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妙策

<凱旋歴一〇一二年一五月十二日午後 王城、首府、東王国>


 王城への川に架かる跳ね橋の前で馬を下り、バティーニュ塔伯は一つ深呼吸した。

 これより先に馬を乗り入れることが出来るのは王と宮だけだ。

 手綱を従士の一人に預け、流れる川を見遣る。その視線は、険しい。

 首と胴が仲良く橋を渡るのもこれが最後かもしれないとなれば、有能さで知られるバティーニュとしても陰鬱な気分になろうというものだ。


 呼び出しは、耳の長いあの男からだった。

 <寝取られ男>アナトール。

 恐れられるあまり、摂政宮以外に誰一人として二つ名を呼ぶことの出来ない怪人。

 王女摂政宮の懐刀は、常に貴族や官僚の粗を探している。

 どうやら彼の考えでは東王国の貴族は多過ぎるらしく、無能な人間をその位に就けておくつもりはないようだ。

 彼とその上司は実に巧みに立ち回り、諸侯の身動きを取れなくしている。

 身内の掃除をするのは今が好機ということだろう。


 精勤に励むバティーニュとしては探られて痛い腹はないのだが、貴族を失脚させる為に<寝取られ男>が根拠となる理由をあまり必要としていないこともしっていた。

 王家にとって、役立つか役立たないか。

 他の塔伯よりはバティーニュは有能なつもりであったが、自分を含めた四人の塔伯全員の首を挿げ替えることぐらい、<寝取られ男>には朝飯前だ。


 気は進まないものの、出頭しないわけにも行かずにバティーニュは門扉を潜った。


 ○


「バティーニュ塔伯殿、ようこそのお越しで」


 通されたのは、簡素な石造りの部屋だった。

 アナトールの執務室ではなく、私的に与えられている部屋らしい。


 やはり、耳が長い。

 バティーニュは勧められて上座に座りながら、アナトールの表情を読もうとした。

 爵位は男爵なので塔伯であるバティーニュの方が格上なのだが、どうにも腰が引ける。

 慇懃な態度とは裏腹に不遜な笑みを貼り付けたアナトールは、機嫌が良いようだった。

 気分で仕事をする男ではないが、少なくともバティーニュを叱責するつもりで呼びつけたのではないようだった。


「寒い中呼びつけて申し訳ない、塔伯殿。こちらから出向くべくなのかもしれないが、何分多忙でね」

「<王都>の全てに目を配る大変なお仕事だ。呼びつけて頂いて結構」

「そう言って頂けると有り難い。今は本当に忙しい。実に忙しい」


 確かに、アナトールの顔には疲労の色が濃い。

 また何か良からぬことを目論んでいるのだろうか。


 石造りの城は、冬になると駸々(しんしん)と冷えた。

 召使いに用意させた白湯を啜りながら、バティーニュは近況を語る。

 市井のこと、物価のこと、犯罪者のこと。

 <御伽衆>を通じてアナトールの知っている話ばかりだろうが、反応を見るには良い。

 だが、アナトールが食いついてきたのは意外な話題の時だった。


「ほほう、腕の立つ老冒険者と」

「ああ。ここ数日で三人も冒険者を捕まえている」

「それは素晴らしい。冒険者をね。実に素晴らしい」


 何が嬉しいのか、アナトールは涜皮紙(とくひし)に何かを書き付けていく。


「ところで、塔伯殿。貴方は<首府>の飯場にも随分と詳しいと聞くが」

「それが職務だからな」


 バティーニュは、アナトールの目が細められるのを見逃さなかった。

 この男は、一体何をするつもりなのだろう。自分は、何の為に呼ばれたのだろう。

 アナトールは立ち上がり、ゆっくりと部屋の中を歩き回る。


「<鬼討ち>ヴィクトル、<嘆き>のイシドール、<瘤>のブリュノ、<東大路>のフィデール……」


 心の中でバティーニュはひそかに舌を巻く。

 耳長男が挙げているのは、いずれも親分として飯場を仕切っている者の名前だった。

 中にはそれほど勢力の大きくない者もいるが、共通しているのは“誰の下にも付いていない”親分だということだ。


「こちらで注目している冒険者だ。塔伯殿はこれ以外にも特筆に値する冒険者を御存知かな?」


 挙げられたのは二十六人。

 少なくとも親分として周囲に認められている親分は、全て含まれている。


「親分衆としてはそれくらいだろうな。舎弟頭や客分まで含めればもう少しいるが」

「ああ、親分衆だけで、結構。下々までは流石に把握できはしないさ」


 ○


 ここに来て、漸くバティーニュは胸を撫で下ろした。

 <寝取られ男>の今日の獲物は自分ではないらしい。


「それなら、男爵の挙げたので網羅されている、と思う。何せ冒険者ときたらすぐに抗争を始めるからな」

「ふむ、治安を守る上では厄介なことこの上ない、と」

「……職務に邁進する上で、邪魔になるほどではない。ただ、目障りなことはあるな」


 慎重に言葉を選びながら、バティーニュは言質を取られないように答える。

 迂闊なことを漏らせば、新年を塔伯のまま迎えることは出来ないだろう。


「目障り、ね。塔伯は余程自分の部下を信用しているらしい」

「どういう意味だ?」

「言葉通りさ」


 バティーニュの背筋に冷たいものが走る。手に持った白湯の椀はすっかり冷めている。


「バティーニュ殿の処はまだしも、塔伯連中は冒険者に全く対処出来ていない。王廷が<首府>に在るというのに、治安はお粗末なものだ。

 衛戍(えいじゅ)の連中は給料不足の所為か小遣い銭で親分衆の手先になり下がっている者もいる。

 逆に冒険者の片棒を担ぐ莫迦までいる始末だ。

 全く、度し難い」


 一気に捲し立てながら、アナトールは部屋の中を忙しなく歩き回る。

 さっきまでの怜悧さが嘘のような変わりようだ。

 この気性では女に好かれないだろうな、とバティーニュは二つ名について妙に納得してしまう。


「それは概ね事実だな。嘆かわしいことに」

「嘆かわしい? 嘆かわしいにも程がある。

 ここは<首府>だ。<王都>だ。その治安も守れないようで、何の貴族か、何の藩屏(はんぺい)か!」


 激昂するアナトールを(なだ)めながら、少し感心する。

 まるで人族でないようにさえ思われているこの男だが、国を愛する心だけは人一倍あるらしい。

 貴族とはいえ自分の領地の上がりだけを気にしている者が大半なのだ。

 その中にいて、こうも言い切れるというのはある種の美徳と言ってもいいかもしれない。


 ○


「そこで、こちらで策を用意した」


 息を整え、アナトールは腰を下ろす。

 少し落ち着いたらしく、口調は元の通りだ。


「策?」

「ああ」


 アナトールの口が、皮肉げに歪む。


「冒険者に、冒険者を取り締まらせる」


 冒険者に、冒険者を?

 そんなことは、考えたこともなかった。

 犯罪者に賞金を掛けて冒険者に追わせることはあったが、あくまで一時的なものだ。

 アナトールは、それを制度として整備しようというのか。


「互いに互いを見張らせ、疑わせ、捕らえさせる。

 獄に繋ぎ、農村へ追い出し、数を減らす。

 憎しみ合い、決してこちらに歯向かえ無いように躾ける」


 バティーニュは、異様に喉が渇くのを感じた。

 この男は、本気だ。


「そ、そんなことが」


「出来る、出来るともさ」


 石造りの部屋に、<寝取られ男>の哄笑が響く。


「何と言っても、こちらは奴らが一番欲しがっているものを持っているのだからね」

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