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神砕きの残光  作者: 爽夏=sayaka=
第一章:藤の刀
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008.伝兵衛

日中はまだ残暑が厳しいが、朝夕になると肌寒くなる初秋の終わり。西嶺山の西方面から行商の旅をしてきた伝兵衛(でんべい)は、浅嶺山の街道を超えて、穏波羅に辿り着いた。

夕刻が近いということもあり自宅に帰る者や宿を探す者などでごった返していた。いつものことながら、穏波羅は賑やかで活気に満ちている。

人の波をひょいひょいと縫うように歩きながら、久しぶりの街並みを楽しむ。

「黒の兄貴、店にいるといいなぁ」

通い慣れた黒鋼屋までの道を歩く足は軽い。流れの行商人である伝兵衛にとって、この黒鋼屋という場所は特別な場所だった。

「帰る場所があるってぇのは、嬉しいもんっすね」

誰に言うともなしに独り呟く。頬が緩むのも仕方がないというものだ。足取りも軽く、大通りから何本か横道を入った奥にある店まで歩く。そこまでくると人気(ひとけ)は少なくなっていた。

やっと見慣れてきた看板が目に入ると、いつものことながら心の中に温かいものが広がり、ニヤニヤと笑ってしまう。

店の裏手、裏門から入ると、丁度黒ノ助が煙草を吹かしていた。

「兄貴!」

「おっ、伝の字! 丁度良かった。よく帰って来たな」

バンバンと背中を叩いて、無事に帰ってきたことを喜ぶ黒ノ助。その声が聞こえたのだろう。家の中から凛も姿を見せた。

「伝兵衛、おかえり」

「ただいまけぇりましたっす」

照れたように伝兵衛は頬を染めて破顔した。

(やっぱり、帰る場所があるってぇのは良いもんっすね)

家の中に入り、伝兵衛は荷物を降ろす。土間で白湯を貰って飲みながら「土産があるっす」と荷物の中から一本の刀を取り出した。

「藤崩れから仕入れた刀って触れ込みっす」

藤崩れとは、藤武家や藤彪家の残党の隠語だ。つまりは、門外不出でなかなか世に出回らなかった藤の刀ということらしい。

「俺っちには、いまいちわかんねぇっすけど、妙な刀って話なんすよね」

伝兵衛から刀を受け取った黒ノ助は鞘から出して刀身をしげしげと眺めた。

「喜納箸に似てんな……だが、喜納箸らしさが感じられねぇ。伝の字、刀に心力は通したか?」

「兄貴、俺っち百姓の出っすよ? そんな小器用な真似できねぇっす」

「あー……妙なもんばっか引き当てるから、出来ると思ってたわ」

伝兵衛の引きの良さを思い出しながら軽く笑う黒ノ助は、(おもむろ)に立ち上がりシッカリと柄を握ると刀を構えた。

黒ノ助は一介の商人である。武芸に通じ、武具の扱いに慣れた武将ではない。 

(構えは正しく、精神を統一させ、掌に心力を集める……)

心力の浸透の仕方が武具の価値に比例すると知った際、教えを乞い習得した方法は、構えという型を作り、武具に心力を流す方法だった。商品価値を測るだけであれば、これで十分で、現に重宝している。

カチリと何かが繋がった感覚を覚える。その感覚を忘れぬうちに、掌に集めた心力を流す。掌から柄の中に染み込んだ心力は、柄の中に隠れた(なかご)を捉え、スーッと刀身を走り抜け、ゾワリとしたものが黒ノ助の掌に移った。

