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日雇いクエスト

<凱旋歴一〇一二年一五月十七日朝 <跳ねる鱗魚>亭、首府、東王国>


 ナイフに刃毀れがないかを改めながら、<神速>ヨーゼフは自分の上機嫌を隠すのに努力せねばならなかった。“稽古”の圧迫感から解放された弟子は、目の前で大の字になっている。小さな体の全てを使って呼吸している所を見ると、流石に堪えたらしい。

 この弟子は、大した拾い物だった。

 ヨーゼフの剣気に当てられつつ立ち続ける、というのはただの十二歳には荷の勝ち過ぎる稽古だ。老いたりとは言え、英雄との対峙なのだ。大の大人でもすぐに参ってしまう。

 それをこの少年は、耐えた。耐えたばかりか、最後には一太刀浴びせようとさえしたのだ。

 その度胸、胆力はいずれ必ず役に立つ。


 それにしても、冷える。

 空が晴れ渡った方が底冷えすることをヨーゼフは経験として知っている。十分に動かして火照った体に澄んだ空気が心地よい。

 今のところ、全てが上手く運んでいるように見える。

 ダヴィドのこと、そして目の前に転がっている自分にとって二人目の弟子のこと。<鬼討ち>ヴィクトルが騎士に叙される、というのは全くの予想外だったが、良い方に作用すると見ても問題ないだろう。冒険者が力を持つことは常識的に考えて悪いことではない。


 だが、全てが上手く行っているからこそ、ヨーゼフの胸は晴れない。

 “悪いことの芽は良いことを肥料に育つ”という古いことわざがあるように、自分にとっての好事に目を奪われていると足元を掬われる。問題は、自分には見えない処で進んでいるということだ。


 襤褸布(ぼろぬの)で汗を拭い、ヨーゼフはダヴィドの隣に腰を下ろした。

 まるでそれが自然なことのように、ドミニクが湯冷ましの椀を差し出す。まだほのかに温かいが熱過ぎて舌に障るほどでもないそれは、丁度ヨーゼフが欲していた温度のものだ。このドミニクという男の経歴についてヨーゼフは詳しくは知らないが、ひょっとすると冒険者になる前は一廉の人物だったのかもしれない。



「お待たせした。それで、話とは」

 喉を潤したヨーゼフは口を開いた。

「覚悟を、決めました」ダヴィドの口調には、熱が籠もっている。

 ヨーゼフはダヴィドの顔を見つめた。並んで座っているので横顔しか見えないが、その眼は力強く彼方を見つめている。なるほど、これは覚悟のある男の眼差しだった。

「覚悟、とは」

「ギルドを。冒険者のギルドを作ろうという企みに加担する覚悟です」


 (たくら)み、という言葉をダヴィドが使うことに、ヨーゼフはおかしみを覚えた。冒険者として<剛腕>などという大層な二つ名を戴きながら、実はこの男にはまだ子どもっぽいまっすぐな部分が保存されているのではないか、と気付かされる。

 小さな罪なら笑い飛ばすか無視してしまえるような男ですら、世の中の仕組みを変えようという時には“企み”という後ろ暗さを感じてしまうものなのだ。やはり自分のなすべきことは大それたことなのか、とも思うが、今更どうこうするわけにもいかない。


「それは心強い。だがその前に」

「そう、その前に」

「……幾つか話をしておかなければならないことが、ある」


 ○


「何から話したものだろうか」

 場所を亭内に移し、ヨーゼフは思案顔で呟く。

 部屋の中には、四人。ヨーゼフとダヴィド、ドミニク、そしてルイだ。ロザリーには夕食の買い出しに出て貰っている。

「まず、どうやってギルドを作るつもりなのかを聞かせて頂きたい」

 そう切り出したのは、ドミニクだ。なるほど、実務家らしい質問だった。動き始めるとなれば彼にも大いに動いて貰う必要がある以上、気になるのも道理というものだ。

 かといって、そこから話すわけにもいかない。

「いや、その前に話すべきことがあるように思う」

「と、仰ると」

 ルイが尋ねる。

「目的、について話さなければならない」ヨーゼフの口調には断定的な響きが含まれている。

「目的、ですか」

 ドミニクは、それが“ギルド”を作ることだろう、と目で訴えた。黙しているが、ダヴィドも同意見らしい。ギルドの話を聞いたこともないルイだけは、神妙な顔でヨーゼフの顔を覗き込んでいる。


「ギルドを作るのは、“手段”だ。“目的”は、ギルドを作って何をするか、どうするかを語らないといけない」

「どうするかというと、例えば代表者を“首府”の参事会に送るとか?」

「そういうことでもある。ドミニク、お前さんがそうしたいのなら、ギルドはそうしたものになる」

「ヨーゼフ殿はそうは思っていない、という風に聞こえますが」

「左様」

 ヨーゼフが、杯で口を湿らす。中身は湯冷ましだ。

 その表情からは、何も読み取れない。


「ドミニク、冒険者とはどう在るべきだろうか」

「“どう在るべき”か、と言われると困りますね。そういう型に嵌まるものではない、と」

 言ってしまって、ドミニクの表情が引き締まる。

「つまりは、そういうことだ。何者にも縛られない為にこそ、ギルドは要る」

「……“竜骨印勅書”、ですか」

 ドミニクが黙り込む。

 それは古い古いおとぎ話のような話だ。

 偉大なる勇者が遥か北まで冒険行(クエスト)を行い、終には魔王を討つ物語の、蛇足。

 時の皇帝リニウス・コルネリウス・エルスが勇者とその仲間たちを顕彰して、一つの勅を布告した。

 “全ての冒険者は、何者にも縛られない”

 竜の骨を刻んで作られた玉璽を捺された勅書は遺失し、文面だけが伝わっている。

 が、誰もそんな勅書の存在を真面目に受け取っていない。そんな法律がまかり通れば、全てが出鱈目なことになってしまうことは、子どもにでも分かる。

 それを、ヨーゼフはしようというのか。


「そんなことが出来るのでしょうか。まるでその辺りの村男に素手で(トロル)を倒せというような類いの話では?」

「鬼を倒す、というのが目的ならば何も素手に拘る必要はない。村男は罠を張っても良いし、冒険者を雇っても良い。厳しい修行に耐えて剣術を修めることも出来る。要は、手段を選ばぬことだ」

「そうまでして、どうして“自由”が欲しいのです? 今でも十分に、貴方は自由なはずだ」

 問われて、ヨーゼフは笑った。


「儂は、約束をした」

「……誰と、どのような?」

 尋ねているのはドミニクだが、ルイも身を乗り出している。ダヴィドも興味深そうにヨーゼフの顔を見つめていた。

「<勇者>だ。<勇者>アルベルトと」

 ほう、とルイが溜め息を吐いた。英雄の口から語られる勇者の名は、近くに聞いても、遠い。


「アルベルトと儂は約束したのだ。いつの日か、自由気ままに冒険をしよう、と。誰にも邪魔されず、好きな仲間とつるんで、ぶらぶらと気の向くままに。南の旧跡、西の島々、東の名峰、そして、北の原野を。まだ見ぬ場所を、一緒に見ようと。路銀が尽きれば、立ち寄った街で日雇いクエストをして小銭を稼ぎ、また次の街へ。勇者や英雄としてではなく、ただの冒険者として」

 そんなことは今のままでは不可能だ。

 旅人自体は少なくないが、辿りついた街で自由に冒険者が仕事など出来る筈がない。酷い時には、不審者として捉えられてしまうだろう。


「だから儂は、ギルドを作るのだ」

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