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間違っていても、良い

 部屋に料理と花を飾りつけて、ふぅ、と息をつく。料理にかなり苦戦してしまった……ちょっと日が暮れて来たよ。プレゼントは呼んだ後に渡すとして。いよいよエリオットを呼ぼう!残業はやらせないようにイリアスさんに頼んであるし、こちらに来ない様に注意して貰っていた。

 文句はいうけど親切だよねぇ、イリアスさん。


 自室に待機していると聞いて、ドキドキしながら扉をノックする。


「……ん?」


 ノックしても返事がない。


「えっと……エリオット!入って良い?」


 返事がない。あれ?留守なのかな?扉の取っ手に手をかけてみるが、カギはかかっておらず、すんなり開いた。留守にしているのにカギを開けっ放し?王城内は安全だけど、完璧と言う訳ではないから、不用心である。盗人がいたらどうするつもりなのだろう。

 そ~っと扉を開けて中を伺う。外は暗くなってきているので、薄暗い。しかし、窓の立っている人物を見つけて顔が緩む。


「エリオット!」


 部屋に入って駆け寄る。窓の外をぼんやり見つめていたエリオットがゆっくりこちらに向く。暗くて良く見えないが、元気がないというか、覇気がない。月明りが照らす銀色の髪は変わらずキラキラ光っているのに、エリオットの顔が暗い。

 明りもつけずに何をぼんやり見つめていたのだろう。エリオットが見つめていた方向をみても特にこれと言ったモノは見えない。しいて言えば遠い所に見える山くらいか。日が暮れているので黒い山になっている。


「……えっと、エリオット?」


 呼んでも返事がない。どうしたんだろう。人形のように綺麗な顔に表情がない。いつもなら目が瞑れるくらいの笑顔が向けられたり、照れて頬を赤らませるのに……こんな反応は見た事がなく、戸惑いが隠せない。

 エリオットの手が突然私の頬に触れて来た為、驚いてビクッとした。え、なになに?突然……エリオットから触って来るのは珍しいので驚いちゃったよ。でも嫌ってわけじゃない。むしろ嬉しいから、ちょっとドキドキしてきた。

 エリオットの顔を見返すと、とても悲しそうな顔を浮かべていた。


「勝ち、ましたよ……?」

「……へ?」


 エリオットの手が僅かに震えているのに気付いた。え、な、なに?どうしてそんなに辛そうなの?なんで泣きそうなの?というか、何に勝ったの?


「だから貴方は私のものです」


 え?


 言葉に出る前に口を塞がれた。


「ん……っ!?んんっ!」


 エリオットの熱くて柔らかい唇が私のそれに当てられていた。突然の事に混乱する。噛みつくように乱暴なキス。息継ぎしようと口を開けるとそこに舌が滑り込んできて、呼吸が苦しくなる。ぎゅ、と力強く抱き寄せられているのも息が苦しい。

 エリオットがこんな風に激しく私を求めてくることなんてなかった。いつも私に気遣いは欠かさないし、嫌そうにしていればすぐに引いてくれる。まるで蹂躙されているような感覚がして、頭が痺れてくる。後頭部を片手で押さえられて、私から離れる事は出来ない。

 えっ、えっ……待って、待ってどういう、どういう状況これぇっ!?首を支えている男らしい指が首筋を撫でて来たので、ビクリと震えてしまう。やばい、何がやばいってこれは18才未満お断りの展開なんじゃないの!?

 息苦しさに耐えきれず、溺れかけのような息継ぎをした時にエリオットの顔をみた。暗さに慣れて来ていた目はしっかりと見た。エリオットの涙を。


 月明りに照らされて、銀の髪と共に綺麗に光る涙に見惚れた。


 その瞬間だけ時間が止まったようにも感じる位、綺麗だった。


 口が離されて、今度は先程より強く抱きしめられた。お、折れる、折れるよその力!痛さで体が強張ってしまう。てしてしと背中を叩いてみるが、抱きしめる力が強くなるだけだった。


「い、やです……だめです。私を離さないで、下さい。私だけを……」


 震えたエリオットの声が耳をくすぐる。怖がっているような、縋りつくような声。なんで、そんなに怯えているのだろう。私がいなくなるとでも思っているのか。

……私の住む世界はとてつもなく遠い。私があの世界に帰ろうとしているとでも思っているのだろうか。確かに帰りたいよ。置いてきた弟も心配だし。でも、もう王様には帰れないって宣言されちゃったしさ、そんなに心配しなくてもいいんだよ。

 私はエリオットを安心させようと、ぎゅ、と抱きしめ返す。すると、先程より抱きしめる力が弱まってくれた。よしよし、不安だったんだね。力が緩まった御蔭でエリオットの男らしい胸板を堪能できるようになった。胸に頬を摺り寄せって、匂いを嗅ぐ。

 こらそこ、変態とか言わない。だってエリオットっていつも良い匂いがするんだもの。

 スリスリしていたら、エリオットがビクッと震えて私を引き剥がした。あ、ちくしょう……なんでこんな時に離すかな?もうちょっとスリスリしてたかったのに。


「す、みませ……私は、なんて事を……」


 口を押えてプルプルしているエリオット。その瞳からはぽろぽろと涙が零れ落ちてくる。私はハンカチを取り出してその涙を拭う。いくらでも湧き出しそうでこわいな。ハンカチが使い物にならなくなってきた。


