同じ気持ち
決闘……未だかつてそれを受けて立ったことなどなかったのに。高まる緊張……だが、引く訳にはいかない。しかし、もし勝てたとして……ユリ様の心がカルロ殿しか見ていなかったら……。
「本気で来い。エリオット」
カルロ殿セリフに目を丸める。彼が私をエリオットと呼んだのは、最初の2、3回だけだ。それ以来カルロ殿は私をエリーと呼ぶ。そのカルロ殿が私を名前で呼んだ……それは覚悟の表れなのだろう。
どこまでも男らしいカルロ殿に嫉妬する。どうしようもなく醜い私の心。絶対に負けない。絶対にユリ様は渡さない。たとえ、ユリ様に嫌われても……。
勝負に言葉はいらない。ただ己の肉体をぶつけ合うのみ。武器の使用は禁止されている。相手を殺す事もあるからだ。だが、素手でも危険な事に変わりはない。何せカルロ殿の腕力は岩を砕く。だが、敢えてユリ様の言葉で言わせて貰う。
「当たらなければどうという事はない」
「ふん、言うようになったな!」
言われたカルロ殿は、嬉しそうにしていた。
結果として、私はカルロ殿に勝った。カルロ殿の攻撃は私に当たらなかった。そして、微弱な私の攻撃も、数を重ねれば蓄積されていった。勿論体力も大幅に減ったのだが……だが、勝った。あの第二騎士団、団長に。こんな事ってあるでしょうか?
震える手を眺めて呆然としてしまいました。カルロ殿が手加減したわけではない。それは分かっている。しかし現実味が沸かない。
観戦していた他の騎士達もどよめいている。私が勝つだなんて微塵も思っていなかったのだろう。
「ふ、負けだな……」
座り込んだカルロ殿が手を差し出してきた。私は慌ててその手を取る。力強い握手で、ニッと恰好良く笑うカルロ殿。男の私でも恰好良いと思うその容姿。そしてこの男らしさ。どれをとっても私は勝てない。でも、決闘だけは勝った。
イリアス殿に今日の仕事はなしだと言われ、自室で呆然とする。恐らく、ぼうっとしたままの私が使い物にならないからだろう。戦力外通知に、少なからずショックを受けるが、事実なのでどうしようもない。
カルロ殿はユリ様を呼び捨てにして、親しくしていた。なのに、私は勝ってしまった。それは本当に良かったのだろうか?本気を出しても勝てるとは思っていなかっただけに、戸惑う。
私はユリ様の大切なモノを奪っているのではないだろうか?カルロ殿とユリ様はお似合いで、好きあっていても違和感がない。私などよりもきっと、余程大切にしてくれる男だろう。
私の、私の欲望だけで彼女を手に入れた所で、どうするのだろう?彼女を、泣かせたい訳じゃない。
どれほど呆然としていたのだろう。すぐ近くにユリ様が訪れていた。ノックする音にも気づかない程、私は呆然としていたらしい。不思議そうに黒い瞳をこちらに向けられ、私の心は酷く乱された。ああ、この方が欲しい。自然と手が伸びて、柔らかな頬に触れる。
すると、触れられたユリ様はビクリと震えて体を強張らせた。
……嫌、がられた?
今、確実にユリ様は触れられて、震えた。私が触れることを恐れている?嫌がっている?私にあれだけ好きだと言っておきながら、私に触れられる事を嫌う?私をこれだけ夢中にさせているのに?
「勝ち、ましたよ……?」
「……へ?」
私は貴方を手に入れる為にカルロ殿と決闘し、勝った。もうカルロ殿に口も手も出させはしない。例え貴方の心が私から離れていようとも、カルロ殿と好きあっていても、もう……。
「だから貴方は私のものです」
ぐちゃぐちゃする思考の中、ただユリ様の温もりを求めた。柔らかい唇、熱い舌先、荒い呼吸。ああ、すべて私のものです。
彼女には、笑っていてほしい。彼女にはうんと優しくしたい。ずっと傍で守っていきたい。誰にも渡さない。
好きです。好きなのです。私には貴方だけしかいないのです。こんなに真っ直ぐ笑みを向けてくれる。好きだと囁いてくれる。こんなに、こんなに美しい人が。
絶対手に入らないと諦めていたのに、彼女から近寄って来るから。私の心は絡みつく糸で固められ、身動きが出来なくなった。彼女に私を見て欲しい。他の男と笑いあわないで欲しい。
でも。
嗚呼、でも。
私などではきっと彼女を幸せに等出来ないのだ。
涙が頬を伝う。私の顔を見た彼女は驚いて目を見開いていた。見られたくなくて、この腕に閉じ込めてしまう。私の腕から逃れようともがく彼女を、より強く抱きしめて逃がさない様にする。
「い、やです……だめです。私を離さないで、下さい。私だけを……」
情けない声が漏れる。未だかつてこんなに欲しいと思った事はない。何に対しても諦めていたのに。こんなにも胸が引き裂かれるように痛む。今この腕を離してしまえば、もう彼女は他へと飛び去ってしまう恐怖に震える。嫌です。いかないでください。私を拒まないで。私だけを見てください。私だけを愛してください。自分の欲望だけが溢れだす。
その願いが少しだけ伝わったのか、彼女が私の背中に手を回してしがみ付いてきた。その安心感に、腕の力が少し緩む。ついでに落ち込んでいた気持ちも少しだけ緩んできた。
そこで、ユリ様は私の胸に顔を埋めて擦り寄って来た。すぅはぁと深呼吸までしており、慌てて引き剥がす。私は決闘したので汗をかいた。風呂に入らず呆然としていたので、汗臭いだろう。そこでようやく冷静になって来た。
「す、みませ……私は、なんて事を……」
口を押えて、呻く。ユリ様が嫌がっているのに、勝手に唇を奪ってしまった。それも、何度も。嫌がっているのに、抱きしめ続けた。自分の欲だけで動き、傷付けた。守りたいと思っていたのに、大切にしたいと思っていたのに。何てことをしたのだろう。
自分の感情さえ碌にコントロール出来ない未熟者。……だから、私はダメだったのだろう。
心優しいユリ様は、嫌な顔せずに私の涙を拭ってくれる。困ったように微笑むユリ様が月明かりに照らされて、まるで女神のようだった。
「……ね、エリオット。私はどこにもいかないよ?」
私はその瞳と目を合わせる。黒くて、どこまでも澄んだ綺麗な瞳。そこには戸惑いが見て取れた。
「私、さ……エリオットが思うほど綺麗な人間じゃないし」
「そんなことはっ……」
否定しようとしたら、手を口に当てられて止められた。柔らかくて小さな彼女の手は、縋ってしまいたくなるほど愛おしく。
「騙してるの、私は」
「……っ!」
ぎゅ、と心臓が締め付けられる。背中に嫌な汗が流れる。騙している?やはり、私事が好きだと言うのは、嘘、だったのだろうか……?
