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真実を今夜はあなたに

 イリアはパッとフェイランから離れると、身をかがめた。


 ちらりと見えたリゼットの瞳には怒りにも似た色が浮かんでいた。たとえ、愛のない結婚と言えども、側妃と我が夫のたわむれを目にしておおらかにはしていられないのだと知った。


「わたくしと離婚したい。そうおっしゃいましたね。急に何を言い出したのかと、様子を見に来たのですよ」


 イリアは我が耳を疑った。


(離婚……ですって?)


「私はリゼットが望むものは与えられない。あなたも、私から与えられることを望んでないではないか」

「わたくしは許しませんよ。あなただけ幸せになるなんてことは。ウルリックを殺したのは、あなたなのに!」


 リゼットの叫びが、朝の空気を切り裂いた。


 イリアの体は硬直した。険しい表情のフェイランにめまいを覚えていると、エルザがそっと腕をつかんで支えてくれる。


「本当ですか……?」


 イリアが震える声で尋ねると、フェイランは低い声で力強く言う。


「違う。……そうであれば、どれほどいいと願ったか。私に罪を着せてくれたら……そう、どれほど……」

「罪を着せる……ですって?」


 リゼットが語気を強めた。


「ああ、そうだ。……あなたを傷つけまいと黙っていた。兄は、あなたの好きな花を採ろうとして崖から落ちたのだ。私は止めた。だが、兄は大丈夫だと笑って……、あわてて伸ばした私の手は届かなかった。これが真実だ。真実を歪めるつもりはない」


 リゼットの瞳がわずかに揺らいだ。怒りに燃えていたその表情から、力が抜けていく。


「……あの、花?」


 リゼットの唇が震える。風が吹き、木の葉が舞い散る。彼女はその光景を見ながら、何かを思い出したように、そっと口を押さえる。


「知っていました……。ウルリックが、あなたの好きな花を見つけたと……、あの花を贈りたいと、笑って出かけたことを……。あのとき、あなたはそばにいた。なぜ止めてくださらなかったのか……と、私はあなたを恨むことでしか、生きていられなかった……」


 その声はもう、怒りではなく、懺悔のようだった。リゼットはその場にひざをつき、嗚咽を漏らす。


「あなたを苦しめたくて……結婚にも応じたのです……」


 誰も言葉を発せない中、リゼットは顔を覆い隠す。


「……すまない」


 フェイランがリゼットの肩に手を置くと、すすり泣きは止んだ。彼女は泣きぬれた顔をあげると、ふたたび、ひれ伏すように頭をさげた。


「離婚を……受け入れます。……申し訳ございませんでした」


 フェイランが何か言い出す前に、リゼットは振り切るように立ち去った。


 その背中は、決して失わない愛への強さと、恨むことで奮い立たせていた心が折れた弱さに満ちていた。


「イリア……」


 ぼう然と立ち尽くすイリアの手を、フェイランは優しくなでた。


 彼は少し疲れているように見えたが、その瞳には、これまでにない力強さが宿っていた。


「私は怒っているのだ」

「陛下……」

「請願書を渡して、何日経つと思う。……あれから一度も、寝室に来てくれないじゃないか。今夜こそ、来てくれるだろう?」


 すねるように言うフェイランに、イリアの目に涙が浮かんだ。


「願いを伝えることをお許しくださるなら……」

「許そう。あなたは、何を願う?」

「……私を、正妃にしてくださいますか?」


 フェイランはほほえみ、優しくほおに手を添えてくる。


「もちろんだ。誰にも渡したくない。愛する男のことは、忘れてくれないか……」

「それは……難しいです」


 頼りなく眉をさげるフェイランの肩に触れ、イリアは彼の耳もとに唇を寄せる。


「陛下以外、私の心をひとりじめする方はいらっしゃらないのです」

「イリア……!」


 二人は強く抱きしめ合い、その日は冷たい夜気からお互いを守るように深く結ばれた。


 リゼットが王宮を去ったのは、本格的な春が訪れた穏やかな日のことだった。


 フェイランは相変わらず執務に追われ、時折、イリアの部屋を訪れる。その表情に、もう孤独は見当たらない。


「陛下」

「フェイラン、と呼んでほしい」

「……あの、フェイラン……様、今日はこちらでお休みになりますか?」

「あなたが側にいてくれるなら」


 穏やかな笑みが交わると、フェイランは幼子のようにイリアのひざに頭をこすりつけた。


 イリアは彼の髪をそっとなでた。彼が触れるお腹の中に、新しい命が宿っていることを、今夜伝えよう。


 もう、孤独じゃないのだと。

 あなたには愛する家族がいるのだと。


 深い安らぎに包まれながら、イリアはそっと、彼のほおに唇を寄せた。




【完】

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