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無頼

<凱旋歴一〇一二年一五月十二日午後 <跳ねる鱗魚>亭、首府、東王国>


 炉に薪をくべる。

 今年の冬は、(こと)の外厳しい。

 薪の値段も随分と上がっているとダヴィドは聞いていた。

 何でも、足りなくなった薪を補う為に王室の猟場での薪拾いまで認めたという話だ。


 指先を擦り合わせ、息を吐きかける。

 冷えた身体は酒精を欲していたが、棚に手は伸ばさない。

 大切な決定は、素面の時にしなければならないからだ。それが、ヴィクトルの教えだった。


 ○


「若、お待たせしました」


 部屋に入って来たドミニクは随分と寒そうだった。

 身振りで炉に近い席を勧めてやる。


「いや、構わない。外はどうだ?」

「双子に任せてきました。どちらにせよ、もうすぐ降りそうです。今日は仕舞いですな」


 双子というのはヴィクトルから借りている小者で、飯場の仕入れを担当している。

 目先が利き、多少のことなら任せることの出来る人材だった。

 それに、雨が降れば河岸からの荷降ろしは中止になる。

 人足が解散してしまえば、表でする仕事はほとんどなくなってしまうのだ。


「それで、相談というのは何です?」


 ドミニクは小役人をやっていた経歴から、ダヴィドの顧問のようなことをしている。

 歳はダヴィドよりかなり上のはずだ。

 そのドミニクに、ダヴィドはヨーゼフと同じ質問をしてみることにした。


「ドミニク、変なことを聞くようだが、<冒険者>についてどう思う?」

「<冒険者>について、ですか。また(えら)く大きな質問ですね」

「答え難いか。思うことをただ言ってくれればいい」

「はぁ」


 目を閉じて右の人差し指をくるくると回す。

 それがドミニクが深くものを考える時の癖だった。


 小屋の屋根を雨粒が打つ音が聞こえてくる。

 薪が爆ぜる音と、雨音。それ以外には、何も聞こえない。

 ダヴィドはドミニクの考えが纏まるのを、じっと待った。


 ○


「自分で言うのもなんですが、<冒険者>というのは進んでなりたいものじゃないですね」


 ドミニクの出した結論は、単純明快だった。


「では、役人に戻れると言われれば戻るか?」

「さてそれとこれとは話が別です。こう見えて私は若に恩義を感じているんで」


 色々あって王廷を追われたドミニクとその妻を匿ってやったのは、ダヴィドだ。

 それ以来ドミニクは親分のヴィクトルではなく、ダヴィドに仕えている。


「但し、若に出会ってさえいなければ私は間違いなく役人に戻ろうとしたでしょうね。

 <冒険者>なんて言ってるが、周りから見ればならず者と大差ないんですから」


 それは、事実だった。

 冒険者もならず者も人足も、無頼(ぶらい)の徒だ。

 天の下に自分以外誰一人として頼る者がいない。

 矜持を持ってクエストをこなすか、罪に手を染めるか。

 その間にあるのは自分の心持ち一つだけで、大きな違いは存在しない。


 いや。

 ある意味において、ダヴィドたちは無頼ではない。

 何かがあれば、親分であるヴィクトルが最低限ではあるが手を貸してくれる。

 それは信頼に値する、頼れる何かだ。


 だが、そんな後ろ盾を信じることが出来る冒険者など、この街にはほとんどいない。

 金が尽きれば、食う為に盗み、渇きを癒す為に汚れた泥水を啜る。

 自身が生きる為に必死なのだ。


「貴族や役人、坊主になろうと言うのは少し大それていますが……

 商人や職人、馬借になりたい奴はここの小者の中にもかなり居るでしょう。

 多分、農村を出て<首府>に旅立った時には皆、そういうものになりたかったはずです。

 最初から冒険者になろうと思ってやって来たのは一握りでしょうな」


 ダヴィド自身が、そうだった。

 鉱山掘りの父を亡くして街に出た頃は、確か鍛冶屋の徒弟を目指していたはずだ。

