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えぴそーど 〜にじゅういち〜


「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。

そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。


あたりまえを続けるのって けっこう大変ですよね。

誰かにとってのあたりまえ それを出し続けるだけで

あたりまえではないと思うんです


ほめことばも いろいろ

よりそう心が 一番必要ですよね


「ほんわか堂」

今日も ふわっと あいています。

あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?


~メビウスの言葉~


──あの日、わたしは、いつもと少しだけ違う言葉を選びました。


***


「うん。普通に美味しかったよ」

「そう。よかった」

「ねぇ、買い物行こうと思うんだけど、一緒に行く?」

「ん?ああ、まだ家事残っているから、一人で行ってきて良いよ。ゆりか、たまの休みなんだから、俺に気兼ねせず一人で羽を伸ばしてきたら?」

「え、そう?……そ、そか、じゃあ、行ってくるね」

「うん。夜はどうする?家で食べる?外食する?」

「……どうしようかな。また連絡するね」

「わかった。ゆっくりしてきてね」


ゆりかは、1年前から独立した弁護士。依頼が途切れず、相談予約もすぐに埋まってしまい、いつも忙しくしています。

今日は、久々の休日で、買い物に出かけました。


(かずくんは、ああ言ったけど、ほんとは二人で出かけたかったなぁ。なんか最近やけに独りで楽しんでいるみたいだし、どうしたの?って聞いても答えてくれないし、何かあったのかな?)


(はぁ……結局休みでも余計な頭を働かしてしまう)


「いけないいけない、折角のお休みだし、楽しまなきゃ」


そんな考え事を巡らして歩いていると、目の前に、懐かしい雰囲気の建物があらわれました。


「ほんわか堂。こんなお店あったかな?でもなんか前から知っていたような気がする」


***


ほんわか堂ののれんが、風にふわりと揺れました。


「いらっしゃいませ」


やさしい雰囲気の女性が出迎えました。


「あのぉ、ここってどんなお店ですか?」

「そうですねぇ。心が少しやわらかくなるお店でしょうか」

「なんかそれ、良いですね。1人ですが良いですか?」

「はい。お好きなお席へどうぞ」


ゆりかは、お店を見渡しながら席に座りました。


「表に書いてあったんですけど、素敵なメッセージですね」

「あ、読んで頂いたんですね。その日に頭に浮かんだメッセージを書いているんです」

「そうなんですか。何か、私自身に言われているような気がしました」


ゆりかの表情が少し曇りました。


「何かお悩みですね?」

「え?」

「お悩みが漏れていましたよ」

「私、独り事言ってましたか?」

「ふふ、言ってませんよ。でも図星だったようですね」


ゆりかは話し始めました。

普段の仕事の事を。感情より論理を優先し、いつも強い言葉で断定してしまう。それをモットーにやってきたと。


「それと私、いつも誤解されるんです。クライアントからは、もう少し説明の言葉が欲しいだとか。スタッフからは効率を優先にしすぎるって」

「そうなんですか」

「はい」

「……でも、それを変えるつもりはあまりないのではないですか?」

「え?何でわかるのですか?」

「ゆりかさんの本当のお悩みは、別にある気がするんです」

「本当の悩み?」

「ええ。言葉を職業にしている人の迷いは、言葉の奥にあることが多いんです」

「実は……」


ゆりかは口を開きました。夫が主夫になった事。率先して主夫になりましたが、本当は無理しているのではないのかと。そして、最近その夫の様子が少し変な事……。


「”様子が変”ってどういう感じですか?」

「何か、料理の感想を答えると、少し落胆するんです」

「いつも、どんな言葉で答えていますか?」

「……普通に、褒めてます」

「普通に?」

「はい。普通に」

「じゃあ、今ここで。いつも通り言ってみてください。料理を食べたあとだと想像して」

「……うん、普通に美味しい」

「それです」

「それ……?」

「“普通に”って、どんな気持ちで言っています?」

「……安定してるのが凄いって。毎回ブレないのは、私にとっては、最大級の褒め言葉です」

「ゆりかさんの“最大級”が、旦那さんには“最低限”に聞こえてしまうことがあるんです」

「……そんな」

「同じ言葉でも、人によって受け取り方が違いますよね」


ほとりは、お茶を淹れました。


「あなたにお出しするお茶は、”素直な”お茶です」


ゆりかは、ひと口飲みました。


「とても美味しいですね」


ほとりは、奥の棚から箱を持ってきました。


「あなたにお渡しするおくり物は、メビウスの輪のオブジェです」

「わぁ、すてきですね」

「これ、表と裏がないんですよ。ずっと続いて巡り巡っていく」

「もらって良いんですか?」

「はい」

「うれしい。何か、エールをもらえた様な気がします」

「それと、お仕事も巡り巡るものですから、少しだけやわらかくしてみては?」

「このお店のように?」

「はい」


***


ゆりかは、お店をあとにしようとした時、急に振り返り、ほとりに言いました。


「今思い出したんですが、気のせいかもですけど、最近の夫の反応が以前と違ってるんです」

「どんな反応ですか?」

「最近料理を褒めると、以前とは違い、少し喜ぶようになったんです」

「どんな褒め方ですか?」

「さっき言いましたが、”普通に美味しい”だと思います。で、ボソっと聞こえたのが、ポイントがどうとかって」

「ふふ、気のせいではないと思いますよ」

「なぜそう感じるんですか?」

「え……湯気の向こうで、そう聞こえた気がして」

「そうですか。なんか不思議な感じですね」

「あの、ゆりかさん、さっきお茶を飲んだ時のように、今度”とても美味しい”と言ってみてください」

「ん?とても?」

「はい。かずひとさん、きっと喜びますよ」

「ありがとうございます」


(ん?かずひとさん?私、夫の名前言ったっけ……?)


ゆりかは、入ってきた時とは違い、やわらかな表情でお店をあとにしました。


メビウスの輪のオブジェには、メッセージが添えられていました。


『言葉は、気持ちの通訳です。素直な想いを、少しだけ足してみて』


***


「このカレーライス、“とても”美味しい!あれ?なんか急に料理上手になった?今までで食べた中で一番だわ!」

「ほんとう?ありがとう!」


ゆりかは、かずひとの様子を見て思いました。


(こんなに喜んでくれるなんて、もっと早くから「とても」を使えば良かった。あと、夫だけじゃなくて、仕事でも言葉の使い方を変えてみようかな)


***


その頃、ほんわか堂では──

ゆりかが記した“ありがとう帳”の名前の下に、こんなメッセージが浮かび上がりました。


『裏をかかずに素直に伝えます。 夫の前では普通の人 ゆりか』


ほとりが、いつものように急須を洗いながら、ぽつりとつぶやいていました。


「だれかの普通が、別のだれかの特別になりますように」


【おくり物】

メビウスの輪のオブジェ

メッセージ:

『言葉は、気持ちの通訳です。素直な想いを、少しだけ足してみて』


**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**

    

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