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騎士視点プラスあるふぁ2

エリオット視点と、カルロ視点がございます。

 書類から顔を上げて溜息を吐く……どうにも集中力が途切れる。ユリ様には相変わらず避けられているし、気分は落ち込む。窓の外の天気は嫌味なほど晴れ晴れとしている。


「はぁ……」


 がっくりと頭を落とすと、サラサラと自分の髪が零れ落ちてくる。彼女が綺麗だと褒めてくれる、銀色の髪。一房手に取り、何となく眺めてみる。

 この髪のどこが琴線に触れているか分からないが、髪を束ねた時は彼女は悶えた。流石に心配に成程悶えられたので、あまり髪は束ねなくなった。

 しかし、今日はユリ様は城下に降りられるらしいので、束ねても見られる事はないだろう。飾り気のない髪紐を取り出して、後ろに束ねる。鏡の前に立つ自分は、いつ見ても貧弱そうだった。


「はぁ……」


 ユリ様が勘違いしている事を良い事に、私はユリ様を……。相手の心の寂しさを利用した、騎士とは程遠い愚行。

 本当に、ユリ様は男を見る目がない。清々しい程男らしいカルロ殿が羨ましい。あれほどの男になれば、ユリ様に好かれても自信が出るだろうに。自分でさえ自分が好きになれないのに、自信なんて沸かない。

 ふと、庭に目を向けるとユリ様と、燃える様な赤を湛えた……カルロ殿がいた。カルロ殿はユリ様と談笑し、軽く腰に手を回して外門の方に歩き出す。


(まさか)


 慌ててカルロ殿の予定表を捲る。


(カルロ殿も、休日?まさか……2人で?)


 慌てて窓を見るが、もう2人の姿は見えなくなってしまっていた。私は考えるより先に走り出した。


「ちょ、だんちょ……!?」


 後ろでイリアス殿が叫んでいたようだが、無視して走り去る。仕事は後です。こんな気持ちのまま、仕事なんて出来る気がしませんから。ですからどうか、今だけは許して下さい。


 渾身のスピードで門まで来る。


「はっ!?速っ……第三団長、どうしたのですか!?」

「カルロ殿は!?」


 あくびをしていた門番の男に詰め寄る。私の剣幕に驚いたのか、目を見開いてこちらを見つめてくる。


「へ?第二団長?えっと……馬車で城下へ……ちょっと前に出かけたばかりで……」

「そうですか、有難うございます」


 言い終わるより先に走り出す。馬を繰るよりも自身の足で走った方が速い。「逃げのエリー」の名は伊達ではありません。景色が風のように流れていく。人いても誰にぶつかる事もなく、スピードも緩める事もなく走り抜ける。これだけが私の取り柄です。まさかこんな所で役に立つとは思ってもみませんでしたが。

 なんとも情けない事です。他の男にユリ様を取られたくなくて、全力で使う事になろうとは。しかし、私は追ってどうする気なのでしょうか?

 ユリ様の心が移ってしまっているのならば、私が何を言っても無意味なものにしかならないのに。

 走っている内に頭が冷えてきました。何をやっているんでしょう、私は。走るスピードを緩やかに落としていく。人の奇異の視線が集まっている。まぁ、息を荒げた冴えない男がいれば、不審にも思うでしょう。

 どうしましょう。帰らないと、イリアス殿に呆れられてしまいますね。しかしユリ様がどうされているか、気になって仕方がありません。

 そこで馬車を見つけました。丁度カルロ殿がユリ様の手を引いて下車している所。人の視線はウットリとしてしまっている。男性はユリ様の美しさに、女性はカルロ殿の恰好良さに。

 私は胸に手を当てて握りしめる。


 ―――ああ。

 「お似合い」です。


 ここまでしっくりとする組み合わせもありません。まざまざとソレを目の前で見せつけられて、呆然としてしまいました。ユリ様の可憐さがカルロ殿の雄々しさを引き立て、またカルロ殿の紳士がユリ様の淑女を際立たせる。これ程人が納得する組み合わせもいないでしょう。