「……ね、エリオット。私はどこにもいかないよ?」


 濡れた瞳が私を捕える。う、ドキドキしてきた。でも目を逸らしちゃダメだ。


「エリオットがどれだけ美化してるのか知らなけどさ。私、さ……エリオットが思うほど綺麗な人間じゃないし」

「そんなことはっ……」


 エリオットが反論しようとしたので、口に手を押し付けて黙らせる。吐息と唇が当たってドキドキするよ……でも今はそれを気にしている場合ではない。というか、肌もスベスベとかずるいな……。


「騙してるの、私は」

「……っ!」


 驚いた顔をしたエリオットが私を凝視する。息を飲んで、体を強張らせているのが分かった。


「私は、前いた世界じゃ、全然モテないんだ。誰も私なんて相手しないし、告白したって振られた経験しかない」


 そんな馬鹿なって目で見つめてくる。その目が、とても苦しい。私はモテる人間じゃない。この世界ではこんな扱いだけど、本当の私はもっと醜い心を持った非モテ女子だ。彼氏がいる友達に嫌味言ったり、彼氏優先にする友達を羨ましいとも思った。


「でさ、前の世界だとね。エリオットって凄く、すっごくモテるんだよ。もうね、女なんて嫌だ~って言う位ひっきりなしに告白されちゃうくらいなんだよ。あ、その目。信用してない?本当なんだよ?

 もし前の世界にエリオットが生まれてたなら、私なんて目にもとめな存在でしかないの。

 だからね、この世界ではモテる事を良い事に、恰好良いエリオットの好意を受け取ってきた……ね、悪い子でしょ?私……」


 エリオットは口を開こうとしていて、手の中でモゴモゴしててくすぐったい。そして手を外せば良い事に気付いたらしく、私の手首を掴んでゆっくり口から離す。エリオットの手にはあまり力が込められていなかったが、抵抗をしなかったのであっさりと口が自由になった。


「ユリ様は……モテない?」

「……うん」


 エリオットの口から出されたそのセリフにズキリと胸が痛む。幻滅されただろうか、嫌われただろうか。そう考えるだけで、目頭が熱くなってきた。打算と欲望だけで、真実を告げずにここまできていた。エリオットに嫌われたら、生きていく自信なんてもうなくなっているのに。

エリオットがこんなに私を好いてくれるのが嬉しくて、言えなかった。でも、あんな風に泣くエリオットを見て、そこまで想われるような人間じゃないと思った。


「だから私に、そんな風に抱きしめて貰う資格なんて……エリオットに好かれる資格なんて、な……んっ」


 言葉を最後まで言う前に私の口が塞がれる。先程の激しいキスではなく。愛おしさが伝わってくるような、優しいキスだった。そのキスで否応なく顔が熱くなる。驚きで目を見開くと、目が瞑れそうな程イイ笑顔を浮かべていた。もう暗い影なんて全くなく、吹っ切ったような爽やかな笑顔に体まで熱くなってきた。


「同じ、だったんですね……」

「……へ」


 ふんわりと包み込むように優しく抱き込まれ、心臓が張り裂けそうになって来た。なんだなんだ、これは。き、嫌われてない?それに……エリオットがなんだか嬉しそう?

 つむじや額、目元、頬、首筋……次々とキスが落とされていく。やばい、心臓が持たないよ。うわ、うわわ……腰抜けそう!

 足がガクリと崩れ落ちそうになる前にエリオットのキス攻撃がやんだ。


「良かったです。貴方が、貴方のままでいてくれて……」

「……!」


 愛おしそうに私を見つめる瞳に、嫌悪なんて浮かんでいない。ただただ私が愛おしくて堪らない、という顔をされて居た堪れなくなってきた。恥ずかしさで顔を逸らそうとしたが、ガシッと顔を固定されて動かなくされてしまった。

