えぴそーど 〜なな〜
「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。
あめあがりの軒先。
ちいさなナナホシテントウが、葉っぱのうえをとことこ、あるいています。
私は、心のなかでそっと祈ります。
──がんばって、おちないで。
その瞬間、ナナホシがぴたりと立ち止まりました。
まるで、私の想いが届いたみたいに。
「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?
~コイン一枚ぶんの勇気~
***
マコトは今日も、職場の飲み会で隅っこに座っていました。
笑い声が飛び交う中、「マコト君、今日も静かだね」と笑われて、うつむきます。
(……喋れないわけじゃないのに)
(変なこと言って嫌われたくないだけなのに)
言葉にできない“なにか”が、いつも喉の奥に詰まってしまいます。
勇気が、ほんのすこし足りないだけでした。
***
その日、マコトは偶然、路地裏で「ほんわか堂」という不思議なお店を見つけます。
引き寄せられるように、のれんをくぐると、あたたかい空気と、やさしい声が迎えてくれました。
「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ」
「あ…ども」
マコトはぼそっとつぶやき、端っこの席に座りました。
「あなたにお出しするお茶は、緩和茶です」
「カンワ茶?」
「はい。少し心がやわらかくなります。で、何かお話ししたいことはありますか?」
「あ、あの…」
「あ、無理にしゃべらなくてもだいじょうぶですよ。さぁ、お茶を一口飲んでみてください」
マコトは、そのお茶を少し口にしました。
不思議と心が落ち着いてきます。
「僕、マコトといいます。実は、初対面が苦手で、彼女いない歴も年齢と同じで、あ、24歳です。職場でもなかなかなじめなくて、本当は仲良くしたいし、飲み会も好きなんですけど、大勢いるとつい喋るより、聞く方ばかりになってしまって」
「そうなんですか」
「でも、しゃべりたい気持ちはあるんです。でも、ここでしゃべったら、みんな引くかなぁ、しらけないかなぁ、と思うと、なかなか話に加われなくて、いざしゃべろうと思うと、別の話題になっていたりして」
「あと、彼女はすごく欲しいんですけど、高校の時に『マコトくんって、女性に興味あるの?もしかして男性が好きなの?』とか、言われて。しかも好きだった女の子から。それで何も答えられなかったから、余計誤解を生んでしまって。女性と話すことも苦手になってしまって。あ、あの、でも、LGBTQを否定するわけではないんです」
「もちろん、わかってますよ。あの、マコトさん」
「はい」
「わたしとも初対面ですが、とてもたくさんしゃべっていますよ」
「あ…」
「わたしも女性ですし」
「あれ?いつもだったら、緊張してしまうのに。不思議です。このお茶のおかげかな」
「マコトさんは、話し始める勇気さえ出せば大丈夫なんです。あ、ちょっと待ってくださいね」
ほとりは、にっこり笑って、ハコの中から、小さな銀のコインを取り出しました。
「わたし、これで、ちょっとしたマジックができるんです。やってみますね……あれっ?」
「もう1回やります。えい!……あれ?」
指のあいだから、コインが落ちます。
失敗して、あたふたするほとり。
マコトは思わず、「こうじゃないですか?」と手を伸ばします。
彼の手元で、コインがひょいと消え、見事なマジックが成功しました。
ほとりが目を丸くして拍手を送ります。
「わぁ、すごい! それ、マコトさんの魔法ですね」
マコトは、照れくさそうに笑いました。
ほとりはそっと紙に包んで小さな銀のコインを渡しました。
紙にはこう書かれていました。
『すこしふみだしてみて。ほんのすこしだけ』
***
週末の夜、マコトは会社の飲み会に、“銀のコイン”をポケットに忍ばせていきました。
話の流れで、思い切ってコインマジックを披露すると……
「マコト、めっちゃうまいじゃん!」
「なにそれ、プロ?」
「マコト君と、初めて話したかも~!」
笑顔と拍手が、マコトを包みました。
(ほんの少しの勇気で、こんなに世界って変わるんだ……)
***
その帰り道。
マコトは、ポケットの中のコインをそっと握りしめました。
——喋らなかったのは、声が出なかったんじゃない。
自分を出す勇気が、なかっただけなんだ。
「でも、たった一枚のコインで、世界はこんなに近くなるなんて」
と、思わずつぶやきました。
しかもそれは、まわりの人に聞こえるくらいの声でした。
マコトの背中は、少しだけしゃんとしていました。
***
次の日、マコトはほんわか堂を訪れました。
「あのぉ、コインマジック成功しました!少しだけ職場の皆さんと仲良くなりました!」
「そうですか!マコトさん、上手でしたもんね」
「もっとやってよ!と言われたから、もっとマジックを覚えようと思うんです」
「それはよいことですね。応援してます」
「あ、そうだ、この前、お代を払わないで帰ってしまいました。おいくらですか?」
「お代はいただきません。その代わりに、この“ありがとう帳”に、一言添えていただけませんか?」
「え?それだけでいいんですか?」
「はい」
マコトは“ありがとう帳”にこう書き残しました。
《コインは消したけど、僕は現れました。 マコト》
マコトは、以前とは違い颯爽とお店を出ていきました。
***
そのあと、ほんわか堂では──
ほとりが、いつものように急須を洗いながら、ぽつりとつぶやいていました。
「きょうも、だれかが すこしだけ ふみだせますように」
【おくり物】
銀のコイン
小さなメッセージカード:
『すこしふみだしてみて。ほんのすこしだけ』
**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**




