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神砕きの残光  作者: 爽夏=sayaka=
第一章:藤の刀
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004.二人旅

世の中には大小さまざまな鍛冶集落が存在する。そんな点在する鍛冶集落を巡って、商品を売り買いしている行商人たちがいた。

彼らは、街道を行き交い、農村を巡り食料を買い求め、その食料を持って、鍛冶集落で荷を下ろし、代わりに鍛冶金物を手に入れるのだ。そうして手に入れた鍛冶金物を街場で市で売って、また農村で食料を買い求めるのだ。

そんな行商人たちが行き交う街道沿いにある宿場町。

陽が落ち、薄暗くなった宿場町の場末の酒場では、一日の労働を終え、酒を飲みに来る近隣の者や旅の疲れを癒しに来た者など、様々な人が溢れていた。がやがやと雑多で賑やかなしゃべり声に、口調の荒く喧嘩一歩手間で言い合う者たちと、店内はとても姦しい。

その厨房では、二人の少年が皿を並べたり洗ったりと忙しそうに働いていた。

「坊主、こっちに大皿をよこせ」

「へぃ、おっちゃん」

「ちょっと、下げてきたから、これ洗っておくれよ」

「はい」

「坊主こっちは小鉢だ!」

「へぃへぃ」

ひっきりなしに飛び交う指示に、ちょこまかと動き回る少年たち。

片方は剽軽(ひょうきん)な悪童らしい少年で、用事を言いつけられる合間に世間話をしていたかと思えば、客と雑談して追加の注文を取ってきたりと自由闊達に仕事を楽しみ、片方は生真面目な少年で、言われたことを丁寧にこなし作業も早いと大人たちから評判が良かった。

「金がないから雇ってくれって言われた時はどうしようかと思ったけど、ずいぶんな拾い物じゃないか」

女将さんの言葉に、板前も「流れ者だが悪くないな」と太鼓判を押す。

「誰か外の卓に酒とつまみ持ってておくれ」

客の入りが多かったらしく、店の外にも卓を並べたようだ。その卓を囲んで飲んでる旅人たちからも注文がひっきりなしに入っていた。

「あ、オレが行くよ」

闊達な少年が気軽に手を上げると、用意された枡酒とつまみを持って外に向かう。小皿の上に置かれた枡の縁ギリギリまで注がれた酒は、ユラリユラリと揺れるも、絶妙なバランスを保って店の外に向かう。

「へぃ、酒とつまみお待ち……って、おっちゃんじゃん!」

「誰がおっちゃんじゃ!」

男は真太が酒とつまみを卓に置いたのを確認した途端、スパコンと頭に手刀を落とした。

「いってぇ!!!」

「お兄さんと呼べ、お兄さんと! ったく、いつもいつも年寄り扱いしやがって」

「おっさんはおっさんじゃん」

ブツブツ文句を言う真太に、「まだ()けぇよ」と言い放った男は、小皿の上に置かれた桝酒を持ち上げた。枡から零れた酒が小皿に零れ落ちると「おっとっと」と言いながらも、慎重に枡に口を付け酒を飲む。

