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神砕きの残光  作者: 爽夏=sayaka=
第一章:藤の刀
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024.伝兵衛

浅嶺山にある穏波羅(おだはら)午段瑪(ごだんば)を結ぶ山道街道が出来る前、まだ常嶺に北も西も東も無かった時代には、北常嶺を経由して行き来する街道しかなかったという。

既に浅嶺山の山道街道が出来て久しく、北常嶺を経由する街道を使うものは少ないが、生活路として活用されていた。

例の藤崩れの刀が作られたと思わしき鍛冶集落を見かけたのは、その西と北を結ぶ街道から少し外れた場所ということもあり、伝兵衛は穏波羅を出て、北に進んでいた。

北常嶺の都である瑞都は田園都市でもある。周りの穀倉地帯の実りが豊かなのだ。

鍛冶集落に向かうのならば、食料を仕入れてから向かうのが定石である。伝兵衛は、北常嶺の農村で食料を仕入れることも視野に入れていたのだ。

北常嶺に入り、北常嶺の都である瑞都(みずのと)に向かう。

久しぶりに黒ノ助と凛に会い、黒鋼屋に滞在して英気を養った伝兵衛の足取りは軽い。

そういえばと伝兵衛は思い返す。

(黒の兄貴が店を持ったのって……1年ほど前だったっすかね)

店を持てることになった経緯に協力したということもあって、伝兵衛も自分の居場所を分けてもらえたのだ。忘れるはずもない。


あれは五年ほど前の話だったか……久々に黒ノ助と再会した際に、コブ付きになっていて驚いた。八つほどであろうか、十は超えてないくらいの幼子と共に旅をしていたのだ。

宿を借り、子供が寝て、二人で酒を飲んでいた時に黒ノ助は伝兵衛に告げる。

「伝の字、喜べ! 穏波羅で店を構える足掛かりが出来た」

「急っすね」

子供をおこさぬようにだろうか、小さな声で、しかし喜色を隠せない様子の黒ノ助。チラリと寝てる子供を確認したことから、どうやらあのガキに関係があるらしい。

黒ノ助の喜ぶ声に、伝兵衛は自分の心にも沸き立つものを感じていた。それでも、文字通りに受け取るわけにはいかぬと、自分を戒めて「詳しい事、話せるっすか?」と囁く。

「全部は話せねぇ……けど、伝の字の協力が必要だ」

「いいっすよ」

伝兵衛は即座に頷いた。例え御天道様(おてんとうさま)に顔見世できないことになったとしても、協力しないという選択肢はなかった。

もともとは伝兵衛は貧乏百姓の倅だった。貧乏子だくさんとはよく言ったもので、兄弟が多く、自分の食い扶持を確保するのも苦労するくらいの貧乏加減だった。その先の見えない場所から連れ出してくれた黒ノ助に恩を返さねばと常日頃思っていたのだ。それが叶うならば本望だ。

「なぁに、そんなに難しい事じゃねぇよ」

黒ノ助は笑って、酒を飲む。

「俺はしばらく東国から出れねぇ。流石に、折角開拓した西国を手放すのも惜しいからな……伝の字にソッチを任せたいんだよ」

またもチラリと寝てる子供を見る。子供と言えば、よほど疲れたのであろう、眠りは深いようだ。心力を宿した目で確認すると、ぐっすりと眠りこけていることがハッキリ分かる。

「訳アリってことっすね。いいっすよ……あー、割符を預かっても?」

頷いた後に気付く。商人にとって命よりも大事な割符だ。自分に預けてくれるだろうかと心配になる。それがないと黒ノ助の代理だと向こうに信じてもらえないため、無いのは困るなとも思った直後だった。

「おぅ! 無くすなよ」

ニカリと笑うと黒ノ助は、紐でくくった割符の一部を外した。その迷いのなさに、自分が信頼されているのだと確認できて、それでも素直に表せなくて、伝兵衛は「俺っちが裏切ったら兄貴どうするんすか」と憎まれ口をたたいてしまう。

