再会
<凱旋歴一〇一二年一五月十一日昼 ヴィクトルの家、首府、東王国>
焼いた鶏の腿肉に行儀悪く齧り付くと、中から旨みのある肉汁が溢れてきた。
ヴィクトルは閑散とした部屋で遅い朝食を摂っている。
いつもなら煩いくらいに舎弟や手下が辺りに詰めているが、今日はいない。
全て、行方不明のダヴィドの捜索に充てていた。
○
<首府>にいる冒険者の中で、ヴィクトルの地位は特別なものだ。
ならず者に過ぎない冒険者をまとめ上げ、飯場を取り仕切る。配下の冒険者からは上納金が集まり、それらを元手にまた勢力を拡大する。
こういった親分は<首府>にも両の手指よりもいたが、ヴィクトルはその中でも最も成功した一人だった。ヴィクトルの舎弟がまた舎弟を取り、小物を集め、小さな“王国”を形成する。
<鬼討ち>ヴィクトルは、小さな“王”だった。
“王”であるヴィクトルは、侠気に富んだ姿を配下に見せ続けなければならない。
大きな勢力ではあったが、紐帯となっているのはヴィクトルの人望であり、ヴィクトルへの畏怖であり、ヴィクトルへの信頼である。
何かあった時に守って貰えるから、ヴィクトルの下に付く。
そうやって集まった小物たちをヴィクトルが守ることは、半ば義務であった。
だが、そうしたことを除いてもヴィクトルはダヴィドのことを心配している。
鉱山掘りの息子だというダヴィドは、体格も恵まれているし機転も利く。
何よりも、素直だ。
今のところヴィクトルの息が掛かった飯場は五つあるが、ダヴィドにはその内の一つを差配させている。将来は舎弟の中から誰かを後継者に立てなければならないだろうが、ダヴィドはその中でもヴィクトルが最も期待を掛けている一人だった。
そのダヴィドが、帰ってこない。
ただの老いぼれを一人始末するだけの仕事だったはずなのに、だ。
正直、ヴィクトルは<鋳掛け>のヨーゼフという老人を見誤っていた。卑怯な手を使って三人ほど冒険者を捕まえたらしいが、所詮はそれだけだ。
<邪魔屋>セレスタンが獄で死のうがどうしようがあまり気にはならなかったが、ダヴィドに箔を付ける為にも“仇討ち”で侠気を世間に喧伝してやろうと思ったのだ。
付けてやった小者は惨めったらしい面を下げて、全員が帰ってきた。
叱りつけた上にブン殴りたい気分だったが、鍛え上げた自制心で抑え込み、ダヴィドの捜索に向かわせたのが、昨日の晩。そこから何も進展はなく、手分けして探せるようにと配下の多くを注ぎ込んでいる。
「無事でいてくれればいいのだが」
指に付いた脂を舐りながら、独りごちる。
それにしても、<鋳掛け>のヨーゼフとは何者だろうか。
小者の報告によれば、老齢だが俊敏な身のこなしでダヴィドを翻弄したという。
となれば、斥候か。
冒険者の役割分担の中で専門の斥候はかなり数が少ない。
必要とされる技能を身につけるのに時間が掛かる上に、それだけの技量があれば盗賊して食っていけるというのもある。
斥候として、高名な冒険者。名前は、ヨーゼフ。
ヴィクトルには、一人だけ心当たりがあった。
(いや、まさか……)
その時、誰かが戸を敲く音が聞こえた。
○
「ダヴィド! 無事だったか」
扉の前に立っていたのは、果たしてダヴィドだった。
「御心配をお掛け致しました、ヴィクトル親分」と深々と頭を下げる。
「構わん、構わん。お前が無事に帰ってきてくれれば、それでいい」そう言ってダヴィドの肩を叩いたヴィクトルは、ダヴィドの隣に一人の老人がたたずんでいるのに気付いた。
「……ダヴィド、こちらは?」
「<鋳掛け>のヨーゼフ殿です。オレをここまで送ってくれました」
老人は、慇懃な態度で腰を折ってみせる。
「お初にお目にかかる。<鋳掛け>のヨーゼフ、と申す」
敵地にたった一人で乗り込んで来た男とは思えない低姿勢だ。
「親分、オレはヨーゼフ殿に命を取られてもおかしくなかった。だから、セレスタンの兄貴の件は水に流して貰えないでしょうか」ダヴィドがもう一度深々と頭を下げる。
だが、ヴィクトルの視線はダヴィドではなく、ヨーゼフに向けられたままだ。
<鬼討ち>は、一度大きく息を吐き、そして、跪いた。
○
「初めてでは、ございません。ヨーゼフ様」
「いや、この<鋳掛け>のヨーゼフ、<鬼討ち>ヴィクトル殿に御目に掛かるのは初めてのはず。面を上げてくだされ」
「そうは参りません」
ダヴィドは、自分が師父と仰ぐヴィクトルの態度に驚いている。
一体、どういうことなのか。
「このヴィクトル、貴方から受けた御恩を忘れるほど“人でなし”ではございません」
「ヴィクトル殿、ヴィクトル殿は私をどなたかと勘違いしているのではありませんか?」
「いいえ」
ヴィクトルは、顔を上げた。
その表情には、憧憬の色が浮かんでいる。
「<六英雄>の一人、伝説の斥候、<神速>のヨーゼフ様の顔を、私が忘れるはずがございません」