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神砕きの残光  作者: 爽夏=sayaka=
第一章:藤の刀
37/42

037.富志箸

瑞都から招いた客人たちが到着したらしい。小姓から少し騒がしくなると申し訳なさそうに伝えられたが、現状、普段と変わった雰囲気は感じられなかった。

整えられた上品な客間は、いつも通りの静けさを保っていて、特に何をするわけでもなく、ボンヤリと書物を眺める。

ここ数日の間に二度も倒れたとあって、貞宣には酷く心配をかけてしまったようだ。今日は部屋で大人しくするよう求められた。併せて、明日の宴には必ず出席して欲しいと乞われたので、養生すると言った手前、大人しくしているしかない。

手慰みにと書物が届けられたので、それを読んではいるが、やはり疲れているのだろう。頭に入らなかった。

諦めて書物を閉じる。

「戻して参りましょう」

「いえ、少し外の空気を吸いたいので……」

「かしこまりました」

小姓の先導の元、書庫へ向かう。最初は仰々しいと思っていたが、今はそういうものなのだと慣れた。夕暮れが迫っているのだろう。陽が陰り、薄暗かった。

「帰りは灯りを準備しますので、御足元にお気を付けくださいませ」

灯りを準備すると言う小姓に不要だと伝えれば、何処か困ったような表情を浮かべた小姓から願われる。

そう、暖かさに勘違いしてしまうが、暦の上では秋も終わり冬が近いのだ。陽が落ちるのも早い。確かに言われた通り、帰りは灯りが必要だろう。

書庫で返却を済ませ、灯りが届くまでの間、書棚を眺めていれば、奥にある木箱の蓋がずれていることに気付いた。気になって開けてみれば、覚書を集めて雑にまとめた和綴じの本がギッシリと詰まっている。

(……喜納箸?)

パラパラとめくってみれば、当初目指そうと言っていた鍛冶集落《喜納箸(きなはし)》の文字を見つけ、気になり一冊抜き取っていた。ゆっくりと読もうと思ったところで、灯りが準備できたという小姓の声が聞こえたため、そのままその本を持ちだすことにする。

先導する小姓の持つ行燈の灯りがゆらゆらと揺れる。

既に陽がとっぷりと暮れており、廊下は闇に沈んでいた。

ある部屋の前を通った時だった。

「佳晴殿の……」

声が聞こえた。部屋の中の灯りがぼんやりと灯っており、障子に人の影が映っていた。

立ち止まる佳晴に気付かず、小姓は先に廊下を進んでいき、灯りが徐々に遠ざかる。

佳晴の足は縫い留められたように動かなくなり、駄目だと思いつつも耳を澄ます。

「そうです。佳晴殿の従者の平民の男を覚えていらっしゃいますか?」

午段瑪で出会った、貞宣が爺と呼んでいた翁の声だ。従者の平民の男とは、真太のことを言っているのかと心臓がドクリと嫌な音を立てた。

「姿が見えないと報告がありました」

目の前が真っ白になる。やはりという思いと、そんなという思いが一気に迫ってきた。

固まる佳晴を尻目に耳は声を拾う。

「やはり、平民……雅やかな世界に気後れしたのでしょう」

憐れむような翁の声。

(そんなはずはない)

佳晴には、真太が貴族社会に気後れしてるとは到底思えなかった。

喉がカラカラに乾く。

「佳晴殿付きの小姓たちからも報告は上がっていたんですが……」

嘘だと思う心とは裏腹に、言葉は耳の中に潜り込んできた。

「酷く思い悩んでいたと言ってましたので、もう少し配慮をしてやるべきでしたな」

翁の言葉に「そうだな」という相槌が聞こえた。

「此方としても相談してくれればとは思ったのですが、流石に平民には難しかったのでしょう」

可哀そうなことをしたとばかりに慈愛に満ちた翁の声と溜息。

その言葉を聞いた佳晴はハッとする。現実から逃げていた自分を顧みると、真太が困ったと考えたとして、相談できる空気が自分にあっただろうかと。真太を追い込んだ一因は自分にもあるような気がして、佳晴の息が詰まる。

しばしの空白の後、翁の言葉は続く。

「ただ……部屋を検めた使用人の話ですと、些末なものが消えてるということで……」

告げる翁はどうしたものかと悩んでいるよう。

扇越しなのだろう、くぐもった若い男の声が答えた。

「恩人ぞ。些末ならば見逃せ」

その声は貞宣の声によく似ていた。

つまり、貞宣も真太が調度品を盗んで出て行ったと認めているということで、佳晴は違うと叫びそうになる声を必死にこらえていた。

「かしこまりました」

貞宣の許しがあれば見逃すのは容易いのだろう。翁はさらりと了承した。

「佳晴殿にどう伝えれば良いか悩みますな」

心底心配そうな翁の言葉が聞こえたところで、廊下の奥から小姓が戻ってくるのが見えた。

此処にいたと、聞き耳を立てていたと気付かれてはいけないと、衣擦れの音をたてぬよう静かに廊下を進んだ。

真太が盗みを働いて出て行ったなんて信じられなかった。

だが、出て行ったことに関しては不思議ではない。

最後に会った時のことを思い出した。

倒れた後のことだ。「オマエはどうしたい?」と自分に問いかけてきたではないか。

それに応えられなかったのは自分で、呆れられたのは幻覚じゃなくて現実だったのだろうか?

(置いて行かれた……)

自分は見捨てられたのだと、胸の中に冷たい風が吹き荒んだ。


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