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<鋳掛け>のヨーゼフ

<凱旋歴一〇一二年一五月七日朝  衛戍詰所、首府、東王国>


 衛戍(えいじゅ)の詰所は首府を大きく取り囲む城壁に付随していた。

 元々が外敵に備える砦として築かれた詰所は大きな六層の塔を備えており、その為今でも衛戍(えいじゅ)の責任者である副伯を塔伯(とうはく)と呼ぶこともある。


 間の悪いことにヨーゼフが衛戍(えいじゅ)の詰め所に着いたのは、ちょうど夜間の巡邏(じゅんら)に出ていた衛士たちの集合の時間と重なっていた。軍事拠点としての役割が期待される以上、詰所の入り口は狭く設計されており、当然こういった時間帯には混雑することは避けられなかった。


 ヨーゼフは簀巻きにした<邪魔屋>セレスタンを路地に転がすと、自分はその隣に腰を下ろした。まだ浮浪者の恰好のままだったから、傍から見れば物乞いが数少ない自分の財産を(むしろ)に包んで置いているようにしか見えないだろう。事実、その筵にはヨーゼフにとっては最大の財産が入っているのだが。


 セレスタンが息を引き取っていないか慎重に確認しながら、ヨーゼフは巡邏から帰ってくる衛士たちを値踏みした。衛士たちが一様に疲れた顔をしているのは、王の帰還が近いからだ。

 王は、一年の過半を王領の巡幸に費やす。地方官僚の引き締めの意味合いもあるが、それよりも重要なのは税の徴収である。街道が津々浦々を接続していた古帝国時代ならいざ知らず、現在では一ヶ所に国中の金穀を掻き集めることは困難になっていた。

 なれば、それを使う王廷の方が地方に出向くしかない。

 様々な宗教儀礼で王が首府にいることを求められる十五月から一月までの年末年始以外には、王は各地に封じた諸侯の所領を監察しながら浪費するのが半ば仕来たりとなっていた。


 その王が、もうすぐ帰還する。

 首府が年に一度だけ<王都>として機能するその時に、治安が悪化していたのでは外聞が悪い。首府を取り巻いて四つ設けられた塔の主たちは、競ってならず者を検挙しつつある。その中には無実の者もいたかもしれないが、そんなことは“玉心を安んじ奉る”という大目標の前には霞んでしまう。<冒険者>が殺気立っているのは、まさにそれが理由であった。


 ○


 目を付けたのは、若いが装備に金の掛かった衛士の十人長だった。

 貴族の子弟なのだろう。十人長の位も金で買ったようで、鎧を着込んでいるというよりは鎧に着られているといった風情だ。他の衛士と違うのは、浮かべている表情が疲れではなく焦りだということだった。どうやら、昨晩は大した成果を挙げられなかったようだ。


 ヨーゼフは十人長の視界の端に収まるように移動すると、小さく手招きした。

 普通であれば、衛士の十人長が物乞い如きの手招きなど気にも留めないであろう。だが、今の彼はよほど焦っていたようだ。付いて来ようとする部下を制止し、一人でヨーゼフに近付いてくる。


「爺さん、このオレに何か用かい? 下らん用事ならタダじゃおかねぇぜ」

 十人長の口調は予想通り焦りに満ちていた。

「……実は、十人長様に買って頂きたいものがありまして」

「買う? 乞食のお前から? 一体、何を売ってくれるというんだ?」

 嘲りすら込められた問いに、ヨーゼフは無言で自分の隣に置いてある筵を示した。

「簀巻き? 動いているようだが、中身は…… 何だ?」


 剣を抜き放った十人長はその切っ先で簀巻きを少し捲り、息を呑んだ。

「……こいつは、<邪魔屋>セレスタンじゃねぇのか?」

「ええ。手負いですが、まだ生きています」


 ヨーゼフはそう言って十人長の目を見つめた。で、いくらで買って頂けるんです?


 ○


 バティーニュ塔伯の考課基準から考えれば、十人長が警邏(けいら)任務の完了報告前に浮浪者と言葉を交わすというのは好ましくない行為に思われた。金で今の地位を買った十人長たちの士気(モラル)は御世辞にも高いとは言えず、あまり誉められた勤務態度でない者も少なくない。

 塔伯という彼の職責から言って、今、目の前でまさに浮浪者と話をしている十人長を叱責するのは規律を維持するためにも当然のことだった。


 騎乗のまま二人に近付こうとすると、浮浪者は(うやうや)しく頭を垂れた。貴人に対する姿勢としては、及第点を与えて問題ない。


「ボーマルシェ十人長、こちらの御老体はどなたかな? 出来れば私も知遇を得たいのだが」

 嫌味である。

 馬蹄の音を響かせて寄って行ったのに、この迂闊な若者はこちらに視線を巡らせさえしなかった。


(再訓練が必要だな)


 そう思いながら、老浮浪者をもう一度見つめる。

 いや、浮浪者ではない。汚い身なりをしているが、立ち居振る舞いを見ればそれが鍛えられた者のそれと分かる。変装か。


「これは失礼致しました、塔伯様。こちらの…… こちらの御老体が、<邪魔屋>セレスタンを生け捕りにしたと、そう申しておりまして」

「なるほど。<王都>の治安維持への御協力、痛み入る」

 哀れなくらいに慌てた様子で報告する十人長を意図的に無視し、バティーニュは馬から降りて老人に軽く頭を下げた。相手の身分が分からない以上、塔伯たる身分で出来る礼としては最も上の部類に入る。


「それでは十人長はセレスタンの身柄を預かって、詰所に運ぶように」

「はっ、直ちに従卒に……」

「自分の手で、だ」

「は、はっ!!」


 筵を抱えてよろめきながら詰所に向かう十人長の背を見送り、バティーニュはもう一度老人に頭を下げた。


「私の部下が失礼した」

「いえ、失礼をしたのは(わたくし)の方でございます」

「と、言うと」


「捕まえた悪党の身柄を、十人長殿に買って頂こうと思っておりました」

 顔を上げた老人は、何とも言えない表情をしていた。

「それを私に言うか」

「詮議などで御手間を取らせるのは悪いかと思いまして」

「なるほど、な」

 少なくとも、物の道理は(わきま)えた老人らしい。


「よかろう。その正直さに免じて、褒美を出そう。ただ詰所に届け出たよりは多少の色は付けてやる」

「よろしいので?」

 老人が尋ねる。処罰しないどころか、褒美まで出すというのは破格だ。

「知っての通り、今は人手が足りん。その方、<冒険者>か?」

「左様にございます。<首府>には、まだ不慣れですが」

 言外に、これからもならず者を捕まえて来いと言ったのを老人は正確に捉えたようだ。


「<首府>ではない、<王都>だ。先ほど王廷の先触れが入城した」

「それは失礼を致しました」

「いや、構わん」

 市井(しせい)の者は、知らなくて当然なのだ。

 当代のまだ歳若い王は叛乱を異常なまでに恐れ、周囲に予定をあまり漏らさない。治安維持に(あずか)る身としてはやり難いことこの上ない。王の叔母に当たる王女摂政宮おうじょせっしょうのみやが気を利かして報せを走らせてくれなければ、出迎えすら出来ないところだった。


「そう言えば、まだ名を聞いていなかったな」

「これは失礼を。(わたくし)は、ヨーゼフ。<鋳掛(いか)け>のヨーゼフと申します」

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