したものの、まさか希サイドの事務所からやんわりとでも苦情が舞い込むとは思ってもいなかったらしく、すぐに先方事務所の社長が『アイドル桐生からの謝罪DVD』という手土産を持って頭を下げに来た。

 さすがにマスコミに注目されている中で本人を連れてくるほど愚かではなかったようだが、


『まさか謝罪文ならぬ謝罪DVDを持ってくるなんて、さすがに社長も呆れてたわよ』


 と、この日この時現場に居合わせた二宮は苦笑しながらそう語っていた。


 事務所同士の話し合いにより、しばらくは……少なくともマスコミ連中の目が逸れるまでは、二人の共演はNGということで決着がついた。

 そして桐生サイドの事務所は、今度は当然のように週刊誌側を訴える姿勢を見せた。

 ということで、読者やファン達からも次々と抗議が舞い込んで騒然としていた編集局は、トカゲの尻尾切りとばかりに例の記者を今後一切使わない、という方針を明らかにしたらしい。

 記者自身は編集局に直接雇われていたわけではなかったため、解雇という明確な立場を示すことはできなかったようだが。


「ここまではまぁ予想通り、って感じかな。その切られた記者ってのが、希に何らかの悪感情を持ってるのは間違いないわけだし。直接仕掛けてくるか、もしくは別の手を考えるか。いずれにせよ、希が過去を乗り越えない限り、ちょっと辛いことが続きそうだね」

「……サエの気遣いってわかりにくすぎ。あんまり追い込むと、真壁ちゃんだって潰れちゃうぞ」

「いいの。そうなったら僕が誠心誠意慰めるから」

「お前の愛情ってどこまで歪んでんの」


 気に入った人間への執着心は半端なく大きい。にしても、冴木の希への執着は和泉へのそれを上回るほどだ。

 それも当然か、と和泉は笑う。

 和泉はあくまでも親友の域を出ていない、それに対して希は『友人』でありそれ以上でもあるのだから。



 そのままぼんやりとテレビをつけっぱなしにしていると、そろそろ番組改編ということもあって新番組の予告編が他のCMを挟みながら流れていった。


「そういえばサエ、今回のクールはドキュメンタリーのリポートだけ?」

「あのねぇ、そう毎回毎回立て続けにドラマの仕事なんかやらせてもらえるわけないでしょ。ただでさえ二クール連続で連ドラやったんだし……週一のリポートだけで手一杯だっつの。あれ、海外ロケも予定されてんだしさ」

「聞き方が悪かったな、ごめん。で、前クールでバカみたいに忙しかった真壁ちゃんってスケジュールどうなってんの」

「だからさ、それを僕になんで聞くの?知ってるけど」

「ほら、知ってるだろ」


 もったいぶるなよ、と茶化されて冴木はムッとした顔になりながらも、頭の中でスケジュール帳をめくりながら、二宮から聞いていた希の予定を思い出していた。


「えーっと確か、今流れたCMの別バージョンをいくつか撮るのと、クイズ番組の出演、単発の二時間ドラマの脇役、くらいだったかなぁ。あ、前クールで撮った海外ロケの放送もあるって。来週末だからチェックしといてよ」

「はいはい」


 和泉も試しに聞いてみただけなのだが、相変わらず希のことになると『お前はマネージャーか』というくらい詳しい冴木には舌を巻いてしまう。

 それだけ強く執着されてしまった希には、ご愁傷様と内心手を合わせるくらいしかできない。



 相変わらずCMを垂れ流しするテレビを消そうとリモコンに手を伸ばした和泉は、冴木がそれを手にしていることにやっと気付いて首を傾げた。

 二人で宅飲みしている時は、大概見たい番組が終わるとテレビを消している。

 電気代がかさむという現実的な和泉の主張を、冴木が爆笑しながら受け入れたという経緯があって以降そうなのだが、どうやら今日はその気分ではないらしい。


 仕方なくぼんやりと画面を眺めていると、新番組ではないものの大幅に番組改編するということでこの局の売りのひとつであるレギュラークイズ番組のCMが流れていた。


「あ、これこれ。希が準レギュラーで何回かに一回呼ばれるんだって」

「へぇ……でもこれってわりと硬派なクイズ番組だよな?ってことは番宣とかじゃなくて、純粋に知識を問われるってことか?」

「うん、そう。ほら、希って結構雑学詳しいじゃん。休みになると図書館なんかであれこれ読んでるみたいだし」

「そうそう、そうだった!そのお陰で年配の俳優さんから年下の子まで話が合うんだって、前に二宮さんが笑ってたよな。自分の出演作じゃないのに、舞台とか映画とかも積極的に見に行くし。美術館に写真展だろ、コンサートだって行くって言うんだから。どんだけ努力家だよ、真壁ちゃんって」

「……それ、違う。努力家なんかじゃないよ、希は。単に、好きなものが多いだけ」


 和泉がベタ褒めした途端、冴木のテンションががくりと落ちた。

 親友である和泉が、友人以上である希を褒めたから拗ねた、というわけではないらしい。

 その証拠に、ほんのり酔っ払いの顔立ちになっていた彼が、今は真剣な表情になって真っ直ぐに和泉を見つめている。


「誰でもさ、好きなものってすぐに覚えるじゃん?希もそうなんだよ。ただ、その好きの範囲が妙に偏ってて、人より広いってだけ。舞台に行くって言っても伝統芸能系はわりと苦手だし、映画だってホラーは嫌いでしょ。コンサートもクラシック系だけじゃん。……ま、人一倍負けず嫌いなとこはあるから、それ必要?ってくらい無駄な努力をするのは事実だけど。要はスポ根なんだよ、彼女。体育会系っての?」


