短編での騎士視点
騎士視点の話です。短編が好きだった方はご注意下さい。
ブラウザバックをオススメします。
王族警護の近衛騎士……第一騎士団、騎士団長コンラド・ベータ・ダヴィト。38歳妻子あり。
城内外警護の外警騎士……第二騎士団、騎士団長カルロ・アルファ・ガリア。23歳独身モテモテ。
情報や避難誘導など速さを求められる機動騎士……第三騎士団、騎士団長エリオット・アルファ・ブランシュ。20歳。彼女いない歴=年齢。非モテ人生。
「異界の君」、そんな話は夢物語の話でしかなかった。
この世界とはまるで違う世界から唐突に落ちてくる異世界の住人。別の世界とこの世界はかなり近い所にあるみたいだった。
授業でその話を受けるが、もう何百年と「異界の君」が落ちてきていないのは周知の事実。しかし騎士としては必修科目なので嫌というほど頭に叩き込んだ。
その日はたまたま。本当にたまたまレファードの森……通称「死の森」に行っていたのだ。騎士として未熟な私は、休日にその森で修行しようとしていたのだ。第三騎士団長を務めてはいるが、私がまだまだなのは誰でも知っている。スピードだけが取り柄だった。「逃げのエリー」と揶揄される事などよくある事だった。
「死の森」はその名の通り死と隣り合わせの危険な森だった。こんな奥深く等中々誰も来れない。私は生憎スピードに自信があるので、撒くのは得意だ。しかし今回は戦う目的で来ていた。死も覚悟しての事だった。
そこで人の悲鳴が聞こえた。すぐにその方向に走る。か弱い、女性の声だった。そこにいたのは、伝説に聞く「異界の君」だった。
黒くクリッとした瞳。赤い果実のような唇。小さな体躯。そのどれもが男の庇護欲をくすぐった。それは勿論私も例外ではなく。
一目見た瞬間から恋に落ちてしまったのは、言うまでもない。
だが、すぐに諦めたのも、言うまでもない。
私は昔から根暗、ひ弱、と揶揄される事ばかりだったし、モテるなどという経験などした事はなかった。だから、すぐに諦めていたのに、なのに。
「えっと……あの、私を助けてくれた。あの、銀色のあの人がいいです……ダメ……ですか?」
護衛として騎士を選ぶのに、私を指名して来た。その可愛らしい声に脳が痺れてしまうかのような錯覚を覚えた。
しかし、「逃げのエリー」と呼ばれる私だけでは護衛は不十分と踏んだ第一騎士団長のコンラド様は、第二騎士団長のカルロ殿を指定してきた。
ああ、と諦めにも似た気持ちが私を占めた。カルロ殿は若者の中でもかなり腕利きの青年で、女性にも相当モテる。10人女性がいるなら10人が「好き」と答えるだろう。
彼女は私を指名して下さった。けれど、心が変わられるのもお早いだろうと
思った。
しかし、私の心はどうしようもない程に彼女に囚われて行った。
「エリオット」
彼女の小さく赤い唇から紡がれる私の名前が、とても特別なモノのように聞こえる。彼女はカルロ殿と対峙するとき、必ず私の服の裾を持って、私の陰に隠れる。その姿が余計にカルロ殿や私の心を乱した。不安げに揺れる瞳。どうしようもなく、守ってあげたい。誰にも彼女を傷つけさせない。
彼女は心優しい。私のような軟弱な者に笑顔を見せてくれる。名前を呼んでくれる。私を馬鹿にしたりなんてしない。私に受けられる笑顔が、私だけの物になればいい。そう何度思った事か。
「あまり、見ないでいただけますか?」
彼女はあまりにも私を真っ直ぐに見つめてくる。それはとても嬉しかったが、恥ずかしくもあった。私の心が見透かされそうで……。
彼女は、エルトリア国の狼の耳や尻尾が好きらしかった。私に頻繁に触らせるようにせがんでくる。それがとても、心苦しかった。彼女の手は、とても柔らかい。その手で触れられる度に、理性が飛びそうになる。彼女は知らないのだろう。私がこんなに汚い感情を持って接しているなんて。どうしようもなく、この腕にずっと抱きしめてしまいたかったなんて。
醜い独占欲が生まれる。私だけを見て欲しいと願ってしまう。私だけに笑ってほしいと願ってしまう。
「たまたまあの時助けたのが……私だったというだけなのです」
そうなのだ。あの時助けたのが私でなければ。彼女はきっと私になど目を向けなかっただろう。たまたま助けてしまったが為に、私に執着するようになってしまった。それはまるで刷り込みのようだ。異世界という不安と、命の危機という恐怖を和らげた私を見て、恋だと勘違いしているだけなのだ。
落ち込んでいると、彼女は嬉々とした顔で近づいてきていた。彼女は私に気軽に触れてくる。それがどんなに理性を必要とされるのか、彼女は知らない。
体が否応なく反応してしまい、慌てて彼女から距離を取る。ぱっと目が合った時、彼女はショックを受けた顔をしていた。すぐに逸らしてしまったが、慌てて離れたせいで彼女を傷付けてしまったかもしれない。
「私も、男なのです……そのように、触られると……その、我慢が出来なくなってしまうのです」
「なん……だと」
「す、すいません!」
弁明をしてみたが、どうにも余計に変態なような気がしてすぐに謝罪する。どうしてこう、私は恰好良く決まらないのだろう。何をしてもそうだった。どれだけ鍛えても、カルロ殿のようにはなれなかったし、顔はもうどうしようもない。そのせいか、性格も暗くなってしまった。
私は何をやってもダメなのだ。
「私は好きだから触ってるんだけど」
「……!ですから、そのように言わないでください。期待してしまうでしょう……!」
気軽に好きなどと言わないでほしい。馬鹿な私は期待してしまう。彼女は自身の美しさを理解していない。その上目遣い、潤んだ瞳、その仕草。その全てが男の庇護欲を誘う。しかもこれで素なのだから手に負えない。
「はっきり嫌いだって言ってくれたら、私だって諦めるよ……」
「……っ!」
ハッとした。諦める。彼女が、私を?彼女が雛のようにくっついてきてくれなくなったら。過ったその考えが私の心を大きく乱した。
―――嫌です。
諦めるだなんて、言わないでください。私だけを、もっと見て下さい。醜く黒い感情が私を占めて、コントロールが利かなくなる。
「何故、そんな事をおっしゃられるのですか……」
思わず、彼女を引き寄せ、抱き留める。小さくて甘い香りがする彼女は、とても美しい。彼女は酷い人だった。私に嫌いだと言えと言う。そんな事、言えるわけがないのに。こんなにも愛してやまない方を、嫌いだと言えるはずがないのに。
本当は分かっているのでしょう?私が貴方に夢中だという事を。もう貴方しか見えなくなっている事を。貴方しか愛せなくなってしまっている事を。
―――勘違いでも、刷り込みでも良い。私は貴方が欲しい。
「貴方が後悔しても、もう私は知りませんよ」
「異界の君」、貴方は美しい。貴方の寂しさに漬け込む事さえ厭わない。こんな醜い私を貴方はいつか気付いてしまうでしょう。けれど、その時後悔してももう知りません。もう、貴方を離す事なんて出来ません。
私は彼女の震える唇にキスを落とした。