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後編 「居場所」

  校門のところにいたのは、紛れもなく美幸だった。

 お嬢様学校といわれる他校のセーラー服に、うちの学校の生徒にはいないような清楚な顔立ち。帰りがけの生徒たちに見つめられて恥ずかしそうにしながらも、美幸は僕を見つけて嬉しそうに笑う。

「あ、千秋……」

「なにやってんだよ!」

 人目もはばからず、僕はそう叫んだ。普段の僕を知っている同級生が驚いているのが見えたものの、そんなことは考えられなかった。

「なにって、迎えに……」

「なんで?」

「だって、家に来るなって……」

「おまえの顔を見せるなっていうところは聞いてなかったのかよ」

「……このまま終わるのは駄目だって思ったの。千秋をこれ以上、一人にさせたくない。とにかく帰ろう。帰って話をしよう」

 姉貴面で宥めるようにそう言った美幸に、僕はどんどん頑なになっていく。

「話すことなんかない」

「じゃあ、私じゃなくてお姉ちゃんならいい? 私だって……千秋のこと、弟だって思ったことないよ。お姉さん面したいわけでもない。でも、千秋のこと心配するの、そんなに変なこと? 私だって、千秋のことが好き」

 突然の言葉に、僕の世界は一瞬にして変わった。表現で言えば、モノクロがカラーに変わるように、今までの世界がなんだったのかわからなくなるような、そんな感じだった。

 もちろん、美幸の言う好きが、LOVEラブじゃなくてLIKEライクだっていうこともわかっていたが、それにしても僕を暗闇から一瞬にして引き上げてしまうような、そんな不思議な言葉だった。

「な、にを、言ってる、のか……」

 しどろもどろになりながら、僕は一瞬にして真っ赤になった顔を隠すように、美幸に背を向ける。

 でも美幸は空気が読めないみたいに、その必死さを止めようとはしなかった。

「私にもわかんないよ。千秋との関係なんか。これが家族愛なのかなんなのか。でも考えたって仕方ないじゃない。千秋のこと好きだし、大事だし、どうにかしたいっていうのが私のエゴでも、もうなんでもいい! 私が千秋のこと好きなのは事実なんだから!」

 その告白は、その場にいた全員に響き渡るくらい大きな声で、中には足を止めて聞いている者さえいた。

 僕は思わず美幸の手を取って、逃げるように家へと帰っていった。


 家に帰るまで、僕たちは無言のまま、そして手を握ったままだった。

「め、迷惑なんだよ」

 家に帰っても尚も無言だったのを、僕がそう言った。

 まだそこは玄関先。僕はやっと美幸の手を離して、中へと入っていく。

「千秋!」

 そんな僕の背中に言った美幸の声に、僕はその場に立ち止まってしまった。

 玄関先で、美幸はまた声を上げる。

「私……千秋に嫌われてると思った。でも、昨日あんなこと言われて……びっくりした。私も千秋のこと、考えないようにしてた。避けてた部分もあったのかもしれない。でも千秋。本当に千秋が私と付き合いたいとか思ってくれるなら、私……」

「……」

 僕は何も言えなかった。ただその場に縛り付けられているかのように、動くことさえ出来なかった。

 そんな僕を不審に思ったのか、美幸は家に上がり、僕を振り向かせる。

 美幸の目に、ぼろぼろと涙を流す僕の顔が映ったはずだ。いや、僕は今の今まで、自分が泣いていることすら気付かず、ただそれを隠す術さえ忘れていた。

「千秋……」

「見るな……見るなよ!」

 そう言いながらも何も出来ず、僕はその場に座り込み、廊下に寄りかかる。

 美幸は僕の前にしゃがみ込むと、おもむろに僕を抱きしめた。

「同情だって思ってる?」

 美幸の言葉に、僕は頷く。

「思ってるよ。だって一応……姉弟だろ」

「姉弟じゃないって言ったのは千秋でしょ。私にも……わかんないんだよ。でも、同情でもなんでも、千秋がまた笑うなら、私……なんだってするよ」

 美幸だって戸惑ってるんだ。僕が紳士なら、こんなに震えてる美幸をどうにかするなんて考えられない。でも目の前の美幸ときたら、今まで見てきた中で一番可愛く映って、僕の自制心すら失くしてしまう。

「キスしてもいい……?」

 拒まれるのは怖かったが、僕がそう言うと、美幸は静かに頷いた。

「いいよ」

 僕の初めてのキス。最初に口にするのは気が引けて、額にしてみた。頬にしてみた。そして静かに、口づけをした。

 途端に溢れ出す感情。ああ、僕が欲しかったものは、すぐそばにあったのだと実感する。僕はこんなにも寂しかったのか。弱すぎる自分に、悲しくなった。

「人間って、誰しも弱いものだと思う」

 そんな僕の心情を察するかのように、美幸はそう言ったので、僕は美幸を見つめる。

「私だってそうだもん。私には血の繋がったお姉ちゃんがいたから、なんとかやっていけてるんだと思う。千秋に私は軽すぎるかもしれないけど、私が千秋を好きなことは、同情じゃないよ」

 はっきりと自分の気持ちがわかったかのように、美幸は自信を持ってそう言った。

「ごめん。ずっと心配してくれてたのに……僕も美幸が好きだよ。姉としてじゃなく……出来たら付き合いたい」

 僕の正直な気持ちを、美幸は複雑な表情で受け止める。そして返事の代わりに、美幸は僕を抱きしめてくれた。

 これから先、僕らがどうなるかはわからない。でも恋でも同情でも、そんなものはもうどうでもよかった。お互いの傷をなめあうように、僕たちの関係が進退することはきっとないんだろうと、悟ってしまったのである。

 ああ、でも僕は今、やっと透明人間ではなく、本当の人間に戻った気がする。僕は居場所が欲しかっただけなんだ。大声で泣けるような、本当の居場所が……。


 次の日。学校の教室に入るなり、僕だけでなく、僕の周りまでもが変わっていた。

「おお、三島! おまえ、彼女いたんだな」

 冷やかし、冗談、好奇の目。昨日までの僕なら、その半分も脳に届かず、ただ無表情で見下した目をして避けたのだろう。

「か、彼女じゃないし……」

 慣れない声が、喉の奥から絞り出される。

 動揺し、真っ赤になった僕に人間らしさを感じることは、きっと誰にだって出来ただろう。そんな僕に、嬉しそうに同級生たちが群がった。

「嘘つけー。おまえ、なかなかやるじゃんかー。紹介しろよ」

「だから違うって……」

 透明人間を作り出していたのは、僕自身だった。でも、僕にはまだ何もない。何も誇れるものがない。人間としての存在証明も出来ない。

 だけど、僕は間違いなくここにいる。こうして同級生と笑い、友達というものも出来、それがなくなった時、きっと僕は泣くんだろう。僕を心配してくれるという、あの家族のような恋人のような、優しい人の胸の中で……。

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