だが、彼女の口から零れる言葉はまるで想像もしていなかった言葉だった。
「私は、前いた世界じゃ、全然モテないんだ。誰も私なんて相手しないし、告白したって振られた経験しかない」
その言葉に驚く。意味が分からない。彼女ほどの優しさと、謙虚さ、そして明るさと美しさがあるのに、モテない?
「でさ、前の世界だとね。エリオットって凄く、すっごくモテるんだよ。もうね、女なんて嫌だ~って言う位ひっきりなしに告白されちゃうくらいなんだよ。あ、その目。信用してない?本当なんだよ?
もし前の世界にエリオットが生まれてたなら、私なんて目にもとめな存在で
しかないの。
だからね、この世界ではモテる事を良い事に、恰好良いエリオットの好意を受け取ってきた……ね、悪い子でしょ?私……」
不安げに揺れる瞳。私がモテる?彼女の世界で?……絶対ないとは言い切れないのかもしれない。なにせ彼女は変わっている。私を美しいと口にするし、カルロ殿が恰好良いと聞いた事は今までにない。コンラド殿に至っては、泣いて逃げる事もあった。
耳や尻尾、毛皮が全くない異世界。それはどのような世界なのだろう。
彼女は、泣きそうになりながら私に異世界の話をした。
彼女は私と同じような不安を抱えていたのだ。
モテない。異性に目を向けて貰えない。どうしようもない。その絶望を彼女も味わっていたのだ。それがどれだけ辛いのか、私も良く知っている。
ああ、でも。こんなに素敵な事ってあるのだろうか?私から見て、どう考えても彼女は美しいし、実際問題、色んな男から求愛を受けている。
そして、彼女は本当に心から私を恰好良いと思ってくれているようなのだ。私は、彼女の為に生まれて来たのではないだろうか、と思える程に胸が打ち震える。
不特定多数の人にモテたいとは思わない。ただ、彼女だけ好いてくれていればいい。こんなに都合の良い事があって良いのだろうか?両手を上げて彼女を好いても
良いのだろうか?
ああ、私のような者がモテる世界から来てくれた彼女に、どれだけ感謝してもしきれない。こんな奇跡は二度と起こらないだろう。
彼女も俺と同じように好いていてくれている、その可能性を口にされて、喜ばない男なんて、そいつは男じゃないだろう。
好かれる資格がないと言おうとする小さな口を塞ぐ。今度は優しく、壊さない様に。もう、どす黒く醜い嫉妬は湧きあがってこない。
突然のキスに驚いた彼女は目を見開き、頬を染めた。それがとても可愛らしく、愛おしい。ドキドキとするこの胸も、すべて彼女も同じように感じているものなのだ。
「同じ、だったんですね……」
「……へ」
嬉しさで抱きしめる。しかし、今度は苦しくならないよう細心の注意を払う。ああ、嬉しさでどうにかなってしまいそうで、思い切り抱きしめたい。ああ、でもそれだと彼女が痛くなってしまう。それはダメだ。
不安と動揺で揺れている彼女にキスを落として行く。つむじや額、目元、頬、首筋……どれも愛おしい。すべて私のです。ああ、自重しないと、止まらなくなってしまいそうです。
「良かったです。貴方が、貴方のままでいてくれて……」
「……!」
彼女が向こうの世界で、もしモテるような人間だったら。もし向こうの世界の価値観がこちらと同じだったら。今のような彼女にはきっと出会えなかった事でしょう。神が遣わしてくれたこの奇跡に感謝いたします。
彼女が別の男に目を向ける心配なんてしなくて良いのですよね?私は貴方にモテているのですから。もう不安に思う事もないのですよね?この言葉を口にしても、良いのですよね?ダメだと言われても言いますよ。
「……貴方が、好きです」
好きです。これからもずっと、私の傍で笑っていてください。
彼女が避けていた理由を聞かされ、かなり悶える事になってしまいました。嫉妬に狂って彼女を乱暴に扱ってしまいました。嬉しいやら、恥ずかしいやらです。「ユリ様を信じろ」というイリアス殿の言葉が今さらになって理解出来ました。私はなんて馬鹿だったのでしょう。
誕生日プレゼントですが、何故か女性用のシャンプーを買われました。男性用のモノを使ってもこの艶が消えてくれないのに、艶を促すシャンプーを使えばどうなるのでしょう……?
ですが、まぁ……彼女さえ笑っていてくれるなら、私にこれ以上のことはありません。
彼女の美的感覚が変わっていて、良かったです。