「真太、お前何やってんだ?」

むくれながらも隣の卓の上を片付ける真太の姿に、今更ながらに疑問に思った男は、酒のつまみ代わりに声をかける。

すると、真太は情けない顔になって、ガックリと項垂れて「実はさぁ……」と零す。

「この先の宿場町出て、山越えしようとしたらさ、山賊どもに襲われちまって……」

「なんだぁ? 下手こいたなぁ」

ゲラゲラと笑いだした男は、バンバンと力強く少年の背を叩く。

「痛ぇって……ったく、笑い事じゃねぇよ。無一文になっちまったんだからよ」

「で、此処で働いてるってわけか」

「そっ! 文無しのオレらを憐れんでくれてさ。助かったよ」

ニカリと笑う少年に男は「じゃぁ、昔なじみのよしみで、少しでも売り上げに貢献してやらねぇとな」とチビチビ飲んでた酒をグイッと飲み干した。

「おっ! 助かるぜ!」

ピンピンと飛んできた銭を受け取ると、真太はニヤリと笑う。男も顎をしゃくって目を細めた。

「おばちゃん、酒の追加注文取ってきたよ」

片方の銭を懐に仕舞いつつ、女将に銭を渡す真太。ここの枡酒は、男の投げた銭一枚で飲める。

「あいよ……これを持ってっておくれ」

「了解!」

小皿に入った枡酒を受け取ると、すぐに先ほどの男の元に持って行く。

黒兄(くろにぃ)、追加持ってきたよ」

「現金な奴だな」

「そりゃね」

卓の上に酒を置きながら、ニカリと笑う元気すぎる悪童の姿に男は呆れた眼差しを送りつつ、その目の奥は暖かい。

「姐さんは一緒じゃないの?」

連れがいないのが不思議だったのだろう。真太は首を傾げる。

「あー、実はな……」

得意げに小鼻を膨らませた男は、ニマニマと笑み崩れた。

「穏波羅に店を持ったんだ。凛は其処で店を守ってる」

自分の店が持てたことが非常に誇らしいのだろう。「すげぇだろ?」と自分の胸をグッと親指で指差した。

「俺も一国一城の主だぜ」

「へぇ、姐さん頑張ったんだなぁ」

「待て、俺の店だ!」

俺を強調して言う男に「おっちゃん、内助の功って知らねぇの?」とニヤニヤと笑う真太。

「うっせ、ガキのくせに」

グリグリと真太の頭に拳骨を押し付けながらも、男は何処か嬉しそうに笑う。

「穏波羅に来たら寄れよ? 凛と待ってるからな」

「あぁ! 黒ノ助兄ちゃんの自慢の店を見に行ってやらぁ」

目を伏せた真太はくすぐったそうに笑った。

「店の名前は行商で使ってた屋号を使ってるからよ。『黒鋼屋(くろがねや)』ってぇんだ」

とそこで、「坊主、何油売ってんだい?」という声が店の中から聞こえてきて、真太は慌てて「じゃっ」と片手を上げて立ち去った。

厨房に戻ってきた真太を呆れた目で出迎えたのは、彼の旅の相棒である佳晴(よしはる)だ。

ヘラヘラと笑いながら目の前を通り過ぎる真太の腕を掴んで「不正は良くない」と耳元で囁いた。

軽く口笛を吹いた真太は「目、良いんだな?」と笑うと、両手を肩まで上げ、手を開いて指を動かす。

「何にも持っちゃいねぇよ?」

「何処に……」

隠したんだと言おうとした佳晴は、自分の片袖に重みを感じて、目を見開く。

「賄賂。預かっといて」

ニヤリと笑って、厨房に入る真太は忙しく動く調理人の間を縫って歩いていく。

「坊主、次は小皿を出せ」

「あいよ!」

軽快に返事をすると、作業に戻るのだった。

佳晴は溜息一つついて、自分も作業に向かう。

そうして、夜も更け、店が終わり、客がいなくなれば、片付けの手伝いが始まって……クタクタになった二人は、間借りしている納屋の屋根裏部屋に戻って行った。

灯りと言えば月の灯りしかない暗闇。納屋に放ってあった茣蓙(ゴザ)を敷いたとはいえ、居心地がいい空間とはいいがたい。それでも、野宿よりはマシと二人は横になる。

「疲れた……明日も早ぇんだよな」

「真太……いい加減、次を目指さないか?」

「若様、堪え性ないな」

お互い目を閉じて溜息一つ。

前の宿場町からの移動の際、山賊どもに襲われて無一文になったのが痛かった。運よく逃げ出せたとはいえ、先立つものがなければ旅を続けるのは無謀と言えるわけで、お涙頂戴と事情を話し、女将さんに雇ってもらえたのは幸運といえるだろう。