 脳筋ではないけどね、と冴木はここでようやく小さく笑った。



「…………泊まっていこうと思ったけど、やめた。今日は帰るわ」

「ん、そっか」


 まだぎこちない空気を引き摺ったまま、冴木はぺたぺたと玄関に向かった。

 靴を履いてから、ふと肩越しに振り返って見る。


『ごめんなさい……』

『いい。もういいんだ……君の事は俺が絶対に守るから。だから、逃げないで』

『…………うん』



「あ」

「ん?」


 タイミングよくテレビに大写しになった桐生のドラマの番宣。

 そのヒロイン役の顔を見た瞬間、冴木は一瞬の思考停止の後に小さく笑った。


「そっか、これかぁ」

「なに、どういうこと?」

「なんでもありませんよー。んじゃね」


 バイバイ、と手を振って。

 部屋を出た冴木は、すぐにマネージャーに電話をかけ始めた。


「あ、マネージャー?あのさ、ちょっとバレないように調べて欲しいんだけど。今度あの新人と桐生が共演するドラマあるでしょ。……そう、『裏切りの約束』ってアレ。あれさぁ、どういう経緯で新人が出ることになったのかわかる?……うん、だからその新人にバレないように調べてってば。頼んだよ?」



 大写しになったヒロインは、他でもない柚木菜々美だった。

 確かに彼女をヒロインとした連続ドラマの声がかかっているのだとは聞いた、だがそれがあの桐生との共演だとはさすがに冴木も知らず、だからこそ『このタイミングでこれかよ』と訝しく思った。


(桐生のあの無神経な発言と、いまやすっかり希に懐いたあの女……か)


 嫌な予感しかしない、と和泉がもし素面ならそう呟いていたはずだ。

 そして冴木もそれに同感だった。


 本来、桐生彰というアイドルは愚直なくらい真っ直ぐで、感情が顔に出やすいことからファンの子達にも大人の女性達にも可愛いと言って愛でられていた。

 そんな彼だからこそヒーロー役に抜擢されることも多く、脇役であっても多少ドジをやらかしながらも真っ直ぐ信念を貫くタイプが殆どだった。

 あの菜々美と初めて共演したスペシャルドラマ然り、その時に出演していた連ドラの端役然り、希と共演した例の舞台然り。


 そんな彼が、菜々美を庇うように公共の電波で『芸能界ってイジメがあるんです』発言をしたり、共演者である希の実名を上げて愚痴交じりのヘイト発言をしたりと、これまでの彼らしからぬ言動が最近目立っている。

 根が真っ直ぐであるからこそ、一度歪んだ思考を植えつけられると真っ直ぐにそちらへ向かって行ってしまう……今の彼はそんな危うさを抱えているように、冴木には思える。



「もしもし?あ、マネージャー。随分早かったね。……え?例の新人に聞かれて問い詰められた?ったく何やってんの、使えないなぁ……」

『ちょっと冴木さん!?あたしのことなら直接聞いてくれればいいじゃないですか!』

「……いきなり喧嘩腰かよ、なんなのお前。……ああもう、いいよ。で、どういう経緯で連ドラの話受けたわけ?」

『最初はオーディションに誘われたんですけどそれは断って……そしたら合格者がいなかったからって、直接お誘いを受けたんです。前に一度共演してるし、べたべたとした絡みもないからどうかって』

「誘い?それって事務所から?」

『いえ。桐生さん本人からですけど』

「………………あ、そう」


 バカだろ、という呟きを最後に冴木は一方的に通話を切り上げた。

 きっと電話の向こうでは菜々美が「なんなんですか、あの人っ!!」と怒り狂っているだろうが、そんなことは彼の知ったことではない。


(桐生本人が、どうしても柚木菜々美を相手役にしたかった、か?)


 それは恋か、執着か、それとも希に対するコンプレックス故の庇護欲か。

 前者二つであれば全く問題はない。少なくとも冴木にとっては。

 だがもし後者であれば、それは誰にとっても良くない傾向だということになる。


 希に勝てない、敵わないという鬱屈したコンプレックスを抱えているだろう桐生。

 そんな彼が、デビューしたての成長途上の柚木菜々美に目を留めた。

 デビュー当初の彼女の悩みが、自分のコンプレックスと似ているからと共感を抱き、そして彼女だけは守ってやらなければという歪んだ庇護欲にまで発展させてしまったのなら。

 今現在、すっかりコンプレックスを解消し希に懐いてしまった菜々美にとって、その庇護欲は毒になりはしないか。

 そしてその毒が桐生に跳ね返り、その反動が希にまで及びはしないか。


 希がそんな桐生のことを『ヒーロー気質を拗らせただけよ』と称していたことなど、冴木は知らない。

 彼女だけが何かを知っている、時々訳知り顔になることがある、そんな違和感を持ってはいるが。


 その『何か』について考えを巡らせつつ、冴木はタクシーのフロントガラス越しにぽっかり浮かんだ三日月を、見るとはなしに見つめていた。



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