えぴそーど 〜ろく〜
「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。
ひとは みためが 9割 ってみみにしますよね?
でも、ほんとうにそうでしょうか
みためと なかみが ちがうのは、
きっと あなたが いろんなものを 持っているから。
けっして まちがいではないとおもうんです
だいじなのは、そんなじぶんをみとめてあげること
ほんとうの じぶんは、
きっと どこかで 待ってくれています。
「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたの“心のルーツ”、だいじにしていますか?
~扇子と、誇り~
***
満員電車の中で、エドワードは小さくため息をつきました。
吊革の先に、視線を感じます。
隣の中年男性が、ちらっとこちらを見て英語で話しかけてきました。
「エクスキューズミー……」
「……すみません、日本語しか……」
(まただ)
とエドワードは思います。
駅を出て、人波に流されながら歩いていると、ふと、小さなお店ののれんが視界に入りました。
“ほんわか堂”──
その文字に、なぜか足が止まりました。
「あれ?こんなお店あったかな……ん?心のルーツ?」
***
夕方の活気が漂う中、のれんがふわりと揺れました。
「ごめんくださ~い」
「いらっしゃいませ」
ほとりが出迎えました。
エドワードは少し戸惑いながら、店内に足を踏み入れました。
「……あの、ここって、カフェですか?」
「ええと……ちょっとだけ、やわらかくなるお店です」
不思議そうな顔をしながら、エドワードは椅子に腰かけました。
ほとりは、あたたかい湯気の立つ湯飲みを差し出しました。
「今日のお茶は、“ふるさと”のお茶です」
エドワードは、そのお茶を口にすると、喋りはじめました。
「……ぼく、“日本人”なんです。生まれも育ちも、ずっと東京で」
「はい、そのようですよね。日本語もとても綺麗です」
「でも、見た目のせいで、毎日“外国人扱い”されて……」
エドワードは、少し苦笑いして言いました。
「ぼく、普通に話してるつもりなんですけどね。でも、道を聞くときも、お店でも、みんな“カタコトの日本語”で話しかけてくるんです。『ワカリマスカァ?』みたいに……まぁ、英語で話しかけられるよりは、マシなんですけど。あ、たまに、ぼくの日本語を聞いた後なのに、I can’t speak English…なんて言われることもあるんです。おかしいですよね?」
「ふふ、そうですね」
「……でも、この見た目のせいもあって、期待されて、それを裏切って……それがつらいんです。英語を喋れない自分が、なんだか恥ずかしくて……」
今まで胸の奥に溜めていたことばが、風のようにあふれ出しました。
「実は、中学の英語のテストで1回0点をとってしまったことがあって、それがキッカケでトラウマになってしまって。母、あ、うちの母はジェニファーって名前のイギリス人なんですけど、母に教えてもらおうとしても、ニホンのエイゴはムズカシイでーす。Too difficult!って、取り合ってくれなくて…」
「それに、ぼく、秋になるとちゃんと虫の鳴き声も綺麗に聞こえるし、完全に日本語脳なんです」
「あ、秋の虫の音が綺麗な音に聞こえるのは、日本人とポリネシア人だけだって、都市伝説で言ってました」
「あと、書道も初段だし」
「ふふ、今まで本当にたまっていたんですね…ちょっと待ってくださいね」
ほとりは静かに、棚から一本の扇子を取り出した。
「今のあなたに、ぴったりのおくり物です」
白地に桜と竹が描かれた、和柄の扇子。
開くと、そこには墨文字でこう書かれていました。
『和のこころ』
その下に、英語で小さく、“Pride in Harmony” と、淡い金色の文字も添えられています。
「あなたの祖国はイギリスかもしれません。でも、あなたの母国は、日本と誇っていいんですよ。それは、どちらもあなたの一部ですから」
エドワードは扇子をそっと閉じ、目を細めました。
「……ありがとうございます。なんだか、ほんとに少し、こころに風が通った気がします」
***
帰りぎわ、ほとりが帳面を差し出しました。
「よければ、“ありがとう帳”にひとこと、どうぞ」
エドワードは丁寧にペンをとり、とても綺麗な文字でさらさらと書きました。
『どちらの国も、ぼくのなかにある。そう思えた日でした。 江戸川 悟 エドワード』
***
のれんがふわりと揺れます。
店内には、扇子の風と墨の香りが残っていました。
ほとりは湯のみを洗いながら、静かにつぶやきます。
「今日もひとつ、“まちがいじゃない”が咲きました」
【おくり物】
扇子:桜と竹の柄
表には、『和のこころ』
裏には “Pride in Harmony”の文字。
「扇子を開いたとき、こころのなかに“調和”を感じる風が吹きました」
**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**