だが、流石に腰を落ち着けるわけにもいかず、さてはていつまで此処でお世話になるかと、旅立つ機会を伺っていた。

「目指すのは科埜(しなの)の国だろ?」

真太の言葉に若様と呼ばれた少年は顔を歪ませ、今が夜の暗闇であることに安堵した。

彼の名は鳳城佳晴(ほうじょう よしはる)。科埜の国を治めていた鳳城家の生き残りだった。

治めていた、過去形である。六、七年前の事、鬼使いの荒良木(あららぎ)に滅ぼされるまでは、佳晴の父が科埜の国を治めており、世が世なら次代の国主として研鑽に励んでいたはずだった。

佳晴の目的は『御家の再興』。科埜の国は天災による被害が酷い状況で、旧臣たちが民を支えていると聞いている。自分が何とかしなくてはと思い、旅を続けているのだが、なかなか先に進むことができなくて、もどかしい想いを抱えていた。

この暗闇が落城の時と重なり、幼い自分を守る家臣たちの顔が浮かんで消えた。

「まずは浅嶺山越えだよなぁ……科埜の国って、浅嶺山越えた更に西の西だろ」

真太の声に、佳晴はハッと現実に戻る。

真太はといえば、目を閉じて、道中通る国を思い浮かべていた。

「此処から浅嶺山までも、それなりに遠いからなぁ……んで、浅嶺山っていったら、なかなかに険しいところって話だし、越えた後も西常嶺に茅魏(かやぎ)の国を抜けて、国賀田(くにかだ)……」

途中に通る国の名前をスラスラと唱える真太だったが、「あ、やべ」と呟いた。

「こないだ行商してるおっさんから聞いたんだけどよ。国賀田、やべぇかも……戦になるから近寄りたくないって言ってたぜ。あと、武器が飛ぶように売れてくんだと」

自慢げに伝えてきた真太に、佳晴は呆れた声を上げた。

「随分訳知りな行商人だね」

「そこはほら、俺の話術の賜物?」

暗闇の中でも、にかりと得意げに笑う真太の顔が目に浮かぶ。

「国賀田が使えないとなると、茅魏(かやぎ)北部の來山(くるやま)を抜けるか?」

「んー、国賀田がダメだと手前の墨葦(すみよし)あたりも危ねぇから、來山まで行けっかな? 行商のおっちゃんもそこら辺までは詳しくねぇって言ってたからなぁ」

「確かに。ただ、戦の規模にもよるだろう。そこらへんは墨葦に入る前に情報を……」

「なぁ、箸喜納(はしきな)は?」

真太の示したの今は訪れる者も皆無な集落だった。地理的な位置関係を脳内で確かめた佳晴は「あぁ」と頷く。

「そっちもあるか……まぁ、まずは浅嶺山超えるのが先だね」

ふわぁっと片方が欠伸をすれば、もう片方にも移って行って、どちらからともなく「おやすみ」と目を閉じた。

(箸喜納が出てくるとは思わなかった)

佳晴は目を閉じつつも、もの思いにふける。

箸喜納(はしきな)といえば、鍛冶集落『箸喜納』として一世を風靡した集落だ。『良質の鉄を得るなら西は箸喜納、東は金鎚山』と言われるほどの鍛冶集落だったが、現在は廃山となって、何もない。

鉄や鋼を作るために木を伐り、山を削り、地力を貪るのだ。周辺は禿山になるだけではなく、植物の育たぬ不毛の地へと変貌してしまう……と、そこまで考えたところで、とろりと睡魔が襲ってくる。

(真太、よく知ってたな?)

かなり地理に詳しくないと、あそこまで通る国を並べられない。夢うつつの中、疑問が湧いて出るが、睡魔に勝てるはずもなく、答えも出ずに消えて行った。

翌朝、朝の仕込みを終えた二人が、そろそろ旅立つことを告げると、酒場の面々は非常に残念がった。女将さんは、もう少し働いて路銀を稼いではどうかと、引き留めにかかったが、二人の意志が固いと見るや、諦めたように嘆息する。

「またこっちに来ることがあれば寄っておくれよ」

これまで手伝ってくれた礼だと、少しばかり色を付けた駄賃と握り飯を貰うと、二人は浅嶺山に向かって歩き出した。


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