「おめぇが裏切るわけねぇだろ……でも、まぁ」

黒ノ助は照れたように頬を掻いた。

「そもそも、この計画にはよ、おめぇが必要不可欠だからさ。信じてるぜ」

「兄貴……」

じゃらりと床に広げた割符。その上にお互い手をかざす。二人で割符に心力を込めると薄暗い室内で仄かに光った。

「『二つにして一つ。道を共にする者なり』」

割符を共有するときの決まり文句を呟けば、二人の心力の紋が割符に浸透していった。

「よろしくな、相棒」

「兄貴の販路、拡大してみせるっす」

「大きく出たな」

ケラケラと笑うと二人で酒を酌み交わした。


そんな昔のことを思い出しながら歩いていれば、当時二人で共有した割符がカチャカチャと音を立てる。あれから五年。二人で共有する割符も増えた。

その音が妙に嬉しいと心浮き立たせつつ、気付けば瑞都近くの農村に辿り着く。

以前訪れたときは、まだ下克上の余波で混乱していたが、今はそんなことはないようだ。

見慣れぬ農具を使う農民たちの顔色も明るい。

(あの農具……鉄、っすかね?)

大概の農具は青銅製の物が多い。鉄製など、よっぽど為政者が大盤振る舞いして農政に力を入れているところでしか使っているのを見たことがなかった。それも、あったとして一つか二つが精々だ。

それが、目の前の光景はどうであろうか。複数の農夫が鉄製の農具を使っているのである。

下克上を果たした鷹嘴博史(たかのはし ひろふみ)が下々に見せる豊かさの象徴なのか、はたまたもっと深い理由があるのか、貧乏百姓出の伝兵衛には分からぬことではあるが、此処での仕入れは上手くいきそうだという匂いだけは嗅ぎ取っていた。

理由は単純である。実りが豊かで、余れば売り物として此方に回ってくる可能性しかない。

「調子よさそーっすね」

「おうよ! 鷹嘴様々だな」

伝兵衛が声をかければ農夫が気軽に応じてニカリと笑う。

その気持ちいい笑顔に伝之助の心も軽くなる。

「その(くわ)、すげぇっすね」

「だろー! 鷹嘴様が食いもんを作る俺らのおかげだって、あーカシ?してくださったんだぜ」

カラカラと笑う農夫は鍬を振るう。

軽い力でサックリと土を掘り返す姿を見た伝兵衛は「おー!」と大げさに驚きつつも、その掘り返される土の量に度肝を抜かれた。

元百姓だけに分かるのだ。いくら豊かで柔らかい土とはいえ、あの量を一度に掘り返せるなどありえないということが。一度にこれだけ深く掘り返せるのだ。根の張り方が違ってくる。そうなれば実りの出来も違うってもんだ。

「すげぇっすね。んなすげぇの見たことねぇっす」

だから、称賛に欠片の忖度も無かった。純粋に驚きが勝っていたのだ。

その鍬の先、鉄で出来た部分が陽の光を反射してキラリと光って、土の中に消える。小気味良く農夫が土を掘り返しては、また鍬を振り上げる。その力強さに伝兵衛は感嘆の声を上げるしかなかった。

(流石に上からの品だから手ぇだせねぇっすけど……)

「いい出来っすねぇ」

(仕入れられたら、兄貴に良い土産になるっすね)

それが非常に惜しいと思いつつ、商談をするために村長の家を探すことにした。

そして、其処で期待を裏切られることになる。

「余剰はねぇっすか?」

「あぁ。有難いことに、御上が買い上げてくださってな」

ニコニコ顔の村長が無邪気に伝兵衛を絶望に突き落とす。

「おかげで、暖かく冬を越せそうじゃ」

(年貢だけでもかなりのモンになるのに、更に買い上げっすか?)

奇妙な思いを抱くが、それを此処で零すわけにはいかなかった。目の前の百姓たちは、純粋に今を有難がっているのである。貧乏百姓だった伝兵衛には、暖かな冬が迎えられるという喜びに共感こそすれ、その喜びに水を差す真似はできなかった。

何かある。伝兵衛の勘がそう告げていたが、それが何かまでは分からなかった。

村長の家から出れば、まだ日は高い。先ほどの農夫は、また別の場所で鍬を振るっていた。

その振るう力は先ほどと変わらず、力強かった。

(……変わらねぇっすか?)

首をかしげる。途中休んだとして、そうも長い時間同じ力を振るえるだろうか?と疑問に思う。

(鉄製って、すげーっす、ね?)

原因があるとすればそれくらいで、元気に働けるならばそれでいいだろうと思いつつも、何かが引っ掛かる。

(兄貴なら何かわかったかもしんねぇっすね……)

それが非常にもどかしく、悔しかった。

「とりあえず、次の村、目指すっす」

気を取り直して、伝兵衛は先に進むことにした。


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