 ですが、彼女は私の……私のなのです。

 ああ、なんて醜い心なのでしょう。これだから、モテない男というのは性質が悪い。

 カルロ殿の目がこちらの向きそうになって慌てて身を隠す。こっそり壁から顔を出して伺います。


 2人は楽しそうに笑いあい、商品を手に取って何やら話している。誰もがうっとりするようなカップルに、誰も嫉妬すら浮かべない。どこにも入る隙等見当たらない。見ているだけで自分の心がズキズキと痛む。

 今までこんなに痛かった事があったでしょうか。根暗だと言われても、貧弱だと言われても、ここまで私の心が痛む事はなかったのに。彼女の存在が、私の心の大半を占めすぎて、苦しい。

 こんな風になるくらいなら、好きにならなければ良かったかもしれない。ユリ様も、人が悪い。私のようにモテない男の心をこんなに乱しているのに、カルロ殿に笑顔を向ける。


「おい、ありゃあ……噂の」

「間違いねぇ、あの美しさ、耳もねぇし……」


 その不穏な言葉に耳を傾ける。チラリと視線を向けると、サファイ国の者が悪い顔を浮かべてユリ様を見つめていた。


「連れ帰ったら褒美が出るかもな」

「そうなったら遊んで暮らせる」


 げへへ、と。とても品が良いとは言えない笑みを浮かべている。その聞き捨てならない言葉に、苛立ちが込み上げる。

 賊は2人、顔に大きな傷のある男と、でっぷりと肥えた男。傷のある男は多少強そうに見えるが、カルロ殿にかかれば5秒と持たないだろう。

 放置してても問題はないが、ユリ様が少しでも怖い目にあったら嫌だった。

 私は賊の前に立ち塞がります。


「ああ?なんだぁ?坊っちゃんよぉ?」

「よわっちそうだなぁ」


 その2人のセリフに傷口を抉られる。ああ、腹が立つ。このような賊にも私はそう映るのだ……ああ、もう。


「エルトリア国第三騎士団エリオット・アルファ・ブランシュです。ご両人、今言っていた事は聞き捨てなりません」

「なっ……騎士ィッ!?」

「おうおう、んな事いってっけど……剣も持ってねぇじゃねぇか」


 傷の男の指摘を受けて、驚いていたデブの男がいやらしい笑みを浮かべる。


「へへ、こんな弱そうなの。片づけようぜ」

「おう、そうだな。ここで捕まっちゃあたまったもんじゃないから……なぁ!!」


 傷の男は最後のセリフを言いながらナイフを取り出して斬りかかって来た。第三騎士団を、あまり甘く見ないで頂きたい。そんな遅い攻撃で、私に当たるはずもない。それに、今の私の虫の居所はとことん悪い。手加減なんて、出来そうもありません。男のナイフを簡単に避け、男の鳩尾・金的・脛……順に蹴りを入れる。攻撃力のない私にとって、手数がモノをいう。しかしこの程度の男ならば私でも簡単に落とす事が出来る。

 すぐに沈められた傷の男を見て、デブの男は脂汗を流している。私は危険がないように、傷の男からナイフを回収し、チラリとデブの男をみやる。見られた男は「ひっ!」という声をあげて尻餅をついた。


「さて……ご同行願いましょうか」

「……はひ」



 騒ぎを駆けつけた兵に2人を連れて行かせ、息をつく。後で書類を提出しなければいけませんね。イリアス殿の溜息が増えそうです。

 改めて周りを見回しても、当然のようにユリ様は見当たらない。勿論カルロ殿も。……何やってんでしょうね、私は。深く溜息をついてから、城に戻る事にした。





「昨日、城下降りてたんだって?エリー」

「カルロ殿……」


 恰好良い笑みを浮かべたカルロ殿が私の所に訪れる。書類を提出したのだ、そりゃ当然カルロ殿の耳にも入る事だろう。賊はサファイ国で犯罪をした者のようだった。窃盗が主で、他に余罪がないか調べている。殺しまではしない、小悪党と言った所か。


「俺とユリが出かけた事が気になったのか?」

「……っ!」

「おお、怖いね」


 私が殺意を込めた視線を向けると、肩を竦めて首を振る。今、カルロ殿はユリ様を呼び捨てにした。ユリ様を呼び捨てにするなんて……不敬もいいとこだろう。

 ……待て、まさか。ユリ様が許可した……?昨日の2人はとても仲睦まじく、とてもお似合いだった。仲が深まっていたとして可笑しくはない。ギリ、と手を握りしめて、再びカルロ殿を睨みつける。カルロ殿は余裕の表情で笑っている。