 結局弟子入りは出来なかったが、もし叶っていたら今とは全く違う人生を歩んでいただろう。


「つまり、<冒険者>とは所詮そういうものだ、ということだ」

「そういうことになります。

 しかも、子どもの内ならともかく大人になってからでは別の職に就くのも難しい。

 敗北者とまでは言いませんが、勝利者とは言い難い人生です」


 ダヴィドの脳裏に、ヨーゼフの顔が浮かぶ。

 英雄と讃えられた男でさえ、そうなのだろうか。

 だとすれば、自分は。


 ○


 雨音が強くなっている。

 遠くで犬の鳴き声がした。

 ダヴィドは、ドミニクに手ずから白湯を淹れてやる。


「それで、ここからが本題だ」

「本題ですか」

「ああ」


 白湯で唇を湿らす。

 あの話を聞いた時、自分の胸に宿った熱いものは、ビクトルにも伝わるだろうか。


「ギルドを、作ってみてはどうだろう」


「……え?」

「ドミニク、ギルドだ。<冒険者>の、<冒険者>の為の」


 ○


 ドミニクの右手の人差し指が忙しなく回る。

 二人は、無言だった。

 ダヴィドが薪をくべ、雨漏りを器に受ける。

 とても静かな時間だ。


 そういえば、最近はこんな時間を取ることもあまりなかった。

 冒険者とは言いながら、ダヴィドのしている仕事は飯場の差配だ。

 河岸で荷揚げをする人足たちに、適当な金額で食事を提供する。

 <跳ねる鱗魚>亭を利用する人足たちに、荷揚げの仕事を斡旋してやる。

 それは、冒険者というよりも斡旋屋の仕事だ。

 斡旋し、契約し、監督し、調停し、時には処罰する。

 仕事は充実していたが、どこか満たされない想いは常に(わだか)っていた。


 ヨーゼフからギルドの話を聞いた時、ダヴィドは気付いた。

 今やっている仕事は、ギルドの仕事だ。

 もちろん、細部は違う。だが、精神は同じだ。

 他の連中に仕事を奪われないようにする。

 自分のところで手配した人足が莫迦なことをしないようにする。

 仲間同士で助け合う。

 ただ名前が付いていないだけで、自分の仕事はギルドのすべきことなのだ。


 今は人足相手にやっていることを、<冒険者>相手にする。

 ダヴィドの思う<冒険者>ギルドというのは、そういうものだ。


 あの英雄が思い描いているギルドの姿とは、違うかもしれない。

 老人の瞳は、ギルドという言葉にもっと違う何かを見ていた。

 でも、それで良いのだ。

 ダヴィドの故郷の山も、見る方角によって見え方が違った。

 どの見え方が正しい、というわけでもない。


 ○


「難しくは、あります」


 ドミニクは振り絞るように言った。


「何故、難しい?」

「誰も認めたがらないからです」


 <首府>に居る冒険者の数は季節によって大きく異なる。

 春から秋には賃雇いの農作業の為に街を離れ、冬になると<首府>に溢れた。

 今の時期、ドミニクの見立てでは二千から二千五百の冒険者が、<首府>にひしめいている。


「王城の護衛が、一〇〇人程度です。王がおられる今なら倍はいるでしょうが……」

「それでも、冒険者は十倍にもなるか」


 ギルドを結成し、団結した冒険者が王廷に何かを請願した時に、果たして断り切ることが出来るのか。

 為政者はまず、そこを気にするだろう。


「冒険者の中には傭兵の経験者も少なくありません。

 戦慣れした一千以上の兵力が、<首府>の中に出現する。

 王廷にとってはあまり歓迎したい事態とは思えませんね」


 そうでなくても、今の幼王は叛乱を異様に怖れている。

 交渉は困難を極めそうだ。



「そしてもう一つ。こちらの方が大きな問題です」

「というと?」


「ギルドを作っても、二千もの<冒険者>を食わせていくことが、出来ません」

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