表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

カミサマの年越し

作者: キジノメ

 カミサマは、その日、神社を出て、とぼとぼ歩いていました。

 今しがた、住職さんと話したのです。


『お前は、なんだか悲しそうだね』

『だって、ここにくるひと、みんなかなしそう』

『そうだなぁ』

『みんな、かなしいのかな。たのしいことなかったのかな。もう、いちねんがおわるのに』


カミサマは、しゅんとしてそう言いました。困ったように住職さんは笑います。


『今年は、いろいろあったからなぁ。しょうがないのかもしれん』

『やだよ。かなしいかお。なんで、みんな、かなしそうなの?』

『お前さんは神様だから人の感情が分かるんだな。でもな、皆が皆、悲しい訳ではないぞ。そうだ。お前さん、ちょっと外に出て言ってみたらいい』

『なんで?』

『絶対、悲しくない人も町にいる。その人を探して、話を聞いてごらん。きっとお前さんも楽しい気分になるぞ』

『そんなひと、いるの』

『きっといるさ。ほら、行っておいで』


 ポンポン、と、住職さんはカミサマの頭を撫でました。それで渋々、カミサマは神社から出たのです。



 カミサマは空を見上げました。どんよりとした、泥をかぶったような雲が空いっぱいに浮かんでいます。その向こう側では、お日様が今にも沈もうとしていました。

 カミサマはマフラーに顔をうずめて、道路の真ん中に立ち尽くしました。

 その通りは、どうやら商店街のようです。周りには、いろいろなお店が並んでいます。どのお店の店主も大声を上げて、赤くなった顔でお客さんを呼び込んでいました。

 しかし、カミサマの傍を、足早に過ぎ去っていく人たちは、みんな苦しそうに顔を歪めています。店主の声に顔を上げることなく、ポケットに手を突っ込んで、スタスタと早歩きで歩いていきます。


「あ、あの……」


 カミサマがそう言うも、誰も小さいカミサマに気が付きません。時々ちらりとカミサマを見る人もいますが、それでもカミサマに話しかけはせず、面倒なものを見たような顔をして、通り過ぎていきました。


「あの、あのっ。すみません」


 鼻をぐすりと鳴らしながら、カミサマは少し声を大きくして、そう言いました。

 すると、一人の女性が、カミサマを見て立ち止まりました。

 この人は、もしかしたら、楽しい気分なのかもしれない。

 期待に胸を膨らませて、カミサマは勢い込んで、その女性に向かって言いました。


「あの、あなたはいま」

「目障りなのよ、さっきから! お父さん、お母さんは? はぐれたの? さっさと家に帰りなさい!」


 突然の怒鳴り声に、カミサマはびくっとして、口の動きを止めました。

 女性は、きっとカミサマを睨みます。


「ああもうっ。いいからどっか行きなさいよ!」


 カミサマはびっくりして、数歩、後ろに後ずさります。そして勢いよく女性に背を向け、だっと通りを走りました。



 カミサマは疲れて、通りに座り込みました。元々赤かった頬は、さらに真っ赤になってます。

 空は、完全にお日様が隠れてしまって、真っ黒な色をしています。気温も急に落ちたようで、カミサマの手が、段々と赤くなっていました。

 道行く人は、そんなカミサマを不思議そうに見ます。しかし、声を掛けようとする人はなかなかいません。

 カミサマは、なんだかもやもやして、きゅーっと全身が締め付けられている気分でした。

 俯いていると、ただでさえ暗くてよく見えない地面が、ぼんやりしてきます。雨が降ったように、ぱたりぱたりと、地面に黒いしみがつきます。

 と。


 「どうしたどうした。こんな日に、悲しいことでもあったの?」


 突然、カミサマの上から、そんな明るい、女性の声が聞こえました。

 カミサマは、ばっと顔を上げました。そこには、買い物帰りなのか、パンパンになったスーパー袋を抱えている女性がいました。

 にかっ、と女性は歯を見せて、カミサマに笑いかけます。


 「こんなに涙流して。せっかくのお顔が台無しだよ。お母さんは? はぐれちゃった?」

「お、おねえさんは!」


 カミサマは、女性の心配する声を無視して、ひぐひぐと泣きながら、精一杯叫びました。


「おねえさんは! ことし、たのしかった?」


 突然の質問に、女性は驚いた顔をして、カミサマを見ました。

 カミサマは、落ちる涙を両手でこすって拭いながら、言葉を続けました。


「み、みんなね、みんな、かなしそうなのっ。だれもっ、わらってないの。まちっ、まちが、まっくらなの! どうして? どうしてこんなにくらいの? そんなに、いやなことあったの? かなしいよっ、かなしいよ!」