 頬を赤らめ、瞳を潤ませた騎士様が、綺麗な瞳に私を映す。そこにはエリオット以上に顔を赤くさせた私しか映っていない。


「……貴方が、好きです」


 これ以上ないってくらい凄い良い笑顔での告白に、今度こそ腰が抜けた。床に崩れないように、エリオットの腕がしっかりと腰に回される。


「もっ……モテない私でも良いの?」

「貴方だから、良いのです……それとも、モテない私では不満ですか?」


 エリオットの言葉にブンブンと勢いよく首を振る。絶対そんな事はない!むしろお金を出して世話を焼かせてくれと、土下座で頼み込むくらいのレベルだ。


「う、ううん!ううん!そんな事ない!そんな事ないよ!」


 私の勢いにエリオットはクスクス笑う。


「ユリ……と呼んで良いですか?」

「も、もも、勿論いいよっ!」


 名前を呼び捨て、名前を呼び捨て……自分の名前がこんなに嬉しい響きを持つなんて。

 ドキドキしていると、笑みを浮かべたエリオットの顔が近づく。唇がつくか、つかないか……そんなギリギリの所で止まってじっくりと顔を見られて、顔から火が出そうになる。


「にゃ、にゃに!?」


 動揺しすぎて噛んだ。こんな噛み方しても可愛くない。なぜなら私だからだ。しかしエリオットには効果があったようで、顔が赤くなってきている。


「……いえ、ユリの世界では、私がモテるのでしょう?」

「そ、そぉだけどぉっ!?」


 声が裏返った。喋るだけで息が顔にかかる距離。こんなに近くで喋った事が未だかつてあっただろうか?いや、ない。落ち着こう、おちつ……落ち着く訳ないだろうっ!!??こんなに綺麗な顔が近くにあって落ち着ける人がいるならそれは女ではない!!


「ふふ、良かった。この顔に生まれてきて、感謝する日がくるなんて……」


 くっ……このイケメンめ!


「私は貴方を好きで良いのですよね?」

「……エリオットが良いのなら」


 エリオットは嬉しそうに私を抱きしめた。ドキドキと速い心音は、私だけじゃない。エリオットの心音も速く、体温も高い。それがとても安心する。安心しても、ドキドキするのは収まらないけど。

 なんかエリオットが積極的に……やばい、こんなに積極的に攻められるとこんなにドキドキするなんて……Sだと思ってたらMだったのか、私。いや待て、何変な事考えてる、私よ。

 ……私がモテなくても、良い?騙してたのに、それでも良いの?私、エリオットが好きになるような完璧な女の人じゃないけど。……後悔しても知らないんだからね!

 否定されずに、むしろ受け入れて貰った事実に嬉しさが込み上げる。嫌われるかもしれなかった告白をあっさり受け止められて、強張った心が解きほぐされる。


「あっ!?」

「……どうされましたか?」


 ホッとしたことで思い出した。エリオットの暴挙にすっかり忘れてたけど、料理が冷めてるよ!結構時間も経ってしまっているし、料理長なら温め直してくれるかな?

 私が奇声を上げても離す気はないらしい。私を抱き込んだまま、スリスリと頭に擦り寄ってくるので、良い匂いがして心臓に悪い。


「……せっかくロスマイ作ったのに……」

「……え?」


 顔だけ離したエリオットがきょとんとしている。もしかして本当に誕生日すら忘れるタイプなのだろうか?でも、驚かそうと思ってたから有難いけど。


「料理なさったのですか?」

「うん、エリオットの為にだよ」

「わ、私の……?」


 訳が分からない、という顔をしている。ここで言わないと体を解放してくれなさそうだな……まぁ、このまま抱きしめられるのも良いけどね!

 ぎゅっと抱き付くと、ビクリと震えるエリオット。こっちから攻撃するとビクッとするのは何故なのでしょう。


「誕生日おめでとう!エリオット!」

「……………………」


 返事がない。ただのエリオットのようだ。

 反応が芳しくなかったので、恐る恐る顔を上げる。


 赤。


 未だかつてこれ程真っ赤になるのを見た事があっただろうか?いや、ない。月明りに照らされたエリオットの顔が真っ赤だ。首や手まで赤くなっている。エリオットはよく顔を赤らめているけど、これは最上級だろう。


「み、見ないでください!」


 ハッとしたエリオットが慌てて顔を隠す。手も赤いので、全く隠れていないけど。何故そこまで赤くなっているのだろうか……?誕生日ってそんな恥ずかしいものなの?


「……ゆ、ユリ。き、聞きますけど」

「……うん?」


「今日まで余所余所しかったのは……」

「あ、驚かせたくて、隠してたんだ~」


「……っ!!」


 その場にエリオットが崩れた。


「え、エリオット!?どうしたの?」


 今日は見た事ないエリオットばっかりで新鮮だな!でもこの場合どうすればいいんだろう!?


「気にしないでください!絶対気にしないでください!!」


 ブンブン首を振って地面と戯れているエリオット。ぷるぷる震えている尻尾が物凄く可愛いかった。



 しばらくエリオットが悶え終わるのを待ってから、部屋に案内する。


「エリオットの為に作ったんだ~冷めてるけどね」

「も、申し訳ありません……」


 ついでに隠してあったプレゼントを手渡す。


「誕生日おめでとう!」

「あ、有難うございます……こんなに嬉しい事ってあるでしょうか……」


 そう言って、エリオットの瞳からは涙が零れる。泣きすぎだよ。そんなに泣いたら枯れちゃうぞ。さっき散々泣いたのに、まだ出て来るのか……。


「開けても良いですか?」

「どうぞどうぞ」


 ごそごそと包装紙を開けるエリオットをドキドキしながら見る。

 プレゼントを見たエリオットが、ピタと止まる。しかし、すぐに稼働にてニッコリ微笑む。


「……有難うございます。有難く、使わせて頂きますね……」

「うん!いつかブラッシングもさせてね!」


 ちょっとごたごたしちゃったけど、愛をより深められたし、結果オーライだよね!

 この世界の美的感覚が間違ってて、本当に良かったなぁ。

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