「……ふん。良い目じゃないか。「逃げのエリー」が」


 何故かとても嬉しそうに笑っているカルロ殿。彼ほど恰好良ければ、男前の性格なら、誰でも惚れる。けれどその格の違いを羨む事はあっても、憎んだことはなかったのに。


「決闘……やってみるか?「逃げのエリー」!!」


 軽い挑発。いつもの私なら、少し落ち込むだけの……だが、私のドロリとした

黒い感情は抑える事が出来ない。力の限り睨みつけ、立ち上がる。


「……望む所、ですよ」




……カルロ視点……



 「異界の君」はとても貴重な人材で、国でも手厚く保護される存在だ。

 最初は「異界の君」が女と聞いて、「垂らし込めばきっと自分の家が栄えるだろうな」。という感想を抱いた。そこに好意などはなく、ただの打算と政策だけが頭に占めた。俺はモテるし、容易い事だろうと思った。

 しかし、その打算的な考えはすぐに吹き飛ばされてしまう事になる。不安そうにキョロキョロし、俺を見上げ、潤んだ瞳を向けられた時、恋に落ちた。今思えば初恋なのかもしれない。今までの女も好きだったし、綺麗な子は何人もいた。けれど彼女はずば抜けていた。こんなに真っ直ぐに「欲しい」と思う日がくるとは思っていなかった。打算じゃない。ただ単に、好きだから欲してしまうのだ。

 だが彼女は俺に目を向けてくれなかった。好きな人が振り向かないという状況が、こんなに辛いものだとは思わなかった。今まで本気で愛してくれた女性たちに、酷い事をしたかもしれない。こんなに辛いなら、もう少し優しく振るべきだった。これは俺の罰なのかもしれない。切り裂かれるような胸の痛みを押さえてユリ様を見る。

 嬉しそうに瞳を輝かせるユリ様が愛おしい。彼女のこの顔を、曇らせたくはない。これ以上、俺の気持ちを押し付けてはいけない。




 報告書類で、城下に降りていた時に賊が2人捕まった事を知った。書いたのはエリオット。……チラリと見えた銀色の髪は見間違えでなかったらしい。書類を放り出してまで追ってきたため、反省の為の書類も出されている。まぁ、「異界の君」の保護の為に動いたので、これと言った罰もないだろう。

 何に対しても後ろ向きなエリオットが、それだけ必死になっている、という事に少しの嬉しさが込み上げる。確かにな、確かにあれだけ綺麗なら、心配もする。しかもエリオットほど冴えない男ならなおさら、だ。

 彼は努力家で、勤勉な男だ。それに、信じられない程に速い。あれだけ手応えを感じない試合もない。全く攻撃が入らないなんて有り得ない。モテとはまるで無縁だが、第三騎士団としてはこれ以上ない逸材だ。彼の努力をみてくれる心優しい女性が現れる事を祈っていたが……よりによってユリ様だとは。




 陰鬱な空気を纏わせたエリオットと所へ来た。


「俺とユリが出かけた事が気になったのか?」

「……っ!」


 わざとユリ様を呼び捨てにしてみると、殺意を込めた目で見られた。


「おお、怖いね」


 肩を竦めて笑っては見たが、驚きを禁じ得ない。エリーという女のような名で呼び捨てても怒らない彼が本気で怒っている。こんな風になったエリオットを見た事はない。血が滲みそうな程握りしめた手が震えている。


「……ふん。良い目じゃないか。「逃げのエリー」が」


 その目は、憎しみだった。こんなに激しい感情を表に出すようになるとは。何があっても悲しそうにするだけの女々しい奴が、「漢」の顔をするようになるとは。悔しいが、彼を変えたのは他でもない……ユリ様だった。


「決闘……やってみるか?「逃げのエリー」!!」


 この口上を述べた所で、いつものエリーならば困ったように笑って、曖昧に受け流すのみだった。でも、今のエリオットならば……。


「……望む所、ですよ」


 立ち上がって、堂々と真っ直ぐに俺を見据える。煌煌と燃える闘争心は、見間違えようもない。……認めてやるよ、エリオット。

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