野望
<凱旋歴一〇一二年一五月十二日早朝 路地、首府、東王国>
朝靄の立ち込める路地を、三つの影が進んでいく。
ヨーゼフと、ダヴィド、そしてロザリーだ。
宴は無事に終わり、気持ちの良いお開きとなった。
一五月の風は肌寒いが、酔いの残る身体には心地よい。
ヨーゼフを送り届ける役を自ら買って出たダヴィドには、この機会に是非聞いておきたいことがあった。
「ヨーゼフ様」
「何かな?」
少し先を歩くヨーゼフは、振り返りもしないで応じた。
長年の経験がそうさせるのか、酔っていても周囲の気配に神経を研ぎ澄ませているようだ。
「ヨーゼフ様は、どうしてこの<首府>に来られたのですか?」
「気になるか?」
「はい」
金がないかと思えば、銀貨一〇枚をあっさり放棄する。
無欲かと思えば、飯場の利権を欲しがってみる。
ダヴィドから見ればヨーゼフの行動には一貫性がない。
<首府>に来たのも、単なる気紛れなのかもしれない。
だが、ダヴィドの直感はそうではないと告げている。
この英雄には、目的があるはずだ。
「ところでダヴィド。お前さんは、<冒険者>についてどう思う?」
「<冒険者>について、ですか」
「そう。<冒険者>について」
鉱山掘りの四男に生まれたダヴィドにとって、<冒険者>になることは生きる手段だった。
父を亡くし、幼くして街に出たダヴィドはヴィクトル親分に拾われる。
生まれつき身体のしっかりしていたダヴィドは、売り出し中だったヴィクトル親分の下で頭角を現し、文字も計算も教えて貰った。
生きることと<冒険者>であることは、ダヴィドにとって同じことだった。
「よく、分かりません」
「……そうか」
段々と薄れて行く乳白色の靄の中を、三人は静かに歩く。
まだ日も昇っていないのに、商人たちは露店の用意を始めていた。
商品を運び、数を数えながら積み上げる。
徒弟を叱る商人の控えめな怒号が飛び、街は朝の装いに変わって行く。
「商人と、<冒険者>。どちらが偉いと思う?」
ヨーゼフは、ダヴィドではなくロザリーに問い掛けた。
ロザリーは眠そうな目をくるくると忙しく回し、「商人、だと思います」と答える。
「ロザリーは、どうしてこう答えたと思う?」
次は、ダヴィドだ。
どうしてだろうか。
確かに、そう言われてみれば商人の方が冒険者よりも偉いという気がする。
「金を、財産を持っているからでしょうか?」
商人は、金を持っている。
外壁の中に家もあるし、圧倒的大多数の<冒険者>よりも、良い暮らしをしていた。
「それもある。しかし、それだけではない」
ダヴィドは考える。
商人にあって、<冒険者>にない物。
腕力なら、<冒険者>が勝っている。
字も、ヴィクトル親分やダヴィドのように読める者もいる。
では何が。
想像もつかないものを、商人は持っているのか。
ちょうどその時、ロザリーは大きな建物を見上げていた。
石造りの堅牢な建物には旗が立ち、入り口には紋章が刻まれている。
建物の名前を、ロザリーは読み上げた。
「……商人ギルド」
○
<首府>はパリシィア王家にとって故郷ではない。
本来は、もっと山奥を領有する諸侯の一つに過ぎなかった。
彼らがこの中洲の街の利便性に目を付けたのは、ほんのここ一五〇年のことに過ぎない。
パリシィア朝が東王国を正式に簒奪するまで、<首府>は王権から強い独立性を持つ都市だった。
都市の代表はギルドを形成した商人たちで、彼らは市政を司る参事会を教会勢力と仲良く分け合っていた。
何も<首府>に限ったことではない。
商人はギルドを作り、発言力を持つ。それは時に貴族にさえ“否”と言える力だった。
○
「そう、ギルドだ」
ヨーゼフの眼が、異様な煌めきを灯す。
「市民が、市民として生きていくためには、ギルドが要る。
商人も、毛織物職人も、鍛冶屋も、馬借も、皆ギルドを持っている。
ギルドこそが、発言力の源なのだ。
そのギルドを持たないから、儂らはいつまで経っても“人”になれないのだ」
ダヴィドは、ヨーゼフの豹変に薄ら寒いものを感じた。
まるで、何かに取り憑かれている。
この英雄の過去に、何があったのか。
だが、言っていることは確かだ。
人扱いされない。都市に受け容れられない。
参事会に議席など、<冒険者>が持てるはずがない。
危険な魔物の討伐。隊商の護衛。戦争が起これば傭兵として駆り出される。
それでも、<冒険者>は他の人間と決して同列に扱われていない。
結束する商人と、互いに争う<冒険者>。
これでは確かに商人の方が上に見られて当然かもしれない。
「だから儂は、ギルドを作る。<冒険者>の、ギルドを」
ヨーゼフの決意に満ちた言葉は、ダヴィドの胸に深く突き刺さる。
「その為に、儂はここまで来たのだ」