身内って怖い
「じゃーいくよー!さん、にい、いち、はい!」
『昔昔、あるところに何をしても、うまくいかない少年がいました。彼に父と母はいなく、物心がついた時には叔父の家で暮らしていました。そんな彼は学校ではイジメられ家に帰っても家畜のように働かされご飯もろくなものを食べられません。彼に安らげる場所はありません。そんな彼はふと思いました。何故自分だけこんなに惨めなのかと、自分だけ何故不幸なのかと。そして少年は決意しました。家を飛び出し自由に生きることを……』
ようやくナレーションが終わったな。いやーそれにしてもよくこんな物語が書けるな。学校でイジメられて家では家畜にされどんだけ不幸なんだよこの少年。いや、まだ家と布団があるだけましか?作品によっちゃ家も家族もいないのもあるし不幸中の幸いと言えよう。
『さて、家を飛び出した少年は港町に来ていました』
よし俺の出番だな。
ステージの脇からゆっくり周りを見渡すように歩きステージの中央に立つ。
「ここが港かぁ、すごく生臭いな」
そう少年は今まで海を見たことがない。それに少年は魚は食べたことがあってもそれは調理されたものだからあの生臭い魚の臭いを知らない。
「え〜と船はどこにある?」
一応舞台はヨーロッパ辺りらしい。まぁ海がある国となりゃ大体限られるがな。
「よう少年!一人でお買い物かい?」
『おどおどしている少年の後ろから図太い声が聞こえました』
「いえ、その……」
「どうした船に乗りたいのか?」
「……はい」
「そうか、なら丁度いい!俺の船に乗ってくれ。今人がいなくて困ってたんだ。」
「いいんですか!?」
「おうよ!それに一応雇うことになるから目的地までの代金と飯代はいらねぇよ!」
「あ、ありがとうございます!」
『気さくな船長のおかげで少年は船に乗り大海原に出るのでした』
「だぁ〜疲れた」
一人トイレで用を足しながらどっと疲れが込み上げてきた。
芝居をしている人達はもっと精密に繊細に物語に登場する人物を捉え、まるで役を演じている本人が物語に登場する人物となっている。それに引き換え俺はまだまだだな。ってそりゃそうか、なにせあの人達はそれで飯を食って生きてるんだ。
キーンコーンカーンコーン
さーて帰ってネトゲすっか……大型アップデートあったみたいだし今夜は絶対に寝てはいけない24時だ。
「あ、柏田ー」
「ん〜?」
トイレを出て帰ろうとしたとこでかの小悪魔系読書女(仮)を改め、結城麻楜に出くわしてしまった。
「今帰り?」
ちっ、俺は早く帰りたいんだよ。小悪魔系読書女(仮)と談笑してる暇なんて微塵もない。
「ああ、もう帰る」
「そっかぁ、まぁ彼女もいない柏田は当然かぁ」
ケンカ売ってんのかこいつは。
「じゃ帰る」
「あ、待ってよ」
「まだなんかあんのかよ?」
結城(妹)は小悪魔的に不敵に笑う。
「沙羅さっきサッカー部のキャプテンに体育館裏で告白されてたよぉ?」
ほう。あの沙羅がねぇ。いや別に不思議じゃない。顔はお世辞抜きでまぁかわいいし性格だって俺以外には優しい。当然っちゃ当然だ。
「で?それを俺に報告してどうすんだ?」
「ふふっ、でね沙羅は好きな人いるからごめんなさいって言ったんだぁ。誰だろね沙羅の好きな人」
「俺が知るかよ、じゃーな」
知るかよ俺が。てかあいつが誰を好きであろうと俺に関係ない。仲良しこよし恋愛ごっこでも楽しいんでくれ。
カリカリカリ
今日も俺の相棒GTX TITANは絶好調のようだ。奮発して買ったグラボだけはある。マジ高かったよこいつは。
『ふふっ、でね沙羅は好きな人いるからごめんなさいって言ったんだぁ。誰だろね沙羅の好きな人』
沙羅の好きな人ねぇ……あっ、あいつか?中学の時恋仲の噂が立った確か、え〜と。誰だっけか?
