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えぴそーど 〜よん〜


「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。

そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。


トコトンがんばっているあなた

たいへんですよね。

つかれますよね。


さてここで──

"トコトン"をリズムよく 4回言ってみてください。


トコトントコトントコトントコトン。


なんか笑えてきませんか?


「ほんわか堂」

今日も ふわっと あいています。

あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?


~ワンマン社長とヘリウムガス~


ほんわか堂ののれんが、風にふわりと揺れました。

入ってきたのは、スーツ姿の中年男性。

背中には強い自信と、どこか張りつめた疲れのようなものがにじんでいます。

名刺入れを出す仕草からも、クセで「人の上に立つ者」の雰囲気が漂っています。

名乗ることなく椅子に座り、「誰にも言えないんだけど……」と語り始めました。


***


門倉 かどくら・みのるは、仕事はできますが、人に任せるのが苦手です。

つい手も口も出してしまいます。

社員が育たないこともわかっています。


──本当は人に任せたい。

──怒鳴りたくない。

──でも……我慢できない。


最近、社員が辞め始めており「このままではダメだ」と思い始めました。


***


お茶を静かに淹れながら、ほとりは、ほほえみながら言いました。


「お出しするお茶の名前は、“言葉の湯気”です」

「言葉の湯気?」

「はい。このお茶の湯気を少し吸い込んでから飲んでみてください」


社長はその言葉を受け止め、しばし静寂の時間がつづきます。


やがて、ほとりは、そっと引き出しから「ふしぎな吸入缶」を差し出しました。


「怒鳴りたくなった時は、これをひと吸いしてから、お話しください」


そして小さなメッセージカードもそっと手渡しました。


『その怒り、“空気”にしてしまいましょう。』


***


翌日。

社員のミスに、怒りが爆発しそうになった門倉。

とっさに吸入し、怒鳴ります──が、声がヘリウムを吸った時のように高くなってしまいました。

社員たちは一瞬フリーズします。

──そのあと、すぐに大爆笑がおきました。


「社長……なんすかその声!」

「めっちゃキレてるのに可愛い~!」

「おい、人が真剣に怒っているのに笑うとはにゃんだ!!」


その声もまた高くなってしまい、さらに大爆笑になりました。


「ぷぷぷ、今、にゃんだって言いました?」

「わははは、顔真っ赤だし、その声だし、しかも、”にゃんだ”って!」


門倉は思わず恥ずかしがりますが、ふと気づきました。


「あれ?笑われるのって、案外悪くないな……」


***


それ以来、怒りそうになったら「吸う → 高い声 → 和やかになる」のループができました。

そしてすこしずつ社内の雰囲気が変わり、若手も萎縮せずに意見を出せるようになりました。


「本当に変えたかったのは、自分の“声”じゃなく、“心の音量”だったのかもしれませんね」


***


後日。

社長がふたたび、ほんわか堂をおとずれました。


「ほんとうにありがとう。お陰で社内の雰囲気がやわらかくなったよ」

「そうですか」

「最近じゃ、“ヘリウム門倉”なんてあだ名がついちまってさ」

「ふふ、それは、とてもかわいいですね」

「でも、なぜだか嫌じゃないんだよ。不思議だよな」

「人を嘲け笑うより、笑われる方が、ずっと素敵ですから」

「本当そうだね。そうそう、最近じゃ、ヘリウム吸わなくても、わざとその声にしたりなんかして」

「……ヘリウムさん、やりすぎて、社内の空気、あまり凍えさせないでくださいね?」

「ははは、あ、そうだ、お代を払わなきゃ」

「お代はいただきません。その代わりに、この“ありがとう帳”に、一言添えていただけませんか?」

「え?それだけで良いのか?」

「はい」


社長が“ありがとう帳”にこう書き残しました。


《笑ってもらえるって、最高の報酬かもしれない。──ヘリウム門倉》


***


そのよる、ほんわか堂では──

ほとりが、いつものように棚を整えながら、ぽつりとつぶやいていました。


「きょうも だれかの“声”が やさしく 変わりますように」


【おくり物】

ふしぎな吸入缶

小さなメッセージカード:

『その怒り、“空気”にしてしまいましょう。』


**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**

     

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