「……あらあら。はぐれて、泣いているわけではないのね」


 女性は、ふんわり笑って、カミサマの頭の上に手を伸ばしました。ゆっくりと、大事そうにカミサマの頭を撫でています。


「君は、人の痛みが分かるのね」


 カミサマは拭う手を止めて、濡れた目を女性に向けます。


「おねえさんは? おねえさんも、かなしい?」


 カミサマは、泣きながら聞きます。


 女性は、少し考えた後、ゆっくりと首を横に振りました。


「確かに、悲しいことはあったわよ。たくさんあったけど、その中でも一番は、お父さんが死んじゃったことね」

「……かなしい」


顔を歪めて、ぽつりと言ったカミサマに、女性は答えます。


「そうね。これだけ聞いたら、悲しいことね。でもね、お父さんが死んだことは、悲しかっただけじゃないの」

「どうして? だって、ひとがしんだら、かなしい」


 カミサマが聞くと、女性は微笑みました。


「……わたしのお父さんはねぇ、とっても頑固者だったの。わたしが夜出かけに行くって言ってもダメっていうし、子供の時に、あめ買って、て言うと怒られるし。車を買うことも許してくれないし。とても厳しい人で、わたしはそんなお父さんが嫌いだった」

「じゃあ、いなくなって、うれしかったの?」

「そんなわけないじゃない。しっかり悲しかったわ。……それにね、お父さんがいなくなって分かったの。


 わたしは、お父さんに守られていたんだなぁって」


「……? なんで?」

「お父さんが死んじゃったあと、お母さんが教えてくれたの。あなたはお父さんが嫌いだったみたいだけど、お父さんは、いつもあなたのことを考えていたのよって」


女性の目に、涙が浮かびます。それでも彼女は、微笑むのをやめませんでした。


「考えると、思い当たる節ばっかりでね。夜出ていくのは、不審者に襲われてほしくないから。あめがダメなのは、虫歯になってほしくないから。車は、事故を起こしてほしくないから。

 ちょっと過保護だけど、お父さんは、わたしのことをとても考えていてくれたの。……それを、死んでから気付くなんてね。最低だよ。でもね、それに気付いたおかげで、とっても単純なことだけど、一つ分かったの。


 いつも、わたしは誰かに支えられて、生きていられる。いろんな人がいるから、今、私は、ここにいられるんだって。


 そう思ったら、周りの人たちが、とても大切な人に見えてきて。周りの人を大事にしようって思えたの。今日もこれから、親族と年越しのお蕎麦を食べるの。今年も一年、無事で良かったねって言いながら」


女性は、泣いている顔で、きらきらと笑いました。


「難しかったかな? ごめんね」


カミサマは、ぱぁっと笑って、ぶんぶんと首を振りました。


「ありがとう! すごく、あったかい!」

「そ、そう? なんか照れるな」

「ううんっ、ううん! いいおはなしだった! よかった! かなしくないひともいた!」


 きらきら笑うカミサマを、女性も眩しそうに見ています。


「君は、ここから家に帰れる?」

「うん!」

「それなら帰って、家の人と、暖かい年越しをしてね」

「うんっ!」


カミサマはぴょんっと立ち上がって、女性にお辞儀をしました。


「ありがとう! よいことしを!」

「ことし、じゃなくて、お年、よ」

「よ、よいおとしを!」

「そう。よいお年を!」


二人はニコニコと笑って、別れました。そんな二人を、お店の人が、周りの人が、見ながらくすくす笑っています。


「ただいまー!」

「おお。どうだった?」

「あのねあのねっ。とってもあったかかった! かなしくなかった!」

「そりゃよかった。それじゃ、蕎麦、食べようか」

「たべる!」


楽しそうな神社の中へ、除夜の鐘を突きに来た人たちの、楽しそうな笑い声が聞こえてきました。


  おわり

年越し、ということで昨日の夜突然思いつき、早速ログインして書き上げました。

もう大晦日ですね! よいお年を!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