ゲームを一時停止させ押入れから中学校の卒業アルバムを出した。
「えーと、確か。いたいたこいつだ。中村颯太だ」
こいつはイケメンで誰にでも優しくて皆が嫌がるトイレ掃除やら体育委員やらを自分から進んでやる奴だ。
性格も良い。しかも勉強もかなり出来る。
「あ〜嫌だ嫌だ。こんな奴がモテるんだからな。俺にもそのイケメンフェイスを分けてくれ」
コンコンッ
「あ、お兄ちゃんいた」
「なんか用か?」
「いやぁ今日お母さんとお父さん帰ってくるの遅いらしいからご飯がないんだよねー」
あ?マジかよ。まぁ別にあんまり腹を減ってないしいいか。
「そうか。なら我慢しとけ」
「えぇ〜?私お腹すいたぁ」
そんな小動物みたいな顔されても俺は知らんぞ。恨むなら母さんを恨め。それにだ。人間は金を出せばすぐなんでも食えるって状態だから食のありがたみを忘れている。ライオンとかは腹減ったら狩りをしてやっと飯が食えんだ。さらにだ。一日何にも食わなくても特に害はない。我慢だ我慢。
「ねぇお兄ちゃん、お腹すいたぁ」
「そうか。俺は腹は減ってない」
「ねぇお兄ちゃん、渚はお腹が減って死にそうなんです」
「そうか。死にそうなんだったらまだ死なん。心配すんな」
「もー!お願いお兄ちゃん、ご飯食べにいこー!」
行ってやりたいのは山々だが、俺も金が少ないんだよ。それに……「動くのダルいし外暑いしなぁ」
実はこれが一番の理由なんだがな。移動は徒歩か自転車しかないから絶対汗をかく。あの服にまとわりつく感覚が俺は大っ嫌いだ。そしてその汗を吸い込み湿った服を脱ぐ時ほど不快なものはない。
「もぉお兄ちゃんはすぐにダルいとか言うからいけないんだよ。なんでもダルいって言ってる間は精進しないぞっ」
「精進する気はないから問題ない。それにだわざわざこの蒸し暑い中飯を食いに行くなんてバカだ。少し待てば母さんも帰っるだろうし我慢しろ。我慢も出来ないようじゃ精進しないぞ」
「うぐぐっ」
いい顔してるじゃないか渚。言い負かされて悔しいだろう。悔しいなら飯食う前にたまには本でも読んで勉強しろ。
渚は悔しそうな顔をした後に何かを思い出したよな表情をした。
「そういえばお兄ちゃんのベッドの下にあるエッチな本、お母さんまだ知らなそうだったよぉ?」
「なっ、何故お前が知ってる!」
あれは俺の秘蔵のコレクションなんだ!今まで誰にも見つからなかったのに何故渚が知っているんだ!
「あ〜あ、お腹減ったなぁ」
くそっ、その笑みはなんだ!
「な、何を言われても行かんもんは行かん!」
「あ〜あ、お腹減ったなぁ」
だからその笑みはなんなんだ!くそっ、何故だ何故なんだー!
「あ〜お腹いっぱ〜い」
こいつ女のくせにどんだけ食うんだよ、女子力がないぞ女子力が!
「さ、さぁ食べたし帰るぞ」
「あっ、私パフェ食べたい!」
まだ食うのかよ!勘弁してくれよ。
「渚、もう金が」
「……ベッドの下の本」
笑みをこぼすな白々しいぞ!
「わ、分かったから、パフェで最後だぞ。マジで金ねぇから」
「ありがと、お兄ちゃん!」
ホント、調子良い時はかわいいんだけどなぁ。あれかやっぱ金か!その歳で金とかどんだけ欲深いんだよ。
「うし、帰えんぞ」
『お会計、3200円になります』
お、俺ハンバーグしか食ってないのに……何故こんなに高いんだ。
ファミレスから一歩外に出ると涼しい店内と打って変わって蒸し暑い夏の夜が汗を滲ませる。
「あーなんか喉渇いたなぁ」
「マジでお前鬼畜だな」
とほほ……もう有り金ないよぉ、やめてよホント。
自分の妹ながらどうしてこんな奴になってしまったのだろうか。どこぞの小悪魔系読書女の妹を思い出させるぜ。
家に着くとまるでさっきまでの態度が嘘のように俺のそばを離れていく我が妹。まぁ忌々しいのが居なくなったので秘蔵のコレクションの新たな隠し場所を探さなければ。