「!」

黒ノ助の顔色が変わった。

「伝の字……こいつはダメだ」

慌てて心力の流れを切ると、刀を長式台の上に置くやいなや、何かを払うように手を振る。

「気持ちわりぃ……なんだこれ!」

そう言うと、黒ノ助は両手をこすり合わせ、掌をもみ込む。

「どうしたんすか?」

意味が分からず伝兵衛が尋ねると、手を服に(なす)りつけながら黒ノ助は叫んだ。

「心力の通りが良過ぎるんだよ」

「それだけ良いヤツってことっすか?」

日頃、鈍ら刀に対して、心力の通りが悪いからダメだと言っていたのを思い出して伝兵衛が首をかしげる。

「こいつはダメだ。妙な感覚が刀から這い上がってきて、すげぇ気持ちわりぃんだ」

触りたくないとばかりに首を振る黒ノ助。よくわからない伝兵衛は、長式台の上に捨て置かれた刀の柄を持つとしげしげと刀身を眺めた。

「そんなに変なんすねぇ……あ、だからっすかね?」

「あ?」

刀を鞘に仕舞って長式台の上に置きつつ、伝兵衛は呟いた。

「妙な(にぃ)さんが、この刀を見て、顔色変えて詰め寄ってきたんすよ」

「妙な奴?」

「顔半分に傷がある綺麗な顔の兄さんなんすけどね。この刀を何処で手に入れたかって、すげぇ剣幕だったんすよねぇ」

あっけらかんと告げる伝兵衛に、黒ノ助は「おめぇの度胸の座り具合は真似できねぇよ」と呆れる。

「で? しゃべっちまったのか?」

「藤崩れが妙な刀を質入れしてるのは知られた話っす。その話をしたら納得してくれたっすよ」

その時を思い出した伝兵衛は、むぅっと唇を歪めた。

その様子を厄介事にでも成ったのかと黒ノ助は心配そうに眺める。

「ただ、なぁんか妙に気になる兄さんだったんすよねぇ。こう、なんか……そう」

ポンと手を打つ。

「目付きが異様だったんすよね。それこそ人じゃねぇみてぇな、すっごい目してたんすよ」

「おめぇすげぇよ」

ケラケラと笑いつつ告げる伝兵衛の姿に、警戒していた黒ノ助は、なんだ冗談かと脱力しつつも、能天気な弟分に警告した。

「鬼にでも目を付けられたみてぇだな。気ぃつけろよ」

「そんときは、神使様に助けを求めるっす」

無意識に黒ノ助の視線は刀へ吸い寄せられる。へらりと笑った伝兵衛も、その視線に従って刀を眺めた。

「でも、無事、兄貴に見せられてよかったっす」

「あ?」

何処か座りが悪いものを感じて、黒ノ助は伝兵衛の顔をジロリと睨んだ。

「いやぁ……この刀持ってると良くないことが起きるって曰くつきになってるんすよね」

「んなもん、持ち込むなっ!」

黒ノ助は怒鳴りつけた。

思わず耳をふさいだ伝兵衛。ブツブツ文句を言う黒ノ助に言い訳するように呟いた。

「だって兄貴、持ち込んだのが藤崩れっすよ? 既に縁起が(わり)ぃに決まってるじゃないっすか」

「そうだけどよぉ……」

今更っすよとばかりにカラリと笑う伝兵衛の姿に、がっくりと肩を落とした黒ノ助は、「曰く付きって奴はな」と言うと刀をチラリと見た。

「作り手側に原因があることが多いんだぜ」

「そぉっすかぁ?」

不可思議そうに首を傾げた伝兵衛は、納刀した刀を無造作に荷物の中に突き刺した。

「あぁ、アイツはヤバい」

しみじみと呟く黒ノ助を眺めて伝兵衛は「そぉすか」と頷いた。

「兄貴、実はっすね」

ほんの少し悪い顔で伝兵衛はニンマリと笑った。

「……こないだ道に迷った時に、コレ作ってる鍛冶集落っぽいところ見つけたんで、次は確認しようと思ってたんす」

「あ?」

「相手は鍛冶集落っす。食いもんは足りねぇって相場が決まってるっす」

だから、流れの行商人だとしても無下には扱われないだろうと、今までの経験則から伝兵衛は考える。なんせ、そうやって新規開拓してきたのだ。

「兄貴がそんなにヤバいって言うなら……作り手さん、確かめてくるっすよ」

新しい儲け話だとばかりにニヤリと笑う伝兵衛。その商魂逞しさに自分は見る目があったななどと黒ノ助は思う。目端が利く伝兵衛を農村から連れ出した甲斐があったというものだ。

「おめぇすげぇよ」

だから、しみじみとそう言えば、伝兵衛はキョトンとした顔をしたのち、照れたように笑う。

「だからな、無事帰ってこいよ。もしもの時は助けてやる」

兄貴分として負けてらんねぇと黒ノ助は拳を突き出す。

照れ臭そうに笑った伝兵衛も「頼みにしてるっす」と拳を突き出して、二つの拳がぶつかった。


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