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神砕きの残光  作者: 爽夏=sayaka=
第一章:藤の刀
39/42

039.富志箸

暦の上では冬に入っているだろうに、富志箸の地は暖かい。その熱を孕んだ重たい風は、常に高殿から流れてきていた。

鍛冶工房で青松の実に心力を詰める作業は順調に進んでいた。あれから零れる心力の行方は、出来るだけ考えないようにしている。

考えないようにはしているのだが、一つ、かなり重要な疑問が真太の頭から離れなかった。

(ふいご)は……いつ止まるんだ?)

常に高殿から熱を帯びた風が吹いているのだ。例えどんなに沢山の番子がいたとして、例え頻繁に交代しながらだとしても、休みなしで働き続けられるほど楽な仕事なわけじゃない。どちらかというと真逆で……

(本当に人が踏んでるのか?)

この吸い込まれていく心力が何かしらの絡繰りになっているのではないかなどと、馬鹿な考えが浮かんで消える。

(ありえねぇ……)

首を振りながら、今日も今日とて青松の実に心力を詰めようと作業場に来たところで、違和感を覚えて部屋を見回す。

「人が……少ない?」

ポツリと呟けば、真太を鍛冶工房間で連れてきた青年が「あぁ!」と得意げに笑う。

「一緒に作業していた見習いたちが、今日から鍛冶を手伝うらしい。弟たちが喜んでいたよ」

(はぁ? 嘘だろ?)

「それは……出世されましたね?」

驚きで目を見開くが、慌てて言葉を紡いで誤魔化した。

ぐるりと部屋を確認する。昨日までいた見習いの数と今日の人数を比べれば、かなりの数がいなくなっている。

定位置になった場所に座り、作業を開始するも、頭の中は目の前の青年も言っていた言葉に引っかかり、グルグルと考えが巡る。

彼は『弟たち』と言った。確か、上は十代後半、下は元服したての三人の弟たちだと聞いた気がする。十代後半の奴は見習い歴もそこそこあり、鎚を握ったことがある話をしていたから充当に段階を上がっただけとも言える。だが、元服したての奴は、まだ見習いになったばかりと言っていなかったか?

此処にいない見習いの奴らにしたって、年齢や見習い歴はまちまちで、つまり年齢の違う、つまり心力操作の練度が違うガキ複数をいきなり現場に入れて、尚且つ鉄を打たせるということで……

(ありえねぇ……)

黙々と青松の実に心力を詰めながら、何が起こっているのかと考え続ける。

鍛冶場の方の手が足りないとしても、未熟な奴を入れれば、ソイツに教えるために手が止まり、確実に効率は落ちる。そんなことも分からない親方などいないだろう。

単純作業要因かとも考えるが、物を知らぬ奴がちょろちょろしたら、逆に目障りだ。

青松の実を摘む。軽く握って開いて落とす。無意識にそれらを繰り返す。

真太の目は青松の実を見ていなかった。自分の考えに没頭していたのだ。

(鉄を打たせるとして……そもそも、あいつら……道具に心力を込められんのか?)

青松の実にすら、薄くしか纏わせられないのだ。道具に心力を込めるなど無理だろう。

ふと、遠くで怒号が聞こえた。パチパチと瞬いて顔を上げれば、周囲にいる臨時雇いたちが怯えたように一点を見つめていた。鍛冶場へと繋がる廊下だ。

また、怒鳴り声がした。

(これは、親方か? 流石に何言ってるか分かんねぇけど、すげぇ剣幕だ……)

ダンッと大きな音がして、泣き声が近付いてきた。一人じゃない、複数だ。

まだ幼さの残る少年が数人、グズグズと泣きながら作業場に入ってくる。おそらく、使えねぇとか言われて追い出されたのだろう。泣きながら青松の実に心力を詰める作業を始めだした。

周囲は目配せし合い、何が起こったのだろうと固唾を飲んでいる。

真太は、青松の実をポンポンと転がしながら、心力を纏わせつつ、鍛冶場へと続く廊下を眺めていた。

(まだ、誰か来そうだ……)

ジッと見つめれば、男が一人現れる。小型の鎚を持った職人が、ギロリと作業場の中を睨みつけた。臨時雇いがビクリと震え怯え出す。

「待て! そっちの奴らは職人見習いじゃねぇ」

慌てて追いかけてきた親方が、職人を止めようと声をかけるが、職人は舌打ちした。

「使えねぇ奴を連れて来られてもいい迷惑だ。使えそうな奴を探しに来て何が悪い!」

先ほど戻ってきた見習いの少年たちが、ビクッと身体を振るわせて縮こまる。

「だがな……上からは数を上げるように言われてるんだ。手を増やさねぇと……」

「ソイツが気に入らねぇ! だぃったぃ!」

職人が怒鳴り続けようとしたところで、急に声が消えた。何かを叫ぼうとした職人だったが、ハクハクと声を詰まらせたのだ。

「……!」

慌てて喉に手をやる職人だったが、聞こえるのは掠れた呼吸音で、喉奥で呻くような音が漏れた。

親方は職人の肩に手を置く。

「それ以上はダメだ。戻るぞ」

グッと肩を握る手に力が入るのが見えた。職人は苦し気に顔を歪ませ、諦めたかのように力を落とすと、鍛冶場へ戻っていった。

真太はジッと戻る二人を見ていた。職人が入ってきたときから、手は止まっている。

(死んだ……鉄の臭いがする……)

あの絶望を孕んだ焦げついた嫌な臭いは忘れるはずが無い。炉の温度管理に失敗した時の臭いを二人から嗅ぎ取った。

(それだけじゃねぇ……)

ゴクリと真太は唾を飲み込む。

二人に心力が纏わりついていた。昏くどんよりとした其れは、高殿から流れているように感じたのだ。

(一体どんな鋼を打ってんだ?)

心力を啜り盗る高殿に、動きを止めない鞴。死んだ鉄の臭いが滲み付いた職人と、纏わりつく異様な心力。その心力は高殿から流れてきていて……

暖かいはずなのに、背筋がゾクゾクとして仕方がなかった。

「もう無理だ……僕は駄目だよ……」

泣きながら呟く声が聞こえた。一番下の弟の姿に青年が寄り添って慰めていた。耳をすませば、今回の事で職人としての適性がないのだと諦めるようなことを己の兄に訴えているようだ。

「もう遅いよ。だから、頑張るしかないんだ」

兄である青年は慰めとも励ましとも取れない言葉を繰り返す。

(縁故先への義理……もしくは手付金、か……)

この手の見習いの受け入れは、ほぼ縁故だと相場が決まっている。人の少なさを見ると、見習いを逃がさないために幾許(いくばく)かの金子が親元に渡っているかもしれない。

だから、兄としても頑張るしかないというしかないんだろうと真太が捉えたところで、「だって!」と悲鳴のような声があがる。

「……こ、怖いんだ」

元服したての真太と変わらぬ年齢の少年は泣きながら訴える。

「僕が、僕じゃなくなる……」

ガシャンと大きな音を立てて、作業場の入り口が開いた。鉄を乗せた大八車が入ってきたのだ。高殿で製鉄された鉄の塊が、作業場の中に運び込まれてきた。

少年の小さな呟き声は、それにより搔き消された。

真太の目は大八車の上の鉄に釘付けになっていた。

(打ちてぇ……)

反射的に強く思う。

荷台に向かって緩やかに吸い寄せられる心力。吸い取られているのに何処か心地よさを伴い、鉄の纏う重苦しいそれと交わることで刀鍛冶への想いが湧き出す。

(打ちてぇ……オレなら……)

グッと握りしめた青松の実の奥深くまで心力が詰め込まれる。

(……オレ、なら?)

限界まで目を見開く。自分は今、何を考えた?

握った拳の力が緩み、ポロリと青松の実が床に落ちた。

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